第30話「緑河の祭壇」
【第5刻限】残り31日 0時間 ─ 刻印課題:深淵の牙を無力化せよ
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攻略Wikiのないダンジョンに挑むのは、これが初めてだった。
ゲジェカレ城の城門前。朝霧の中、レイスは遠征隊の編成を眺めていた。
(セーブ&ロードなし。攻略情報なし。初見殺しがあったら即死)
選んでいるわけではない。選ばされているのだ──刻限という名の納期に。
荷車には食料、水、野営道具が積み込まれている。
黒猫運輸の隊員たちが、最後の点検を行っていた。
「お兄様、気をつけて」
ナズが心配そうな顔で見上げてくる。
「城のことは任せる。何かあればカディルを頼れ」
「はい。カディル殿にはすでに引き継ぎを」
レイスは頷いた。
今回の遠征隊は少数精鋭だ。
レイス、メルヴェ、フィーネの三名。それに黒猫運輸の資材運搬隊。
脳裏で工程表を組み立てる。前世の癖が抜けない。
バラカの報告によると、遺跡は彼の故郷の近くだ。
往路に4日。ダンジョン攻略に10日前後。帰路に4日。
最短でも18日。
(刻限の残りは31日。……ギリギリだな。ザフィルが大人しく待っている保証もない)
「閣下」
カディルが一歩前に出た。琥珀色の瞳に、決意の光が宿っている。
「ご武運を」
「ああ。城を頼んだ」
肩の上で、ファルが翼を広げた。
朝日を受けて、真珠白の鱗がかすかに虹色を帯びる。
「きゅるるる」
嬉しそうな声だ。なぜか、遠出の気配を察して興奮している。
(お前、ペットキャリーに入る側だって分かってる?)
馬車が動き出した。
城門が、霧の向こうに消えていく。
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目的地はニャシ王国の奥地だった。
獣人たちの国。バラカの故郷でもある。
カランルク領とは正式な国交こそないが、民間の交易は細々と続いている。
特に黒猫運輸は獣人の商人たちと独自のパイプを持っていた。
(獣人国家か……ゲームだと中盤以降の舞台のはずだが、まさかこんな序盤で足を踏み入れることになるとは)
王国領内に入ると、景色が一変した。
むせかえるような緑。
腐葉土と湿った苔の匂いが、鼻腔を満たす。
どこか甘ったるい花の香りも混じっていた。
頭上では極彩色の鳥が鳴き交わし、足元では正体不明の虫が蠢いている。
木々の隙間から差し込む陽光は、幾重もの葉に濾過されて、水底のような薄緑に変わっていた。
湿度が肌に纏わりつく。息を吸うだけで、肺が重くなる気がした。
(……サウナか、ここは)
黒猫運輸の先導で、一行は獣道を進んだ。
三日目の夕刻。
「おーい、こっちだ!」
川沿いの茂みから、聞き慣れた声が響いた。
バラカだ。
巨大な体を起こし、こちらに手を振っている。
焚き火の傍らに、簡素な野営地が設けられていた。
煙に混じって、焼いた肉の匂いが漂ってくる。
「よく来なすった、大将」
「待たせたか」
「まあ。伝令を出してから……暇で死ぬかと思いましたぜ」
バラカは川の上流を見つめた。その表情は複雑だった。
「ここは……俺の故郷の近くだ。まさか伝承が本当だったとはな」
「伝承?」
「『緑の川を遡ると、星が眠る場所がある』──子供の頃、婆さんから聞いた話だ。禁域だと言われていた。龍の怒りに触れると」
(禁域……龍の怒り……)
嫌な予感がする。
ゲームではよくあるパターンだ。
『禁域』と呼ばれる場所には、大抵ろくでもないものが眠っている。
フィーネが川面を見つめていた。
緑がかった水が、夕陽を受けて金色に輝いている。
その横顔に、不思議な表情が浮かんでいる。
「フィーネ?」
「……いえ。なんでもありません」
そう言ったが、彼女の手は無意識に手首を押さえていた。
あの紋章が刻まれた場所を。
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翌朝、一行は川を遡った。
四日目の昼過ぎ。
先に、音が届いた。
ゴォォォォ……という低い轟き。
大地そのものが唸っているような振動が、足の裏から伝わってくる。
やがて、視界が開けた。
滝だ。
断崖から落ちる白い水の柱。
岩壁を叩く飛沫が、陽光を受けて七色に砕け散っている。
