第二話 『聖戦の始まり』
「……」
「やはり、驚かれましたかな、グニラダ大使殿」
「いえ、いや、ええと……そうだな、確かに驚くべきことだ」
思考の海に迷い込んでいたグニラダはハッと我に返る。だが、指先が小刻みに震えるのを隠せなかった。
それでも拳を握り締め、一瞬唇を噛んで狼狽を抑えた胆力は、大使に選ばれた彼の資質を物語る。驚愕を受け止めつつ、萎縮せず対等を誇示する姿に、ザックバンは髭の下で小さく笑った。
この大使、聡明でなかなか面白い人物だと。
グニラダは改めて塔から平原を一望し、ザックバンに向き直った。
「人数の多さもさることながら、何より驚いたのは亜人の――ああ、すまない。この国では皆『人』だったな。人間種以外の種族の多さだ」
彼の言う通り、平原には多くの亜人種が混在している。
いや、3割を占めるなら「混在」という表現すらおかしいかもしれない。
アフェバイラの礎である帝王の故国は、確かに四腕族中心だった。だが、もともと人間種に比べ数が少ない。
というより、大陸では人間種が圧倒的な人口を誇る。その比率のまま国を拡大した結果、アフェバイラでも四腕族は5%ほどだという。
実際、ザックバン自身が人間種だ。
だが、それは問題ない。四腕族はフェリス教で「神に許された者」とされ、人間種と同等に扱われる。
しかし――
「少し見ただけでも、馬人族、竜蛇族、土小人族、あの小さなのは……妖精族か?豚鼻族、牛角族……いや、待て。伝説とされる魔鬼族と天翼族が並んで檄を飛ばしているのは、見間違いだろうか?」
「いえ、その通りです。おそらく下位歩兵団の団長二人でしょう。魔鬼族のデラーモと天翼族のサミールが、今こちらで指揮を執っています」
「……魔鬼族と天翼族が貴国に属しているだけでも驚きだが……あの二種族は天敵同士ではなかったのか?」
「そうですね、120年前までは互いを軽視し合っていました。だが、彼らも帝王の力と在り方に惹かれ、協力して建国に尽力したのです。種族間にわだかまりを持つ者もいるでしょう。それは自由の名の下に制しません。ただ、同じ『人』として環境を整えた結果、時間をかけて相互理解に至ったのです。帝王に惹かれ、アフェバイラを愛する者たちにとって、それは必然だったと信じています」
「その結果が、あの発展か」
「然り」
アフェバイラの力は、亜人種の優れた身体能力と、人間種が培った戦略が融合した軍事力だ。
そして、技術と社会システムによる産業力にある。
人間種では不可能な血統魔法、海底や火山口での資源採取、秘伝の工法。それらが種族間で惜しみなく共有されたとき、技術革命が起きた。
さらに、帝王の「発想」が絡み合い、生まれたのは生活を一変させる機械技術や、多様なマジックアイテムの数々。
それらの輸出は莫大な利益を生み、アフェバイラの発展を加速させた。
だが、それは一方的ではない。物資、食料、特産品、観光――輸入と娯楽で相手国にも還元される。
よどみない流通は近隣国家との関係を維持し、相互依存を深める。もはやフェリス教が何を言おうと、アフェバイラとの関係を切るのは難しい。
なぜなら、品物の仕組みは簡単には解明できない。亜人たちの秘伝を短期間で見抜くのは不可能だ。
技術を盗もうとしても、アフェバイラを愛する彼らは秘密を漏らさない。量産には亜人の協力が不可欠だ。
そして、その亜人の多くが「神に見放された者たち」なのだ。
彼らに量産を任せるには、国家として受け入れる姿勢を示さなければならない。
それは、フェリス教に敵対することを意味する。
使徒軍に軍事力で劣り、国民がフェリス教に依存する小国にとって、そんな愚行は不可能だ。
フェリスとの関係を切るなら、初めからアフェバイラの属国になる方が賢明だ。
アフェバイラは「自由」の名の下、属国の自治権を認めている。
もちろん金銭や物資の献上は必要だが、他国を見れば、決して過酷ではない。この時代、勝者の蹂躙が珍しくない中、むしろ良心的と言える。
また、「自国の民」への攻撃を許さない。
自ら攻撃は仕掛けないが、怒らせれば烈火の如く敵を蹂躙する。フェリス教から確実に守ってくれる。
何より、インフラ整備や技術流通による恩恵は計り知れない。
結論として――属国化は、物理的なメリットだらけなのだ。
障害は、フェリス教への信仰と、属国化によるプライドだけ。
アフェバイラは決断を迫らない。この関係を続けるのも悪くない。
だが、フェリス教はいつ決断を迫るかわからない。
決断を迫られ、選択の猶予があればいいが、アフェバイラとの縁を切らなければ即異端、そして戦争――そんな可能性もある。
決断の日は遠くない。
その最後の一押しを求めて、グニラダは万感の思いで視察に臨んでいる。
自分の国、国民の人生がかかった責任は、重いどころではない。
だが、もはや考えるまでもない。
グニラダの驚愕には、もう一つ理由がある。
それは、ここに集う数十万の錬度の高さだ。
