【第12話】03
水浸しになった厨房が、穏やかな朝の陽ざしで銀色に輝いている。
そのなかで忙しなく料理をしながら笑顔で語りかけてくる坂田佐和子の姿が、モグラの目には確かに見えた。
「坂田佐和子は子ども食堂を愛していた。畜生でありながら、本気で人間を愛して育てたんだ……」
床に散乱した料理道具を拾いながら、メグルも佐和子の気持ちを感じていた。
「彼女にしてみれば、愛して育てた子どもの何人かを泣く泣く出荷することで、他の大勢の子どもたちの幸せが維持されるってことなんだろう……。
畜生界から見れば、出荷するのに家畜も人間も違いはないという理由はぼくも否定しきれない。だけど人間界の管理人としては、越界者が関わって人間に被害が出ている以上、放っておく訳にはいかない」
坂田佐和子の使い古された包丁を、そっとまな板の上に戻す。
「彼女が罪人というなら、人間界に生きる誰もが業を背負っているわ。相手が一番恐れる死を与え、その死肉を喰らうことでしか日々を生きることができないなんて、考えるだけでもおぞましい……。
わたしから見たら、人間界なんて地獄界と何も変わらないもの……」
いつのまにか隣に立つ、赤いマフラーを首に巻いた白髪頭の老人にモグラが問いかける。
「……誰ですか?」
「……二条杏香よ」
小野寺の体に憑依した二条杏香が、不気味な笑みを浮かべる。
モグラは一瞬、後ずさりするも、その覇気のない杏香の姿に拍子抜けしてしまった。
「もう少しこう、体に見合った言葉遣いで話してくれませんかね。なんかもう違和感が凄くて……」
小野寺が残念そうな視線をモグラに向ける。
「あなた、古臭い人間なのね……」
雨宮香澄はコートのポケットに手を突っ込みながら、表情のない視線で厨房を見つめていた。
メグルがそっと話しかける。
「二条美華……。六道の魂がどうなろうと知ったことないはずでは?」
メグルに言われて、雨宮香澄が驚いたように自分の頰をさわった。
雨宮香澄は、いつのまにか涙を流していた。
「これは香澄の涙……。わたしのじゃないわ」
それだけを言い残すと、雨宮香澄は踵を返し、『つながり』から出て行った。
続いて小野寺も、足を引きずりながら子ども食堂を後にする。
「とはいえ……」
メグルはふたたび厨房に目を向けた。
「恵まれない環境の子どもたちにとって、ここは唯一の救いの場所だった。ここでは人と人とが繋がり笑顔が生まれていた。今日だって夕方になれば、いつものように子どもたちや親子連れがやってくるだろう。
坂田佐和子の意を引き継ぐためにも、まずはここを復旧させないと……」
メグルとモグラは水浸しになった子ども食堂を立て直すため、金山への追求を明日まで保留することにした。




