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第9話 黒曜石鹸、滑車、経口補水液──"義務教育"が最強すぎる


【第2刻限】残り11日 11時間 ─ 現在BP:15 / 目標BP:40


 目の前には、財宝が積まれていた。


 古代の金貨。黒曜石の原石。宝石類。

 命がけで『カラ・マガラ』から持ち帰った戦利品だ。


 普通の人間なら、ここで狂喜乱舞する。


 だが、レイスの表情は氷河のように冷たかった。


「換金の見積もりが出ました。やはり……借金の半分程度が限界です」


 ナズの報告は、死刑宣告にも似ていた。

 深紫の瞳が、申し訳なさそうに揺れている。


「……分かっている」


 レイスは重々しく頷いた。


(半分て。あんなに頑張ったのに半分て)


(ブラック企業のボーナス査定かよ。命の値段、安すぎない?)


 根本的な問題は、この領地に「持続可能な収入源キャッシュフロー」が存在しないことだ。

 一発逆転の宝探しなど、所詮は自転車操業に過ぎない。


 視界の右上では、容赦ないカウントダウンが刻まれている。

 BPはまだ15。目標40まで、あと25ポイント。


 借金取りと死神が同時にドアを叩いている状況だ。


「金は、自分で作る」


 レイスは立ち上がり、窓の外を見やった。

 朝日に照らされた貧しい領地。


 だが前世の記憶を持つレイスの目には、そこが未開拓の市場ブルーオーシャンに見えていた。


「ナズ。職人と料理長、それから医者を集めてくれ」


「……? 何をなさるおつもりですか」


業務改善リストラだ」


 レイスは不敵に微笑んでみせた。


(日本の義務教育をナメるなよ)


(なりふり構っていられるか。使える知識は中学の教科書だろうが総動員してやる)


        ◇


 最初に向かったのは、城内の工房だった。


「閣下、黒曜石を砕く……のでございますか?」


 職人頭の困惑した声に、レイスは冷徹なCEOの顔で頷いた。


「そうだ。粉末にして油脂と灰汁に混ぜろ。香料には森のハーブを使え」


「はあ……石鹸、でございますか? ですが、わざわざ魔石を混ぜるなど……」


「ただの石鹸ではない。『黒曜石鹸オブシディアン・ソープ』だ」


 レイスは断言した。


(要はスクラブ入りの石鹸なんだけど)


(「魔石入り」って言えば、原価の十倍で売れるのがブランド商売ってもんでしょ)


「この世界には『清潔』という概念が希薄だ。

 だが貴族は見栄を張る生き物だ。

 『黒い魔石で体を洗う』という行為そのものに金を払う」


「な、なるほど……! なんと深遠なお考え……!」


 職人たちが感嘆の声を上げる。


(ちょろい。マーケティングの基本だ)


「パッケージも重要だ。高級感のある箱を作れ。中身より箱に金をかけろ」


        ◇


 次に向かったのは、井戸だった。


 領民たちが、重い桶をえっちらおっちらと引き上げている。

 その非効率な光景に、レイスは眉をひそめた。


(見てるだけで肩が凝る……滑車を組み合わせれば労力半減なのに)


「職人。ここに『滑車』を取り付けろ」


 レイスは地面に木の枝で図を描いた。

 滑車を二つ組み合わせた仕組み。

 動滑車と定滑車の組み合わせ──中学校の理科で習う、基礎中の基礎だ。


 だがこの辺境にはまだ普及していないロストテクノロジー(※中学レベル)だった。


「こ、これは……? 車輪を二つ使うだけで、重さが半分になると?」


「そうだ。古代の叡智だ」


(嘘です。教科書の26ページです)


 数刻後。

 試作品が取り付けられると、井戸端から驚愕の悲鳴が上がった。


「か、軽い! 半分の力で持ち上がるぞ!」


「魔法か!? いや、これが科学というものか……!」


 領民たちが涙を流して拝んでいる。


 レイスは内心で冷や汗をかきながら、尊大に頷いてみせた。


(期末テストに出るやつで神扱いされるの、居心地悪すぎ……)


 レイスはふと思いついて、職人頭を呼び止めた。


「もう一つ。鍛冶場で薄い鋼板を何枚か重ねて、緩く曲げたものを作らせろ。押すと跳ね返る板だ」


「はあ……それは何に使うので?」


「いずれ分かる。今は試作だけでいい」


(弓の弦と同じ原理。力を溜めて放出する仕組み……使い道はいくらでもある)


        ◇


 厨房では、料理長のアシュチュが待っていた。

 恰幅のいい初老の男だ。

 先代から仕える古株で、カランルクの台所を三十年守ってきた職人である。


「閣下、どのような料理をご所望で?」


「水に塩と蜂蜜を混ぜろ。塩はひとつまみ、蜂蜜は甘みを感じる程度だ」


 アシュチュの表情が、みるみる強張った。


「……閣下。それは、料理ではございません」


 声が低い。

 三十年の矜持が、その一言に込められていた。


「私はこの城の料理長として、先代閣下の時代から台所を預かってまいりました。

 塩水に蜂蜜を混ぜたものを『料理』と呼ぶことは──申し訳ございませんが、できかねます」


(あ、地雷踏んだ)


(職人の誇りを軽視したのは私のミスだ)


