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自由帝国の王  作者: ぐったり騎士
第三章

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15/25

第十三話 『愚者と賢者の狂想曲 ~闇の近衛兵~ 』

かっとなってやった。

もう何も怖くない。

「殺された?誰がだ……まさか!?」


「もしや、法神官殿の孫息子の……」


 膝を突いた『聖老』の呪詛の言葉に、『顎鬚』、『監視者』は最悪のケースが思考によぎる。

 だが、『聖老』の次なる言葉は、そんな彼らの予想を遥かに超えるものであった。


 それは――



「殺された……グリピンが殺された……」



 一瞬の静寂の後。



「なにぃぃぃぃぃぃ!?」


「馬鹿な!グリピンがなぜ!?」



 二人の更なる絶叫が、部屋に木霊する。



 ※グリピン

  アノン王子が現在連続発表中の作品『ゴラゴン・ドール』に登場するキャラクター。

  地方によって様々な伝承がある架空の神獣『ゴラゴン』。

  そのゴラゴンの力が宿った7つのドールが世界中に散らばっており、全てのドールを集めるとゴラゴンが現れ。どんな願いでもひとつかなえてくれるという。それを集めるために主人公のゴブーは仲間たちと様々な冒険をするというストーリー。

  グリピンはゴブーの親友にしてライバルの少年である。

  

  最近は話がドール集めの冒険譚ではなく、ゴブーのバトル中心になっていたが、そうなってからの人気は絶大なものである。

  現在、「天下無双武道会」によるトーナメント編が公開中。

  

  『賢しき隠者の会』の四人も当然はまっていたが、特に『聖老』の熱中ぶりはすさまじかった。



「いったい、何があったというのだ!?」


「わからぬ!だがグリピンの悲鳴が合った直後、ゴブーが駆けつけるとグリピンが倒れておったのだ!」


 『監視者』の問いかけに、ただ首を振って吐き出すように告げる『聖老』。

 そして、相変わらずニヤニヤと笑っている『鼠の耳』に、『顎鬚』は苛立ちを奮起させて詰め寄った。



「どういうことだ法務官!もしや聖ろ――いや法神官でょのの持っているのは――」



 (噛んだ……)

 (噛んだ……)

 (噛んだ……)



 三人の視線に、恥ずかしさからか怒りからか、顔を真っ赤にしながら『顎鬚』が叫ぶ。



「ええい、まだるっこしいわ。面倒くさい!『鼠の耳』よ、『聖老』の持ってるのはもしや?」


「うむ、次回発表予定のゴラゴンドールだ。粗刷り版だがな」


「なぜ『鼠の耳』がそれを?というか粗刷り版ってなんだ?」


「粗刷りというのは、公式に君たちに発表される前の、最終チェック用印刷版のことだよ。いろいろあって、今私も王子の作品の出版に関わる業務につけることになってな。いやはや、今回の件については非常にびっくりしたので、友人にて『元』同士たちにも情報共有しようと思ったのだ」


 『鼠の耳』の説明を聞いて、推測が確信へといたる。

 こうなれば、することはもう決まっていた。

 


「な、なんということだ……ええい、『聖老』よ、俺にも見せろ!」


「っく!おい『顎鬚』、順番だぞ順番!読んだら順にこっちにまわせ!」


 すでに力が抜けていた『聖老』の指から、原稿を受け取った『顎鬚』。

 そして、それに追従する『監視者』。

 二人が争うように、そのうえで決してページを曲げたり破いたりしないように扱いながらソレを読みあう。




「なあ、『聖老』。君の計画、やるとするならこの大会が終わった後、といっていたが――本当にやるのかい?」


「……この展開での決着がついたら、そのとき考える」


「そうかい」



 かすれた声で答えた『聖老』に、『鼠の耳』はこう思った。


(あ、これ決着がついても次の展開が気になって結局やらないパターンだ)


