第17話「鋼鉄の引きこもり願望」
【第3刻限】残り12日 8時間 ─ 現在BP:40 / 目標BP:100
「なんという威力……!」
歴戦の騎士団長が、言葉を失って立ち尽くしていた。
その瞬間、レイスは内心でガッツポーズを決めていた。
(よしよし、そうだろうそうだろう)
ゲジェカレ城の中庭。
集まった騎士団、魔族傭兵、「黒猫運輸」の面々が、一様に目を見開いている。
百メートル先の岩が、轟音と共に粉砕されていた。
丸太のような矢を放った巨大な弓――バリスタの威力に、誰もが息を呑んでいる。
「これならば、城壁の外から敵将を狙い撃てます! まさに神の雷!」
(だって、近づきたくないもん)
レイスは尊大に頷きながら、内心で本音を吐露した。
(遠くから撃って終わるなら、それが一番じゃん)
(スナイパーライフルがないから、これで代用するしかないのよ)
ただし、問題がないわけではない。
(……まだ命中精度が安定しないのよね)
(十発撃って、狙い通りに飛ぶのは六発くらい。弦の張力と矢の重心バランスが微妙にズレる)
(実戦投入には、もう少し調整が必要か)
だが、そんな弱点を口にするわけにはいかない。
部下の士気に関わる。
――戦場は、怖い。
矢は飛んでくるし、剣は当たれば痛いし、死ぬし。
何より私は、"一回死んでる"。
だからこそ。
安全への投資は、いくらでも正当化できる。
「そして、こちらだ」
レイスは黒灰色の車両を指し示した。
「『装甲馬車』だ」
ざわっ、と空気が揺れた。
バラカが目を丸くし、ボズクルトが唸り、カディルは恐る恐る装甲板に触れた。
「閣下、これは……何の素材ですか? 鉄ではない。木でもない。しかし、叩いても凹まない」
コン、コン、と甲冑の拳が叩く。
鈍い音。
だが確かに硬い。
「『複合装甲板』だ」
レイスは短く答え、手を上げた。
「試せ」
兵士が矢をつがえ、車両の側面を狙う。
――ヒュン!
矢が突き刺さる……はずだった。
カンッ、と乾いた音が鳴り、矢は弾かれて地面に転がった。
「……刺さらねぇ!?」
ボズクルトが驚いて叫ぶ。
バラカが興奮して装甲板を叩き、笑った。
「す、すげえ……! 本当に軽いのに硬えぞ、これ!」
「理由は簡単だ」
レイスは淡々と説明する。
「亜麻布を何層にも重ね、その間にスライムの樹脂を染み込ませて固めた。内側には魔獣の毛をフェルト状にした衝撃吸収層を挟んでいる」
(要するに、この世界版のFRP)
(グラスファイバーの代わりに亜麻布、樹脂の代わりにスライム。原理は同じ)
「木より軽く、鉄より割れにくい。矢は刺さらず、剣は弾く」
レイスは車輪の下を指した。
「車軸も見ろ」
そこには、薄い鋼板を何枚も重ねて湾曲させた部品――板バネが取り付けられていた。
「これが路面の衝撃を吸収する。荷崩れもしないし、中の兵士も揺れで疲弊しない」
ボズクルトがニヤリと笑った。
「へへっ、こいつぁいい。輸送中の襲撃対策に最高ですな。盗賊どもが泣いて逃げ出しますぜ」
バラカが装甲車の中を覗き込んだ。
「おお、中は意外と広いな。これなら……六人は乗れるか?」
「八人だ。完全武装でも問題ない」
レイスは頷く。
(そう、これは私専用の安全な移動手段)
(同時に、兵員の高速輸送車でもある)
だが、ここでナズが小さく咳払いをした。
「お兄様。製造費の件ですが……」
羊皮紙を差し出される。
レイスは受け取り、数字を見て――顔が引きつった。
(一台あたり金貨二百枚……!?)
(スライム樹脂の調達と、職人の手間賃が馬鹿にならない)
「量産は……簡単ではありませんね」
ナズが眉を寄せて言う。
「材料の確保に時間がかかりますし、熟練の職人でないと品質が安定しません。月に二、三台が限界かと」
(月に二、三台か……)
(まとまった数を揃えるには、半年は見ないといけないわね)
胃がキリキリと痛む。
安全への投資は正当化できる。だが、時間も財布も有限だ。
それでも表情には出さない。
レイスは口元に不敵な笑みを浮かべ、堂々と宣言した。
「我々の命は、安くはない。無駄な血を流さぬための、鋼の鎧だ」
「閣下……!」
ナズが潤んだ瞳で兄を見上げた。
「兵の命を第一に考え、これほどの兵器を開発されるとは……。やはりお兄様は、慈悲深き領主です!」
(いや、私の命を第一に考えてるだけなんだけど)
(あと請求書を見て胃が痛いんだけど)
その横でフィーネは、少し離れた場所から静かに眺めていた。
彼女の表情から感情は読み取れない。
だが、その瞳はバリスタの破壊力より――装甲車の「守るための装甲」に吸い寄せられているようだった。
◇
新兵器の披露を終え、執務室に戻ったレイスは椅子に深々と沈み込んだ。
(……はあ。疲れた)
盛大な拍手と崇拝の視線を浴びたが、現実は何も解決していない。
視界の端に浮かぶ、無情なカウントダウン。
【第3刻限】残り12日 6時間 ─ 現在BP:40 / 目標BP:100
(あと12日で60BP。……詰んでない?)