 レイスは一瞬だけ目を閉じ、言葉を選んだ。


「……アシュチュ。これは料理ではない」


「は……?」


「薬だ、命の水だ」


 レイスはアシュチュの目を真っ直ぐ見据えた。


「脱水症状を起こした兵に飲ませる。戦場で水が尽きた時、あるいは熱病の時、これは命を救う」


 経口補水液。

 前世ではドラッグストアで売っている常識だが、ここでは魔法の霊薬扱いになる。


「お前に頼むのは、味の調整だ。

 塩と蜂蜜の比率を、最も飲みやすい配合に仕上げてほしい。

 それができるのは、三十年この城の味を守ってきたお前だけだ」


 アシュチュの目が、わずかに揺れた。


「……命を救う水、薬……」


「そうだ。お前の舌が、兵の命を左右する」


 沈黙が落ちた。

 アシュチュは腕を組み、しばらく何かを考え込んでいた。


 やがて、深いため息と共に頷く。


「……分かりました。お任せください」


 その声には、職人としての覚悟が滲んでいた。


(助かった……。押し付けじゃなくて、役割を与えるのが大事なんだよね)


(前世の上司が「お前にしかできない」って言ってきた時は全部押し付けだったけど)


「量産体制を整えろ。これは高く売れるぞ」


        ◇


 医務室の扉を開けると、薬草の匂いが鼻をついた。


 壁一面に並ぶ薬棚。煮詰めた薬湯の入った壺。

 その中央で、若草色の瞳がこちらを見た。


 シファ。

 まだ二十歳そこそこの若い女性医師だ。


「閣下、お待ちしておりました」


「包帯を煮沸しろ」


 レイスの指示は簡潔だった。


「しゃふつ……煮る、ということでございますか?」


「そうだ。熱湯で煮てから乾燥させる。それだけで傷の化膿が劇的に減る」


 シファの若草色の瞳が、疑わしげに細められた。

 無理もない。この世界に細菌の概念はないのだから。


「目に見えない『悪いもの』は熱に弱い。そう覚えろ」


(パスツール先生、説明が面倒なので雑な解説でごめんなさい)


「それから、カレンデュラと蜜蝋で軟膏を作れ。消毒と保湿だ」


「……承知いたしました」


 シファは頷いたが、その目には疑念の色が残っていた。


 なぜ領主がこのような知識を持っているのか。

 問いたげな視線を、レイスは黙殺した。


(あの目、面倒だな……。でも、結果を出せば黙るはず)


 言われた通りに試したシファは、後日、血相を変えて報告に来ることになる。

 「死に至る病(破傷風)」が激減した、と。


(保健体育の知識、侮りがたし)


        ◇


 そして夕暮れ時。


 執務室に戻ったレイスは、最後にして最大の「知識チート」を披露した。


「ナズ。これを見ろ」


 羊皮紙に記したのは、0から9までの十個の記号。

 アラビア数字。そして「ゼロ」の概念。


「この記法を使えば位取りが容易になる。計算速度は数倍になるはずだ」


 レイスが筆算のやり方を実演する。

 ナズの深紫の瞳が、驚愕に見開かれた。


「……123に456を足して……579。こ、こんなに簡単に……!」


 ナズの手が震えている。


 彼女は元々、数字に強い。

 だが、この世界の不便な数字システムが彼女の才能を縛り付けていたのだ。


(さすが、ゲーム内屈指の内政キャラ)


(教えた瞬間に理解するとか、頭の構造どうなってんの?)


「お兄様……これなら……これなら、私にもできます。帳簿の整理も、予算の計算も、今までの何倍も速く……!」


 ナズが顔を上げた。

 その瞳には涙と共に、確かな光が宿っていた。


「私……お兄様のお役に立てるのですね」


 その言葉の重みを、レイスは理解していた。

 彼女はずっと苦しんでいたのだ。


 戦えない自分。兄の背中を見送るしかできない自分。

 だが今、彼女は手に入れた。「計算」という最強の武器を。


「当然だ」


 レイスは力強く頷いた。


「お前は私の右腕だ。お前の計算能力がなければ、この領地は一日で破綻する」


(お世辞抜きで。マジで頼む。私が計算したら絶対ミスるから)


(確定申告の時期に君がいてくれたら、私はどれほど救われたか……!)


「……ありがとうございます、お兄様!」


 ナズが感極まったように頭を下げる。


(よし。「居場所がある」はクリア。ナズの忠誠度はこれで安定したはずだ)


        ◇


 窓の外では、夕日が領地を黄金色に染めていた。


 工房からは石鹸の香りが漂い、井戸からは滑車の回る軽快な音が聞こえる。


 商品はできた。

 生産体制も整った。


 あとは──


(販路だ)


 レイスは南へと続く街道を睨んだ。

 どんなに良い商品も、売る相手がいなければゴミ同然だ。


 商人が寄り付かないこの「魔境」で、どうやって金を稼ぐか。


(……アテはある。向こうが乗ってくるかは賭けだけど)


 だが、一つ気がかりがあった。


 今日一日で披露した知識。

 石鹸、滑車、経口補水液、煮沸消毒、アラビア数字──。


 領民たちは「閣下は天才だ」「神の知恵だ」と崇めている。

 だが、シファの目に宿っていた疑念の色を、レイスは見逃していなかった。


(「なぜこんな知識を持っているのか」)


(その疑問を持つ奴は、必ず出てくる)


 今日は味方だけだった。

 だが、この噂が領地の外に漏れたらどうなる。


 三大伯爵家は、何を考えるだろうか。


(……考えすぎか。いや、でも──)


 後世の歴史家は、この一連の改革を「カランルク産業革命の幕開け」と記すだろう。

 だが実態は、借金に追われた元OLが、義務教育の記憶を切り売りしただけの自転車操業に過ぎなかった。


 皮肉なことに、その必死さが、この領地を急速に発展させていくことになる。


 そして──その「急速さ」こそが、新たな敵を呼び寄せる原因になるのだが。


 それを知るのは、もう少し先の話である。


---


【第2刻限】残り10日 23時間 ─ 現在BP:15 / 目標BP:40


<レイスのひと言:義務教育は最強のチートスキル>


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