第21話「鉄の咆哮、獣の怒り」
【第4刻限】残り25日 3時間 ─ 現在BP:120 / 目標BP:200
ナズの報告を聞いた瞬間、レイスの脳内で何かが「プチン」と切れた。
「……もう一度言え」
「は、はい……。中継地点である獣人の隠れ里が、何者かに襲撃された模様です! 黒猫運輸の小隊は、そこで消息を断っています!」
ナズが蒼白な顔で繰り返す。
ボズクルトたちが運んでいたのは、タジル商会から仕入れた食料品と、レイスが個人的に発注した嗜好品(紅茶葉と高級枕)だった。
(私の枕が……いや、物流網が断たれたですって?)
物流とは、国家の血管である。血管が詰まれば、組織は死ぬ。
前世で物流管理システムを担当していたレイスにとって、それは絶対の真理だった。
この数週間、黒猫運輸のおかげで領内の物資流通は劇的に改善していた。
Amazonプライム並みの配送速度を誇る彼らを失えば、カランルク領はまた「陸の孤島」に逆戻りだ。
「襲撃者の正体は?」
「不明です。ですが、目撃情報によれば……紋章を持たない黒づくめの集団だったと」
(紋章なし。……十中八九、ドゥマン家の暗部だ)
謀略派のケマル・ドゥマン。
経済封鎖が破られた腹いせか、あるいはこちらの戦力を削ぐための破壊工作か。
いずれにせよ、彼らは「虎の尾」を踏んだ。
レイスは立ち上がり、壁にかけてあった軍略図を睨みつけた。
「カディル! メルヴェ! 出撃だ!」
怒気が部屋を震わせる。
「私の物流を止めた罪は重い。……『新兵器』のテストを行う。ターゲットは、その黒づくめどもだ」
(営業妨害だ。コンプライアンス的にアウトな連中には、物理的な制裁を与えてやる!)
◇
獣人の隠れ里は、地獄の様相を呈していた。
黒煙が空を覆い、焼け焦げた家屋が無惨な姿を晒している。
だが、その広場で、一人の男が吼えていた。
「オオオオオオオッ!!」
獅子の獣人、バラカ。
金茶色のたてがみを振り乱し、丸太のような腕が唸りを上げる。
黒装束の敵兵をなぎ倒す。
剣などいらない。その拳と爪だけで、彼は既に十人以上を沈めていた。
「強い……! なんだこの化け物は!」
ドゥマン家の精鋭である暗部たちが、恐怖に後ずさる。
バラカは全身に矢を受けていたが、痛みなど感じていないかのように暴れ回っていた。
「俺の里を! 俺の家族を! よくもォッ!!」
守護者としての怒りが、彼を鬼神に変えていた。
このままなら、バラカ一人で敵部隊を壊滅させかねない勢いだった。
だが。
「……そこまでだ、野良猫」
冷酷な声が響いた。
敵の指揮官──「黒い顔」の名を持つ男、カラ・ユズが、一人の少女の髪を掴んで引きずり出した。
「お兄ちゃん……!」
小さな声が震えていた。
まだ10歳ほどの少女だ。
兄と同じ金茶色の髪に、ぴょこんと飛び出した獅子の耳。大きな琥珀色の瞳が涙で潤んでいる。
背中には、不安げに垂れ下がったふわふわの尻尾。
「ミナ!?」
バラカの動きが止まる。
彼の妹、ミナだった。首筋には、冷たい刃が押し当てられている。
「動くな。動けば、この小娘の首が飛ぶぞ」
カラ・ユズが薄ら笑いを浮かべる。
卑劣な手口。だが、効果は劇的だった。
「や、やめろ……!」
バラカが拳を下ろす。
その隙を、敵兵たちは見逃さなかった。
ドスッ、ドスッ!
槍の柄が、無防備なバラカの背中や膝を強打する。
「ぐぅっ……!」
巨躯が崩れ落ちる。
寄ってたかって蹴られ、踏みつけられる。
それでもバラカは、妹を睨み据えるカラ・ユズの剣先を気にして、反撃できない。
「へっ、ざまあみろ!」
「さっきの威勢はどうした!」
泥と血にまみれる守護者。
カラ・ユズは満足げに鼻を鳴らし、バラカの前に立った。
「強い獣だが、頭が悪い。……安心しろ、すぐに楽にしてやる」
剣が振り上げられる。
バラカは血走った目で天を仰いだ。
力が欲しい。理不尽を叩き潰す力が。
──その瞬間。
「……挽き潰せ」
地獄の底から響くような、冷徹な声が戦場に落ちた。
ゴオオオオオオオッ!!
