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自由帝国の王  作者: ぐったり騎士
第三章

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第十話 『愚者と賢者の狂想曲 ~顎鬚~ 』

誤字チェックとかしないで投下する恐怖!


 外では兵士たちの訓練が終了し、徐々に気が抜けた声が聞こえ始めた夕刻。

 一方王宮ではそんな兵士たちとは真逆に、様々な官たちがそれぞれの任務を果たすべく慌しく動いていた。

 ここ、とある集団の中では『鼠の耳』と呼ばれるその法務官も例外ではない。もっともそれは「表」だけでなく「裏」もふくめてのものではあるので、自業の結果ではある。


「以上が報告となります」

「ご苦労、では下がってよろしい――いや、しばし待て。今書類を書き上げるので、それを法税官殿に持っていってもらいたい」


 部下けんぞくの『メス鼠』からの報告に一度うなずいた『鼠の耳』。

 だがすぐに彼女を呼びとめ、書きかけだった「表」の仕事における書簡にペンを走らせる。

 『メス鼠』は、主の注文オーダーに一度だけ「はっ」と答えると、そのまま無言でその場に立ち尽くす。

 

 かりかりと、虹色に輝く羽ペンを走らせる『鼠の耳』。

 すぐにできあがると思われたその書簡は、思った以上にチェックすべきことがあったのか、室内にはペンの音が長く長く響いている。

 その無言の空間に、耐え切れなくなったためかどうかはわからないが、『鼠の耳』はおもむろにこんなことを言い出した。

 

「ねえ、君。もし――もしも、世捨て人で何も弱みをもたず、拷問でも意思を曲げないような強者つわものを精神的に屈服させる場合、どんな方法があると思う?」

「……しばしお待ちを。考えます」


 唐突な質問に、だが『メス鼠』は戸惑いもなく考察を開始した。

 主がこのように、何の脈略もなく不可解な質問をすることは、珍しくないためだ。

 それが彼の趣味なのか、それとも意味があるのかはわからない。

 だが、眷属ぶかの自分は、それに真剣に望めばよいだけである。

 

「単純に、力によって征服すればよいのでは?」

「そうだね、それもひとつの方法だ。正解ではあるだろうね。だが、さっきもいったとおりとんでもなく強い相手だからそれはとても労力がかかるし、それに力といっても様々だろう。たとえば武力を誇る者に権力で征服できたとして――相手は心から屈服すると思うかい?」

「それは――」


 たしかに、それは敗北とはいえ心を折ることにはならないだろう。

 一時的に従いはするかもしれないが、その反意を「折る」のは難しい。

 

 

「では、恫喝というのは?」

「そうだね、それもまたひとつの方法だが――どうやって? 相手に弱みはないんだよ?」


 むう、と唸ってしまう『メス鼠』。


 では、懐柔?

 いや、前提条件で「何も弱みを持たず、拷問は通じない」とある。

 つまりは、そういうもの全般が通用しないという暗喩だろう。

 では、どうすれば――

 

「すみません。私の頭では、前提条件を乗り越えるだけの方法が思い浮かびませんでした」


 彼女は、頭を下げる。

 彼女の主は、物事を考えずに「わからない」と答えをねだる者を嫌悪するが、ちゃんと深く考えた上で「わからない」という者には肝要である。

 むしろ、「わかったふり」をする者をなによりも嫌う。

 そして今回も主である『鼠の耳』は、満足げにうなずいて微笑んだ。


「いや、十分だよ。君の答えも正解だと思う。単に、僕とは違う回答だったってだけだからね」

「では主。主のお考えの答えは、どのようなものなのでしょうか」

「ああ、僕なら、恫喝する」


 はあ、と。

 思わず首を傾げてしまう『メス鼠』。

 それは、自分の答えと何が違うのか、と。

 

