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第28話「星が眠る場所」


【第5刻限】残り43日 08時間 ─ 刻印課題:深淵の牙を無力化せよ


───


「……で、結局どうするつもりだ?」


 呆れたような声が、夜の森に響いた。


 焚き火の爆ぜる音だけが、静寂を破っている。


 声の主は、眼鏡をかけた知的な風貌の男──アルスランだ。


 彼は手元の帳簿を閉じ、対面に座る男を見据えた。


 ザフィル・オンジュ。


 『深淵の牙』と恐れられる剣鬼は、焚き火で焼いた肉を無造作に齧り付いている。


「どうもしねえよ」


 ザフィルは口元の脂を拭い、ニヤリと笑った。


「待つだけだ」


「待つ? いつまで?」


「さあな。……果実が熟すまでだ」


 ザフィルは腰に差した大剣の柄を撫でた。


「あの領主、今はまだ青い。だが、芯には熱いもんを持ってる。……追い詰めれば、化けるかもしれねえ」


「貴方の『食欲』に付き合わされるこちらの身にもなってくれ。……ヴォルカン様への言い訳を考えるのも、私の仕事なんだ」


 アルスランは溜息をついた。


 ザフィルの暴走を止めるのが、彼の役目だ。


 ヴォルカンからは「あの剣鬼を御せ」と厳命されている。

 

 だが、御せるものなら誰も苦労はしない。


 今のザフィルは機嫌が良い。

 

 それはそれで、嵐の前の静けさのようで不気味だった。


「ヴォルカンの下にいたのは、強い奴がいると思ったからだ」


 ザフィルが虚空を見つめて呟く。


「だが、あいつはつまらねえ。『勝つ』ことしか考えてねえんだ」


「……勝利を目指すのは当然でしょう」


「違う。俺が欲しいのは『結果』じゃねえ。『過程』だ。……命のやり取りそのものがしてえんだよ」


 ザフィルの瞳に、暗い炎が灯る。


「レイス・カランルク。……あいつは、俺に『最高の死合い』を約束した」


「期限は?」


「知らねえよ。だが、そう遠くはねえはずだ」


 ザフィルは立ち上がり、城のある方角を見上げた。


「もし期待外れだったら……その時は、皿ごと叩き割るだけだ」


 城ごと斬る。


 その言葉が、決して比喩ではないことを、アルスランは知っていた。


        ◇


 翌日。


 ゲジェカレ城の会議室は、重苦しい空気に包まれていた。


(……また緊急会議か。アジェンダが「即死回避」って、どこの案件だ)


 騎士団長カディルが、帰還したばかりの埃まみれの鎧のまま、席についている。


「……申し訳ありません、殿下。私が不在の間に、そのような事態になるとは」


 カディルが沈痛な面持ちで頭を下げた。


「よい。お前の責任ではない」


 上座に座るレイスは、疲労の色を隠せない様子で手を振った。


「問題はこれからだ。……奴は一時的に引いたが、いつ気が変わるか分からん」


 レイスは一同を見回した。


 視界の隅には、赤いカウントダウンが明滅している。


(私にはこの数字が見えている。あと一ヶ月半で即死イベントが確定している)


(だが、ザフィル自身にはそんな期限はない。奴の気まぐれ一つで、明日にも首が飛ぶ)


「奴は約束を守るような義理堅い男じゃない。気分次第で、明日にも攻め込んでくる可能性がある」


 レイスの言葉に、ナズが息を呑む。


「そ、そんな……! 交渉で猶予を得たのでは?」


「『熟すのを待つ』と言っていただけだ。奴の空腹が限界に達すれば、その瞬間が終わりの時だ。……今すぐにでも対策が必要だ」


 レイスは断言した。


(実際、猶予があったとしても、今のままじゃ勝てない)


(BPも足りない。戦力も足りない。詰み確定だ)