敵の正面──森の茂みを突き破り、異様な「黒の塊」が飛び出した。
四頭の黒馬に牽かれた装甲馬車。
黒光りする複合装甲で覆われた、巨大な強化された馬車だ。
「な、なんだあれは!?」
カラ・ユズの手が止まる。
未知の恐怖。だが、彼は即座に叫んだ。
「怯むな! ただの張りぼてだ! 火矢を放て!」
ヒュンヒュンヒュンッ!
数十本の火矢が、黒の塊に殺到する。
カンッ、カカカカンッ!!
硬質な音が響き渡った。
火矢は全て、ドワーフの技術(レイスのゲーム知識)と現代の複合材理論によって作られた装甲に弾かれ、無力に地面に転がった。
「ば、馬鹿な!? 矢が効かない!?」
黒の塊は止まらない。
黒馬たちが嘶き、死の行軍のように迫ってくる。
レイスが、拡声の魔道具を使って叫んだ。
『伏せろ、そこの獣人!! 妹を助けたいなら、頭を下げろ!!』
バラカは本能的にその声に従った。
泥にまみれ、地面に頭をこすりつける。
「メルヴェ! 人質を守れ! あとは焼き払え!」
「承知いたしました。……野蛮な方たちには、少し頭を冷やしていただきましょう」
装甲馬車の上に立つ銀髪の魔女が、優雅に指を鳴らした。
パキィィィィン……!
戦場が一瞬で極寒に包まれた。
ミナと、捕らえられていた他の獣人たちの周囲にだけ、青白い氷のドームが出現する。
カラ・ユズが突きつけていた剣ごと、彼の手が凍りついた。
「なっ……!?」
そして。
装甲馬車の前面ハッチが開き、禍々しい砲口が姿を現した。
バリスタを小型化し、連射機構を組み込んだ新兵器だ。
砲身には、メルヴェによって書き換えられた雷属性の魔法陣が、バチバチと黄色いスパークを放っている。
「発射!!」
ドォォォォォォンッ!!!
雷鳴。
放たれたのは、鉄の矢ではない。圧縮された雷撃の塊だ。
それは一直線に敵陣を貫き、凍りついた敵兵たちを飲み込んだ。
断末魔すら上げる暇はない。
雷光が過ぎ去った後には、炭化した黒い残骸と、オゾン臭だけが残された。
一撃で、部隊の半数が消滅した。
カラ・ユズが悲鳴を上げて後ずさる。
氷のドームが解け、中からミナが駆け出した。
「お兄ちゃん!」
「ミナ……!」
妹が無事だと確認した瞬間。
バラカの中で、何かが爆ぜた。
彼はゆらりと立ち上がった。
その体から放たれる殺気が、周囲の空気を歪ませる。
「……よくも、俺の妹を」
バラカが大地を蹴った。
負傷など忘れたかのような、神速の踏み込み。
「ひっ、く、来るな!」
カラ・ユズが懐から何かを取り出し、投げつけようとする。
だが、遅い。
ドゴォッ!!
バラカの拳が、カラ・ユズの顔面を捉えた。
「黒い顔」が砕け、男は紙切れのように吹き飛んで岩壁に激突した。
静寂が戻った。
残ったのは、燃える村の爆ぜる音だけ。
◇
レイスは装甲馬車から降り立った。
その後ろから、メルヴェが優雅に歩み出て、カラ・ユズの遺体のそばに落ちていた「何か」を拾い上げた。
それは、古びた石の鍵のようだった。
「……これは、封印陣の鍵ですね」
メルヴェが、村の奥にある破壊された祠の方角を見る。
「村の祠に、封印陣の痕跡がありました。何かを……おそらく『風』を操る古代の遺物を封印していたのでしょう。彼らはそれを持ち去ろうとしていた」
「風招きの笛か」
レイスは鍵を受け取った。
ドゥマン家の狙いはこれだったか。天候を操る兵器を手に入れようとしていたのか。
(危ないところだった。そんなものを敵に使われたら、空輸ルートまで脅かされる)
そのとき、焼け跡の奥から、聞き慣れた声が響いた。
「旦那ァ! 助かりましたぜ!」
ボズクルトだった。
煤と泥にまみれた顔で、部下の黒猫運輸員たちを引き連れて姿を現す。
何人かは怪我を負っていたが、致命傷ではなさそうだ。
「生きてたか」
「へへっ、猫は九つの命を持ってるって言うでしょう? 荷物は……まあ、半分くらいは無事です。あと、うちの連中も何人かやられましたが……」
