第六話 『赤く染まる雪 終幕』
真実はいつだって残酷だ。
暗闇の中を進む。
体にまとわりつくのは水のような抵抗。その中を押し出されるように進んでいく。
これが他の亜人の言うところの、『泳ぐ』という感覚なのだろうか、と、オアドは混濁する意識の中でなんとなく思った。
夜叉族の男は例外なく泳げない。
あまりの筋肉の発達により比重がとても重く、どうあがいても体が沈むからだ。
とはいえ並外れた肺活量があるため、水にもぐったことがまったく無いわけではない。川底や浅い海底を歩き漁をすることは珍しくない。
だが、底の着かない水の中で、かき抱くように進むのは、経験の無いことだ。
だからオアドは、これが現実ではなく夢の中なのだと、特に理由はなく納得する。
ああ、そうだ。これは夢。
過去を懐かしみ、そして悔やむ、悔恨の夢――だってほら、すぐそこに、あの日の光景が見えてくる――
「この子が、災厄の魔女、だと?」
「そうだ。我らが親方様が触れを出した、その災厄の魔女――俺の娘のモニンだ」
唐突に自分は吹雪から逃れるための洞穴に座っていて、目の前に現れたのは、すでに亡きはずの親友の戦士。その膝元には、小さな人間種の少女。
オアドは悲鳴にも似た歓喜の声を上げようとして、それができない。
だた、その『自分』は淡々と彼と会話を交わしている。
「ほんとう……なのか」
「ああ、俺のこの大鎚に誓って」
過去の夢。
あのときの夢。
そう理解してしまえば、『彼』の精神はいつの間にか夢の自分と溶け合うように意識が同調する。
「災厄の魔女は、お前の娘だったのか。……そして災厄の魔女を探し、捕らえるという親方様の触れがでたから、離反したのだな。だが、なぜ今それをオレに伝える」
「この子が、お前を救おうとしたからだ」
戦士の無骨な手が、少女の髪を優しく撫でると、彼女は少しだけくすぐったそうに顔をほころばせた後、
「もう、大丈夫?」
オアドにそう問いかけてきた。
「……うむ」
「もう、お怪我、いたくない?」
「ああ、大丈夫だ」
これが、オレが殺そうとした「魔女」なのかと、混乱したまま、オアドは素直に頷くと
「うん……よか……った……」
そのまま倒れるようにモニンは眠ってしまった。
オアドは驚きのあまりに思わず立ち上がりそうになるが、目の前の戦士は軽く手をあげてそれを制する。
「大丈夫だ……お前を救うために、我らが災いと歌う『癒し』を使い、体力を消耗しているのだろう」
どういうことか、とオアドの問いかけに、彼は続ける。
彼女の『癒し』は、魔力ではなく己の命力を消耗するということ。
それが命を縮めると知っていながら、モニンはオアドを救うためにそれを使ったこと。
オアドが辛そうに戦っていたのをこの洞窟から見ていて、優しい人だと思ったからということ。
そして――禁地であるマカルの向こうには、「神に見放された者達」であろうと向いいれるという『アフェバイラ』という国があるらしいということ。
「そんな国――本当にあると?」
「信頼できる土小人の商人に聞いた。……もっとも、その商人にしても、別の亜人種から聞いた噂でしかない、と言っていたがな」
「それを、信用するのか?」
「……するしかないのだ。もう、他にこの子を幸せに生きていける方法が、俺には思いつかん」
頭が悪いのは、俺らの種族の最大の欠点だ、と彼は笑う。
「まったくだ」
オアドはそう返して――
「だから、まあ、そんな愚か者が一人増えても、構わんだろう?」
眠りこけるモニンを見ながら、そんなことを言ったのだ。
「逃げろ!このままでは追いつかれる!……あれは魔人形兵だ」
「一族の遺産兵器ではないか!……オアドよ、親方様は、本気らしいな」
舞台は変わる。
これは、親友と別れた、あの時の光景。
そしてオアドの意識も、一瞬で過去の自分に同化する。
追っ手は数百の人形たち。戦うだけならば勝てない相手ではない。
だが、モニンがいる。
人形はモニンのみを狙ってくる。
そして、なにより人形たちは寒さにも疲労も関係なく追い続ける。どうしても、後手に回ってしまう。
「オアド」
そんなときだ。
その男が、声を上げたのは。
「なんだ?」
「この子を連れて、逃げてくれ」
厚手の防寒布(とある魔獣の毛皮)にくるまれて、熱にうなされながら眠る、モニンを両手で差し出す。
「何を言っている?」
「もう、もたぬのだ」
その言葉で、戦士であるオアドは気づいた。
「お前……まさか『飲んだ』のか?」