 と。




「おい!早くしろ!こっちはもう読み終わったぞ!」


「まて『監視者』よ!今いいところなのだ!ちょうど武道会が終わってテンジンバン、ギャオスに亀導師のじっちゃんが仲間にならんかと話して――うおおお!馬鹿な!グリピンが!?」


「やめろ!先に言うな!ちゃんと初見は絵で確認したいのだ!」



 そして、騒ぎ続けている二人を見ながら、『鼠の耳』は「まだだ、まだ地獄は終わらんよ」と呟いた。


 とはいえ、シリアスとかいまさらではある。




 そして、何時もの会議室にて。

 


「さて、とりあえず奇しくも私たち全員、計画を無期延期することに賛同したわけだが――」


「おい、ワシは今の展開の決着がついたら考えるといったろう!」


「粗刷り版をドヤ顔でお孫さんのところに持っていって『じいじすげー』と尊敬されて悦に入ってた奴が何を言っているのか」



 やれやれと肩をすくめる『鼠の耳』。



「っく……」


「まあまあ、『聖老』よ。提案だが、こうなってしまった以上、お互いに何があって心変わりしたのか情報共有しないか?私もある程度情報はつかんでいるが、眷属を通すのと実際に君たちから真実を知るのでは、信頼性がまったく違うからな。もちろん、私も説明する」


 『鼠の耳』が切り出したその案件――お互いの心変わりの理由については四人とも知りたいところである。


「うむ、どうやら俺以外も、全員王子にお隠れになられると困るようだ」


「だが、その理由が不明瞭では、確かに疑心暗鬼になるやもしれぬ。賛成だ」


「……ま、まあワシも気にはなってはいた」



 三人の了承を得て、『鼠の耳』は議長として言葉を続ける。



「よし、では順番は……そうだな、計画から離反した順でいいだろう。『聖老』は――まあ今回のとおりだから、『監視者』、『顎鬚』、私の順でいこうと思う」



 頷きによる了承。

 まず、『監視者』が立ち上がる。



「それでは話そう。実は――」






 それは『監視者』が家に帰ったときのことである。

 出迎えたのは、子供たちの面倒を見ている乳母代わりのメイド。そして愛すべき子供たちであった。

 ただし、いつもと様子が違ってもいた。それは――

 


「フィリス・レッド!」


「フィリス・ピンク!」



 なぜか、子供たちが謎のポーズをとってなにやら呪文のようなものを叫んでいた。



「あ、お帰りなさいませご主人様」


「あ、ああ……ところでこれはいったい――」


 戸惑う『監視者』。

 ちょうど、そんな彼女を子供たちが見つける。



「あ、お母さん!お帰りなさい!ねえねえ、『王国の平和を守るため、フィリス・ファイブ出撃せよ!』って言って!」


「ママー。ねえねえ、言ってー!」



 息子、娘に予想だにしなかったおねだりをされた。

 戸惑いながらも、それが子供たちの願いなら、とわけがわからぬまま応えようとして、



「え、え?……ええと……王国の平和を――」


「ちがう、違うよお母さん!そのときのポーズはこう!」


「うん、お兄ちゃんのしてるポーズでいって!」



 息子は、左手を腰に当て、右手をどこか遠くを指し示すポーズをとっている。

 娘もそれに同意しているので、どうやらそのとおりにしなければならないらしい。


 とりあえず、四腕の上の二つを用いて、そのポーズをとってみる。

 メイドが、とても微笑ましそうにそれを見ていた。



「お、王国の平和を守るため、フィリス・ファイブ出撃せよ!」



 言われたとおりにして、そしてしばしの無言。

 子供たちはといえば、そんな『監視者』を見ながらぶるぶると体を震わせて――



「うおおおおおお!」


「きゃあああああああ!」



 歓喜の声を上げた



「すっげぇぇぇぇぇ!ほんとにカンシー司令だ!」


「ママ、すっごくかっこいい!」



 え、と。


 何故だか知らないが、子供たちは大喜びで『監視者』に飛びついてくる。

 うれしい。

 うれしいがいったい何があったのかさっぱりわからない。



「え、ええとお前たち。そのフィリス・ファイブというのは?司令って?」



 聞くと、息子は近くの机の上においてあった絵本――ではなく、雑誌とか言う書物を差し出した。

 確か、アノン王子が試験的に始めていたものだったはずだ。

 それが何故ここに?