風に乗った水滴が頬を濡らした。
ひんやりとした冷気が、ジャングルの蒸し暑さを一瞬だけ忘れさせる。
(……涼しい。これだけで来た甲斐がある)
だが、普通ならここで道は途切れる。
バラカは迷わず滝の裏へと向かった。
「こっちだ」
水しぶきをかき分けて進む。
轟音が耳を塞ぎ、水飛沫が全身を叩く。
その先に──岩壁に隠された空洞があった。
「閣下、これは……」
メルヴェが息を呑んだ。
古代の門が、そこにあった。
苔むした石造りの門扉。
両開きの扉には、精緻な彫刻が施されている。
滝の飛沫に濡れながらも、千年の歳月を耐え抜いた威厳が滲んでいた。
そして、その中央に──
「この紋章……古代の文献で見たことがありますわ」
メルヴェが目を細めた。
「二匹の龍と冠。龍族の王家を示す意匠に、非常によく似ています」
レイスは息を呑んだ。
フィーネの手首に刻まれた紋章と、同じだ。
あの時──執務室で偶然見てしまった、あの紋様。
歴史書の挿絵で見た『龍王家』の紋章だと直感した。
その直感が、今、確信に変わった。
「きゅるるるっ!」
ファルが急に鳴き出した。
翼をバタバタと羽ばたかせ、レイスの肩から飛び立とうとする。
尻尾を振っている。明らかに嬉しそうだ。
(……お前、何がそんなに嬉しいの)
フィーネが、門の紋章を見つめていた。
彼女の顔色が、微かに変わっている。
手首を押さえる動作が、より強くなった。
「私の紋章と……同じ……」
その呟きは、滝の轟音にかき消されそうなほど小さかった。
(フィーネと龍王家の繋がり──この遺跡が、封印を解く鍵になるはずだ)
レイスは門に手をかけた。
冷たい。苔の湿り気が、掌に伝わる。
重い。だが、動く。
軋みを上げながら、古代の扉がゆっくりと開いた。
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遺跡の内部に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
滝の轟音が嘘のように遠ざかり、静寂が耳を包む。
外の湿気は消え失せ、乾いた冷気が肌を刺した。
埃っぽいような、それでいて清浄な──古い神殿に似た匂いがする。
回廊が続いている。
天井は三階建ての屋敷がすっぽり収まるほど高く、壁には等間隔で燭台が並んでいた。
火は灯っていない。なのに、回廊全体がぼんやりと青白く明るい。
光源は壁に埋め込まれた紋様だった。
千年の時を経てなお、淡く脈動している。
「千年稼働の照明術式……ですわね」
メルヴェが壁に触れ、紫の瞳を細めた。
「帝都の魔導灯は3年で交換なのに。……古代人の保守契約が気になりますわ」
(前世の会社のサーバーも3年で壊れたのに。古代人すごいな)
足音が、やけに大きく響いた。自分の心臓の音さえ聞こえそうなほど、静かだ。
(……静かすぎる)
一行は慎重に進んだ。
回廊には罠が仕掛けられていた。
床の一部が落とし穴になっていたり、壁から矢が飛び出す仕掛けがあったり。
メルヴェの魔力探知とバラカの野生の勘で、大半の罠は事前に発見できた。
だが、全てではなかった。
回廊の奥で、壁から射出された石の矢が黒猫運輸の隊員の肩を貫いた。
「大丈夫か!」
フィーネがヒールを試みた。
出血は緩やかになったが、傷口は塞がらない。
「くそ……こういう時に、まともな治療師がいねえのが痛い」
バラカが舌打ちした。
(回復役不在のパーティでダンジョンに突っ込む無謀さ……攻略サイトなら「非推奨」って赤字で書かれるやつだ)
時折、魔物も現れた。蜥蜴のような生物や、骨だけで動く戦士の残骸。
バラカが前衛で叩き潰し、フィーネが後方から結界で援護する。
連携は悪くない。
(……だが、余裕は確実に削られている)
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野営は回廊の広間で行った。
遺跡の照明術式は、人の気配を感じて明るさを落とすらしい。
焚き火を囲む一行の周囲だけがオレンジ色に照らされ、その外側は青黒い闇に沈んでいる。
パチパチと薪が爆ぜる音が、静寂の中でやけに大きく響いた。
炎の揺らめきが、古代の石壁に不規則な影を落としている。
外の世界と完全に隔絶された空間。
