第4話 敵軍300 vs 手勢10──負けイベですが攻略Wikiは暗記済みです
【第1刻限】残り4日1時間 ─ 現在BP:0 / 目標BP:15
300対10。
(……炎上案件の規模じゃない。これ、会社ごと燃えてる)
伝令が去った後の執務室で、レイスは机に両手をついたまま動けなかった。
指先が白くなるほど、木の縁を握りしめている。
視界の端で、残り時間が点滅している。
4日。
たった4日で、カディルとの契約を成立させなければ──私は「存在消去」される。
「閣下」
カディルが一歩前に出た。
その顔には、悲壮な決意が浮かんでいる。
「私が時間を稼ぎます。その間に、閣下はお逃げください」
(それ、一番マズい選択肢なんだよね……)
レイスは内心で頭を抱えた。
カディルが死んだら、契約できない。
契約できなければ、BPは手に入らない。
BPが手に入らなければ──私も死ぬ。
前職なら「担当者が倒れたので納期延長」で済んだかもしれない。
だがこの世界のクライアント(神)は、そんな言い訳を聞いてくれない。
「……逃げはしない」
気づけば、口が勝手に動いていた。
自分の声が、やけに他人事のように聞こえる。
「迎え撃つ」
(言っちゃった)
(言っちゃったよ、私。300人相手に「迎え撃つ」って)
(これ、月曜の朝に「今週中にできます」って言っちゃう感覚に似てる。言った瞬間から後悔するやつ)
カディルの琥珀色の瞳が、複雑に揺れた。
驚愕。疑念。そして──ほんのわずかな期待。
「閣下……勝算が、おありで?」
「……ある」
半分ハッタリだ。
だが、残りの半分には根拠がある。
(アテシュ家は「炎の伯爵」の異名通り、正面突破を好む)
ゲームで何百回と見た、敵AIの行動パターン。
そして、その進軍ルート上には──
(黒曜の森の東側、狭い谷間の街道)
(あそこには土砂崩れしやすい崖がある)
(ゲームで「初心者救済ポイント」って呼ばれてたやつだ)
「カディル。敵の進軍ルートを確認しろ。黒曜の森を抜けるルートだな?」
「は……はい。斥候の報告では、森の東回りで進軍中とのことです」
(ビンゴ)
レイスは、口元をわずかに歪めた。
それは魔王の不敵な笑みというより、納期直前に仕様変更を突きつけられた社畜が「もういい、やってやる」と腹を括った時の顔に近い。
後にこの瞬間は「谷間の奇襲」の始まりとして語り継がれることになる。
もっとも、当の本人は「奇襲」などという大層なものではなく、「ゲームで見た攻略法の再現」程度の認識しかなかったのだが。
◇
中庭に出ると、夜風が肌を刺した。
吐く息が白い。
もう冬が近い。
黒猫運輸の面々が待っていた。
松明の灯りに照らされた顔は、一様に緊張している。
首領のボズクルトが、熊のような体躯を揺らして近づいてくる。
顔の傷跡が、炎に照らされてぬらりと光った。
「旦那、俺たちは準備できてます」
「ああ」
「で、何をすりゃいい?」
「油と布と竹材を大量に集めろ」
「……ん?」
ボズクルトが怪訝な顔をする。
「油はありったけ。布は古いものでいいから大量に。竹材は長めのものを。それと、太鼓と銅鑼も用意しろ」
「油をありったけ、ですって……?」
ボズクルトの目が細まった。
「旦那、まさか……燃やすのか?」
レイスは答えなかった。
ただ、その真紅の瞳が、冷たく光っただけだった。
「……へへ」
ボズクルトは、獰猛な笑みを浮かべた。
「何をするか知らねぇが、面白そうだな」
「夜のうちに黒曜の森の東、谷間の街道へ運べ。使い方は現地で指示する」
「任せな。物資の調達と運搬なら、俺たちの十八番だ」
(外注先が優秀だと助かる……本当に助かる……)
ボズクルトが部下たちを引き連れ、闇の中へと消えていく。
その背中を見送りながら、レイスは小さく息を吐いた。
白い呼気が、夜空に溶けていく。
(これで駒は揃った)
(あとは──カディルが、私を信じてくれるかどうか)
◇
準備が進む中、斥候が駆け戻ってきた。
その顔は蒼白で、唇が震えている。
「閣下、敵将が兵に演説を行いました」
「内容は?」
「は……その、あまりに不敬な内容でして……」
「構わん。そのまま伝えよ」
斥候は唾を飲み込み、震える声で報告を始めた。
「敵将はこのように申しておりました──」
我らが討つは、カランルクの病弱領主。
父の遺産を食い潰すだけの、引きこもりの臆病者だ。
奴は7年間、一度も城から出なかった。
民が飢えようと、盗賊が跋扈しようと、己の寝室で震えていただけの無能者だ。
そんな腰抜けを守る騎士団など、雑魚の集まりに過ぎん──
(……うわぁ)
レイスは内心でため息をついた。
(前世でもいたなぁ、こういうタイプ)
斥候の報告は続く。
抵抗する者は、見せしめとして焼き尽くす。
女子供であろうと容赦はせん。
これが正義の裁きというものだ。
三日もあれば城を落とし、首を手土産に凱旋してやる──
(自分を「正義」だと思い込んでる部長。)
(相手が弱いと見るや、会議で徹底的にマウント取ってくるやつ)
ギリッ、と音がした。
