【第8話】03
「……とまあ、意気込んでみたのはいいものの、何から手をつければいいのか全くわからねぇな……」
手伝いもひと通り終え、何もすることがなくなったメグルとモグラは、公園のベンチにだらりと寝転んでいた。
高く晴れた青い空に、細い雲がたなびいている。
「金山の試練星が異常に多いのは確かだけど、子ども食堂で悪事を犯しているとは限らないしな……」
天気が良くて風もなく、十二月にしては暖かかな昼下がり。
目のまえの芝生広場には、レジャーシートを広げた若い母親が、幼い子どもと一緒にお昼ご飯を食べている。
「確かに……。こんな平和な公園のそばで悪事が繰り返されてるなんて、ちょっと考えられねぇよなあ……」
温もりのある陽ざしを全身に浴びながら、うとうとと睡魔に襲われそうになったとき、
「きみたち、昼間っから随分とだらしないんじゃないの?」
目を開けると、眩しい陽光を背にした雨宮香澄が、ふたりを見下ろしていた。
「……二条美華!」
あわてて体を起こして警戒するモグラを手で制して、メグルが訊ねた。
「あなたこそ学校に行かなくていいんですか? 『雨宮香澄』は、いま高校生のはずでしょう?」
「そう、高校一年生。香澄でいいよ」
雨宮香澄はメグルのとなりに腰を下ろした。
「人間界の学校って、非効率で義務的で……なんか惰性で集まってる感じよね。つまらないから抜けてきた」
「香澄さん、学校に友だちはいました? その……本物の雨宮香澄に……」
メグルは子ども食堂に通い、自殺に至った雨宮香澄から何か掴めるのではないかと質問した。
「うん、わたし結構人気者みたいよ。学校では陽キャラを演じてたみたい」
「家庭はどうでした? 家には帰っているんでしょ?」
レジャーシートを広げた幼い子ども連れの親子から、楽しげな笑い声が聞こえる。
雨宮香澄はその光景を遠い目で眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「家庭はあんまり……しあわせとは言えないわね……」
それから雨宮香澄は黙ったまま、広場の親子を見つめていた。
その寂しそうな横顔に、メグルもそれ以上は何も訊けずに口を閉じた。
警戒していたモグラも、無言でベンチに横になる。
すると、広場の向こうから歓声をあげて走ってくる小さな女の子が現れた。
「……あっ、紬ちゃん」
雨宮香澄の表情がとたんに明るくなる。
「知ってるの?」
メグルが訊ねると、雨宮香澄は立ち上がってこたえた。
「わたし、憑依した体の記憶と感情が読めるから……」
芝生広場を一気に走ってきた女の子は、押し倒さんばかりに雨宮香澄に抱きついた。
「もう、香澄ねえちゃんどこ行ってたのさぁ? すごく寂しかったんだからっ!」
雨宮香澄の胸に抱かれながら、女の子がほっぺを膨らませて怒り出す。
「最近、配達ばかりだったの。わたしも会いたかったよ!」
キラキラと輝くような香澄の笑顔に、メグルはいつのまにか自分の表情が緩んでることに気づいた。
(雨宮香澄が、こんなにも弾けるように笑うなんて……)
「……新しいお友だち?」
雨宮香澄に抱きつきながら、女の子がメグルに目を向けた。
メグルは立ち上がり、女の子に手を差し出す。
「菅野メグル、小学六年生です」
差し出された手をじっと見つめた女の子が、香澄を見あげる。
雨宮香澄が笑顔でうなづくのをみて、女の子がメグルの手を握った。
「わたし如月紬。小学二年生です。よろしくね」
ピンクのコートに白いふわふわのマフラーをした如月紬は、ツインテールの髪を揺らしながら愛嬌のある笑顔を見せた。
「香澄ねえちゃんが公園に向かって歩いてるのお昼休みの校庭から見つけて、紬、追いかけてきちゃった」
「あ~あ、悪い子だ。じゃあ、お姉ちゃんと一緒に学校もどろうね」
「えぇ~やだぁ! 一緒に『つながり』行ってお菓子食べようよ~」
「はい、まわれ~右! いちにっ、さんしっ!」
如月紬の背中を押して小学校へ戻ろうとした雨宮香澄が、ふと振り返りメグルに耳打ちした。
「……坂田さんに頼み込んで、配達やってみて」
雨宮香澄と如月紬が、はしゃぎながら公園の芝生広場を走っていく。
その姿はどこの公園でも見かける、幸せそうな光景だった。
「あいつ、雨宮香澄の魂と混ざっちまったんじゃねぇか……?」
いつのまにかモグラも立ち上がり、メグルと同様二人の姿を見つめていた。
モグラの指摘は言い得て妙だとメグルは感じた。
サヤカの場合は、本人と憑依した魂ーー。
どちらかが覚醒し、もう一つの魂は寝ているような状態だった。
「あんなにも干渉しないと言っていたのに……。人間を理解しようとしているのか、二条美華」