それを意味する言葉は、一つだけ。
一献を、飲んだのだ。
「実は、お前と戦う前から、な。……それしか、方法が無かったのでな。さすがに、あんな人形とは違う夜叉の精鋭たちだ。いい戦士ばかりよ」
追っ手は、オアドだけではない。
当然、オアドとの戦いの前から、夜叉の戦士は追っ手として動いていた。
呆然とするオアド。
そして、モニンが目を覚ました。
「……ぱぱ?」
「モニン……ああ、俺の至宝、希望の大樹の若芽よ。きっと、健やかに、優しく、幸福にあれ。……先に、オアドと行くんだ。オアドの言うことをよく訊くのだよ?」
「うん……おじちゃんのいうこと、訊く。パパは?」
「後から行く。だから、元気に、いい子にしていなさい」
「うん」
そのあとのことを、オアドはよく覚えていない。
ただ、少女と友の使う大槌を託されたことだけを、魂に刻まれたように記憶している。
そして最後に思い出すのは―ー
「さあ!俺は夜叉族最強の戦士、ン・ツク!人形たちよ!お前たちに恐怖と言う感情を教えてやろう!」
夜叉の戦士の見せた、最後の雄姿であり、
「ぱぱ!ぱぱぁ!」
「だめだ!モニン!」
「おおおおおおおオオオオヲヲヲっ!」
そして、数百の人形を巻き添えに雪の中に沈む、親友の姿だった。
親友の最後を見届けながら、オアドは思う。
きっと、自分もそう近くないうちに、この子を守るために『一献』を飲むだろう。
そう、予感めいたものを感じながら、オアドはモニンを抱きしめ、振り返らずに山に向かった。
変わる。
公演が変わる。
世界は闇。
だが、自分が確かな光の下にいるのだと実感するのは、なぜだろうか。
この感覚にはオアドも経験がある。
光の差し込む場所で目を閉じている。
そんな状態を感じた―ーその時だ。
「神敵ですぞ!? 本気ですか、王よ」
眠りの長い時間の中で、深い眠りと浅い眠りがあることを、書物の知識ではなく経験として知っていた。
夜叉の肉体、そして五感は驚異的な力がある。
浅い眠りのとき、肉体が休んでいる分鋭敏になった聴覚がどこか遠くの会話を拾い、それを夢に見ると言われている。
だからこれは夢であり、そしてどこかで起きている会話なのかもしれない。
体の動かぬオアドは、ただ耳に伝わるその会話を、何の感情も持たないまま、ただ記録するように受け止める。
「ああ、本気だとも」
「確かに、我らは法によりいかなる信仰や思考も保護され、その対象も保護しています。ですが……その、建前である部分も確かです。フェリスの影響を加味して、暗黙的に避けるべきところは避けているでは在りませぬか」
「建前上、か」
「神敵が保護されるとあれば、当然フェリスは処刑の要求や引渡しを求めるでしょう」
「然り。フェリスの影響は国内はもとより、直接本土に火をまくことになりかねませぬ」
「だがな、我は、アフェバイラ内のみでいえば、機は熟し最高のチャンスとも思っている。亜人との交流もようやく普通のことと思われ始めた。……乗り越えるべきは、フェリスの呪縛なのだ」
その会話の中の一つの声、王と呼ばれる人物の声に、聞き覚えがあった。
だが、夢でしかないそれに、感情は何も動かない。
会話は続く。
「……確かに、そうかもしれませぬ。ですが、フェリス法国は必ず口を出してきますぞ?その結果、戦争に発展する可能性もあります。……負けるとは言いませぬ。また、いつかは戦いになる覚悟もあります」
「だが、今ではない。そうではないですかな?」
「ようやく夜叉族を取り込めそうなこの時期、災厄の魔女を囲うのは、厳しいのでは?」
「建前……下らぬものかも知れませぬが、それがアフェバイラの平穏につながっている、ということも、確かなのです」
次々とあがる、王に反対意見。
「建前、そう、建前だ」
「王?」
ここで、しばしの沈黙があった。
「仕方ない。オアドとの約束、『保護』というのも、建前であったのだ。モニンを……災厄の魔女を、公開断罪に掛ける。それにより、我らは亜人と手をとりつつも、フェリスの教えに従順であるというアピールになる。また、これで夜叉の一族にも面目もたつだろう」
会話は続く。
そこに欲望と打算があふれたまま、忌まわしい談合が続く――
夢。
夢を見ている。
それは現実の写しなのか、それともただの悪夢か、見ている者にはわからない。
「魔女め!神敵め!」
「石を投げろ!血を流させろ!」
それはどこかの決闘場の中央。
高くせり上がった舞台の一角のようなその場所で、少女が貼り付けにされている。