太陽も月もない。
今が昼なのか夜なのか、もう分からなくなっていた。
「二日目、でしたか」
メルヴェが呟いた。
「時間の感覚が曖昧になりますわね。ずっと同じ明るさですから」
「ああ。気をつけないと、体内時計が狂う」
レイスは腕時計を──持っていないことを思い出した。
(前世ならスマホで確認できたのに。異世界、不便すぎる)
焚き火を挟んで、メルヴェとフィーネが話していた。
「フィーネ様は、趣味などお持ちですの?」
「趣味……」
フィーネが首を傾げた。炎に照らされた横顔が、どこか幼く見える。
「分かりません。記憶がないので、何が好きだったのかも……」
「でしたら、これから見つければよろしいのですわ」
メルヴェが穏やかに微笑んだ。
「私の趣味は読書ですの。それと、お茶を淹れること。カランルクに来てから、良い茶葉が手に入るようになって嬉しいですわ」
「お茶……」
「いつか、ご一緒にいかがですか?」
フィーネの表情が、かすかに和らいだ。
焚き火の光を受けて、蒼穹色の瞳が琥珀色に染まっている。
「……はい。ぜひ」
(いい傾向だ。チームビルディングは大事だからな)
◇
何度目かの野営。
もはや「何日目の夜」という感覚はない。
ただ、疲労が限界に達したら眠り、回復したら進む。
その繰り返しだった。
見張りを交代したバラカが、焚き火の向こうからフィーネを見た。
「嬢ちゃん」
「はい」
「怖くねえのか。記憶がないってのは」
炎が爆ぜた。火の粉が舞い上がり、闇の中に消えていく。
フィーネは少し考えてから答えた。
「……怖いです」
「だろうな」
「でも、今は怖いだけじゃありません」
バラカが眉を上げた。
「今は?」
「皆さんと一緒だから」
フィーネの視線が、眠っているレイスとメルヴェに向けられた。
肩の上で丸くなっているファルにも。
「一人じゃないって思えるだけで、少し楽になります」
バラカは鼻を鳴らした。だが、炎に照らされたその口元は、微かに緩んでいた。
「……俺もな。妹を連れて傭兵やってた頃は、毎日が綱渡りだった」
「バラカ様も……」
「今は違う。背中を預けられる奴がいる」
バラカは焚き火に薪をくべた。
炎が大きく揺れ、二人の影が壁に長く伸びた。
「嬢ちゃんも、もう一人じゃねえ。忘れんな」
フィーネが小さく頷いた。その目が、炎の光を映してかすかに潤んでいるように見えた。
(……聞こえてないふりをしておくか)
レイスは目を閉じたまま、寝返りを打った。
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進むうちに、壁画が現れ始めた。
色褪せて、はっきりとは見えない部分もある。だが、青や金の顔料がかろうじて残っていた。
最初の壁画は、白い塔と空を舞う龍たちだった。平和な光景に見える。
「この塔……私、知っています」
フィーネが足を止めた。
その声が、微かに震えている。
「砂の海の中に……」
記憶がないはずの彼女が、なぜ知っているのか。
レイスは何も言わなかった。
二つ目の壁画は、不穏な光景だった。
四つの影が龍を取り囲んでいる。
背景の塔が、赤々と炎に包まれている。
「……っ」
フィーネが頭を押さえた。
顔色が青ざめている。
「大丈夫か」
「すみません、少し頭痛が……」
「無理するな。ゆっくりでいい」
レイスは足を止めた。
急いでも仕方がない。
フィーネの記憶と壁画が関係しているのかもしれないが、無理に思い出させるのは危険だ。
三つ目の壁画。
怒りに燃える王。足元には敵の亡骸。
背後は焦土と化した大地。
赤と黒だけで描かれた、血なまぐさい光景だった。
「碑文がありますわ」
メルヴェが壁の文字を指さした。
「『復讐の果てに何が残る』と」
四つ目の壁画。
玉座に座る王。周囲には跪く民。
しかし王の周りには誰もいない。
金の王冠が、孤独を際立たせていた。
「『孤高の先に何がある』……支配を求めた王の末路、でしょうか」
メルヴェの声が、回廊に低く響いた。
どちらの王も、幸福そうには見えない。レイスはそう感じたが、口にはしなかった。
五つ目の壁画は、雰囲気が違った。
王が仲間たちと肩を並べている。
背景には穏やかな陽光。青い空と緑の大地。
他の壁画とは明らかに色彩が異なっていた。
(あれ……あの影、ファルに似てないか?)
