表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/27

第23話 白い竜と渇きの川──勝率2割の野戦と、謎のマスコット誕生


【第4刻限】残り3日 18時間 ─ 現在BP:120 / 目標BP:200


 ゲジェカレ城の作戦会議室は、通夜のような静けさに包まれていた。


 中央の卓上には、ナズが作成した戦力配置図が広げられている。


 そこに置かれた赤い駒(敵軍)と、青い駒(自軍)の数は、残酷なほどに不均衡だった。


「報告します」


 ナズの透き通るような声が、冷たい事実を告げる。


「南下してくるアテシュ家・キュル家連合軍の総数は、およそ3,000。対して、我が軍が前線に投入できる兵力は……かき集めて約400名です」


 室内がざわめいた。


 7.5倍の戦力差。


 ランチェスターの法則を持ち出すまでもなく、すり潰されて終わる数字だ。


「……400、か」


 上座に座るレイス・カランルクは、組んだ手の上に顎を乗せ、不敵に微笑んだ。


(厳しい。はっきり言って詰んだ)


(400対3000って何? 映画『300』のスパルタ兵でも無理だよ! うちは腹筋バキバキのスパルタ兵じゃなくて、元盗賊とか農民なんですけど!?)


 内心で絶叫しながら、レイスは視線を巡らせた。


 騎士団長カディル。


 筆頭補佐官ナズ。


 居候のエルフ、フィーネ。


 元盗賊の黒猫運輸代表、ボズクルト。


 鉄狼団の団長、ケナン。


 獣人の長、バラカ。


 客将の宮廷魔術師、メルヴェ。


 そして、部屋の末席で青ざめている青年──カヤ男爵家の長男、アデム。


 彼は今回の戦に際し、カヤ家が裏切らない証(人質)として送られてきたのだ。


 レイスはゆっくりと立ち上がった。


「諸君。数字は聞いたな」


 低い声が響く。


「勝率は2割もない。常識的に考えれば、降伏か逃亡が賢明な選択だ」


 レイスは全員の顔を一人ひとり見据えた。


「問おう。──この絶望的な戦況で、それでも私に従うか?」


 沈黙が落ちた。


 誰も、口を開かない。


 最初に動いたのは、カディルだった。


 彼は迷いなく膝をつき、拳を胸に当てた。


「愚問です、主君。我が命はとうに捧げております。地獄の底までお供しましょう」


 続いてナズが、淡々と眼鏡の位置を直した。


「計算上は破綻しています。ですが、お兄様の計算違いを見たことがありませんから」


 フィーネが小さな、しかし強い声で言った。


「レイス様がくれた居場所を、守りたいです」


 バラカがニヤリと笑い、ボズクルトが肩をすくめ、ケナンが頷き、メルヴェが扇子を開く。


 言葉は違えど、答えは同じだった。


 最後に残ったのは、アデムだった。


 人質として送られただけの、ひ弱な青年。彼は震えていた。


 だが──。


「ぼ、僕も……! この場から逃げたら、一生父に笑われる。戦わせてください!」


 レイスは満足げに頷いた。


「よかろう。その命、預かる」


(みんな……! なんていい部下たちなんだ。ブラック企業の社畜根性が浄化されていく……!)


(でもごめん、正直私も怖い!)


(だが、こうなったら、やるしかない)


 レイスはマントを翻した。


「全軍、出撃だ。迎え撃つ場所は──『渇きのクル・ネヒル』」


        ◇


 後に歴史家たちが「黎明の八傑会議」──主君レイスを除く8人の幹部による決起──と呼ぶことになるこの会合は、その悲壮な状況とは裏腹に、奇妙な熱気に包まれていたという。


 彼らを結びつけていたのは、勝算への信頼ではない。


 「この男なら、あるいは」という、狂気にも似た期待であった。


 もっとも、当の本人が考えていたのは「もう吐きそう」ということだけであったが、歴史の表舞台にその事実が記されることはない。


        ◇


「渇きの川」は、その名の通り水量が乏しい。


 川幅は広いが、その大半は干上がった砂利の河原だ。


 レイス軍400は、この河原の中央に陣取った。


 遮蔽物のない平地。敵の大軍に包囲してくださいと言わんばかりの自殺的な布陣である。


 だが、レイスには考えがあった。


 あるいは、ゲーム時代の記憶にある「攻略Wikiの記述」だけが頼りだった。


(この季節、この地形……そして『ある条件』が揃えば、フィールドギミックが発動するはず)


 出撃前、レイスはメルヴェに密命を与えていた。


 ──あの時のやり取りを思い出す。


『メルヴェ。お前は開発中の新兵器を持って、あの崖の上に陣取れ』


『あら……ついにあの「巨大な玩具」を実戦で試せるのですか? ふふ、的当ての訓練には飽きていたところです。生きた標的でデータを取れるなんて、素晴らしいですわ』


『勘違いするな。お前の標的は「兵士」じゃない』


 レイスは冷ややかに釘を刺した。


『私の合図で、指定した「座標」を撃ち抜け。敵を狙う必要はない』


 ──そして今、メルヴェは本隊から離れた崖の上にいるはずだ。


「……閣下。顔色が優れませんが」


 馬上のレイスに、カディルが心配そうに声をかける。


「問題ない。……武者震いだ」


(嘘です。胃痛です。キリキリする)


 レイスは鞍の前橋まえがみに取り付けた革袋──鞍袋くらぶくろに視線を落とした。


 さっきから、その中が異常に熱いのだ。


 中に入っているのは「黒い卵」。


 フィーネとの契約時に現れた謎のアイテムだ。


 懐に入れると、ドクンドクンという脈動が直接胸に響いて落ち着かない。


 戦場で心臓を二つ抱えているような気分になるのは勘弁だ。


 だから鞍袋に入れていたのだが──。


(なんだ? 熱い……いや、脈打ってる?)