「これだよ!正義の味方、フィリス・ファイブ!」


「フィリス・ファイブもかっこいいけど、司令はそんなフィリス・ファイブのまとめ役で、いつもがんばってるんだ!」


 雑誌を手渡され、それを凝視する『監視者』。

 五色の服に包まれた謎の戦士たちが、どことなく洗練されたポーズを取っているイラストが描かれている。

 そこには、このような説明が書かれてあった。



 ※『正義戦隊!フィリス・ファイブ』

  大陸の歴史において、様々な悲劇的事件や戦争を意図的に引き起こし、暗躍していた暗黒魔学帝国ゲル・ジャーク。

  彼らはついに大陸を征服をするために表立った活動を開始した!

  

  それに対抗するため、アケババラ王国は正義の戦隊を結成する。

  その名はフィリス・ファイブ。

  『神聖魔学』により正義の精霊フィリスの力を体に付与した5人の戦士たち、それが正義戦隊フィリス・ファイブなのだ!

  行け、フィリス・ファイブ!

  負けるな、フィリス・ファイブ!


    テイオー先生(アノンのペンネーム)による「よいこマガジン」にて好評連載中。

    また、アノン王子管轄の国営劇場にて全国でショーが開催される予定。


    「さあ、良いこのみんな、豪楽園劇場で、僕と握手!」

    

    なお、この作品はフィクションであり、実在する王国や宗教とは一切関係ありません。



「こ、これは?」


 困惑しながら、メイドに聞くと、彼女はニコニコと微笑みながら、応えてくれた。



「先ほどアノン王子の従者の法務官様がお見えになられて、こちらの本をプレゼントしてくださいましたよ?元孤児全員に対する慰撫とかで、各地を回っているそうですが、すれ違いませんでしたか?」



(おうじいいいいいい!?)



 ある意味で敵である王子の従者が、ここに来たという。

 当たり前だが、彼女が公務として着ているのだから、王子がそのことを知らぬはずがない。

 まさか、自分の叛意に気づいて何か仕掛けてきたのでは、と不安になる。


 これは、実は自分宛の何かのメッセージではないかと、子供たちから渡されたフィリス・ファイブを読んでみることにする。



Fレッド 「ガル参謀!貴様ら!なぜこんなひどいことができる!


ガル参謀「ふふふ……大陸の人間どもよ!貴様らはこの暗黒魔学を理解せぬ愚かな存在だ……下等な家畜と同じだ。そんなお前らを我らデスジャーク帝国の実験材料、そして奴隷として働かせてやろうというのだ。感謝するべきだろう」


Fピンク 「そんな、この人たちはただ平和に優しく過ごしていただけだというのに……許せない!」


Fブルー 「デスジャークに属さないものだから虐げていい……そんな考え、許されるわけがなかろう!そんなものは正義ではない!」


ガル参謀「ふん……何を言う。貴様らもやってきたことだろう。自分たちこそが正しいのだと争いあった貴様らが『正義』などといえたことか!愚かなお前らを、われ等が管理してやろうというのだ!」



 そう、デスジャークの罠にかかった彼らフィリス・ファイブは、暗黒魔学により普段は抑えていた主義主張の違いからのお互いへの不満を暴発させられてしまい、つい先ほどまで仲間割れをしていたのだ!

 しかも、まだわだかまりは解けていない!


 動揺するフィリス・ファイブ。


 いけない、神聖魔学は優しさの力。

 精霊フィリスの力もこのままでは弱まってしまう!

 そしてこんなにも心がばらばらでは、合体魔人形アケババラーも呼び出すことができない!


