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第20話「試される知略」


【第4刻限】残り28日 18時間 ─ 現在BP:120 / 目標BP:200



「……おはようございます、辺境伯殿下」


 執務室の扉を開けた瞬間、レイスは石像のように固まった。


 窓際の来客用ソファ。

 そこに銀髪の魔女が優雅に足を組み、我が物顔で寛いでいた。

 朝日を浴びて輝く銀髪、湯気の立つティーカップ。絵画のような美しさだ。


(なんで朝からいるの? 勝手にはいっちゃってる…)


 だが、問題なのは彼女の手元だ。

 彼女は、ナズが徹夜でまとめた『極秘・軍事費試算表』の束を、まるで朝刊のゴシップ欄でも読むかのようにペラペラとめくっているのだ。


「……勝手に見ないでいただきたい。それは部外秘だ」


 レイスがこめかみを押さえながら指摘すると、メルヴェは悪びれもせず、パタンとファイルを閉じた。


「おやおや。机の上に無造作に置かれていましたよ? 情報の管理もできないようで、アテシュ家から領地を守れますか?」


(うわ、めんどくさい人が入社しちゃった……的な。これ典型的な監査官ムーブだ)


(というか、鍵のかかった引き出しに入れておいたはずなんだけど。魔法で開けたな?)


 レイスは深いため息をつき、自分の席へと向かった。

 無駄なマウント合戦に応じる気力はない。今は、この「規格外の戦力」をどう運用するかだ。


「それで? 早朝から他人の機密を盗み見て、何の用だ」


「戦況の確認ですよ。……雇い主の経営状態を知るのは、労働者の権利でしょう?」


「まだ雇った覚えはないが」


「あら、そうでしたか?」


 メルヴェが細い指を空中で滑らせる。


 ヴンッ……。


 低い駆動音と共に、机の上に光の立体地図が展開された。

 【幻影魔法】による戦況シミュレーションだ。

 青白い光の粒子が地形を描き、その上に無数の赤い光点が浮かび上がる。


「赤い光がアテシュ軍。青が我が軍です」


 一目瞭然だった。

 赤い光の奔流は、青い光を飲み込まんばかりの勢いで迫っている。


「数日で敵の本隊3,000が到着します。対するカランルク軍は……総兵力こそ増えましたが、前線に送れるのは400程度。城と村の防衛にも兵を割かねばなりませんからね」


 メルヴェは赤い駒を指先で弾き、青い駒を包囲させた。


「戦力差はおよそ七倍。……正面から当たれば、半刻で壊滅ですね」


 楽しげな紫の瞳が、レイスを射抜く。


「さて、どう打開なさいます? お手並み拝見といきましょう」


(試されているな。……これは、採用面接の第2ラウンドか)


 レイスはソファに深々と座り直し、地図上の一点を指差した。


「正面からは当たらない。カヤディビ渓谷で足止めし、決戦の最中にカヤ家が背後から刺す」


「……なるほど。敵の混乱に乗じて本陣強襲ですか」


「戦いは数ではない。使えるものはすべて使う」


 メルヴェは紅茶を一口啜った。


「悪くありません。……ですが、決定打に欠けますね」


 彼女の評価は辛辣だった。


「混乱させたところで、敵は3,000。こちらはカヤ家を足しても600。数では勝てません」


「数では、な」


 レイスは立ち上がった。

 次なる手札を見せる時だ。


「来い。私の『切り札』を見せてやる」


        ◇


 城から馬で四半刻ほど。

 切り立った崖を背にした射撃訓練場に、既にカディルたちが集まっていた。

 彼らの中心に鎮座するのは、巨大な帆布で覆われた構造物だ。


 レイスが合図を送ると、兵士たちが帆布を一気に引き剥がした。


 露わになったのは、巨大な弓を搭載した兵器。

 試作型魔導バリスタ。

 領内の鍛冶師の技術と、レイスの前世知識──滑車の原理とスプリング──を組み合わせて作られた、対軍用長距離砲である。


「……ほう」


 メルヴェが初めて興味深げな声を漏らした。


「撃て!」


 レイスの号令と共に、極太の矢が放たれる。


 ドォォォォン!!


 轟音。

 百メートル先の岩壁に着弾した矢は、岩を粉々に砕き、砂煙を巻き上げた。


「おおっ!」

「すげえ威力だ……!」


 兵士たちがどよめく。カディルも誇らしげだ。

 だが、レイスが横目でメルヴェを見ると──彼女は冷めた目でバリスタを見つめていた。


 彼女は優雅に歩み寄り、まだ熱を持っている砲身をペタペタと触り始めた。

 そして、振り返って一言。


「……構造は面白い。ですが、欠陥品ですね」


「……なに?」


「魔力の充填回路がお粗末すぎます。発射時の熱エネルギーを逃がせていない。……あと3発撃てば、砲身が歪んで暴発しますよ?」


 メルヴェは事もなげに言った。


「兵士ごと自爆させる特攻兵器として使うなら止めませんが」


(暴発!?)


 レイスの顔から血の気が引いた。

 ゲームでは「耐久値」の概念はあっても、熱暴走や金属疲労の描写まではなかった。

 だが、ここは現実だ。物理法則が働く。


(危なっ! PL法違反どころじゃない、労働安全衛生法違反で訴えられる!)


