【第14話】02
「いい夜だな……今夜は満月だ」
窓の外に浮かぶ満月を眺めながら、金山がつぶやく。
「ここは病院ですね? ずいぶん寂れて、ひとは居ないみたいだけど……」
メグルが訊ねると、金山は満月から視線を外すことなくこたえた。
「ああ、十年前に潰れた廃病院。おれの親父が経営していた」
「あなたも医者なんですか?」
「……目指していたが、電車に身を投げた親父の姿を見て辞めた。親父は金より人助けを優先する人だった。他の病院が匙を投げるリスクの高い手術ばかり請け負っては、失敗して訴えられたんだ。
何度も頭を下げられ懇願されて執刀したのに、失敗すると掌を返して罵倒するんだぜ? 人間なんて勝手な生き物だよな……。他人の命を第一に考えた親父は、いつしか自分を責め続けて、自らの命を奪っちまったんだ……」
金山が廊下を曲がった。
ひとつの灯りもない廊下が、暗闇へと一直線にのびている。
「そんな勝手な奴らに親父は殺されたも同然だ。きみから摘出した臓器はどこかの金持ちの体の一部になる。おれはその金持ちから高い対価をきっちり貰う。リスクには大金。それでウインウイン、恨みっこ無しだ」
「売り物にされた子どもの気持ちは……」
闇に包まれた廊下に、メグルの質問が静かに響く。
「……子どもだけが犠牲者だ」
カチッという音がして、残酷なまでの無表情な顔が闇に浮かび上がる。
「きみらが『つながり』で食ベた食事代は、すべておれが払っている。きみらに温かな食事と健康を与えたのは、このおれだ」
金山は手に持ったライターの火を移動させて、廊下の側面にある引き戸を照らした。
「一時間後に手術を始める予定だ。それまできみは如月紬とこの世を惜しんでいるといい」
鍵を差し込み、ゆっくりと引き戸を開けた。
引き戸の隙間から、明るい光が廊下に漏れてくる。
「あれ、メグルくんがきたの?」
たくさんの蝋燭で琥珀色に照らされた特別個室のなかに、如月紬がいた。
ベッドに寝転びながらスマートフォンをいじっていて、ロープに括られてはいない。
「紬ちゃん大丈夫、怪我はない?」
「うん、平気だけど、はやく香澄ねえちゃんに会いたいよ……。ねえ、いつになったら会わせてくれるの?」
如月紬がベッドから降りて、金山の足にすがりついた。
「もうすぐだよ。日付が変わる頃には香澄お姉ちゃんに会える。……天国でな」
金山は如月紬の頭を軽く撫でると、解体手術の準備のため部屋を出て行こうとした。
「ちょっと待って……!」
その背中を、ストレッチャーに寝かされたままのメグルが呼び止める。
「ぼくはあの肩掛け鞄がないと落ち着かないんだ……。あれがそばにないと死んでも死に切れない」
金山が視線を彷徨わせた。
「ああ、そういえば、きみを運び込んだときにそんな鞄を見かけたな。手術のときに持ってきてあげよう」
そう言うと、引き戸を開けて廊下に出た。
鍵を掛ける音に続き、硬い足音が遠ざかっていく。
「……紬ちゃん、怖くない?」
メグルが振り返ると、如月紬は何でもないようにこたえた。
「うん、平気」
そしてスマートフォンをのぞきながらベットに寝転ぶ。
「携帯、つながるの?」
「ううん、ゲームしてるの」
(育った環境のせいなのか、ストレスに強い子だな。ぼくも見習わないと……)
特別個室の隅に備え付けられた洗面台に、ひびの入った鏡を見つけた。
蝋燭の眩しい光が乱反射してよく見えないが、自分の頭上に擬星玉が浮かんでいる。
試練星一つに成就星六つ。
この擬星玉を追って、必ずモグラが来てくれる……。
確信にも近い信頼感を抱きつつ、メグルは静かに目を閉じた。