 どうなる!? フィリス・ファイブ!



???「そうだ……人は愚かで残酷だ。だが、だからこそ賢く、そして優しくなろうと努力することができる」



 そのとき響いたのは、五人が信頼を寄せる、偉大な四腕の人――



F全員「「「「「「カンシー司令!」」」」」



 動揺していた五人が、ひとつの方向を見つめる。

 カンシーは、ゆっくりと彼らの前に、そして堂々と現れる。



カンシー司令「自分の考えが正しいから、正しいとされることをしたから正義なのではない。優しく、強く、愛する心を持とうと努力することこそが正義なのだ!戦士たちよ、お前たちに問おう!お前の仲間たちは、それができない者達か!?」



 はっと、何かに気づく五人。



Fブラック「違うぜ!……俺は、俺の信じる仲間たちは、いつだって優しいやつらだ!」


Fイエロー「そのとおりでゴワス!強い心とは傲慢ではなく折れぬ意思!みんなそれを持っているでゴワス」


Fブルー「ッフ……拙者もまだまだだな。こんな当たり前のことを忘れていたとは……」


Fピンク「人を愛する気持ち……たとえ立場や考え方が違っても、それだけは絶対に忘れてなんかいないわ!」


Fレッド「そうだ……確かに俺たちは仲間同士で争った……だが、許し、そして信じられる。なぜなら!」



 ここで全員がポーズをとり、



F全員「『全ての優しい者達』を守りたい!そのためだけに、俺たちフィリス・ファイブは立ち上がったのだから!」



 満足そうに頷くカンシー司令。



カンシー司令「いけ、フィリス・ファイブ!『全ての優しい者達』を守るために!その思いこそ、精霊フィリスの力を輝かせる、本当の正義の力だ!」


F全員「「「「「おうっ!」」」」」



 なるほど。

 そこには、自分が「教育においてもっとも難しい」と思っていた要素が、目に見える形で描かれていた。


 哲学的なものを求めていけば粗は多い。

 結局は武力で解決しているとか、守る云々についても結局立場の違いだろうとか、突っ込もうと思えば突っ込める。

 ただ、わかる。わかってしまう。

 その突っ込みは、フェリス教を善としたやりかたにも跳ね返るということが。


 そのうえ何がいやらしいかといえば、フィリス・ファイブの基本的な正義のあり方としては「フェリス教」に沿っているところである。

 この作品そのものにおいてでは、「神に見放された者達」をどうこうということは一切触れておらず、ただ「思いやりを持て」とか「お互いを許しあいましょう」とか『全ての優しい人』を守ろう、という、それだけでしかない。

 これは、フェリス教の基本概念にも存在しているものだ。

 下手をすれば、『聖老』ですら「良いものだ」と認めてしまうかもしれない。寓話として、優秀なものであると。


 なによりも斬新で面白い。

 この手の寓話といえば主役は勇気ある騎士であったり敬虔なフェリスの神官だったりと相場が決まっているものであるが、出てくるのは訓練を受けただけの普通の青年たちだ。また、使われる魔法やアイテムも、「不老不死の薬」とか「神の力」といったオカルトそのもののありえない代物ではなく、実在する『魔学』という身近な技術である。だが、そこに暗黒、神聖という本来ありえない要素を加えることで神秘性が付与されているのだ。

 戦う相手もまた、魔王というような御伽噺のものではなく、凶悪ながらも同じような人間であり、我々の生活の中にある悪意や問題を利用して攻めてくるという単純な力押しではない恐怖感。

 そして、主人公たちはいざというときにだけ、正義の心により変身して力を得て戦うというその斬新さ。

 とどめの、主人公たちの魔学兵器の乗り物が変形合体して、巨大な魔人形となり敵と戦うという発想には度肝を抜かれた。


 これは間違いなくはやる。

 なにより子供たちは熱中するに違いない。

 特別ではない者達が、ただ正義の心と「ほんとうにありそうな魔学技術」をつかって英雄になるのである。

 身分問わず、「自分ももしかしたら……」と思わずには居られないではないか。



 だからこそまずい。

 これは「お話」だから、実際にあるような闇の部分は触れられていないし、問題にあがったりすることはない。

 だが――



「フィリス・ファイブはとっても優しくてかっこよくて良い子の味方なんだよ!悪いことをすれば人でも『めー!』って叱るし、亜人でも良い人なら優しいんだ!」


(ぐぶっ!)