「いやぁ……やだぁ…」
くぐもった悲鳴はか細く、それは怒声に掻き消される。
「冒せ!侵せ!犯せ!」
「災厄の魔女!神敵は殺せ!」
鞭で、石で、そして汚らわしい男の欲望で。
次々と少女が嬲られる。
夢。
されど、鼻につく血と噎せ返る体液の匂い。
夢。
されど、忌々しき少女を罵る声。
夢。
されど、目に焼きついて離れない、少女の汚され傷ついた肢体。
そして――
「助けて……助けて!おじちゃん!」
愛しき少女の、悲鳴。
まずは、光があった。
それ以外には、何も見えない。
真っ白に染まった視界は、まるで雪の世界。
鈍痛が引くように徐々に世界が色づいていき、最初に認識できたのは、天井に突き出すように上げられた、己の腕だった。
それは悪夢を払いのけようとしたのか、救いの手を伸ばしたかったのか、伸ばされたかったのか――
ただ、確かに何かを求めたのだと、混濁した意識がクリアになるのを感じながら、そんなことをオアドは思う。
夜叉の男の、目覚めによる切り替えは早い。たとえいかなる眠りであっても、先頭に反応する戦士のものだ。
だから、自分が眠る前にどんな状況であったのか、先ほどの光景が夢でしかないということ、そして自分は今目が覚め、起き上がったのだということを、彼はすぐさま理解する。
「ここは……?」
眠りにより明らかに前よりも痩せた上半身を、引きつるような痛みに耐えながら起して見回せば、そこは眠る前のあの医療所の一室ではなく、どこか別の、私室のような場所だ。
どうやら寝ている間に、なんらかの意図により別の場所に移されたらしい。
「……オレは、生き残れたのか」
これがもし、優しい夢や死後の世界ではないと言うのなら、自分は、やったのだ。
夜叉の一献を飲んで、そして生き残った。
賭けに勝ったのだ。
「感謝、いたしますぞ、アノン殿」
乾いたままのせいか、喉がひりついてうまく言葉を発せないが、それでも何とかそう口に出す。
あとは、モニンに一刻も早く会いたいが、今時分のいる場所もよくわからないのだ。待つしかないだろう。
ふと見れば、少し離れた扉の近くに家具、その上に水差しがある。
断る必要も無いだろうとそれを飲もうとベッドから降りる。
「……っつ!」
引っ張られるような感覚と、指すような痛み。
気づかなかったが、己の体に何本も管のようなものが刺さっていた。
しかし、そのままにしているわけにも行かず、オアドはぶちぶちとそれをはずし、まだうまく動かない体をのっしのっしと引きずるように歩いて、水差しを手に取った。
一息に飲み干す。
妙な味だったが、長いときを経て体が求めていたせいか、「うまい」と漏らさずにはいられない。
人心地がつき、さてどうするか、とオアドが考え始めたそのときだった。
「……!」
「……だな。……も、う……くいか……」
扉の向こうから、声が聞こえてきた。
おそらくは、この館を管理、もしくは守っている誰かなのだろう。
なら、彼らに現状を訊き、アノンとモニンに連絡を取ってもらうのが手っ取り早い。
そう思い、扉のノブに手を伸ばそうとして、
「さすが、俺たちの王だな。あんなふうに災厄の魔女を利用して、国を安定させちまうんだから」
「夜叉の国も、これで万々歳ってわけだ。魔女の最後が見れて、安心してアフェバイラに属してくれるだろうぜ!」
肉体が活性化しはじめ、夜叉の驚異的な聴力が戻りつつある中、その耳にありえない会話が聞こえてきた。
「どういう……ことだ?」
オアドは、呆然としながらすぐに扉を開けることはせず、その会話に改めて意識を持って耳を向ける。
「それにしても……神敵、『災厄の魔女モニン』の最後、か。俺も行きてえな」
「まあ、今この国の一番の関心ごとだしな。きっと最後にいい声で鳴いて、楽しませてくれるに違いないぜ」
「ちがいない!そういう意味じゃ俺たちはほんとラッキーだったよ。なにしろ魔女が幼いころから楽しませてもらえたんだしな!」
「そうそう!いやー、あれはよかった。俺らがちょっと激しくしてやるだけで、いい感じに反応してな。へへ、そっちの趣味なんて無かったはずなのによ!」
「……なんだと」
オアドは夢を思い返す。
あの会話を。
そして悪夢を。
「ま、魔女相手が筆卸っていうやつも多いだろうし、まったく、これで最後なんてもったいないことだぜ」
「仕方ないさ。王の決めたことだ」
脳内に蘇る、汚されるモニン。
石と罵声を受けるモニン。
そして、断罪されるモニン――!