カディルの拳が、硬く握りしめられている。
関節が白くなるほど、力が入っている。
「雑魚の集まり……」
低い呟きが漏れる。
その琥珀色の瞳に、抑えきれない怒りの炎が揺らめいていた。
レイスは黙ってカディルを見つめた。
(「病弱」「臆病者」「無能」……まあ、前のレイスはそうだったけどさ)
(なんか、今の私まで馬鹿にされてる気がして腹立つんだよね)
(あと「女子供でも容赦しない」って、それ正義じゃなくて犯罪だから)
不思議な感覚だった。
この身体の「設定」を侮辱されているのに、まるで自分自身が否定されたような苛立ちがある。
「……私の民だ」
気づけば、声が出ていた。
「私の民を、あの男の好きにはさせない」
カディルの瞳が、一瞬だけ揺らいだ。
それは、かつて先代が見せた表情と重なるものだったのかもしれない。
(守る、というより……奪われたくない)
(私の「リソース」を、私の「プロジェクト」を)
(それに──)
レイスの真紅の瞳が、冷たく細まった。
(舐めプしてくる相手が負ける瞬間って、最高に気持ちいいんだよね)
(特に、会議で偉そうにしてた上司が、クライアントの前で赤っ恥かくやつ)
◇
夜明け前。
崖を見下ろす高台に、布陣が完了した。
冷たい風が、漆黒のコートを揺らす。
レイスの指先は、かじかんで感覚がない。
(寒い……徹夜明けで寒い……帰ってホットココア飲みたい……)
だが、そんな弱音を吐いている場合ではなかった。
遠くに、アテシュ軍の松明の列が見える。
赤い点々が、蛇のように谷間を進んでくる。
300の灯火。
300の殺意。
先頭には、派手な金装飾の鎧を纏った騎馬武者。
(あれがオルハン・アテシュか)
セリム・アテシュの従弟にして、先遣隊の指揮官。
ゲームには登場しなかったモブ──いや、この世界では確かに存在する「敵」だ。
「閣下」
カディルの声がした。
振り向くと、鉄灰の鎧を纏った騎士団長が静かに佇んでいる。
その琥珀色の瞳には、もはや疑念の色はなかった。
代わりにあるのは、静かな闘志。
そして──わずかな期待。
「準備は整いました。合図をお待ちしております」
カディルが、剣の柄に手をかけた。
(……来たか)
レイスは喉の奥で息を呑んだ。
手が震えている。
寒さのせいだけではない。
(正直、怖い)
(でも──)
脳裏に、さっきの演説が蘇る。
「病弱」「臆病者」「無能」「女子供でも容赦しない」「正義の裁き」。
(……そういう奴ほど、足元を掬われた時の顔が見ものなんだよね)
東の空が、うっすらと白み始めている。
夜明けの光が、谷間を照らし出す。
敵軍の先頭が、崖下の街道に差し掛かった。
整然とした隊列。
油断しきった行軍。
レイスは深く息を吸い込んだ。
冷たい空気が、肺を満たす。
「合図を送れ」
冷たい声が、夜明けの空気を裂いた。
「──ここが、奴の墓場だ」
◇
崖の上で、松明が振られた。
次の瞬間──
轟音が、谷間を震わせた。
黒猫運輸の面々が仕掛けた土砂が、崖から崩れ落ちる。
岩と土が、雪崩のように敵軍の最後尾へ降り注いだ。
「な、何だ!?」
退路が断たれた敵陣に、悲鳴と怒号が響き渡る。
黒猫運輸の横で、数名の兵で矢を放つ。
混乱する敵陣を見下ろしながら、レイスは内心で小さく呟いた。
(作戦名は「炎上案件の緊急対応」)
(クライアントを驚かせて、冷静な判断力を奪う。交渉の基本だよね)
だが──
「怯むな! たかが弓矢だ!」
金色の鎧を纏った騎馬武者が、剣を振り上げて叫んだ。
オルハン・アテシュ。
その目が、崖の上を鋭く睨みつける。
歴戦の指揮官だ。
父セリムの下で、十以上の戦場を駆け抜けてきた男。
「少数だ! 矢は盾で防げ!」
オルハンは即座に見抜いた。
大した兵がいないことを。
「あの病弱領主に大勢の兵がいるはずがない! 全軍、前進!」
(……あ、気づかれた)
レイスの背筋を、冷たいものが走った。
(まずい。想定より早い)
(やっぱりゲームのモブとは違う……こいつ、バカじゃない)
オルハンの声が、谷間に響き渡る。
「崖を迂回して包囲しろ! 逃げ場を塞げ!」
混乱していた敵兵が、再び動き始める。
300の松明が、蛇のように動き出した。
包囲。
10人で、300人の包囲を突破する方法など──
(……ない。普通にやったら、ない)
レイスの手が、さらに強く震えた。
だが。
「閣下」
カディルの声が聞こえた。
振り向くと、騎士団長が静かに佇んでいる。
「次の策は?」
その瞳には、揺らぎがなかった。
信じている。
この若き領主が、次の一手を持っていると。
(……持ってるよ)
(ゲームで何度も使った手だ)
レイスは震える唇を、強く噛んだ。
血の味がした。
「……ボズクルトに伝令を出せ」
声が、かすれていた。
「次の作戦だ」
◇
そして谷間に、炎が走った。
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【第1刻限】残り3日18時間 ─ 現在BP:0 / 目標BP:15
<レイスのひと言:炎上案件は、文字通り燃やして解決>




