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異世界から逃げてきた王女が俺を連れ回してくる件  作者: 川坂藍斗


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王女が俺の目の前に現れた

 俺の名前は山川理都。高校二年生だ。

 今日は家のベッドに寝転がって、スマホでゲームをしている。いつものことだ。


 見慣れたソシャゲの画面。見慣れた天井。

 横向きで長時間スマホを触りすぎていた俺は、仰向けに姿勢を変えていた。


 今日は休日だが、部活に入っておらずこんな田舎では遊びに行く場所もないので、一日中ゲームをしていた。カーテンの奥が西日で照っているので、もう夕方になろうとしているのだろう。


 家には祖父母が住んでいるが、干渉してくることはなく、「勉強しろ」だの、「彼女はいるのか」だの、余計なことは一切言ってこない。


 そのため、俺は誰にも邪魔されることなく、何百回もやったソシャゲの周回を今日もこなしている。


 ハッキリ言って、ぼーっとしているだけだが。どうせ他にやることもないので、ベターな選択ではある。



「あの〜、すみません。そこの殿方」


 横から声が聞こえた。


 聞き覚えのない声だったが、俺は反射的に振り返っていた。


「……!?」


 横を向くと、一人の女の子が立っていた。


 知らない人間である。


 ブロンドの長い髪に、ぱっちりとした碧眼。目鼻立ちの整った少女だった。白いドレスをまとった、まるでお姫様のような格好である。コスプレイヤーとかだろうか。


 身元不明の人物が、俺の部屋に侵入してきている。


 それなのに、不思議と怖くなかった。泥棒などには到底見えなかったのだ。彼女から敵意や悪意が感じられないからなのか、それとも、彼女の立ち姿がか弱そうだからなのか。


 目をぱちくりさせている俺に、少女が話しかけてくる。


「ここは、どこなのでしょうか?」

「……俺の部屋だけど」

「この世界のこと、なんとおっしゃいますか?」

「……え? 地球……?」


 俺の答えに、少女の顔が、ぱあっと明るくなった。


「や、やりましたわぁ〜!!!」

「え、何!? 怖い、怖いよ!!」


 俺は飛び起きた。


 知らない女の子が急に俺の部屋に入ってきたかと思えば、勝手に話を進めて喜んで、マジで意味が分からないよ。そもそも、いつ、どこから俺の部屋に入ってきたんだよ。人の部屋だと知らず、何の目的でここに入ってきたんだよ。

 で、なんでドレス着てるんだよ。頭にティアラつけてるんだよ。コスプレだか何だか知らないけど、意味不明だよ。


「も、申し訳ございません! わたくし、レティシアと申します!」

「は、はい……って、なに勝手に人の家に入ってんだよ!!」

「し、失礼いたしましたわ!」


 そう言いながらも、退出する様子がない。


「いや、出て行ってくれないか、普通に……」

「それは嫌ですわ!」

「なんでだよ……」

「だって、せっかく異世界に来れましたのに!」


 な、何だって……?


「い、異世界から来た?」


「信じられませんわよね。わたくし、いま初めて『成功』しましたので、今から確かめますわね」


 レティシアと名乗る少女は、ドレスの裾を指でつまんでクルッと振り返り、スタンドミラーを見つめる。

 鏡の向こう側には、暗い洞窟のようなものがあった。その異様な光景に、俺は眉を歪める。


 少女は、頭につけたティアラを外して、鏡に向かってひょいっと投げた。


 そのティアラは鏡の中を通過し、「向こう側」の地面に落ちて、カラカラと音を立てる。


「やっぱり、繋がってますわ!」


 本当にどこかに繋がっているのかもしれない。手品なわけがないからな。俺の部屋にずっと前からあった、祖母のお下がりの姿見に、タネも仕掛けもあるはずがないからだ。


 アンティークなその鏡は、今から思えばなんだか異様な雰囲気があるような気がしないでもない。俺の肩幅ほどに大きいのも、なんかデカ過ぎる気がするし。


 この鏡に何らかの力でも宿っていて、「転移先」として選ばれたのだろうか。それを知る術は、俺には無いのだが。


「マジでこの鏡、どこかと繋がってるの……?」


 もはや不法侵入とかどうでも良くなってきた感がある。


「今度は、わたくしが戻れるかどうか試してみますわ」

「お、おお……」


 少女は、鏡に向かって足を出す。


 ガラスの靴の爪先から、徐々に鏡に吸い込まれていく。


「わわ!」


 少女も驚いているようだ。


 まるで海水浴で海に爪先をつけたときのように、テンションが高まっている。


 そのまま、「きゃ〜」とか「わ〜」とか言いながら、鏡の『向こう側』に渡った。


 そして、地面に落ちていたティアラを拾うと、また『こちら側』に戻ってきた。


「ほら! やっぱり! 異世界と繋がってますの!」

「よ、良かったな……」


 俺は、適当な反応をしてしまう。何が嬉しいのか分からないからだ。そんなに異世界とかに行きたいかね?