ボズクルトの目が一瞬、暗く翳る。
「……敵討ちはできたんでしょうな?」
「ああ。首謀者は、そこで肉塊になっている」
レイスが顎で示すと、ボズクルトは元人型の残骸をじっと見つめ、深く頷いた。
「……そうですかい。なら、いい」
黒猫運輸の頭目は、部下たちに声をかけた。
「おい、お前ら! 生き残りの手当てを手伝え! 積荷の回収もだ! 仕事だぞ!」
「へい!」
彼らは慣れた動きで負傷者の救護と物資の確認に散っていく。
プロの物流屋は、こういう時も頼りになる。
レイスが視線を転じると、バラカが妹を背負い、生き残った十数名の獣人たちと共に近づいてくるところだった。
バラカはレイスの前で足を止めた。
その巨体は傷だらけだが、瞳に宿る光は消えていない。
「……あんたが、俺たちを助けてくれたのか。俺はバラカだ」
「レイスだ。私は、私の荷物を取り返しに来ただけだ」
レイスはそっけなく答えた。
【天秤の真眼】で見るバラカの姿は、ボロボロだが──淡い光を帯びている。
(光っている……強者の証だ。数値までは分からないが、かなりの大物かもしれない)
バラカは村の惨状を一度だけ振り返り、歯を食いしばった。
家は焼かれ、多くの仲間が死んだ。
だが、妹は守れた。残った仲間もいる。
「……村は焼けた。蓄えも、畑も、全部だ」
バラカは背中の妹をあやしながら、その場に膝をついた。
地面が揺れるほどの重い音。
「俺たちにはもう、帰る場所がねえ。食い物もねえ。……頼む、しばらく置いてくれねえか」
巨躯が、深々と頭を下げた。
「働く。なんでもやる。妹と、残った仲間の飯だけでいい。だから……」
彼は額を地面にこすりつけ、血を吐くように叫んだ。
「お前は獣人族、私たちは魔族だぞ」
「関係ねぇ。一族の仇をうたねぇと、気が済まねぇ」
バラカは絞り出すように言葉をつないだ。
「俺は戦える。だから……使ってくれ。あいつらをぶっ潰すまで、あんたの下で働かせてくれ!」
その姿は、誇り高き獅子が、初めて他者に首を垂れた瞬間だった。
(……重いな)
レイスはその覚悟を真正面から受け止めた。
この男は、裏切らない。家族を守るためなら、地獄までついてくるだろう。
だが、「魂刻の絆」を結ぶには、まだ早い。
信頼は、言葉だけでは足りない。行動で示し、時間をかけて築くものだ。
「……良かろう」
若い魔族の領主として、堂々と彼を見下ろした。
「その牙、私のために磨け。……お前の家族と仲間は、私の領地で守ってやる。働きに応じて、報酬も出す」
「あ、ああ……!」
バラカが顔を上げた。
涙と泥にまみれた顔が、獰猛な笑みを浮かべる。
「感謝する、大将! 俺たち獣人は、あんたの牙になる!」
レイス軍に、最強の「矛」が加わった瞬間だった。
──ただし、まだ「雇用」だ。
「契約」は、これからだ。
(獣人の契約条件は……たしか、ゲームでは「飯」と「差別しない態度」と「強者の匂い」だったか)
(とりあえず城に連れ帰って、美味いものでも食わせてやるか。揚げ物とか)
レイスは内心でそんなことを考えながら、ミナの頭をぽんぽんと撫でた。
小さな獅子耳が、ぴくりと動く。
「……お兄ちゃんを、助けてくれて……ありがとう」
消え入りそうな声。だが、その琥珀色の瞳には、確かな感謝の光があった。
「礼なら、お前の兄に言え。お前を守ったのは、あいつだ」
レイスはそっけなく言い放ち、装甲馬車へと戻っていった。
だが、手の中の石の鍵が気になる。
ドゥマン家が「風招きの笛」を狙った理由。それがまだ見えない。
(……あの古狸、何を企んでいる?)
嫌な予感が、胸の奥でくすぶっていた。
(まあいい。今は目の前のことだ。帰ったら報告書と人員配置と食糧計算と……)
(はあ。残業確定だわ)
【第4刻限】残り24日 6時間 ─ 現在BP:120 / 目標BP:200
<レイスのひと言:物流を止める奴は、全員敵だ>