「きさまら!どういうことだ!」
痩せ細っても、獅子は獅子だった。
「うぇ?へ、へぇぇぇぇぇ!!!」
「うわぁぁぁ!」
野獣の咆哮が、オアドが飛び込んだ部屋いっぱいに響き、衛兵達(服装が眠る前と変わっていなかったのでそう判断した)は突然のことに腰を抜かしてしまう。
「答えろ!どういうことだ!今、モニンはどこにいる!」
二人のうち、オアドに近いほうの衛兵をつかみ自分の高さまで持ち上げて壁に押し付ける。
「あ、貴方は……オアド殿!目をさま……」
「答えろ!モニンはどこだ!」
血走ったオアドに完全に萎縮したその衛兵は、ぶるぶると震えた手で窓の外を指差す。
その先には、ひときわ高く立っている塔があった。
「あの……塔のすぐしたの……神殿、です。あ、あの!」
それを聞いた後の記憶を、オアドは覚えていない。
ただ、真っ赤になった世界を延々と走った事だけが、彼に残っている記憶だった。
本来なら、一時間は全力疾走できるはずの夜叉の体だが、疲労しきった肉体、命脈が直っただけでろくに命力がたまっていないその状態はすぐに無理が来た。
気づけば、神殿の中に作られていた――「断罪の祭壇」のすぐ近くで、衛兵達に捕らえられた後だった。
魔鬼、四腕、牛角、そして人間の衛兵に、魔法と武具によって完全に身動きを封じられる。
さらに、喉を押さえられ声を上げることもできない。
なんとか視線を祭壇に向ければ、そこには一人の美しい少女――モニン。
成長し、少女の可愛らしさを残しながらも麗しく成長した、親友の娘。
その姿、どれだけ変わっていても、彼女の持つ優しさと麗しさは変わらない。
そんなモニンを、見間違えることはありえない。
彼女は、モニンだ。
そして、モニンは、ボロボロの、その美しい肌を隠し切れない布切れのような服をまとい、さらにその首にはなにか首輪のようなものが付けられている。
その周りに取り囲んでいるのは、この断罪を楽しむために集まった、下種な者達だ。
なぜ、こんなことになっているのか。
信じたくは無かった。
だが、どう考えても結論は一つ。
かっかっか、と、妙に規則正しい足跡。
「……ふむ、目が覚めたらしいな、オアド」
「……!」
「おっと、声が出せないのか。……おい、はずしてやれ。ただし大声は出せないように、沈音の術はかけておけ」
夜叉の前に現れた、あの男。
アフェバイラの王。
押さえつけられたオアドの前に立つアノン。
その構図は、まるで王にひれ伏し手いるようにも見えた。
「そんな……裏切ったのか!アノン!」
「何を言う。モニンの成人まで、たしかに守った。……その後は知らんよ。丁度今日が彼女の成人でな」
そんなことを、事も無げに語る、アノン王。
「貴様……キサマァァァァ!」
「静かにせよ。これから始まるのは断罪の最後の儀。神聖な儀式だ」
気づけば、静まり返っている、神殿。
怪しげな松明に照らされ、祭壇中央のモニンの体がゆらゆらと影を作る。
「……おっ!おっ!おっ!おっ!おっ!」
「……おっ!おっ!おっ!おっ!おっ!」
「……おっ!おっ!おっ!おっ!おっ!」
影に誘導されるかのように、祭壇の周りの民が声を上げ始めた。
拳を上げ、モニンに向けて叩きつけるように、何度も何度もそれを振り下ろす。
ゆらり、ゆらりと火は揺れて、奇妙な高揚感が神殿中を支配する。
「モニン!モニン!」
「黙れ」
アノンの合図に、衛兵がすぐさま口を布で塞いだ。
むー、と声なき声を上げながらモニンに視線を戻すと、祭壇にはフードによって顔を隠した数名が、その手におどろおどろしい意匠が凝らされた、鎌、太刀、斧などを持っている。
「ふむ、始まるな」
あれで、モニンの命を奪うつもりなのか――。
そして、その凶悪な刃が、微動だにしないモニンの頭上に掲げられて、
「……ぐうおおおおおおおおお!モニーン!!!!」
猿轡を噛み千切った、夜叉の絶叫が、断罪の合図となって――
「きゃっほーい!『いけない魔法使い♪』のモニンちゃんでーす!さあ!私達、神敵(モニン'ズ)娘。のラストコンサート、みんな、応援してね!」
振り下ろされた武器は、モニンの体を掠めながら、きゅるきゅるとまわり、見事なジャグリングでフードたちの手を飛びかった。
YEAH!