 確かに、子供たちには「いつも正しくあれ」とか「人を貶めて喜ぶ者になるな」と教えてきた。

 だがそれは「神に見放された者達」に対して、大きく情をかけろとか「神に許された者達」と同等に扱うべきとか、そういうことではない。

 自分がそうであるように、「不当に虐げるな」「残虐な精神を持つな」というという意味である。

 いうならば「下々に対しても寛容でいなさい」という上から目線のものであるのだが。



「それを良く思わない人もいるんだけど、カンシー司令はそういうのを絶対に許さないの!」


(おふっ!)



 『監視者』は正義の人と自負している。

 フェリス教徒でありながらも狂信者ではなく、且つ教養が高い彼女は、フェリス教の様々な行いが建前や政治的理由による詭弁であることも知っている。

 ゆえに、子供たちにはそういった世の中の汚い部分を受け止められる年になるまで、汚泥には触れさせないようにしてきた。 


 だから――この言葉はキツかった。



「カンシー司令ってお母さんみたいだよね!かっこいい!」


「うん、ママってステキ!」


(がはぁぁっぁ!)



 そうである。

 つまり、そういった「大人の事情」に触れないようにして、「きれいごと」を前面に押し出したことを子供たちに見せ、接し、教えてきた自分は、まさに「カンシー司令」の言ってることをそのまま正義だとして教育してきたようなものであるのだ。

 それは司令と自分を重ねるだろう。


 もちろんいつかは、そういう大人の世界の汚い部分を知るときは来るだろう。


 でも。

 でも、である。


 それでも子供たちには


「ボクのお母さんはそういうことに負けない素晴らしい人なんだ」

「私の尊敬するママはどんな人にも優しい本当に正義の人なの」


 と思われていたい。

 それは、親として、子供たちの先を歩み背中を見せるものとして、当然の感情ではないだろうか。


 そんな自分が、もし「王子をお隠れいただく計画」に加担していると知られたら、二人はいったい私をどう見るのか――


 だが、葛藤に苦しむ『監視者』の心のうちを知らない子供たちは、さらに容赦ない言葉のナイフを振るい続けた。



「でも、ガル参謀はひどいんだ。デスジャークの中にも『暗黒魔学を使っていない人々とも仲良くしよう』っていう良い将軍がいたのに、気に食わないからって暗殺しちゃうんだ。……絶対に許せないよ」


「そうなの……ガル参謀って大嫌い!」





「……ゴブゥッ」




 『監視者』が、膝から崩れ落ちた。








「ということがあってな……。子供たちには勝てなかったよ……」


「……」


「……」


「……眷族からの報告でだいたい知ってたけど、実際に君の口から聞くと壮観だねえ」



 冷たい目で見られて、『監視者』はただをこねるように四腕を振り回しながら吼える



「な、なんだよ。じゃあお前ら、自分を正義の味方と同じだと尊敬してキラッキラ、キラッキラだぞ?そんな目で見てくる子供たちの前で、『人には優しくしないとダメです!殺していいのはモンスターと異教徒だけです(キリッ』とか「だから私は王子を暗殺しちゃいました!これが私の正義です!(ドヤァッ!)』とか言えるのか!」


「……むう」


「まあのう……」


「少なくとも君には無理だろうね」



 三人の目は、冷たさから生暖かいものに変っていた。

 まあ、だからといって何かが救われるわけでもないが。



「そ、それに私がカンシー司令役になって子供たちがレッド、ピンクでやるフィリス・ファイブごっこが結構楽しくてな……最近は子供たち用にフィリススーツも準備してみたが、これがよく似合ってな!私も司令の格好をしてだな……」


