学がないと騙される
「いいかい、あんたたち。よく聞きな。字が書けないってことは、一生誰かに騙され続けるってことだよ」
屋敷の庭に並べられた粗末な机。そこには、かつて街道で剣を振り回していた大男たちが、借りてきた猫のように丸まって座っている。 彼らの前には、黒板代わりにされた大きな板と、チョークを握ったリリアーヌ。
「……姐さん、無理っす。俺の指、太すぎてこの細い棒が握れねぇ……」
元野盗のリーダー、ジャックが泣き言を漏らす。その手はガタガタと震え、紙にはミミズがのたうち回ったような線が引かれていた。
「言い訳しない! 剣が振れるならペンも持てるはずだろう? ほら、ジャック。あんたの名前はこう書くんだ」
リリアーヌはジャックの背後に回り込み、その大きな手を上から掴む。 ふわり、と姐さんの香りが鼻をくすぐり、ジャックは顔を真っ赤にして硬直した。
「……っ、へ、へい!」
「よし。次は『仁義』。これは大事な言葉だよ。しっかり覚えな」
黒板に、この世界の文字で「仁義」に相当する言葉を力強く書き込むリリアーヌ。その姿を、少し離れた場所からカイルが呆然と眺めていた。
「……何をしているんだ、あいつらは」
「おや、カイル先生。ちょうどいいところに来たね。ほら、そこの二人の教育、あんたに任せるよ」
「……は? 俺がか?」
「当たり前だろう。騎士様なら読み書きは完璧なはずだ。この子たちが将来、悪徳商人に変な契約書を掴まされないように、きっちり叩き込んでやってよ」
リリアーヌに背中を押され、カイルはなし崩し的に机の列に加わることになった。
「……いいか。この跳ねはもっと鋭くだ。剣筋と同じだと思え」
「へ、へい! カイルの旦那!」
意外にも教え上手なカイルの周りに、男たちが集まり始める。 リリアーヌはそれを見て満足げに頷くと、懐からポッキー……に似た菓子を取り出し、ポリポリと齧りながらカイルの隣に立った。
「あんた、教えるの向いてるねぇ。騎士団に戻るより、ここで教員でもやってたほうが世のためだよ」
「……余計なお世話だ。俺は、君が変な思想を植え付けないか監視しているだけだ」
「ははっ、冷たいねぇ。でもさ、見てよ」
リリアーヌが指差した先では、男たちが必死に自分の名前を書こうと、舌を出しながら紙に向き合っている。
「昨日まで奪うことしか知らなかった奴らが、今は『知る』ことに必死だ。これこそが、本当の意味での『地固め』ってやつだよ」
リリアーヌの穏やかな、けれど誇らしげな横顔。 カイルはその瞬間、教科書には載っていない「国を造る」という光景を、目の当たりにした気がした。
「……リリアーヌ」
「なんだい?」
「……いや。字の間違いを指摘してくる」
照れ隠しに背を向けたカイルの耳が、少しだけ赤くなっているのを、リリアーヌは見逃さなかった。