 分厚い革越しに、ドクン、ドクンという心音のような振動が伝わってくる。


 まるで、今にも破裂しそうな勢いだ。


 ピシッ。


 微かな亀裂の音。


「……え?」


 レイスが鞍袋の留め具を外して中を覗き込んだ、その時だった。


 硬い殻が砕け、中から何かが這い出してきた。


「キュウ!」


 高い鳴き声と共に、袋の縁から顔を出したのは──トカゲ?


 いや、翼がある。


 パールホワイト(真珠白)の鱗に覆われた、手のひらサイズのドラゴンだった。


「……なんだ、こいつ」


 つぶらな金色の瞳が、レイスの赤い瞳と見つめ合う。


 漆黒の軍服に、その純白の体はよく映えた。


 生まれたばかりだというのに、恐れる様子もなくレイスの腕をよじ登り、肩の上へと収まる。


(かわいい……いやいや、今それどころじゃないって!)


(これから戦争だよ? マスコット枠の投入タイミング、間違ってない?)


 だが、名前がないと呼ぶのに不便だ。


「……『ファル』だ。お前はこれからファルだ」


 レイスがそう呟いた瞬間だった。


 ザザザッ……!


 脳内に、ラジオのノイズのような感覚が走った。


(ッ!? なんだ今の……頭痛?)


(それに、なんだこの……焦燥感は。胃が痛い)


 レイスは眉をひそめた。


 急激なストレスかと思ったが、違う。これは自分の感情ではない。


 誰かの「焦り」や「警戒」が、直接脳に流れ込んでくるような感覚。


 ファルが、レイスの肩で南の方角を睨んで「キュ! キュウ!」と鳴いた。


 その視線の先。


 地平線を埋め尽くす土煙が上がった。


        ◇


 アテシュ・キュル連合軍、3,000。


 彼らが丘陵地帯から河原へと雪崩れ込んでくる様は、濁流のようだった。


「見ろ、カランルクの若造が震えておるわ!」


 先陣を切る敵将の嘲笑が、風に乗って聞こえてくる。


「数で押し潰せ! 一人残らず踏み躙れ!」


 ウォーッ!!


 地鳴りのような喊声と共に、3,000の軍勢が突撃を開始した。


「来るぞ! 耐えろォッ!!」


 カディルが吼える。


 最前線で盾を構えた重装兵たちが、敵の波と激突した。


 ガガガガガッ!


 金属と金属がぶつかり合う轟音。


「オラァッ!」


 バラカが巨大な戦斧を振り回し、敵兵をまとめて吹き飛ばす。


 ケナン率いる鉄狼団も奮戦し、カディルの騎士団が要所を締める。


 フィーネはレイスの傍で障壁を展開する態勢を取り、流れ矢を弾き続けている。


 個々の戦闘力なら、こちらの精鋭の方が上だ。


 だが──数が違いすぎる。


 一人倒しても、次から次へと敵が湧いてくる。


 ゾンビ映画の群衆シーンだ。


 じりじりと、レイス軍の陣形が圧迫されていく。


「閣下! 左翼、支えきれません!」


「右翼も回り込まれます!」


 悲鳴のような報告が飛び交う。


 レイスは馬上で剣を抜き、声を張り上げた。


「退くな! 持ち堪えろ! まだだ、まだ時は来ていない!」


(怖い怖い怖い! 矢が! 矢が雨みたいに降ってきてる!)


(メルヴェ! 準備まだ!? こっちがミンチになる前に撃ってぇぇ!)


 その時。


 ギャッ!!


 レイスの肩で、ファルが鋭く悲鳴を上げた。


 同時に、レイスの脳裏に鮮烈な「映像」がフラッシュバックする。


 ──右だ。


 右の死角から、赤い閃光が飛んでくる──


「ッ!?」


 思考より先に、体が動いた。


 レイスは咄嗟に鞍の上で身を伏せる。


 ヒュンッ──ドォォォン!!


 一瞬前までレイスの頭があった空間を、巨大な炎の塊が通過し、背後の岩を粉砕した。


 敵の魔法部隊による狙撃だ。


「な……!?」


 カディルが驚愕に目を見開く。


 直撃していれば、レイスの首は飛んでいた。


「主君! ご無事ですか!?」


「あ、ああ……」


 レイスは冷や汗まみれで顔を上げた。


 肩の上のファルが、ブルブルと震えている。


(今のは……予知? いや、こいつが見せたのか?)


 ファルの金色の瞳が、訴えるようにレイスを見ている。


 『危ない』『怖い』──そんな感情が、ノイズのように流れ込んでくる。


(そうか、お前……教えてくれたのか)


 レイスは震える手で、ファルの小さな頭を撫でた。


「……でかした。褒美に、あとで最高級の肉をやる」


 だが、危機が去ったわけではない。


 今の爆発で陣形が乱れ、敵の本隊がその隙を突いて殺到してくる。


 絶体絶命。


 死神の鎌が、首筋に触れている。


 レイスは視線を上げた。


 遥か彼方、川を見下ろす崖の上。


 そこでキラリと光るものが見えた。


 メルヴェだ。


 彼女が、あの巨大なバリスタの照準を合わせている。


(まだだ……もっと引きつけないと、効果範囲に入らない)


 レイスは剣を握りしめ、脂汗を拭った。


(耐えろ。耐えてくれ、みんな)


(もう……限界だ)


 夕陽が河原を赤く染め始めた頃。


 レイスは決断した。


「……全軍に通達」


「──退却だ」



【第4刻限】残り3日 8時間 ─ 現在BP:120 / 目標BP:200


<レイスのひと言:新入社員ペットの研修期間がない>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