「いかん、『監視者』の子供自慢が始まったぞ」


「はやめにとめないとまずいのう」


「ちなみに眷属からは、『監視者』が最近『可憐ライダー』と『美少女マスク・ポワポリン』の衣装も準備中だという情報が入っている」


 どうやら子供とごっこ遊びをしているうちに、本人も何かの新しい趣味に目覚めたらしい。



「それでそのとき娘はだな……」






「さて、『監視者』の暴走が止まったところで、次は『顎鬚』、君の版だ」



 半刻ほどの語り部が終わったところで、『鼠の耳』は次の報告者を指名する。

 『顎鬚』は、最初恥ずかしげにしていた『監視者』とは対照的に、自らを誇るように胸を張って立ち上がった。



「うむ、俺は、『監視者』とは違い、もっと壮大な理由だ。なにしろ、運命とであったのだからな」


 そして語られる、驚愕の事実――




 王子の執務室に呼び出され、いきなり差し出された書類を目にした『顎鬚』は、かっと目を見開いてそれを見つめていた。



「これは――」


「うむ、私が次にやろうとしている作品なのだが、タイトルは『おおっ!フェリス様!』という」



 ※『おおっ!フェリス様!』

  真面目だが女心がわからず女性と縁のない新米兵士である主人公の青年が、兵の宿舎で休息をとっていたとき、ひょんなことから転送魔方陣が作動。なんと伝説とされている天翼族の女性が現れ、願い事をひとつかなえると告げてくる。

  フェリス教における「神に祝福された者達」のなかでも、もっとも祝福の度合いが高いとされる天翼族が実在し、現れたことに主人公は最初は驚愕するが、そんなことあるはずなくこれは誰かの悪戯かと判断。冗談で「君と一緒に幸せになりたい」といってみたところ、なんと彼女は本当に天翼族であり、契約魔法によってその願いが受理されてしまった。

  こうして、二人は一緒に暮らすことになったのだが――というラブコメディ。



 描かれた天翼族は、素晴らしく麗しい女性。

 王子の描く人物の特徴だが、決して写実的とは言い難い、目が大きく鼻の小さい独特の造詣。

 だが何故だ。

 今までに出会い、そして抱いてきた女性より、遥かに魅力的に見えてしまうのは!


 そして何よりこの主人公は――



「まさか……お、俺……か?」



 確かにそこに描かれているのは、『顎鬚』よりはかに若い――まさに顎鬚など存在しなかったころの、若輩者の自分である。

 これはいったいどういうことだろか。



「うむ、実は主人公を描くに当たりいろいろと模索していたのだが、モデルとして君を使ってしまったのだ。はじめは今の若い兵士をモデルにしようと思ったのだが、実際に『今』の彼らを使ってしまうといろいろともめそうだったのでな」



 いわゆる「俺の嫁論争」的に。


 ぼそりと呟いたアノンの言葉は、もはや聞こえていなかった。



「周囲の女性からの好意には鈍感。誠実だが普段の振る舞いのせいでとっつきづらいと思われている主人公。だが、ふとしたときに見せる優しさに好かれまくる。だが主人公は着実に天翼族の少女との交流を深め――聞いているか?」


「は、はい!もちろんです!」



 嘘である。

 すでに目線は「おおっ!フェリス様!」の物語を追う意外、まったく動いていない。



「昔の君を知っているのは若いものたちにはあまり多くないだろうし、それなりにデザインもデフォルメを加えている。だが、君のいくつもの武勇やエピソードを基にした話もいろいろと考えているのだよ。だから、君からモデルとして使う承諾を得たいのだ」