「うん、君の疑問はもっともだね。確かに君の回答と同じだからね。ただし――」






 夕刻となり赤く染まり始めた王宮の廊下を、ずんずんと歩いていく巨漢が一人。


 『顎鬚』である。


 第三王子アノンのいる執務室は、王宮内の文官たちの働く部屋の中心に存在した。

 本来、王族たちは王宮に隣接する特別な離れにて政務を行うのだが、アノンは「責任者が離れにいたら緊急時に困るだろうが」ともっぱらそこにいる。

 そういう「実」を優先するやり方と、働く官僚たちと同じ目線で政務を行うという考え方は、実際に戦場で現場指揮する『顎鬚』には、非常に共感できるものではある。

 だからとはいえ、それが彼の失脚をあきらめる理由にはならないのも間違いないが。

 失脚――そう、失脚でよいのだ。本当は。

 ようは、彼の価値観が王子の『神に見放されたものたち』を受け入れるというあり方に忌諱を持ってしまうだけであり、それ以外の様々なことについては、その力を認めてすらいる。

 だが、その失脚が困難だからこそ――。

 『聖老』の提案に、決行を先延ばししたとはいえ乗ったのだ。

 自分が敵意を抱いていることにアノンが気づいているとは思えないが、それでも敵地に乗り込む心境で、『顎鬚』は廊下を進んでいく。

 急な王子の呼び出しだが、手続きを踏まない日中の急な呼び出しはそれほど珍しいことではない。

 ただ、実際その用もたいしたことではないことが多い。

 事実、三ヶ月前と一ヶ月前での用件を知っている部下たちから、

「たいちょー、また見合いの話っすかー」

 と笑いながら言われたのがその証拠だ。

 実際、今回もそうであったとしも、不思議はないと『顎鬚』は思っている。

 

「見合い、か。……ふん、今更よ。伴侶など今の俺には枷にしかならぬ。それにもはや俺は剣に生きて、死ぬだけでしかない」


 彼は、自分の不器用さを理解している。

 女が嫌いなわけではない。商売女相手に卑猥な言葉をかけたり、軽口をいったりすることはしょっちゅうだ。だがそうでない普通の女となると、そうも行かない。やれプレゼントだの、やれ甘い言葉だの、女心だのなんだのを理解しろだの、面倒くさいのである。

 性欲の処理なら高給取りの自分は夜の街にでれば困ることはないし、遊ぶだけなら気のあったバカ野郎たちとバカ話をすればすむのである。

 今更家庭など、考えるだけでため息が出てしまう。

 それでも、夜に一人毛布をかぶって寝るときに、指先に誰も触れないことへの寂しさを感じてしまうことを、自覚しないではないのだが。

 

 そして、アノンの待つ部屋の扉の前で。

 『顎鬚』は一度、服の乱れを直して、ノックをした。

 

 どうぞ、と。

 あの特級法務官の鈴のような声が聞こえて、『顎鬚』は扉を開けた。


 アノンの執務室。

 そこにいるのは、アノン、特級法務官の従者、そして『顎鬚』の三人のみ。

 儀礼的なやりとりが終わり、アノンがようやく本件だ、と紙の束を『顎鬚』に渡す。

 そこにある、とある女性の姿見。 

 『顎鬚』の心臓に、鼓動がひとつ。


「どうかな、法武官。先方もその気でな。この提案をお前が受け入れてくれるなら話を進めてみたいのだが」


 にんまりと、四つ腕を組んで、微笑む王子アノン

 その笑顔が、『顎鬚』には悪魔の微笑それに見えた。

 だが、その誘惑に抗うことができそうもないことを、彼は足元からくる震え――喜びのそれとともに、理解していた。


 ――その日、彼は運命と出会ったのだ。







 とある文官の執務室にて。

 男は、部下の女に言葉を続ける。

 

「ただし――弱点を作ってからね。例えば弱みがないなら弱みとなる存在を与えて(・・・)しまえばいいんだよ」


 はい、と。

 男はただの世間話が終わったとばかりに、書き上がった書簡を彼女に手渡した。

 その際、一瞬だけ女に触れた、男の指先。

 彼女には、それが、とてもとても冷たく感じた。

 『鼠の耳』と呼ばれているその男から感じた感覚は――ああ、『メス鼠』である彼女には、よくわかった。わかってしまった。

 睨まれたなら動けなくなる、つまりはそういう(・・・・)ことだ。


 あの冷たさは、哺乳類ネズミのそれではない。






 爬虫類へび、だ。










 ある日の『賢しき隠者の会』にて。

 

 『顎鬚』が、計画の無期延期を提案した。

 

 



 部屋にいた『誰か』が、「二つ、了」と呟いた。

主人公の出番?なにそれおいしいの?


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