と大きくモニンが手を突き上げたのを合図に、いっせいにそのフードを取り払う。
その下から現れたのは、全員、見目麗しい少女達だった。
さらに、手にしていたはずの巨大な凶器たちは、いつの間にか小さな鈍器へと姿を変えている。
「あたし、ポタポもいるわ!」
「コッシスだよ。みんな、今日の『断罪』!最後まで精一杯戦おうね!」
「フラン。……うちも、最後までがんばる」
「ひゃほおおおう!」
「いっけない!いっけない!魔法使い!キャッホウ!」
「モニンちゃーん!今日もおへそがキュート!破れドレスがもう神敵すぎる!」
「ポタポちゃーん!俺だ!結婚……じゃなかった一騎打ちしてくれ!」
「コッシスちゃん、解散してもソロコンサートには参戦するよー」
「フラン殿!そのクールなところが神敵ですぞ!」
「いっけない!ソレ!いっけない!」
「MOOOEEEEEEEEE!」
「おーいそこの牛角族のにーちゃん。神敵(モニン'ズ)娘のラスト・コン・サァトに参加できて嬉しいのはわかったから、おちつけ、なー?」
神殿会場のボルテージが上がっていく、その一方。
ここは関係者用通路では、コンサート開催直線に取り押さえられたことになっているオアドと、衛兵達とコン・サァト責任者のアノン。
とはいえ、アノン本人がここに来ているのは、民には内緒である。
「ふむ、つかみはOKだな。さすがモニン」
「…………」
「……おっと、もう沈音は解いてよい。どうせ観客達の歓声のほうが大きいだろう」
魔法が解かれると同時に、オアドたちの周りには歓声とステージ上のモニンたちの歌声が響き渡る。
『ゴメンネ、今日もキミのハートを捕らえちゃう、いけない魔法を使っちゃうの!』
『使うわ!』
『するよ!』
『……していい?』
「きめ台詞キター!」
「つかっちゃう?どんどん使っちゃう!?」
「おへそがいけなすぎる!ふとももがいけなすぎる!唇もいけなすぎー!」
「買います!グッズ……じゃなかった、断罪の戦い記念品全種類買います!」
「僕らの財布に災厄キタコレ! 僕らのハートに幸せキタコレ!」
「モニンお姉さまー!あたし達を妹にしてええええ!」
このまったく見たこともない異様且つ謎の状況に、オアドは脳内がぐるぐると回転するのを感じながら、
「……アノン殿?」
「む、なんだ?」
「これは、その、一体……」
「ふむ」
そして、アノンは語り始める。
あの会議のことを。
「仕方ない。オアドとの約束、『保護』というのも、建前であったのだ。モニンを……災厄の魔女を、公開断罪に掛ける。それにより、我らは亜人と手をとりつつも、フェリスの教えに従順であるというアピールになる。また、これで夜叉の一族にも面目もたつだろう」
そんな、アノン王の発言に対して、家臣たちは
「正気ですか!王よ!」
「ありえません。モニンちゃんにそんなことするなんてありえません」
「あんな優しい子になんて恐ろしいことを! わたくしめが疲れているからと差し入れにスープ作っていただいたのに!」
「お、おおおおお……なんということを。わしの、老後のわしの憩いを王は奪うとおっしゃるのか……モニン殿はわしを『おじじ』と呼んでくれたのですぞ!」
「私こそ『お兄ちゃん』と呼んでくれたのだ!』
「王!大臣方、僭越ながら、近衛兵のわたくしは、『おにい』って呼ばれております!」
「えー、なにその響き。すごくいいじゃない。なんかずるい」
「ワシ、モニンちゃんのしてくれる肩たたきが唯一の楽しみでのう……お小遣い上げたら、あの子はそのお金でワシの杖を買ってプレゼントしてくれたんじゃ!」
すっかり餌付けされてやがる高官の皆さんである。
だが、そんなことはアノンも承知である。
静粛に、と一度声を張り上げて再び会議の支配権を受け取ると、彼は先ほどの話の続きをする。
「公開された場所で、モニンに対し国民が断罪する。そんな『戦い』をするのだ。神敵に無理やり世界の平和や幸せ、そして愛の賛歌を歌わせよう。フェリスの言うとおり神敵が邪悪な存在なら……それはまさしく拷問であろう? 神敵はきっと、時には呪詛の歌……そうだな、失恋とか別れとかそんな悲しい歌や踊りもしてくるかもしれん。しかし! そんなときは我らは耐えてみせよう。疲労するまで断罪は続けられ、さらに我らは神敵を罵倒するのだ。この魔女め!神敵め!と。貴様の行動や仕草は神敵にふさわしい、とな。そうだな……この戦いを、我は『コン・サァト(アフェバイラの古き言葉で、声による儀式の意)』と名づけよう」