 すでに先方――作品発表における印刷もろもろを担当する業者や大臣たち、ヒロイン役のモデルにも話は通してある、とアノンは言う。



「あとは君の許可しだいなのだ。もちろん、反対であれば言ってくれ。残念だがそれはまだネームの段階だし、キャラの変更は可能だからな。……で、どうだろうか」


「……」



 無言でいる『顎鬚』に、王子は「やはりこういう扱われ方は不満なのだろうか」と心配になりつつ、通用するかわからないが新たに条件を提示する。



「ああ、それからもしOKしてもらえるなら、君に取材を申しこんだり内容の確認などをしてもらうこともあるので、原稿は優先的に見せたいと思う。それから、君が望むならヒロインの書き下ろしピンナップも――」


「是非、お願いいたします」


 即答であった。


 どうやら、女性に縁がない上に戦い一辺倒で生きてきたため――「こっち方面」に対して耐性がまったくなかったようだ。





「こうして、俺は運命とであったのだ」



 フンス、フンス、と鼻を荒げ、自慢げに自分の名前入りアノンのイラスト付サイン色紙を見せる『顎鬚』である。

 さらによく見れば――彼が腰に携えている「銘持ち」の剣の柄には、そのイラストと同じキャラクターを模したものと見られる小さな人形がついていた。



「俺は彼女を心の嫁として一生愛でる所存。別にアノン王子の政策に賛同するわけではないから賢しき隠者の会には参加するが、お隠れいただいては困るのだ!」



 誇り高き戦士である『顎鬚』の心からの叫び。

 戦場で彼があげる雄たけびを聞けば、それだけで千の兵士が士気をあげるといわれたそれが――今、ここに再現される。


 限りなく残念な方向で。



「……仕方ないかのう」


「うむ、仕方ないな」


「え、仕方ないの?」


 『聖老』、『鼠の耳』の深々とした同意の頷きに、『監視者』は反射的に疑問の声を上げる。

 女性である自分にはよくわからないが、仕方ないらしい。


 その色紙に描かれた女性キャラたちをお互い指差しながら、



「ワシはこっちのぼいんぼいんな褐色の娘が――」


「私はこの小さい子ですね。いや、いやらしい意味じゃないですよ?」


「ヒロインのメルタンティは俺の嫁」


 と言い合っている三人の男を見据えて、『監視者』は一人疎外感を感じていたりする。





「最後は――私か」



 ようやく「どの娘が可愛いか」談義が終わったらしく(決着がついたわけではない)、『鼠の耳』が立ち上がった。



「うむ。……正直、お前が寝返るのが一番意外であったわ。それも単に会から抜けるのではなく、完全に王子側についたと聞いたが――まことか?」



 『聖老』の言葉に、二人が反応する。



「なに、そこまでか」


「なんと……」



 『顎鬚』、『監視者』は驚愕の表情を隠さず、『鼠の耳』を見やる。

 彼は、ただ肩をすくめるだけだ。



「まあ、ね……ただ、私のことを聞くには、君たちにも痛みが必要だが、その覚悟はあるかい?」



 ニヤニヤと笑う彼の表情には、いやみったらしい何時もの嗤いでも、ましてや爬虫類のような獲物を見つけたときのこらえられない笑いでもなく――なぜか、自嘲めいたものを感じさせる。



「ふん、いまさらよ。それに俺には心の嫁がいるのでな。多少の苦しみなど全て癒されるというものよ」


「私も、子供たちに嫌われるのでなければ他はたいしたものではない」


「もったいぶらず、さっさと言わぬか。ワシはグリピンの件ですでにライフはゼロじゃ。いまさら痛みも何もないわい」



 そう応える三人に、『鼠の耳』は「そうか」と一言呟いて、



「まあ、もったいぶるも何も、私の話は君たちとは違って、すぐに終わるんだ」



 せかされながらも相変わらずど飄々としながら、ゆっくりと口をつむぐ。

 そして、『聖老』たち三人が喉を湿らせようと口に茶を含んだその瞬間を見計らって――



「断罪メモのレルのことだが――あれ、もうすぐマイトに負けて、死ぬから」


「「「ブウゥゥゥゥゥー」」」



 三人がいっせいに噴出した。



 ※『断罪メモ』

  そこに名前を書かれると、それだけで人が死んでしまうという恐ろしいメモ帳。

  そのメモ帳は一冊に付き一匹の不可視の魔法生物が宿っており、メモの所有者しか見ることはできない。

  その魔法生物は、そのメモ帳の使い方だけでなく、「命力」と引き換えに様々な力を与えると誘惑してくるのだ。

  