カディルで15、ナズで25。合わせて40BP。
つまり、あと60BP分の忠義を稼がなければならない。
そんな人材が、道端に転がっているわけがない。
(バラカは金で雇ってるだけ。ボズクルトは利害関係)
(フィーネは……まあ、論外だわな)
脳裏に、儚げなエルフの少女が浮かぶ。
記憶をなくしていて、魔力も不安定。
何より、迷いがあるように感じられる。
問題は、彼女がゲームに登場しないキャラだということだ。
BPがいくつあるのか、まったく見当がつかない。
(完全にガチャ枠なんだよな……)
(当たりか外れか、契約するまで分からない)
(しかも記憶喪失。契約条件の「自由意思での忠誠」をクリアできるかも怪しい)
レイスは机の上の羊皮紙に、ガラスペンを走らせた。
『緊急BP獲得計画案』
(リアルな人材がいないなら……もう、システムを騙すしかないんじゃない?)
思考はデスマーチ特有の現実逃避へと飛躍する。
彼は羊皮紙に、架空のキャラクター設定を書き殴り始めた。
『名前:漆黒騎士ヴォイド・クロウ(仮)』
『設定:伝説の勇者の末裔。封印されていたが、レイスの魔力に惹かれて覚醒した』
『忠誠度:MAX』
(こいつを……こう、誰もいない部屋で「契約の儀式」を行って)
(あたかもそこにいるように振る舞えば……システムが誤作動してBP判定くれたりしないかな?)
(……いや、無理か。虚無すぎる)
レイスは頭を抱えた。
「エア部下」で即死回避。
そんなバグ技が通用するなら、このゲームはもっと簡単だったはずだ。
やはり、実在する誰かと心を通わせるしかない。
(心を通わせる、ねえ……)
レイスはふと、窓の外を見る。
夕暮れの光が差し込んでいる。
静かだ。
(……静かな場所に行きたい)
カディルの暑苦しい忠誠も、
ナズの重すぎる愛も、
バラカの大声も――今はちょっと胃に重い。
一人になれる場所。
誰にも邪魔されず、静かに現実逃避できる場所が必要だ。
「……そうだ。あそこに行こう」
レイスは立ち上がった。
そして、ふと思いついて呼び鈴を鳴らす。
「フィーネを呼んでくれ。……散歩に付き合ってもらう」
◇
案内したのは、城の北棟にある古びた部屋だった。
かつては図書室として使われていたらしいが、
長らく放置され、物置同然になっていた場所。
レイスはここ数日、密かにここを掃除させていた。
カディルたちには「古文書の研究のため」と説明しているが、
その実態は――「レイス専用サボり部屋」である。
「……どうぞ」
重い扉を開けると、そこには静寂があった。
床は磨き上げられ、
壁一面の本棚には、レイスが選別した(難しそうで誰も読まない)古書が並ぶ。
窓には分厚いカーテン。
外の喧騒を完全に遮断している。
部屋の隅には、座り心地の良さそうな革張りのソファ。
ほのかに香るラベンダーのアロマ。
「ここは……?」
フィーネが目を丸くして周囲を見回す。
「私の……隠れ家だ」
レイスはソファに腰を下ろそうとした、その時。
フィーネが一歩後ずさった。
「……私が、ここにいてよろしいのですか」
その声は硬い。
警戒の色が、蒼穹色の瞳に浮かんでいた。
「閣下の大切な場所に、私のような者が……」
(あ、やばい。警戒されてる)
レイスは内心で舌打ちした。
考えてみれば当然だ。
記憶をなくした少女が、領主に「二人きりで隠れ家に来い」と言われたのだ。
普通に怖い。
(私の意図は「静かにサボりたい」だけなんだけど……)
(傍から見たら、どう考えても下心ありに見えるわよね)
ここで引いたら、せっかくのサボり部屋計画が台無しになる。
レイスは咳払いをして、努めて淡々と言った。
「城はうるさいだろう。カディルの怒鳴り声に、兵士の訓練の音……。気が休まる暇もない」
フィーネの肩が、ぴくりと震えた。
「お前はエルフだ。耳が良い分、我々よりも騒音が辛いはずだ」
「……なぜ、それを?」
「見れば分かる。食堂でも、いつも端の席で耳を塞ぐようにしていたからな」
フィーネの目が見開かれた。
レイスはソファに腰を下ろし、ふう、と息をついた。
(まあ、私も食堂のガヤガヤした音が苦手だからよく分かるよ。一人飯最高)
この部屋に入ると、城内のざわめきが嘘のように消える。