王の言葉に、臣下の者達は初め、その意味がわからなかった。
その中で最初に動いたのは、のちに数々の『断罪対象者』を見出し、『公開断罪コン・サァト』を成功させることになる天才、イアマスであった。
彼は、アノンの言葉の意味を一瞬で咀嚼し、理解したのである。
「王よ……。その公開断罪は、アフェバイラの国各地の神殿の広間で大々的にやるのはどうでしょうか? 戦いには費用が必要ですから、特別税として神殿に集まった民からは金銭を徴収します」
イアマスの意見に、さらに数人の賢しいものが「っは!」っと顔を上げた。
「ふむ……イアマス、貴様すでにそこまで読み取ったか。……続けよ」
「御意。……さらに考えますは、神殿に集まった民には神敵との戦いに参戦した証に、神敵のイラストをモチーフにしたバッチなどを販売してはいかがか?」
「採用だ。我も似たようなことは考えていたが、そこに気づくとは素晴らしい」
どよどよと、会議の間にざわめきが広がり始める。
新たな賢者が、イアマスに続き手を挙げた。
「王!戦いにおいて神敵を見間違うといけませぬ!姿写しの魔法紙を使い、モニン殿に多種の衣装を着せさらにさまざまなポーズや構図で記録。有料の手配書として大量に印刷するのは?」
「大臣、次の査定、期待しておくように!……しかし、だ。そこまではすでに想定済だ。我はサンプルを用意してある」
差し出された手配書のサンプルが、シトリーにより持ち運ばれる。
ここで、会議に集まった全ての臣下が、王の意思を理解した。
「おおおおおおおおおお!?」
「これは、モニンちゃんの寝顔?」
「こっちは犬と戯れるモニン殿だ!」
「女性衛生兵の制服……だと!?」
「……もしモニンちゃん水着姿とかでこれやったら、性の目覚め発動する男の子たくさんいるだろうな」
「利き手を使った筆卸ですねわかります」
会議室はすでにお祭り状態である。
だが、さらにとんでもない火薬が、ここに投下されることになる。
「もう一つ、伝えたいことがある」
そんなつぶやきのような王の発言にもかかわらず、更なる言葉を拝聴しようと、部屋は一瞬で静まり返った。
「モニンは神敵であるが、さらに災厄の魔女でもある」
ごくり、と誰かの唾を飲み込む音。
「災厄の魔女……つまり、彼らの伝承では禁忌を犯し、災厄を呼び込む魔法を使うわけだ。……つまり、だ」
誰しもが、王の挙動を見逃すまいと、視線を一つにしている。
そんな家臣たちを頼もしく思いながら、アノンは続けた。
「つまり、とってもいけない魔法を使う、ということだ」
「いけない……魔法、ですと?」
ぶるぶると震える手で、大臣の一人が目を見開きながら、アノンに言葉を繰り返す。
「うむ。『いけない魔法使い、モニンちゃん』……………どうだろうか?」
王家に嫡子が生まれたときに匹敵する歓声が、そこにはあった。
「まあ、そんなわけでな。さらに探したら同じような立場な女の子結構いて、シトリーの案でユニット組ませてみたら大人気だ」
「あ、ああ……そう、か……だが、それでアノン殿。我らの国の親方――王は納得したのだろうか?」
「納得も何も、あれを見よ」
そういってアノンが指差す方向には、
「おおおお!モニンちゃーん!ポタポちゃーん!」
祭壇の最前列で大声をあげ、腕を振り回す巨漢の男。というか夜叉族。
「……親方殿ぉぉぉぉ!?」
「うむ、今では神敵娘。の大ファンだ。今回で解散となると訊いて、ワンワン泣いておった御仁だ。……おい、夜叉の長よ」
呼びかけると、夜叉の親方は気づいたのか、少し名残惜しそうにしながらも、その巨体を震わせてアノンたちに近づいてきた。
「おお、アフェバイラの王よ!最前列の確保、ありがたく思うぞ!」
「なに、我らが同志となるのだ、長よ。我らは身内と同志に協力は惜しまぬ」