 カディルたちが青ざめる中、レイスはプライドを捨てて頭を下げた。


「……改良案があれば、聞きたい」


 無知を認めるのは恥ではない。無知のまま死ぬのが愚か者だ。

 メルヴェは、ふっと表情を緩めた。


「素直なのは良いことです。無知を隠す王より、教えを請う王の方が、教え甲斐がある」


「……勘違いするな」


 レイスは顔を上げた。


「私は王ではない。領民と社員……部下を守るための、ただの責任者だ」


「あら。謙遜ですか?」


「事実だ。王などという大層な椅子に座るつもりはない」


(そんな責任重大なポジション、社畜には荷が重すぎる)


 メルヴェはくすりと笑い、バリスタの砲身に細い指を這わせた。


「……ふふ。では『今のところは』そう呼んでおきましょうか」


 彼女の指先から、冷気が溢れ出す。

 キィィィィン……という澄んだ音と共に、砲身に複雑な幾何学模様が刻まれていく。


「私の氷結術式を組み込みました。冷却機能の強化と……おまけの付与です」


 無骨な鉄の砲身が、霜を纏って銀色に輝き始めた。


「試射を。……今度は、加減はいりませんよ?」


 レイスは頷き、カディルに目配せした。

 装填。発射。


 ヒュンッ──パキィィィィン!!


 先ほどとは違う、鋭利な音が響いた。

 着弾した瞬間、岩が砕ける音と共に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。

 岩壁の一角が、美しい氷の結晶となって崩れ落ちていく。


「な……」


 全員が絶句した。

 威力は倍増。さらに範囲攻撃の属性まで付与されている。


(すげえ……。これが、本職の魔術師の技術か)


 レイスは、氷漬けになった岩壁を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 だが、同時に──ゲーマーとしての「探究心」が鎌首をもたげた。


(待てよ。冷却回路を組み込めるなら……他の属性もいけるんじゃないか?)


「……メルヴェ」


「はい?」


「これ、回路のパターンを変えれば、炎や雷の実装も可能か? カートリッジ式にして属性を切り替えるとか……」


 メルヴェが、呆れたように目を丸くした。

 そして、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。


「……あなた、本当に止まりませんね。一つ形にした途端、もう次の絵を描いている」


「改善の余地があるなら、追求するのは当然だ」

(楽したいからね!)


「いいでしょう。その飽くなき探究心……嫌いではありません」


 メルヴェはレイスに向き直り、優雅に手を差し出した。


「協力しましょう、レイス様。この戦争、あなたの『駒』として、最高の結果を出して差し上げます」


 レイスはその手を取り、握り返した。

 ひんやりと冷たいが、確かな力強さがあった。


「期待しているぞ。……詳しい条件は、城に戻ってから詰めよう」


        ◇


 それから三日。


 メルヴェは約束通り、バリスタの改良に取り組んだ。

 氷結術式の安定化、予備パーツの魔力回路設計、さらには量産体制の構築まで。


 彼女の働きぶりは、正直に言って──異常だった。


(この人、寝てるのか?)


 レイスが深夜に執務室を覗くと、メルヴェは必ず何かの設計図に向かっていた。

 朝に顔を合わせれば、すでに紅茶を啜りながら新たな提案書を広げている。


 有能すぎて、逆に怖い。


 そして三日目の夜。

 執務室で雇用契約書を交わすことになった。


「技術顧問として雇用する。報酬は月給制、成果に応じてボーナスも出す。住居と食事は城で保証。……条件に不満があれば言え」


 メルヴェがソファに座ったまま、目を瞬かせた。

 それは、初めて見せる素の反応だった。


「……契約書?」


「当然だ。口約束だけで人を使う経営者は三流だ。労使関係は文書で残す。これ常識」


(まあ、魔刻印の契約とは別だけどな。あっちはもっと慎重にやらないと)


 メルヴェは一瞬、不思議そうな顔をした。

 そして、ふっと笑みを浮かべた。


「……奇特な方ですね。普通の領主は『従え』の一言で済ませるものですが」


 彼女は羊皮紙を受け取り、さらさらと目を通した。

 そして、ペンを取って署名した。


「条件は承諾します。では、本日より正式にカランルク家の技術顧問として勤めさせていただきますね」


 レイスもまた署名し、羊皮紙を二つ折りにして懐にしまった。


 これで、最強の頭脳と火力が正式に味方に付いた。

 アテシュ家との決戦に勝機が見えた──はずだ。


 だが。

 レイスの胸中をよぎったのは、安堵だけではなかった。


(……おかしい)


 目の前で微笑む銀髪の魔女を、レイスは冷静な思考で観察する。


(彼女ほどの能力があれば、どの国でも……それこそ帝国の宮廷魔術師としてだって返り咲けるはずだ。それを、なぜこんな辺境の小領主に?)


(「面白いから」? そんな理由で、命を預けるか?)


 メルヴェの手の冷たさが、心の奥底に小さな棘を残していた。


 そのとき、執務室の扉が乱暴に開いた。


「お兄様ぁぁぁ! 緊急です!」


 ナズが蒼白な顔で駆け込んでくる。


「黒猫運輸の小隊が……消息を断ちました!」


 レイスの背筋が凍った。


(良いニュースの直後に、悪いニュースが来る。……これ、仕様なのか?)


 視界の隅で、メルヴェが静かに紅茶を啜る姿が映った。

 その紫の瞳に、何の感情も浮かんでいないことが──妙に、気になった。



【第4刻限】残り25日 3時間 ─ 現在BP:120 / 目標BP:200


<レイスのひと言:高性能エアコン、三日で職場の空気まで凍らせる>


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