辺境極楽浄土——姐さんと騎士の湯煙事件(サウナ編)
「……ふぅ、やっぱりこれだねぇ。風呂に入らずに一日を終えるなんて、人生の半分を損してるよ」
リリアーヌは、新設された『ヴァン・キャッスル大浴場』の檜風呂に肩まで浸かり、極楽の吐息を漏らした。 辺境の冬は厳しい。だからこそ、彼女は真っ先にボイラー(魔石式の加熱装置)と、こだわりの「サウナ」を導入させたのだ。
「姐さん! お背中流しましょうか!」
「いらないよ、自分でする。あんたたち、ちゃんと隅々まで掃除しなよ。浴場の汚れは心の汚れだよ!」
隣の女湯(更生中の元野盗の女たち)に一喝入れ、リリアーヌは湯船を出ると、バスタオル一枚をラフに巻き、お目当ての「サウナ室」へと向かった。
一方。 男湯側では、カイルが呆然と立ち尽くしていた。 最新式の魔石ヒーター、完璧な動線、そして——。
「……リフレッシュ・ルーム、だと?」
キンキンに冷えたエール(麦酒)が用意された休憩所まである。監視任務という名目で同行しているが、もはやここは王都の王宮より豪華なのではないか。 カイルは、火照った体を冷まそうと、これまたリリアーヌ直伝の「水風呂」に入り、その刺激に声を漏らした。
「……くっ、冷たい……。だが、これが癖になるというのか……」
ふらふらと立ち上がったカイルは、蒸気に包まれた廊下へ出る。 そこは、男女の共有スペースである「外気浴テラス」に繋がっていた。
「……あ」 「……おや」
目の前には、ウッドデッキの椅子に深く腰掛け、白い湯気を立ち昇らせながら「整い」の境地に達しているリリアーヌの姿があった。 タオル一枚。肩から鎖骨にかけて、露に濡れた白い肌が夕日に輝いている。
カイルは文字通り、石像のように固まった。
「な、ななな……何を、貴様、そんな格好で……!」
「あー、カイルさん。あんたも『整い』に来たのかい? 良いねぇ、ここの外気浴は絶景だよ」
リリアーヌは薄目を開け、顔を真っ赤にしているカイルを余裕の表情で眺める。前世ではサウナ後に刺青を見せびらかして歩くおっさんたちを相手にしていた彼女にとって、騎士様のうろたえぶりは微笑ましい限りだった。
「だ、だらしないぞ! 令嬢が人前で肌を晒すなど……そもそも、この施設は何だ! 風呂に熱い部屋、冷たい水……正気の沙汰とは思えん!」
「硬いこと言いなさんな。あんた、さっき水風呂で『ふぅぅ……』って情けない声出してたのがここまで聞こえてたよ?」
「そ、それは……!」
図星を突かれ、カイルは言葉に詰まる。 リリアーヌは立ち上がると、無防備な距離まで歩み寄り、彼の濡れた前髪を無造作に払った。
「カイルさん。あんた、いい体してるねぇ。……でも、根を詰めすぎだよ。私のシマにいる間くらい、肩書きなんて脱ぎ捨てて『ただの男』に戻りな。……いいエールがあるよ。一杯付き合わない?」
「……っ」
湯気のせいか、それとも彼女の放つ独特の「包容力」のせいか。 カイルは、自分の心臓が全力疾走しているのを感じた。彼女は「悪役令嬢」の皮を被った、あまりにも懐の深い、そして恐ろしく魅力的な「女」だった。
「……一杯だけだ。それ以上は、飲まないからな」
「ははっ、相変わらず素直じゃないね。よし、最高のつまみ(ジャーキー)を出してあげるよ」
夕暮れの辺境。 湯上がりの爽やかな風に吹かれながら、二人の距離は、王都にいた頃よりもずっと、不自然なほどに縮まっていた。