そんなのんきな会話を始める、二人の王。
オアドは少し震える声で、自分の王に話しかけた。
「……お、親方様?」
「おお、オアドか、お主達にはすまぬことをしたな。……ワシも災厄の魔女という伝承に踊らされ、さぞかし邪悪な存在だと思い込んでいたのだ……まあ、確かに彼女達のために夜叉の国はなくなりアフェバイラ領となったのだから、滅ぼされたと言えなくも無いがな!ぐわっはっはっは!」
「どういうことです?」
「我が凍土の土地は、アフェバイラに編入される。自治は俺らにあるがな」
訊けば、この10年近い間にすっかり国交が成立し、とんとん拍子に決まったそうである。
今では夜叉族はすっかり他の亜人、人間となじみ、友好関係ができているとかなんとか。
「そんな……いや、喜ばしいことなのだろうが……ン・ツクのことを思うと何かがやるせない……」
「ちなみにお前の友人とか言うやつなら、神敵娘。のマネージャー・広報担当をやっている。向こうでグッズ売ってるのがそうだ。ちょっと前にマカルで雪崩があってな。その中から壊れた人形兵とともに、仮死状態になってた夜叉の男が見つかって、その後すぐに蘇生した。そいつも一献を飲んでたらしいが、仮死状態になってたのが幸いしたな。……お前ら丈夫過ぎだろ」
「――は」
腰から崩れ落ちるオアド。
そのまま倒れこむ上半身は、大理石の主柱の角に盛大にぶつかり、さらに衛兵の一人が立てかけていた大戦斧の刃に吸い込まれるようにオアドの額が叩き込まれて――
ゴォォォォォォォン!というものすごい音と共に、オアドは血の噴水を上げながら気絶した。
「む、オアドが倒れた」
「オアドォォォォォ!?おい、どうした?ワシが属国の決断したのがショックだったのか!?」
「衛生兵(医療スタッフ)!衛生兵ー!」
そんな騒ぎの一方で――ステージのボルテージは最高潮になっていた。
「みんなー!モニンは、みんなの笑顔が、大好きだよー!」
そして、時は流れて――
帝国暦2年、大陸暦152年。
「せい!はぁ!とうりゃあああ!」
窓から見下ろすその先には、帝国の王家親衛隊の、鍛錬の様子。
「そうだ!そのままだ!いいぞ!」
采配を振るうのは、親衛隊長、オアド。
「腕の振りが甘い!まだだ!そんなことではオレ達の心は届かない!」
我が国の歩兵において最強の男であり、忠義に厚い戦士である。
「肉体を!心を!そして命を燃やすのだ!それこそ、親衛隊のあるべき姿なのだ!さあ、声を振り絞れ!」
そして、そんなオアドの支持によって、精鋭たちは士気を挙げていく。
それは――
『モーニン!ッオイ!モーニン、ッオイ!』
「ダメだダメだ声が小さい!腕の角度もダメだ!」
『マッショー!マカショー!モーニン!ヘヘイッ!』
「そうだ!その動きを忘れるな!」
見事なウェーブ、そして響き渡る手拍子と高速の腕の動き、そして一斉の跳躍により響く激震。
「どうみてもオタ芸です。本当にありがとうございました」
「どうしてこうなった」
帝王の呟き。
まさかここまで夜叉族達がアフェバイラのオタ文化に染まるとは思わなかった。
ただ、『親方』に訊いて納得もしてしまう。
完全凍土の土地、厳しい環境。そして夜叉族の戦いに向けられた執着――
早い話が、娯楽、趣味になるものがまったく無いのだ。あの国は。
歌を歌おうにも、寒さに喉がやられる。在るのは夜叉の男の咆哮だけだ。
彫刻や絵画?武具を触らせば一流でも、ノミや筆などどうやってもてになじまない。
せいぜいが汎用性の低いカードゲームが関の山。
それにしたって痩せた土地での農耕と狩猟が主であるなら、金などろくに使わない以上、賭けのチップは罰当番がいいところだ。
そんな場所に、暖房器具の普及、新しい農耕方法、作物、漁の伝授が入り、生活が恐ろしく豊かになって、生まれるものは――余裕だ。
余裕があれば、娯楽に人は手を出す。
そして持ち込まれた、大量の『オタ文化』
男も女も、全員ドハマリである。
娯楽には金が必要。
ならば、金を手に入れるにはアフェバイラにいくのが手っ取り早い。
なにせ、炭鉱にしろ農耕にしろ開拓にしろ建築にしろ、その力の需要はいくらでもあるのだから。
