王子の勘違い
王都の豪華な執務室。そこに、辺境から命からがら逃げ帰ってきた教育官ハンスの、悲痛な叫びが響き渡った。
「王子! あそこは地獄です! リリアーヌ・ヴァン・キャッスルは、ならず者どもを集めて『私兵』を組織し、何やら怪しげな思想を叩き込んでおります!」
エドワード王子は、優雅にワイングラスを傾けながら、不快そうに眉を寄せた。
「私兵だと? あの高慢ちきな女が、薄汚い連中と?」
「間違いありません! 彼らは彼女を『アネゴ』と呼び、盲目的に従っています。さらには近衛騎士団長のカイルまでもが、彼女に心酔し、反逆の片棒を担いでいる始末……! あれは教育ではありません、軍事訓練です!」
ガチャン、とグラスが机に置かれる音がした。 エドワードの瞳に、傲慢な怒りと、それ以上に醜い「焦り」が混じる。
「……なるほど。あの女、追放された恨みで、辺境のゴロツキを率いてこの僕に牙を剥こうというわけか。カイルを籠絡したのも、王都の守備情報を引き出すためだろう」
エドワードは立ち上がり、壁に掛けられた巨大な王国地図の「辺境領」を、忌々しげに指先でなぞった。
「教育、大浴場、特産品……。すべては民衆の支持を集め、反乱の資金を稼ぐための偽装だったというわけだ。ふん、悪役令嬢らしい姑息なやり口じゃないか」
「王子、いかがなさいますか?」
側近の問いに、エドワードは冷酷な笑みを浮かべた。
「決まっているだろう。芽は小さいうちに摘むものだ。近隣の諸侯に動員令を出せ。名目は『反逆者リリアーヌの討伐、および洗脳された騎士カイルの救出』だ」
彼は確信していた。 数千の正規軍を差し向ければ、あんな辺境の急造組織など一溜まりもない。リリアーヌが泣き叫び、再び自分の足元で許しを請う姿を想像し、歪んだ悦びに浸る。
「……リリアーヌ。君がどれだけ『姐さん』気取りでいられるか、見ものだ。王族の本当の力というやつを、その身に刻んであげるよ」
王都から辺境へ。 理不尽なまでの軍勢が動き出そうとしていた。 だが、エドワードはまだ知らない。 彼が「ゴロツキ」と呼ぶ男たちが、リリアーヌの下でどれほどの「結束」へと進化しているのかを。 そして、本気で怒らせた「姐さん」が、どれほど恐ろしい落とし前をつけに来るのかを。




