【第7話】02
「……そういえば、林美沙衣の体はどうしたんですか?」
はっとした表情で、メグルが訪ねる。
「もちろん、新しい体を手に入れたとき、林美沙衣の体は彼女に返した。体を出たとたん今にも死にそうにもがいていたけど、あの程度ならわたしの力で蘇生できる」
「そうか……良かった……。彼女のお姉さんと約束したんだ。絶対に生きて連れ戻すって……」
二条美華が不思議そうにメグルの瞳を覗き込む。
「本心で喜んでいる……なんで他人の人生に、そこまで感情移入できるの?」
「じゃあ彼女、もうお姉さんのところに帰ったろうね?」
二条美華はパイプ椅子の背もたれに寄りかかりながら、興味なさそうにこたえた。
「そんなことまで知らない。またどこかで首を吊ってるかもしれないし、ビルから飛び降りてるかもしれない。でも彼女の体に憑依してたとき、彼女の魂はすごく後悔してたから、たぶん自殺せずに家に帰ったんじゃない?」
「体を奪っておきながら、ずいぶんと無責任じゃないか!」
メグルの怒りも意に介さず、少女が飄々とこたえた。
「彼女が自殺したのはわたしの責任じゃない。彼女の自由意思。そうゆう世界でしょ、人間界は……」
咎めるような厳しい目つきでメグルが訊ねる。
「……その新しい体も、自殺者のものなのか?」
二条美華はとたんに目を輝かせて、自分の胸に手をあてた。
「可愛い子でしょう? これは雨宮香澄、生徒手帳に名前が載ってた。昨日の夜、とても黒いオーラを感じる家に行ってみたら、洗面所で手首を切って自殺してた」
たまらずメグルはテーブルを叩いた。
「あっけらかんと言うな! ちょっとは止めようとしないのか!」
「わたしは人間界に干渉するつもりはない。何度も言うけど、人間界は何をするのも自由な世界。ただそのことで、ちょっときみに伝えときたいんだけど……」
雨宮香澄の体に憑依した二条美華が、身を乗り出してささやく。
「この食堂、楽しそうにしてる子も沢山いるけど、黒いオーラの子も何人か出入りしてる。それも、ここへ来るほど黒くなるのよ。本当にこの食堂が子どもたちの助けになる場所なら、少しはオーラが明るくなるはずでしょ?」
さらに小声で、メグルに耳打ちした。
「とくにあの女性……坂田さんを見るときオーラがとても黒くなる。この雨宮香澄の魂も、虚無感と絶望を合わせたような痛々しいオーラを出している」
メグルも小声で訊き返す。
「……どうして?」
「教えない」
「はあっ? 教えてよ!」
思わずメグルは声をあげてしまった。
「魂の記憶も読めるんでしょう?」
「わたしは一切干渉しない。でもきみ、こんな話を聞いたら助けたくて仕方ないんでしょう……? この小瓶からお姉さまを出してくれたら手を貸してあげるわ」
そのとき、厨房から満面の笑みで女性がやってきた。
「会ったばかりなのに、ずいぶん仲良くなったのね。何の話をしてるのかしら?」
デレデレしながら、モグラも金魚のフンのようについてくる。
「メグルよ、この菩薩様のような有難い女性は坂田佐和子さんっていうんだ。ほとんど一人で子ども食堂を切り盛りして、もう六年にもなるんだって~」
「ドリュウさんは子どもたちに大人気だし、お手伝いも沢山していただけるから、ずっとここに居て欲しいくらいだわ」
「本当ですか? おいら子どもが大好きですから、ここで一生働こうかなぁ~なんてっ! いや、わたくしを必要としている部下たちが会社に沢山……」
モグラの妄言には聞く耳を持たず、坂田佐和子は雨宮香澄に話しかけた。
「香澄ちゃん、昨日は配達のお手伝いありがとうね。何も問題なかった……?」
「別に……。今日の配達は、そのおじさんに頼めば?」
モグラが授業中の小学生のように、ぴんっと真っ直ぐに手を挙げた。
「はいっ! 佐和子さんのためなら、おいらどこへでも配達に行きますっ!」
「う、う~ん……。ドリュウさんには食堂の手伝いが一番助かるわ。みんなもそれがいいわよね?」
子どもたちが一斉に歓声をあげた。
「……じゃあメグルくん、お姉さまのこと考えといてね」
雨宮香澄は魔捕瓶をコートのポケットに突っ込むと、盛り上がる子ども食堂をひとり後にした。




