鉄火場の交渉(ネゴシエーション)
隣領からやってきた肥満体の男、ガストン男爵兼商人は、屋敷の応接室でこれ見よがしに鼻を鳴らした。
「リリアーヌ様。追放の身で特産品とは、健気な努力ですな。ですが、こんな得体の知れない干し肉……。せいぜい一つ、銅貨三枚といったところでしょう。同情で買い取ってあげますよ」
机に並べられた『テリヤキ・ジャーキー』を、男は脂ぎった指で弾く。市場価格の十分の一にも満たない、ナメきった買い叩きだ。
背後に控えるカイルが、あまりの非礼に剣の柄を握り、こめかみに青筋を立てる。だが、リリアーヌは表情一つ変えず、ゆっくりと足を組み替えた。
「……銅貨三枚、ね。ガストンさん、あんた今、自分の寿命をそれと同じ値段で売りに出した自覚はあるかい?」
「……は?」
リリアーヌの声は、低く、そして驚くほど穏やかだった。彼女は懐から一通の書状を取り出し、机に滑らせる。
「あんたがうちの領地の関所で、見逃し料として門番に握らせてる裏金。それから、隣国で禁じられている魔薬の密売ルート。……全部ここに控えてる。私の目は節穴じゃないんだよ」
ガストンの顔から一気に血の気が引いた。
「な、何をデタラメを……! そんな証拠が……」
「証拠? ああ、あんたが昨晩『接待』に使った店の帳簿なら、今朝のうちに私の部下が『回収』してきたよ。……ねぇ、ガストンさん」
リリアーヌは身を乗り出し、ガストンの喉元に扇子の先を突きつけた。
「私はね、筋を通す人間には優しいんだ。でも、身内を騙そうとするネズミには、それ相応の『落とし前』をつけてもらうことにしてる。……この肉、一つ銀貨五枚。それから、今後うちの領地を通る荷の通行税は二倍。——これ、私の譲れないライン(ケジメ)だよ」
「銀、銀貨五枚!? そんな暴利……っ、誰が払うか!」
ガストンが席を立とうとした瞬間、部屋の扉が音もなく閉まった。 扉の前には、いつの間にか「更生中」の元野盗たちが、黒いスーツ(に見える濃紺の服)を着込み、ドスの効いた顔で並んでいる。
「……あれ? 帰るの? 話はまだ終わってないよ」
リリアーヌが静かに微笑む。その背後には、カイルですら寒気を覚えるような、巨大な「般若」の圧力が立ち昇っていた。
「ひ……っ、あ、あああ……わ、分かりました! 銀貨五枚! 言い値で買わせていただきますッ!」
「物分かりがいいね。……あ、そうだ。契約書には指印も忘れずにね。逃げたら……地の果てまで追い込みかけるから、そのつもりで」
ガストンが震える手で書類に印を押すと、リリアーヌは満足げに背もたれに体を預けた。
「毎度あり。セバス、ガストンさんをお出口まで『丁寧』にお見送りして」
嵐のような男が去った後、部屋には静寂が戻った。 一部始終を見ていたカイルが、呆れたように吐き捨てる。
「……君は、本当に貴族か? 今のはどう見ても、正当な商談ではなく……『脅迫』だろう」
「人聞きが悪いねぇ。私はただ、市場の適正化を図っただけだよ」
リリアーヌはジャーキーを一枚口に放り込み、カイルに向かって不敵に笑った。
「さあ、カイルさん。軍資金は稼いだよ。これで領民に新しい農具を配れるし、あんたのボロボロの詰め所もリフォームしてあげられる。……感謝しなよ?」
カイルは、ため息をつきながらも、どこか楽しげな彼女の瞳から目を逸らすことができなかった。