意思疎通が難しい竜蛇族や牛角族に、人間種の団長が雄叫びと手信号で命令を伝えれば、プライドが高い馬人族や竜蛇族に、軽視されがちな豚鼻族の若者が臆せず檄を飛ばす。彼らは不満一つ言わず、聖戦に向けて気合を高めていた。
つまり、この場ではすべての種族が対等であり、命令系統が厳守されている。
彼ら、彼女らは、それを受け入れているのだ。
聞けば、先の魔鬼族と天翼族は夫婦だという。驚くべきことに。
さらに、ここにいる半数以上は常備軍ではない。
なのに、聖戦に志願した彼らの行進や気合は、正規軍に勝るとも劣らない。誰も疑問を抱かないだろう。
「騎兵隊、今から数百人追加だ。人員の整備に向かえ」
「はっ!」
「ドラグーン隊、予定通り空からの監視に就け。時間が押している、急げ!」
「AGYAAAA!」
指揮するのは正規軍だが、彼らが急に動き出した。
その気配を、平原の猛者たちも敏感に察知したのか、一瞬ざわめきが広がり――そして止む。
余計な音で命令や合図を聞き逃す愚かさを、彼らは誰より理解している。
「これは……」
「ふむ、時間ですな。間もなく帝王よりお言葉があり――そして、聖女から聖戦の合図がなされます」
グニラダはふらりと塔の窓に近づく。
数十万の猛者が直立不動で、神殿の頭上を見上げ、時を待つ。その整然とした姿勢は壮観だった。
彼らの視線を追うように、グニラダも神殿に目を向けると、魔法と思われる白煙が立ち上った。
そして、大規模な光――後でアフェバイラのマジックアイテムだと知った――が照らし、
「こ、これは……あの方が……」
「帝王です。お静かに」
白煙に映し出されたのは、100数十年で大陸の4割を支配したアフェバイラの王。
その「力」と「人柄」で種族を超えて愛され、自由を理念に新たな世界を導く教王。
四本の手の一つに『聖典』を携え、精悍な顔で白煙に浮かぶ。
「帝王!帝王!」
「我らがアフェバイラ帝国の王!」
「同志の長よ!」
「GYA!GYAI!IA!IA!」
「偉大なる賢王!」
「ていおーさまー!」
「貴方のお力の恩恵を我らに!」
「アフェバイラに自由あれ!」
「アフェバイラを愛するすべての種族に祝福あれ!」
怒号のような歓声が、平原と神殿、さらに対岸からも響く。
我が心は帝王と共にとばかりに、聖典を掲げる者もいる。
その圧倒的な支持に、グニラダは目を離せない。
これが、帝王か、と。
帝王が声援に応え、聖典を持たない二本の手を上げると、瞬時に民は声を止め、静寂が訪れた。
「私が愛するアフェバイラの民よ。アフェバイラを愛するすべての者よ。自由を愛する者たちよ。君たちがこの聖戦に集まってくれたことに、私は感動を抑えられない。
今この場には、人間族、私と同じ四腕族はもとより、幾多の種族が集まっている。
これは我々には当たり前だが、同時に君たちと先祖たちの努力で成し遂げた奇跡的な光景だ」
静まり返った平原に、わずかな音が漏れる。
涙を抑える震え、拳を握る音。
亜人が虐げられた時代を生き、屈辱を乗り越えた長寿種。礎となった祖先を想う短命種。
そして、アフェバイラの保護外で今なお苦しむ同胞を知るが故に。
民の無言の想いを、帝王は一度頷いて受け止め、言葉を続ける。
「これより行われる聖戦は、その奇跡の集大成だ。たとえこの場にいなくとも、遠方から心を寄せる同志がいるだろう。力及ばず来られなかった者もいる。聖戦を軽視する者、拒否する者もいるだろう。――だが、それすら自由だ。我々は自らの中に収める限り、同志と共有する限り、すべての考えを認める。だからこそ、自由であるが故に、この聖戦は我々に意味と価値を与える」
一呼吸おいて
「この戦いで、敗者と勝者が生まれるだろう。戦果を上げられない者もいれば、栄光をつかむ者もいる。
だが諸君、私は願う。君たちすべてが勝者となることを。それが不可能だと知りつつ、なお願う。
そして何より――すべての民が聖戦を乗り越え、無事にこの場に戻ることを渇望する。聖戦は今回で終わりではない。次なる戦いの準備は、直後から始まるのだから」
帝王は聖典を掲げる。
「これより、聖女クギュミルの合図をもって、聖戦の開始となる。心せよ。……君たちの奮闘を期待する。――我ら、アフェバイラの自由と共に」
『我ら、アフェバイラの自由と共に!』
一糸乱れぬ唱和。
なんというカリスマ。なんという士気。
これは単なる言葉の拝聴ではない。
儀式だ。崇高な儀式だと、グニラダは身震いする。
興奮冷めやらぬ中、「聖女」が現れた。
純白の衣装に身を包み、美しく気高い一人の少女。
帝王に匹敵する歓声。
そして、すぐさまの静寂。
彼女は、すべてを魅了する透き通る声で高らかに告げる。
「この地に集まる、愛すべきすべての自由の戦士に、私は宣言します――」
間。
間。
間。
間。
間。
「これより、第二十八回同人コンテンツ即売会――『聖戦・アフェバイラ☆ぱらだいす』を開始します!