「現状の戦力で、ザフィルを止めることは可能か?」


 レイスの問いに、メルヴェが即答した。


「不可能ですわ」


 彼女は涼しい顔で、絶望的な事実を告げる。


「わたくしの最大火力なら、あるいは相打ちに持ち込めるかもしれません。ですが……」


「城が消し飛ぶ、か」


「ええ。周辺の施設や民家も含めて、更地になりますわね」


 会議室が凍りついた。


「それは困ります!」


 ナズが悲鳴を上げる。


「城下町の復興費用だけでも、どれほどの額になるか……! それに、住民400人の命がかかっているんです!」


「俺も、真っ向勝負じゃ分が悪い」


 カディルが腕を組み、唸るように言った。


「奴は物理攻撃にきわめて高い耐性を持っている」


 レイスが補足した。


「カディルの剣も、バラカの戦斧も、まともに通じないと思え」


 詰んでいた。


 物理攻撃はほぼ無効。


 魔法攻撃は広域殲滅になりすぎて、自爆も同然。


「施設を無傷で、住民を巻き込まず、かつザフィルだけをピンポイントで無力化する。……そんな都合のいい手段があれば良いのですが」


 カディルが苦々しげに呟いた。


(無理ゲーだ)


(クライアントの要望が多すぎるプロジェクトみたいだ。予算ゼロで売上倍増しろ、みたいな)


「……一つだけ、心当たりがあります」


 沈黙を破ったのは、メルヴェだった。


「心当たり?」


「はい。……フィーネさんの封印を調べていて、気づいたのです」


 メルヴェは、隣に座るフィーネに視線を向けた。


 少女は不安そうに、膝の上で手を握りしめている。


「彼女に施されていた封印。……あれは、現代の魔法体系とは異なります。失われた古代魔法エンシェント・アーツの類です」


「古代魔法……」


「その中に、『カーヴェド・ハ・オラム』……直訳すれば『世界の重み』と呼ばれる術式が存在します」


 メルヴェは空中に指で紋様を描いた。


 紫色の軌跡が、複雑な幾何学模様を形作る。


「局所的に重力を操作し、対象を地面に縫い付ける魔法です。……これなら、城を壊すことなく、ザフィルだけを押し潰せるかもしれません」


「重力魔法か!」


 レイスは身を乗り出した。


 それだ。


 物理無効の相手でも、重力という「環境」そのもので拘束すれば、動きを止められる。


「だが、その魔法はどこにある? フィーネの封印に使われていたということは……」


「ええ。彼女の記憶に関連があります」


 メルヴェが古い書物を開いた。


「文献によれば、『星が眠る場所』と呼ばれる遺跡に、古代魔法の手がかりがあるはずです」


 フィーネが、びくりと肩を震わせた。


「……星が、眠る場所」


 彼女が小さな声で繰り返す。


「知っているのか?」


 レイスが問うと、フィーネはおずおずと頷いた。


「……夢で見ます。暗くて、冷たくて……でも、どこか懐かしい場所。……そこに行けば、思い出せる気がします」


 レイスは頷いた。


 方針は決まった。


 だが、問題は──。


「それで、その遺跡はどこにある?」


 レイスの問いに、メルヴェは眉をひそめた。


「……そこが問題ですわ。『星が眠る場所』という名だけで、正確な位置は文献にも記されていません」


 会議室に、再び重い沈黙が落ちた。


(場所が分からない、だと?)


(時間がないのに、宝探しからスタートか……勘弁してくれ)


