【終章】01
「いいかしら……?」
粉雪が舞い散る夜、派手なサングラスにゴージャスな赤いドレスを身に纏った女性が、子ども食堂『つながり』の引き戸を開いた。
続いてもう一人、青いドレスの女性もキャリーバックを引いて入ってくる。
「どう……ぞ……」
エプロンをつけた香澄と紬が元気よく接客に出たとたん、ふたりの姿に思わず口を開けた。
「えっと……、ドリュウさんっ……!」
困惑した表情で、香澄が厨房を振り返る。
すると、頭にタオルを巻いて豪快に鍋を振っているモグラが、脇目も振らずに威勢よくこたえた。
「誰でもウェルカムだよ! 空いてる席に座って!」
ドレスの女性たちがコートを脱いで食堂のパイプ椅子に座る。
ふたりに水を運んできた紬が、覚えたての台詞でたどたどしく説明した。
「いらっしゃいませ、子ども食堂『つながり』はみなさまのあたたかいご支援で成り立っています。これからもこの食堂を維持するため、一〇〇円からご寄付を……」
赤いドレスの女性がにこやかにこたえた。
「もちろんよ」
すると青いドレスの女性が、キャリーバックの中からレンガのような塊の札束を取り出し、次々とテーブルの上に置いていく。
「……すご~い」
目を丸くして手を伸ばそうとする紬を、あわてて香澄がとめた。
「こんな大金、必要ないです! 食事代だけ頂ければ……」
青いドレスの女性が、サングラスを外してふたりに語りかけた。
「お金には悪魔のような力があるけど、何に使うかは人間の自由意思……。わたしはあなたたちの未来にこのお金を使うの。あなたたちがどう使うかは、あなたたちの自由よ」
懐かしそうに目を細めて、香澄と紬の手をやさしく握った。
そこへ、腰に巻いたエプロンで手を拭きながらモグラが出てきた。
「くれるっておっしゃってるんだから、ありがたく頂いときな。近頃、何から何まで物価が上がって、いくらあっても足りやしねぇ……。おいら話があるから、ちっと席を外しててくれ」
香澄と紬が厨房に入るのを見届けてから、モグラが振り返った。
「新しい体を手に入れたのかい? 二条姉妹」
赤いドレスを纏った二条杏香が、サングラスを外しながらこたえた。
「人間界は病んでいる。代わりの体はいくらでも調達できるわ……」
ふたりに対面するパイプ椅子に、モグラが斜に腰をかける。
「お前さんたちの仇は、もう人間界にいないぜ」
青いドレスを纏った二条美華が、当たり前のようにこたえた。
「知ってるわ。飛鳥の魂の封印は解け『魔界』へ戻った。メグルくんはもう仇じゃない」
「ならどうしてあんたらは、まだ人間界にいるんだい?」
杏香と美華が、互いの顔を見合わせる。
やがて美華が懐かしそうに『つながり』の室内を見渡した。
壁一面が手作りのクリスマスの飾り付けで華やかになっている。
坂田佐和子の姿こそないが、以前と同じように誰でも受け入れ、あたたかな雰囲気で包み込んでくれる、そんな落ち着いた空間だった。
「……あなた、ここを継いだのね」
「坂田佐和子は同郷だ。やったことは許せねえが、彼女の意思は引き継いでやりてえ」
モグラが厨房ではしゃぎながら皿を洗う、香澄と紬に目を向ける。
「いずれあの子たちに襷をつなぐさ。それまでにおいらは、ここでやらなきゃならねえことがある」
モグラは二条美華が金山に録音を強要した、雨宮香澄のスマートフォンをテーブルの上に置いた。
ボイスレコーダーから金山の震える音声が流れる。
そこには今までに誘拐した子どもの名前、関与した大人たちの名前が語られていた。
「誘拐された子どもは何処かで魔鬼として生きている。逃げた金山を捕まえたところで警察に突き出せねえのなら、せめて誘拐に関与した人間にはおいらが罰は与えなきゃならねえ。あんだけの悪さをして、のほほんと……」
遠慮なさげに、二条杏香が口を挟んだ。
「あなた、六道が存在する意味をまるでわかってないのね。あなたがやらなくても因果の法則は絶対。善行も悪行もいずれ己に返る。報いは必ず受けるのよ」
パイプ椅子の背もたれかかりながら、モグラが口を尖らせた。
「なんだぁ? お四聖様の説教かぁ? おいらはおいらでやりたいようにやらせてもらうぜ。人間界は自由意思の世界だからよ!」
困ったような表情で、二条美華が間に入る。
「まあいいじゃない。子どもたちの体を魔鬼から奪い返すのは手伝ってあげる。あなたも一人じゃ大変でしょう?」
「こりゃまた、随分と六道に干渉するようになったじゃねぇか二条美華。雨宮香澄の魂に触れて、人間に情が湧いてきたのかい?」
「調子に乗らないで。目的はそれだけじゃないわ」
杏香と美華が、互いの顔を見合わせる。
意を決したように、美華が口を開いた。
「メグルくんが、人間界に戻ってきたの」