 俺は怖くて嫌だな。海外ですら嫌なのに。日本が治安の良い国で良かった〜。



「正真正銘、やりましたわ! 10年間がんばった甲斐がありましたわ!!」


 そうまでして異世界に来たかったのかよ。


 というか、俺まだお前が異世界から来てるってこと、信じてないけどな。

 だって、言葉通じるのおかしいじゃん。


 俺の困惑をよそに、少女はまた振り返って鏡の中へ戻っていく。


「こっちがベオグラーダで〜?」


 そして、また戻ってくる。


「こっちが異世界!」


 まるで県境を行ったり来たりするように、鏡の境界を行ったり来たりしている。


 そして、繰り返す。


「こっちがベオグラーダで〜? こっちが異世界!」


 少女は一人盛り上がって、往復している。ベオグラーダって、向こうの世界か国の名前だろうか。


「こっちがベオグラーダで〜? こっちが異世界!!」


 少女は子犬のように跳ねながら、飽きずに世界の境界を往復している。


「こっちがベオグラーダで〜? こっちが異世界!!!」


「うるせえ!!!!!」


 俺の叫び声に、少女はハッと我に返る。


「も、申し訳ありません! 人様のお宅で……」

「ほんとだよ。全く……。何がそんなに嬉しんだか……」

「嬉しいに決まってますわ! これでお父様から逃れられるんですもの!」

「ふ〜ん。なんか、大変そうだね」


 ハッキリ言って、他人事である。


「大変どころじゃありませんわ! お父様ったら、わたくしを王宮に縛りつけて、朝から晩までお勉強させて。数学、語学、歴史、政治、剣術、魔術……。小さいころから、ずーっとですのよ?」

「そうなんだ……俺だったら別にそれでもいいけどなあ。王宮の暮らしとか、快適そうじゃないか」


「王宮なんて、快適なだけですわ! な〜んにも面白くありませんの!!」

「いや、王宮なんだったら小説とかたくさんあるんじゃないか? ずーっとそれ読んでれば良いじゃないか」


「わたくしは、お出かけがしたいんですの! うちは内陸国家だから、海だって行ったことないんですのよ!? 敵国に囲まれているせいで、他の国には行けませんの。詰んでますわ」

「……残念だったな。ここは岐阜県と言って、海には面していない」


 突きつけられた事実に、レティシアという少女は、絶望の表情を浮かべた。


「て、転移する場所を間違えましたわ……」

「ま、まあ……元気出せよ」

「もうダメですわ……次の転移門が作れるまで、あと何年かかるかも分からないのに……。それに、転移先は選べないから、次も上手くいくかなんてわかりませんの」

「一応、海まで行けることは行けるぞ。この国には戦争もないし。まあ、何時間もかかるけどな」


 一転、彼女の表情が、ぱあっと明るくなる。


「本当ですの!?」

「ああ」

「リトさん、わたくしを海に連れて行ってくださいますか?」

「それは嫌だな。一人で行きなよ」

「そんなの無理ですわ! 城下町にも一人で行ったことありませんのに!」


 レティシアは続ける。


「うぅ……でも、わたくしはゼッタイ諦めませんわ! せっかくここまで来たんですもの!」

「そ、そうかい……。」


「リト様、提案がございます。……《《金貨5枚》》でどうですか?」


 金貨って、原価で言ったら1枚で何十万円もするんじゃないの?

 本当にこの世界と同じ「金」なのかは知らないけど。


「なんか怖いからいいよ、お金は……」

「な、なんと……。わたくしにできることは他にございませんか……?」


 普段から欲のない俺は、特にしてほしいことも思いつかない。


 むしろ、変に取引をすることで、めんどくさいことになる方が嫌だ。


 そんなことになるぐらいなら、恩を売っておくくらいがちょうどいいと思う。


「うーん……見返りとかは別にいいんだけどなあ、正直」


 レティシアの悲しそうな表情に、なぜか申し訳なくなってくる。


 少しくらいは付き合ってやろうかなあ。


 いつも通りゲームしてるばかりなのも、退屈だし。


「まあ、近所なら少しは案内してやってもいいぞ?」

「え、良いんですの? よろしくお願いいたします!」


 レティシアは俺の手を取り、握ってくる。


 やけに嬉しそうだけれど、本当に近所なんかで良いのかな。


「あんまり期待しすぎるなよ。この辺なんて、田舎すぎて何もないぞ?」

「そんなことありませんわ。異世界では、全てが『初めて』なのですから!」


 まるで、初めて夢の国に遊びに行く子供のような笑顔を浮かべている。


「そ、そうか。楽しめるといいな……」

「今から連れていってくださいますか?」

「まあ、構わないけど……」

「ありがとうございます! ささ、早く行きましょ?」


 レティシアは俺の手を引いてくる。


 俺は流されるまま、ベッドから立ち上がる。


「そんなに慌てるなよ……」


 いやはや、大変なことになってしまったな——

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