「心当たりのある者はいないか? 古い伝承でも、噂話でも構わない」


 レイスが一同を見回す。


 その時だった。


「……あ」


 小さな声が上がった。


 声の主は、会議室の隅で控えていた小柄な少女──ミナだった。


 金茶色の髪にぴょこんと飛び出した獅子の耳が、ぴくりと動く。


「どうした、ミナ」


 バラカが妹に視線を向ける。


「あのね、お兄ちゃん。……『星の寝床』って、村のおばあちゃんが言ってた話じゃない?」


 バラカの表情が変わった。


「……ああ、そうだ。俺としたことが、忘れていた」


 彼は立ち上がり、レイスに向き直った。


「大将。俺の故郷に、古い伝承があった」


「伝承?」


「『緑の川を遡ると、星の寝床がある』……そう伝えられていた。禁域だから、詳しい場所までは知らねえ。だが、だいたいの方角と距離は分かる」


 バラカは腕を組んだ。


「危険な場所だとも聞いている。……だが、案内はできる」


 ミナが頷いた。


「うん! 『誰も近づいちゃいけない聖域』って、おばあちゃんが言ってた!」


 レイスの目が光った。


(『星の寝床』……『星が眠る場所』の古い呼び名か)


「場所は分かるか?」


「ああ。俺の村があった場所から、川を遡った先だ。……案内できる」


 バラカが力強く頷く。


「俺の故郷の伝承が、役に立つとはな。……悪くねえ気分だ」


 レイスは即座に決断を下した。


「よし。バラカ、お前が先行調査隊を指揮しろ。黒猫運輸の者を連れて、遺跡の位置を確認してくれ」


「任せてください。見つけ次第、連絡を入れる」


「カディル、お前は城の守りを固めろ。ザフィルが動いた場合に備えて、警戒態勢を敷け」


「はっ!」


「ナズ、補給の手配を頼む。調査隊の携行食と、万が一に備えた医療品を揃えておけ」


「承知しました、お兄様!」


 レイスの指示が矢継ぎ早に飛ぶ。


 バラカは拳を握りしめ、妹の頭をぽんと撫でた。


「ミナ、お前は城で待っていろ。すぐに戻る」


「うん……お兄ちゃん、気をつけてね」


        ◇


 調査隊の出発を見送った後。


 執務室で、レイスはメルヴェに声をかけた。


「メルヴェ。一つ確認がある」


「何でしょう?」


「以前、お前は言っていたな。『優秀な鍛冶師が必要だ』と。……レールガンの件だ」


 メルヴェの紫水晶の瞳が、かすかに輝いた。


「覚えていらっしゃいましたか」


「ザフィルの後には、ヴォルカンが控えている。火炎魔法に対抗する手段が必要だ。……鍛冶師の心当たりはあるか?」


「ええ。調べておきましたわ」


 メルヴェは懐から一枚の紙片を取り出した。


「ドゥラクという名のドワーフです。かつては帝国にも名を知られた名工でしたが、依頼主と喧嘩して追放されたとか。今はドワーフ領との国境近くの鍛冶村に隠棲しているそうです」


「腕は確かか?」


「魔力を通す金属加工と精密機械なら、大陸でも五指に入るでしょう。……ただし」


 メルヴェが肩をすくめる。


「頑固で偏屈で有名だそうですわ。まともに話を聞いてもらえるかどうか」


「構わん。話を聞かせるのは、俺の仕事だ」


 レイスは地図を広げた。


 鍛冶村の位置を指で確認する。


「明日、出発するぞ」


(遺跡探索と並行して、次の手も打っておく)


(並行タスク管理……社畜時代の経験が、まさかこんな形で活きるとはな)


 メルヴェが優雅に頷いた。


「承知しましたわ。……相変わらず、一手先を読んでいらっしゃる」


(一手先どころか、必死に並走してるだけだ)


(でも、それは言わない)


「当然だ。備えあれば憂いなし、という」


 レイスは窓の外を見やった。


 北の山々の向こうに、遺跡があるはずだ。


 そして東の鍛冶村には、レールガンを実現する鍵がある。


(二つの布石。どちらかが欠けても、詰みだ)


(そして多分、どっちも一筋縄じゃいかない)


 窓の外で、雲が太陽を覆い隠した。


 束の間の影が、執務室を暗く染める。


---


【第5刻限】残り43日 06時間 ─ 刻印課題:深淵の牙を無力化せよ


<レイスのひと言:並行タスク管理、社畜時代の経験が活きてます(白目)>


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