いっくぞー(はぁと)!
みんな、怪我なんてしちゃ駄目だからね!……べ、別にアンタが心配なわけじゃないんだから!ていおーさまが心配してるだけで、私はどうでもいいんだから!……でも、次もみんなと『アフェ☆ぱら』やりたいから……ほんとに、注意してね?」
「うっひょおおおおお!」
「クギュミーキタコレ!」
「FUUUUU!MOOOOOOOOO!」
「萌え!燃え!小さい子いいよなぁ」
「ごめん、俺ババア萌えだから。イッツバーニング!ババァ!結婚してくれ!」
「なんだと!……っく、だが俺も自由の民、貴様の嗜好に口は出さねぇぜ」
「なー、お前どこから攻める?」
「馬人族の族長の息子が出すって言うケンタさん若奥様イチャイチャ本」
「え、なにそれ、超見たい。馬耳可愛いよね」
「魔鬼族とかガチすぎる。あの角、触って『や……そこは敏感だからダメぇ』とか言わせたい。100年前のやつらはなんで争ってたんだ?あと、スタッフのサミールもデラーモさんも最高だろ!」
「はあ……風鳥族の男の子と土小人族の王子様のカップリング……これね!」
「それ、順序が逆だろ?常識的に考えて」
「MOOOE!EEEEEEEE!」
「おーい、牛角族のにーちゃん、クギュミー見て嬉しいのはわかるけど、落ち着けなー?」
「どうしてこうなった」
帝王の呟き。
偉大なる帝王アノン――その正体は、どこぞの「変態島国」でアシスタントをしていた売れない漫画家の記憶を持つ、性根から小市民な男だ。
前世の記憶か転生かはわからないが、そんな記憶が目覚め、国の娯楽の少なさに耐えかねて漫画を描き始めた。
四本の手で「めっちゃ効率よく描けるじゃん!」とテンションが上がったり、地球の道具を恋しがって「こんなのあったら便利じゃね?」と言ってみたり、簿記の資格を生かして財務大臣に貸借対照表や勘定元帳を教えて楽をしようとしたり。
「なにこのチート職人たち」
国の職人や賢者が大ハッスルして、どんどん開発・改良してしまう。
ぶっちゃけ、彼はほとんど何もしていない。
漫画の概念が大ウケし、国民が物語を求め、売り上げが税収を潤わせた。
だがフェリス教の禁忌に触れまくったので
「じゃあもういいよ!そんな宗教!」
と啖呵を切ったら、漫画を守りたい国民が賛同。
「だって亜人かわいいんだもん、フモフモしてて」
そんな感じで漫画を描いていたら、「偉大なる力」とか言われてもう止まれない。
今さら地球の名作をパクったなんて言えない。
まさかここまでハマるとは思わなかった。
フェリス教が戦争を仕掛けてきた時はビビったが、国民と亜人が「俺たちの漫画とアニメ(チート職人が水晶球でマジックTVを作った)を守れ!」と頑張り、いつの間にか帝王に。吹っ切れて権力を使って同人誌即売会を開催したら、人がドンドン集まってとんでもないことに。
「まあ、いいや……馬人族のギンちゃんが出すケンタさん若奥様本、買ってこよう」
レッツ現実逃避。
こうして、今回の聖戦も盛大に行われるのであった。
これは、なぜかオタク文化で世界を支配してしまった「ていおーさま」の、生誕から聖戦開催までの伝説的なエピソードや、フェリス教との戦いがエロ漫画やアニメのHENTAI文化で始まったり、内政チートや勘違いで武力最強になったり、カオスな話を気の向くままに綴る壮大な物語である。
ある意味これで本編が完結です。
残りの話はある意味おまけ。
ただしおまけのほうが本編より長いだけなのです。