【第11話】03(挿絵)
「……おいメグル、気が付いたか?」
うっすらと開けた目に、暗い和室の天井と、心配そうに覗き込む加藤誠司の顔が映る。
メグルは体を起こそうとするも、バランスを崩してカビ臭い畳に顔を打ち付けた。
メグルの体はロープでぐるぐる巻きにされていた。
それでもなんとかして半身を起こす。
「誠司くん、いつからここに……?」
障子越しに漏れてくる青白い街灯の明かりが、加藤誠司の消沈した横顔を照らす。
もう外はすっかり日が暮れていた。
「学校の帰り道にボロい商用車に乗った二人組にチャリごと拉致された。一人は小野寺さんだった……。何でこんなことするのか、ほんともう訳わかんねぇ……」
そのとき、ドアの外から足を引きずる音が聞こえてきた。続いてドアノブから鍵を刺す音が響く。
あわててふたりは横になって気絶しているふりをした。
「だから麻酔が薄いって言ったんだ。それで木下の野郎は一人逃してるってのに、またケチって安物よこしやがって……」
ドアを開けて小野寺が入ってきた。腹に巻いたさらしに錆びた包丁を突っ込み、手には金属バットを握っている。
「もう起きてんだろが、わかってんだよ!」
小野寺の怒号に観念して、メグルと誠司が体を起こす。
「逃げようとか思うんじゃねぇぞ? ただでさえ今月は出荷が滞って、金山さん、かんかんに怒ってるんだからよぉ」
「……出荷がなんですって?」
眉をひそめてメグルが訊ねると、小野寺は口元を歪めて吐き捨てるように言った。
「雨宮香澄十五才は出荷直前に自殺を装って逃亡。代わりの加藤誠司十七才は邪魔が入って昨日の出荷予定日を守れなかった。だから罰として、今月はお前みたいな小学生のガキまで追加で出荷されることになったんだ。……売られるんだよっ!」
思いもよらなかった現実に、ふたりが絶句する。
「人身売買をするようになってもう一年か……。おれだけで四~五人は誘拐してるから、全部で十五人くらいは出荷されてんじゃねぇかな?
金山さんはな、以前は純粋に慈善活動として『つながり』に資金提供していたが、いまじゃすっかり人身売買のために金を出しているんだ。坂田佐和子が丹精込めて育てた健康な人間の内臓や目ん玉をえぐり出して、海外に売り飛ばすそうだぜ?」
小野寺が下品な笑い声をあげた。
「そんな酷いことをして、あんたは心が痛まないのか! 子ども食堂には、貧困で満足にご飯を食べられない親子や、人との交流を求めてやってくる子どもたちばかりなんだぞ!」
メグルが顔を真っ赤にして怒鳴るも、小野寺には全く響かない。
不思議そうな表情を向けて、ぼそりとこたえた。
「おれに文句を言うなよ……。出荷される子どもは坂田佐和子が選んでるんだからよ」
「……嘘言ってんじゃねぇっ!」
今度は加藤誠司が、額に血管を浮き立たせて怒鳴った。
「坂田さんには中坊の頃から世話になってんだ! 俺にとっては母親みたいな存在なんだ! お前の戯言なんかに騙されねぇからな!」
しかし小野寺は余裕の表情で聞き流した。
「さらわれたガキはみんなそう言うんだ……。さあて、売り飛ばされる健康な若者を見ながら飯でも食うか。老い先短けえジジイにはよぉ、これが一番の楽しみなんだよ」
小野寺は電灯の紐を引っぱり明かりをつけると、胡座をかいて畳に包丁を突き立てた。
そして子ども食堂の弁当を、ふたりの目の前で食べ始める。
メグルはそんな小野寺に懇願した。
「せめて最期の頼みを……。鞄の中にある眼鏡を、ぼくに掛けてくれませんか? この世界を……、もう二度と戻れない世界を、しっかり目に焼き付けておきたいんです」
口いっぱいに白飯を頬張りながら、小野寺が死んだような目をメグルに向ける。
「……仕方ねぇな。いままで何人も地獄送りにしてきたおれでもよ、これから死にゆく若者の願いを叶えるくれえの情けは持ってるぜ」
小野寺が弁当を畳において、メグルの肩掛け鞄をまさぐった。
牛乳瓶の底のようなレンズの入った黒縁眼鏡を取り出し、メグルに掛けさせる。
眼鏡を掛けたメグルは、まっすぐに小野寺を見つめた。
「なんてことだ……試練星がさらに増えてる。越界者の星は偽の星(擬星玉)だから、悪事をしても増えない……。あんた、本当にただの人間だ……」