壁画の隅に、小さな龍のような影が描かれていた。
気のせいかもしれない。だが、妙に気になった。
「この絵だけ……温かい感じがします」
フィーネが壁画を見上げて言った。
その表情が、少しだけ和らいでいる。
「『今を守る意志こそ、明日を拓く』と書かれていますわ」
メルヴェが碑文を読み上げた。
(復讐、支配、そして絆……これ、どう見ても選択肢の伏線だよな)
(……現実でも同じだといいんだけど)
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回廊の終点に、広い広間があった。
空気が、さらに変わった。
乾いた冷気の中に、かすかな花の香りが混じっている。
どこにも花など見えないのに。
中央に祭壇がある。
古びた石の台座。その上に、手のひら大の石板が置かれていた。
祭壇の周囲だけ、照明術式の光が強い。
まるでスポットライトのように、石板を照らし出していた。
フィーネが祭壇に近づいた。
一歩ごとに、彼女の足音が広間に響く。他の誰も、動けなかった。
フィーネが石板に両手を載せた。
──瞬間。
紋様が金色に燃え上がった。
光が床を走り、壁を駆け上がり、天井へと広がっていく。
広間全体が、黄金の血管のような紋様で覆われた。
「……っ!」
眩しさに目を細める。
地鳴りのような振動が、足元から全身を揺さぶった。
壁の一部が、重々しい音を立てて動き始める。
ゴゴゴゴゴ……
埃が舞い、空気が震える。石と石が擦れ合う、耳障りな音。
やがて──三つの扉が姿を現した。
左の扉には、燃え盛る炎の紋様。
中央の扉には、孤高の冠。
右の扉には、繋がれた手。
光が収まった。
沈黙が降りた。
自分の呼吸音さえ、うるさく感じるほどの静寂。
古代の言葉が、どこからともなく響いた。
意味は分からない。
だが、フィーネだけが反応した。
「……声が聞こえます」
「何と言っている?」
「『龍の巫女よ。汝は何を求める。選べ』と」
メルヴェの紫の瞳が鋭くなった。
「龍の巫女……やはり、フィーネ様は」
「メルヴェ。今はそれより先だ」
レイスが遮った。答え合わせは後でいい。今は、目の前の選択を間違えないことが最優先だ。
バラカが三つの扉を見比べた。
「間違えたら、どうなる」
「おそらく……試練の失格、でしょうね。最悪、命の保証はありませんわ」
メルヴェの声は冷静だったが、表情は硬い。
レイスはフィーネを見た。
「フィーネ。お前にしか、おそらく封印は解けない」
「私が……?」
「お前の答えを、聞かせてくれ」
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フィーネは三つの扉を見つめた。
長い沈黙が続いた。
広間には、誰の呼吸音も聞こえなかった。
彼女の手が、無意識に手首の紋章を撫でている。
唇が微かに動く。
何かを自問しているようだった。
(フィーネは今、何を考えている?)
