【第7話】01 雨宮香澄(挿絵)
「……おまえ、いったい何者だ!」
押し殺した声でメグルは叫ぶと、とっさに肩掛け鞄の中に手を入れた。
「騒がないで。きみと静かに話がしたいだけ」
子ども食堂の女性、それにモグラと子どもたちは厨房で皿洗いをしているので、こちらに目を向ける者はいなかった。
「ただの質問……。きみ管理局のひとだよね? 管理人は不法に人間界へ入界した越界者を捕らえることが仕事でしょ? なぜ魔鬼と争うの?」
「その質問に答えるまえに、ぼくの質問にも答えろ。おまえ、いったい何者なんだ?」
パイプ椅子の背もたれに寄りかかった少女は、コートのポケットに手を突っ込んだまま、しばらく無言でメグルを見つめていた。
「わからない? もう会ってるよ、わたしたち……」
メグルが怪訝な表情で、少女を見つめる。
少女はコートから両手を出し、メグルの目の前にかざした。びくっと肩を怒らしたメグルをみて口元に笑みを浮かべる。
「そんなに怖がらないで……」
かざした手を蝶のようにひらひらと揺らして、ぎゅっと両手を結んだ。そして、ゆっくりとひろげた手の平に黒い何かが現れる。
それは少女の手のなかでゆっくりとたたまれた羽をひろげた。
「黒い揚羽蝶……。まさか……」
「そう、これは飛鳥のシンボル……」
ふわりと飛び上がった揚羽蝶が、弧を描きながら宙を舞い、黒い霧となって飛散した。
再び少女は祈るような仕草で結んだ両手を、テーブルの上にそっと置く。
「そしてこれが、杏香の魂……」
ゆっくりと広げた手のなかに現れたのは、真珠色に輝く粒子が揺蕩う小瓶。
「……わたしには、どうしても蓋が開けられなかった」
寂しそうにテーブルの上の魔捕瓶を見つめた。
「二条美華……おまえの目的はなんだ?」
「お姉さま……杏香とわたしは、三ヶ月前にこの人間界へ越界してきた。仇を討つために……」
「仇って……ぼくのことだよね?」
二条美華が無言でうなづく
「杏香、飛鳥、美華。わたしたち二条姉妹はもともと同一人物、ひとつの魂だったけれど、四聖に昇ってから、考え方の違いで魂が分裂したの」
「えっ、聞き間違いだよね? いま、シショウと聞こえたけど……」
「ええ、四聖からきた」
「しっ、しっ、しっ……四聖~っ!」
メグルが椅子から転げ落ちた。
「四聖のひとに初めて会った……。魂が分裂するなんて物質世界の六道では考えられないことだけど……。あああの……ちなみにその……、どこらへんの出身でしょうか?」
「自己研鑽に努める杏香が羅漢界、孤独を愛するわたしが独覚界、自由意思と混沌を望んだ飛鳥は、自ら魔界に堕ちて魔鬼になった」
信じられないと言った表情で、メグルが呟く。
「四聖に住まうほどの魂が自ら進んで魔界に……。その飛鳥ってひとが、ぼくが封じた魔鬼ってわけですか……?」
「三ヶ月前、飛鳥の魂の気配が失われていくのを強く感じた杏香とわたしは、最後に気配を感じた『人間界』へやってきた。わたしたちには魂の感情や記憶が読めるから、飛鳥の魂の消失がきみに関係してることも、すぐにわかった」
「それでジムで魔鬼紳士をぶつけて、ぼくを殺そうとしたわけですね」
ふたたび椅子に腰掛けながら、メグルが訊ねた。
「殺すというより色々知りたかったの。管理人が魔鬼と争うなんて信じられなかったし、飛鳥の仇がどんな思考で魔鬼と対峙してるのかを……」
二条美華は申し訳なさそうに言葉を続けた。
「飛鳥が奪った体の魂が、きみの大切なひとになったのは知っている……。飛鳥にかわって謝るわ」
頭を下げることさえしなかったが、二条美華の謝罪にメグルが沈痛な面持ちでこたえる。
「……サヤカは自ら命を絶とうとした。それは魔鬼の誘いもあったろうけど、彼女が持つ因縁のせいだと後から知った」
メグルがテーブルの上に置いた拳をぎゅっと握りしめる。
「魔鬼が体を奪い、操っていたことはやっぱり許せない……。だけどそれで、ぼくがサヤカと出会えたのも事実なんだ……」
強く握りしめたメグルの拳に、二条美華がそっと手を添えた。
「辛い思いさせたよね。ごめんなさい」
はっとした表情で、メグルが訪ねる。
「……そういえば、林美沙衣の体はどうしたんですか?」