あれよあれよと言う間に、人材はどんどんアフェバイラに移っていく。
ここで、もし夜叉族の『親方』が政治的な能力があったら、東ドイツのような壁を作っての囲い込みもあったかもしれない。
だが、人望はあっても、彼らは結局のところ体育会系であった。
最終的に、自治権を認めることでプライドを保ち、インフラと娯楽、そして「アフェバイラの金」という外貨のため、属国化に承諾することになる。
ちなみに、これに対する反発などはきわめて微小であった。
なにしろ、侵略どころか一方的な支援である。
さらには彼らに「国」という概念が薄い。もちろん、縄張りという意識はある、
だが、自治が認められている以上アフェバイラは同じ大陸に住むものであり、同志であり、協力し合う仲間なのだ。
「税」として物品や作物や労働を行うが、アフェバイラはそれだけの恩得を夜叉の縄張りに提供する。
アフェバイラという大きな土地に、自分達の縄張りがある。
多くの夜叉はそう認識していた。
そして、今に至る。
すっかりアイドルオタとなり、いけない魔法使いモニンちゃん親衛隊隊長になったオアド。
モニン含む、神敵の歌姫、亜人の歌姫達は、少なからず残っていた亜人、フェリスの確執や、新しき土地での交流に大きな影響を与えていたため、国家から下す護衛の面でも「王家公認モニンちゃん親衛隊」というブランドを発揮して、親衛隊への参加人数はどんどん増えていった。
あれから10年がたった今でも、現役の『断罪対象者』――フェリス法国との縁が完全に切れたいまでは「アイドル」という新しい名前によって活躍中のモニンである。
そのファンの数は、幾多のアイドルが増えたこともあり、またすでに年も20代中頃となり、最盛期の数こそ下回ったものの、いまだにトップアイドルの一人として活動している。
また親衛隊の彼ら――正しくはオアドがはじめたパフォーマンスは、アイドルの応援と共に、戦場での士気向上の演舞としても使用されている。
フェリスとの戦いにおいて、馬の戦車に乗りさまざまなオタ芸アクションをとりながら戦場を駆けるその雄姿に、フェリスの使徒軍は大きな恐れを持ったといわれている。
そのパフォーマンスは多岐にわたり、それを見事に指揮、そして実際に演じるアクションの数々は「赤い月光」「千種のUNKNOWN」「死を生み出すもの」「精神戦車」と名づけられ、それはそのまま彼の異名にもなったのだ。
一応、戦いによって生まれたものとして、「常勝将軍」「アフェバイラの鬼神」などもあるが、こちらはあまり目立ってはいなかったり。
もともと当時書いていた漫画の締め切りに追われて、『王は原稿上がるまで缶詰の刑』とシトリーに連れて行かれたのがマカルだった。
あそこは寒いのでまず外に出る気が起きないイコール部屋から出ないで原稿を書ける、という、恐ろしい仕打ちである。
政治より漫画かよ!とアノンは言いたかったが、実際問題、アノンの描く漫画によって国民の支持率から、国民の仕事の貢献度などが変わるほどの影響力が生まれているので、おろそかにできないのは間違いない。
というか大臣達、おまえら早く続きが読みたいだけだろ、とも思わないでもなかったが。
それがきっかけでオアドたちと知り合ったのだから、世の中わからないものだ。
さらに、眠ったオアドにすがりつくように泣いているモニンを見て、
「あんなふうに健気に泣く幼女マジかわいい。次の漫画のネタにもらった」
とか考えたり、
「こんな可愛い子、いろいろとプロデュースしたらすごくね?」
とか思って実際にやってみたりする自分も外道なオタかもしれないけど、こいつらだって相当のダメ人間――ダメ夜叉だよなあ、と、誰に言うでもなく頷いてしまう、ていおーさま。
ぴー!と大きな笛の音が、訓練場に響いた。
どうやら、今日の鍛錬はこれで終わりのようだ。
「よし!それでは仕上げだ!最後に我らがアフェバイラ帝国、その国旗とアノン帝王に……」
一同が、宮殿の頂点に掲げられた国旗に向かい――
「敬礼!」
数百人の、一斉の敬礼。
そして、帝王の姿を見つけ、にやり、と笑うオアドがそこにいた。
「ま……いっか。幸せそうだし」
いいらしいです。