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猫的な彼女

作者: 菜緒

昔、大学の授業で『声』に関する作品を創作する課題を出されたとき書いたものです。短すぎて良く意味がわからないかもしれませんが、それでも少しでも私の考える『声を上げるということ』が伝われば幸いです。

 猫的びょうてきな彼女


 彼は

 死に直面した彼は

 ナミダなんていう概念は知らないし

 泣くという行為も知らなかったから

 ただいつものように


 なー、と鳴いた。


 その間延びした声を最後に、彼は、私の前で死んでしまった。


 今思えば、あのときの彼はいったい何を言いたかったのだろうか……




 空を見上げれば今日は快晴。左手には海。

 右手には防風林。嫌なことがあったときはこの海岸線を歩くのが私の習慣だった。


 まったく、今日は本当、すこぶる嫌な日だった。

 まず、三年間付き合っていたカレシにいきなりフラレた。

 好きだったのにフラレたのだ……もうサイアクだ。

 それだけで気分が沈む。


 周りには人がいない。今日はちょっと短めのスカートだったけれど、私は構わず左手にある一段高い塀によじ登った。やっぱりそこからの方が海はキレイに見えて、風はキモチよかった。


 カレシとワカレたあと、この場所に来る途中で車に轢かれた猫の死体を見つけた。

 ふわふわだったはずの白い毛は鮮血によって紅く染め上げられていて、よく見るとピンク色でテラテラと光る何かが小さな体躯からはみ出していた。

 一台が避けた。

 そして後ろの車も気付いて急ハンドルを切りそれを避けた。

 三台目は気付かずに時速60キロでそれを蹂躙していった。

 私は目を逸らしてその場を立ち去ったけれど、その瞬間なんだか死にたくなった。

 ちょっと自暴自棄なのかもしれない。


 ここで鼻歌を歌いながら小刻みにステップでもすれば、それはきっと映画のワンシーンみたいだろうと思い、危ないのを覚悟でぴょんぴょんと跳ねながら歩いてみた。

 なかなか爽快だった。


 昔、親に黙って白い子猫を神社の裏で飼っていたことがあった。

 飼っていたといっても、小学校の帰りに給食の残りをあげて、ひとしきり撫で回したら家へ帰る、その程度のことだったけれど。

 猫には「なつ」という名前をつけた。

 夏に拾った真っ白な毛が素敵だったやんちゃな雄猫。

 彼は少し足が不自由だった。

 あのときは生まれつき足が悪い子なんだね、となつに話しかけていた気もするけれど、今考えてみれば所々毛が毟り取られていたりして、おそらくは虐待された上、そのまま神社に捨てられたのだと思う。

 思った瞬間、心が痛くなった。


 となりのトトロの「さんぽ」を口ずさみながら何度目かのステップを踏んだとき、ちょっと前の辺りで鳥が一斉に羽ばたいていったのが見えた。

 もう少し近づいて見てみると鳥を蹴散らしていたのは、一匹の白い猫だった。


 確かクリスマスだった。それも極上のホワイトクリスマスだった。

 その聖なる日の早朝、誰もが目を見張るようなキレイな白銀の世界で、なつは、死んでしまった。

 早朝、息を切らして現れた私を、死にそうな彼は透き通った瞳で見つめていた。

 そして彼は自ら進んで死ぬように


 なー、と鳴いた。


 彼は不満ではなかったのか。

 彼は怒ってはいなかったのか。

 せっかくこの世に生を受け、

 傷付きながらも懸命に生きたのに、

 結局は無残に死んで、

 彼は神様を恨まなかったのか。

 ありとあらゆる不満、不安、不平をせめて目の前にいる人間のガキに言ってやろうとは思わなかったのか。

 私には、彼が最後に「死ね」と言ったような気がしてならなかった。


 白い猫を見たら「なつ」を思い出した。

 だから近づいて手を差し出したら爪で引っかかれて逃げられてしまった。

 すごく痛かった。

 傷口を見るとなんともいえない気持ちがこみ上げてきた。

 嬉しい気持ちもあったし、

 申し訳ない想いも錯綜したし、

 やっぱりなんだか死にたくなった。

 でも私には、そんな気持ちを言葉にする力などなく、

 

 だから私は海に向かって


                   なー、と泣くことにした

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― 新着の感想 ―
[一言] 菜緒さん、お疲れ様でした。 こういう思い出って誰にでもありますよね。 本当に悲しくて、むなしくて、間までの苦労と思いが一瞬で崩れ去って行くような感じ。 その感じ方は人それぞれだと思いますが…
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