(記憶のない彼女にとって、「何を求めるか」という問いは残酷だ)
(過去も、未来も、自分が何者かも分からないのに──)
フィーネの視線が、壁画のあった方向へ向いた。
そして──レイスたちを振り返った。
その瞳には、もう迷いがなかった。
「私……過去を取り戻したいと思っていました」
声が、静寂の中に響く。
「でも、今は違います」
フィーネが右の扉に向かって歩き出した。
「壁画が、答えをくれました」
その足取りに、迷いはなかった。
「今の仲間を守りたい」
「過去が分からなくても、力がなくても……この人たちの傍にいたいんです」
フィーネの手が、右の扉に触れた。
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扉が淡く光り始めた。
光は次第に強まり、フィーネの全身を包み込む。
古代語の音声が響いた。厳かで、どこか温かみのある声。
フィーネが息を呑んだ。
「『資格を認む』と……!」
扉がゆっくりと開く。
重々しい音と共に、冷たい風が吹き抜けた。
その先に、螺旋階段が続いているのが見える。
同時に、左と中央の扉に刻まれた文字が浮かび上がった。
赤い光で灼かれたように、石に文字が刻まれていく。
「答え合わせ、のようですわね」
メルヴェが碑文を読み上げた。
左の扉──『復讐を選びし者よ。その怒りは正当なり。されど、過去に囚われし者は、同じ過ちを繰り返す。汝に資格なし』
中央の扉──『支配を選びし者よ。その野心は強大なり。されど、孤高を望む者は、真の王にはなれぬ。汝に資格なし』
右の扉──『絆を選びし者よ。その意志は脆く見えて、最も強し。今を大切にできる者だけが、未来を拓く。汝に資格あり』
「なるほどな……」
バラカが腕を組んだ。
「古代遺跡の後継者に求められるのは、復讐でも支配でもねえ」
「仲間と共に歩む意志……それが、試練の答えだったのですわ」
メルヴェが感嘆したように呟いた。
「よくやった、フィーネ」
レイスはフィーネの肩に手を置いた。
「私……正解、できたんですね……」
フィーネの声が震えていた。
振り返った彼女の目に、涙が滲んでいる。
(フィーネが「今の仲間」を選んでくれた。あの夜の会話が、背中を押したのかもしれない)
胸の奥が、じわりと熱くなった。
(……いかんいかん。部下に情が移るのは、管理職としてよろしくない)
メルヴェがレイスの傍に寄り、声を落とした。
「閣下。龍の巫女、という呼称……お気づきでしょうけれど、龍王家の祭司職を意味しますわ」
「ああ。……分かっている」
「フィーネ様の出自について、帰還後に改めてお話しさせてください」
レイスは頷いた。今は、この先の試練に集中すべきだ。
(答え合わせは、全部終わってからだ。……生きて帰れたらな)
「きゅるるるっ!」
ファルがフィーネの周りを飛び回っている。
祝福しているようにも見えた。
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扉の先には、下へ続く螺旋階段があった。
奥から、微かな光が漏れている。青白い、冷たい光だ。
階段を覗き込むと、底は見えない。
石段だけが、闇の中へ延々と続いている。
湿った冷気が、下から吹き上げてきた。
「第一の試練は突破しましたわ。ですが……」
「まだ続きがある、か」
バラカが階段の闇を見下ろした。
「『三つの試練』と言っていたな。あと二つ、何が待っている」
フィーネが一歩、前に出た。
「……行きましょう。私、最後までやり遂げます」
その声には、先ほどまでとは違う強さがあった。
一行は螺旋階段を降り始めた。
足音が、石壁に反響する。自分たちの足音だけが、延々と続いていく。
(第一の試練は心の試練だった。残り二つは──知恵か、力か、それとも別の何かか)
階段を降りながら、レイスは脳裏で工程表を修正した。
時間がない。急ぐしかなかった。
(ダンジョン攻略、たぶん5日目。「たぶん」ってのが怖い。時間の感覚が完全に狂ってる)
ファルが肩の上で、じっと前方を見つめていた。
(お前、何か知ってるのか?)
返事はない。
ただ──金色の瞳が階下の闇を見据えたまま、一度も瞬きをしなかった。
残り23日。試練は、あと二つ。
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【第5刻限】残り23日 16時間 ─ 刻印課題:深淵の牙を無力化せよ
<レイスのひと言:正解は「絆」。弊社の研修で出たら全員不正解だったと思う>




