プロローグ:お嬢、断罪の場に立つ
「リリアーヌ・ヴァン・キャッスル! 貴様の悪行、もはや見過ごせぬ。この場で婚約破棄を言い渡す!」
豪華なシャンデリアの下、第一王子の声が響き渡る。 本来ならここで泣き喚くはずの「私」——前世は極道一家を実質的に仕切っていた龍崎 蓮——は、耳元に掛かった髪を指先で払い、冷めた視線で王子を見据えた。
◇◇◇
「……ったく、散々な最期だったね。まあ、あんな生活してりゃ、畳の上で死ねないのは覚悟してたけどさ」
暗闇の中で、私はふっと自嘲気味に笑った。 前世の記憶。名前は、龍崎蓮。 関東一円に名を馳せた極道一家『龍崎組』の組長の一人娘だ。 若くして「姐さん」と慕われ、組のフロント企業の経営から、荒くれ者たちのケジメの付け方まで、何でもござれの人生だった。
最期は抗争の銃弾……ではなく、不眠不休のデスクワークによる過労死。 「次は、もうちょっとのんびりした場所で……」 そんな願いを抱きながら意識を失ったはずが。
次に目を開けた時、私は鏡の前に立っていた。
「……は?」
視界に飛び込んできたのは、縦ロールの金髪に、真っ赤なドレス。 そして、性格の悪さが滲み出ているような、吊り上がった勝ち気な瞳。 それは、仕事の合間に息抜きで読んでいた乙女ゲームの悪役令嬢、リリアーヌ・ヴァン・キャッスルそのものだった。
「リリアーヌ様、何を呆けていらっしゃるのですか? さあ、早く会場へ。王子がお待ちです」
背後で、使用人が冷ややかな声を出す。 記憶が濁流のように流れ込んできた。 ここは、この乙女ゲーム最大の山場——婚約破棄の断罪イベント』の直前だ。
本来のリリアーヌは、この後、王子に詰め寄られて無様に泣き叫び、最後は異国の奴隷商人に売られて、酷い死に方をする。
私は鏡の中の自分を見つめ、口角を上げた。
「……なるほど。味方はゼロ。外を見れば敵ばかり。おまけにこれから処刑コースの片道切符を渡されるわけだ」
指先で髪を弄りながら、私は前世で何百回と経験した「交渉」の前の深呼吸をする。
「いいじゃない。破滅だの死ぬだの、そんなのシマを拡大してた頃に比べれば、ただの『事務手続き』みたいなもんよ」
私は扉に向かって歩き出した。 怯える必要なんてどこにもない。
相手が王子だろうが騎士だろうが、筋の通らないことを抜かすなら、きっちり「落とし前」をつけさせてやる。
「さあ、パーティーを始めようか」
扉を開いた先。 待っていたのは、勝ち誇った顔の王子と、彼に寄り添うヒロイン、そして私を蔑む観衆。 私は、冷え切った瞳でその光景を俯瞰した。
「リリアーヌ! 貴様の罪を……」 「——話が長い」
王子の言葉を遮って、私は一歩前へ出た。 優雅に、けれど圧倒的な威圧感を持って。
「あんた、私が黙って聞いてりゃ調子に乗っちゃって。その『罪』ってやつ、証拠は揃ってるんだろうね? 憶測で動くなら……その首、胴体と仲良くさせておける保証はないよ?」
会場が、一瞬で墓場のように静まり返った。 かつて修羅場を仕切った「姐さん」の魂が、異世界の悪役令嬢として覚醒した瞬間だった。
「……え?」
王子エドワードは、マヌケな声を漏らして硬直した。 まさか、自分を盲愛していたはずの婚約者が、こんな冷え切った声で言葉を遮るとは思わなかったのだろう。
「聞こえなかった? 証拠を出せって言ったんだよ。それとも何、王族の言葉は、裏付けがなくても真実になる魔法の呪文だとでも思ってるわけ?」
私は扇子を「パンッ」と高い音を立てて閉じると、ゆっくりと王子へ歩み寄った。一歩ごとに、会場の貴族たちが波を引くように道をあける。
「リ、リリアーヌ……! 貴様、往往、往生際が悪いぞ! ここにいる男爵令嬢ミアが、貴様に突き飛ばされたと言っているんだ!」
王子の指差す先で、守られ系ヒロイン(笑)のミアが、待ってましたと言わんばかりに涙をこぼす。 「……っ、リリアーヌ様、恐ろしいです……」
私は鼻で笑った。
「そう。ミアさんがそう言ってる。で、証拠は? 彼女の涙以外に何かある? 目撃者は? 全員あんたの息がかかった取り巻きじゃない。そんなの、前世……じゃなくて私の故郷じゃ『身内のデッチ上げ』って呼ぶんだよね」
「なっ……! 彼女が嘘をついていると言うのか!」
「嘘かどうかは知らないけど、筋が通ってないね。私はその時刻、図書室で帳簿……じゃなくて、歴史書を読んでたよ。司書の先生が証人だ。あ、その先生を『買収した』なんて言うなら、その証拠もセットで持ってきな」
私は至近距離で王子の顔を覗き込み、低く、重い声で囁いた。
「いい、エドワード。あんたがやってるのは、ただの『集団いじめ』だよ。一国の王子が、気に入らない女を消すために権力を使う。……それ、外の世界でなんて言われるか分かってる? 『器の小さい、ただのガキ』だよ」
「ひっ……」
エドワードの顔から血の気が引き、膝がガクガクと震え始める。私の背後に見えるはずのない「龍の刺青」と、無数の修羅場を潜り抜けた血の匂いを感じ取ったのかもしれない。
「婚約破棄? ああ、喜んで受けてあげるよ。こんな将来性のない男と一生添い遂げるなんて、私から願い下げだ。……ただ、これだけは覚えときな」
私は彼の胸元を指先でトン、と叩いた。
「私を敵に回すってことは、あんたの首の皮一枚が、いつ私の気分次第で千切れるか分からない状況に置かれたってことだよ。……次、私の前にそのツラ見せる時は、それなりの覚悟を持ってきなね」
「あ、う……あ……」
王子はその場にへなへなと座り込み、ヒロインも震えて声が出せない。 私は満足げに背を向けると、唖然としている観衆を冷ややかな一瞥で黙らせ、堂々と会場を後にした。
「……さて。シマ(領地)の片付けでも始めるかな」




