【終章】02
「なんだとうっ!」
パイプ椅子の背もたれに寄りかかっていたモグラが、思わず前のめりになる。
「あの野郎、なんで真っ先においらのとこに来ねえんだ、チクショウめ!」
激しく罵倒しながらも、喜びが顔から溢れ出している。
「しかし、おめえさんたち、なんでメグルが戻ってきたのがわかった?」
モグラがテーブルに両手をついて、二条姉妹の顔をのぞきこむ。
喜悦の視線を真正面から受けながらも、神妙な表情で杏香が口を開いた。
「わたしたちは人間界に飛鳥の魂を感じたの。……そのなかに、六道輪廻の魂も混ざっていた」
美華が言葉を引き取る。
「魔界に行った魂が、そのまま戻ってくると考えるのは危険だわ。飛鳥と魂が混ざっている以上、メグルくんはもう……」
「あいつが変わっちまったって言うのかい?」
美華の言葉が終わるまえに、モグラは揺るがない信念に満ちた眼差しで堂々と反論した。
「あの一途で頑固で自分の考えを頑として曲げねぇプライドの塊のような忌々しいメグルが、簡単に誰かの意思に翻弄される訳がねぇ!」
モグラがさらに続ける。
「お前さんたちは、あいつを知らねえんだ。ひとの忠告も聞かずに突っ走って、まわりに迷惑をかけて、おいらはいつも尻拭いばかりだぜ? 他人に翻弄されるどころか、あいつは他人を翻弄してばかり……」
たまらず二条杏香が口を挟んだ。
「あなたそれ褒めてるの? 貶してるように聞こえるけど」
「とにかく……」
二条美華がふたたび間に入る。
「いずれメグルくんはあなたに接触してくる。そうでなくても魔鬼の封印を続ければ、何処かで対峙することになる。ここはお互いに協力するべきよ」
モグラが背もたれに寄りかかりながら、二条杏香を横目で見た。
「おいらは構わねえぜ、協力するのはよう……。しかし、杏香お姉さまがどうお考えなのか……」
二条杏香が拗たように視線を外しながら口を開く。
「わたしたちも飛鳥を魔界から連れ戻したいと思っている。善悪が入り乱れる混沌とした人間界を経験して、いまなら飛鳥の気持ちを理解できそうな気がする……。お願いするわ」
二条美華が、安堵した表情で言葉を引き取った。
「で、では、共同戦線ということで、握手を……」
ぶっきらぼうに突き出したモグラの手を、二条杏香が一瞥して顔を背ける。
かわりに、二条美華がそっとモグラの手を握った。
その手をぎゅっとモグラが掴み返す。
「じゃあとりあえず、夕食の準備を協力してもらおうか!」
二条美華の手を引っ張り、厨房に連れ込むモグラ。
「ええっ? あんなに沢山お金を払ったでしょうに!」
「金は金! 働かざるもの食うべからずだい、ほらほら!」
とまどう二条美華をくるりと回してエプロンを着せると、その手に包丁を握らせた。
「……がんばりなさい、美華さん」
二条杏香も言葉で背中を後押しする。
香澄と紬に手を引っぱられ、見様見真似で料理を始める二条美華。
二条杏香は、そんな光景を頬杖をついて見つめていた。
「畜生界と人間界、それに独覚界の魂までもが、同じ厨房で笑いながら料理をする……。
これが飛鳥が望んだ、混沌の世界なのか……」
舞い散る粉雪で、少しづつ白く染められてゆく公園。
その片隅に佇むプレハブの子ども食堂の窓から漏れる灯りは、荒れる大海において進むべき航路を示す灯台のように、世間をやさしい光で照らしていた。
【了】