  そんなメモ帳を拾ったのは法神官を目指している正義心の強い天才少年のマイトで、これによって正義の裁き--断罪を行えると喜んで使い始めてしまう。

  

  徐々に理想が歪んでいく天才少年。だが、その前に立ちはだかるのは、王宮において絶大な信頼を得ている天才調査官のレルだった。

  現代魔法学の常識が一切通用しない力の「断罪メモ」を持つ天才少年マイトと、だがそれでなお彼を追い込んでいく調査官のレル。

  その息をつかせぬ心理戦の行方は――!?




「ぐばっ、げは!」


「ちょっとまて!どうして!どうやって……!」


「やめい!聞くな!言うな!今めちゃくちゃいいところなのに結果だけ聞かされるとかやめてくれ!」



 三人の同様と、混乱を胸のすくような思いで見据えながら、『鼠の耳』はさらに容赦ない追撃を行う。



「あと『君にタッチ』でミマミちゃんがカッチンとタッチン、どちらとくっつくかという話だが、なんとカッチンが――」



「「「やめろおおおおおおお!」」」



 ※『君とタッチ』

   法官士を育てる王立学校で学ぶ少年少女たちの青春物語。

   優秀な弟とダメな兄という双子の少年と幼馴染の少女の三角関係と、それを取り巻く様々なドラマが描かれている。

   ちなみにヒロインのミマミちゃんがタッチン、カッチンのどちらとくっつくかという論争は、様々な場所で行われている。




 なおもまだ口を閉じようとしない『鼠の耳』を押さえつけ、一騒動あったところで、ようやく落ち着きを取り戻した四人。


 そしてやるせない憤りを握り締めた拳につぎ込んで血涙を流す、『鼠の耳』。



「わかるか……王子のところから情報を持ち帰ってみたら、結果のネタばれだけを先に知ってしまった私の気持ちが!」


「ああ、わかった。わかりすぎるほどわかった。俺が悪かったからやめてくれ」


「これは……きついな。グリピンのときですらきつかったのに『断罪メモ』と『君とタッチ』の二作でやられたら心が折れる」


「そりゃ調査をやめるのも納得だわい……誰だってそうする。ワシだってそうする」



 確かに、王子を暗殺することで、それらの作品が読めなくなることはわかっていた。

 しかし、そうなることが残念であれど、義憤があったころの自分たちなら我慢できなくはなかった。

 だが、今は違う。

 理由は異なれど、すでに計画を実施するつもりはないわけで、そうなってしまえば「他の作品」だって楽しみに待ちたいのである。


「ネタばれを知って後悔した後、私は思ったよ……王子の手によって生み出される力の前に、私はとっくに屈服していたのだと。様々な予想をしてなおソレをあっさり上回る展開、驚愕の事実、どんでん返し……まさに、手の上で転がされている側なのだと、な……」


 いろいろと納得である。

 なんという恐ろしい事実だろうか。


 そして何より、そんなふうに王子の手の上で踊らされている自分たちがまた、それを楽しいと感じてしまっていることが、さらなる恐怖であった。

 もはや、四人は王子の偉大なる力に、抗おうとする気持ちは全て消え去っていたのである。


 こうして、今回の「賢しき隠者の会」は閉幕することになる。



「というわけで、私は今は、完全に王子側だ。資料集めから作品発表のための様々な準備、そして――『闇の近衛兵』への手伝いも、な」



 そんな、『鼠の耳』の最後の爆弾とともに。



次回は本日夕方か明日の朝ごろ公開です。

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