防音の魔術式を組み込んだカーテンのおかげだ。
これも前世の「耳栓がないと眠れない」体質ゆえの拘りである。
レイスは手元のサイドテーブルから、一冊の本を取り上げた。
中身はない。
ただのダミーブックだ。
これを開いていれば「思索に耽っている」ように見える便利アイテムである。
「ここは自由に使っていい。鍵はお前にも渡しておく」
「……え?」
「私はここで、策を練る(という名目で昼寝をする)」
「お前は好きな本を読むなり、ただぼーっとするなりすればいい」
レイスは一拍置いて付け足す。
「……会話も必要ない。ただ、静寂があればいい」
それだけ言うと、ダミーブックを開いて目を閉じた。
本当は「エア部下作戦」の続きを考えようかとも思ったが、
この静けさの中ではそれすら野暮に思えた。
(はー……生き返る。やっぱ防音最高)
しばらく、沈黙が続いた。
フィーネは入り口に立ったまま、動かない。
(……帰っちゃうかな)
レイスは薄目を開けて様子を窺った。
フィーネの表情が、少しずつ変わっていくのが見えた。
警戒から、困惑へ。困惑から、戸惑いへ。
そして――彼女は、ゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れた。
衣擦れの音。
気配が近づく。
フィーネが、レイスの座るソファの近くに立った。
彼女は震える声で、ぽつりと呟く。
「……ずっと、痛かったんです」
レイスは薄目を開けた。
「音が……人の声が、感情が。全部、頭の中に突き刺さってくるようで……」
エルフの聴覚は人間の数倍鋭い。
さらに彼女のように魔力が高い個体は、
他者の感情すら「ノイズ」として感知してしまうことがある。
人間の城での生活は――
彼女にとって、パチンコ店の中で暮らすようなストレスだったのかもしれない。
「記憶がないのに……体だけが、覚えているんです。音が怖いって。人の視線が痛いって」
フィーネの瞳が揺れる。
「でも、あなたは……私が何も言わなくても、気づいてくださった」
レイスは共感した。
前世でも、キーボードを叩く音がうるさい同僚に
殺意を覚えたことが何度あったか。
「気にするな。私も、うるさいのは嫌いだ」
短く答える。
それは偽らざる本音だった。
「……ありがとうございます、レイス……様」
フィーネが深く頭を下げる。
(……あれ、今「閣下」じゃなくて「レイス様」って言った?)
レイスは内心で首を傾げたが、あえて指摘はしなかった。
距離が縮まったのなら、それでいい。
その仕草には、形式的な礼儀ではない、温度のある感情が籠もっていた。
彼女は近くの椅子に腰掛け、
レイスと同じように本を開いた。
ページを捲る音だけが、静かに響く。
会話はない。
だが、拒絶の沈黙ではない。
互いに「そこにいてもいい」と許し合う、
心地よい沈黙。
(……悪くないな)
レイスは再び目を閉じた。
BPの悩みも、刻限の恐怖も、
この瞬間だけは遠のいていくようだった。
──だが、彼は気づいていなかった。
静かに本を読むフィーネの視線が、
時折、熱っぽい色を帯びて自分に向けられていることに。
そして、彼女の胸の内で、何かが変わり始めていることに。
痛みを理解してくれる人。
守るための力を持ちながら、静寂を愛する人。
フィーネの唇が、微かに震えた。
その手の中で、栞代わりのリボンが強く握りしめられていた。
──だが、彼は気づいていなかった。
静かに本を読むフィーネの視線が、
時折、熱っぽい色を帯びて自分に向けられていることに。
そして、彼女の胸の内で、何かが変わり始めていることに。
痛みを理解してくれる人。
守るための力を持ちながら、静寂を愛する人。
フィーネの唇が、微かに震えた。
その手の中で、栞代わりのリボンが強く握りしめられていた。
彼女の手首に浮かぶ紋様が、蝋燭の光を受けて一瞬だけ輝いた。
だがそれに気づく者は、まだ誰もいなかった。
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【第3刻限】残り12日 5時間 ─ 現在BP:40 / 目標BP:100
<レイスのひと言:静寂は最高の福利厚生>




