【第6話】02
女性が連れてきてくれたのは、公園の芝生広場に隣接する駐車場の一角に建てられたプレハブの平屋だった。
引き戸を開けて中ヘ入ったとたん、寒さで縮こまっていた体が一瞬で解けるほどに暖かい。
「さあどうぞ、そこにかけて」
石油ストーブの懐かしい香りがするなか、女性が席に座るよう促す。
室内は十二坪ほどの広さで、長テーブルが四つ置かれていた。
壁には動物の折り紙が貼ってあり、書棚には絵本や漫画、教科書などがたくさん並んでいる。
奥のカーペットが敷かれた子どもスペースでは、小学校低学年くらいの子どもたちが、頭を寄せ合いながら携帯ゲーム機で遊んでいた。
「ここって……?」
メグルが女性を見上げる。
「ここは『つながり』っていう、いわゆる子ども食堂です」
「いいんですか? おいらみたいな大人が一緒でも……」
モグラが申し訳なさそうに訊ねると、女性は自分のコートを壁のハンガーにかけながら笑顔でこたえた。
「全然構わないんですよ、むしろ親子で来てください! ここには年齢制限がありません。子ども一人で来てもいいし、親子でも、一人暮らしの高齢者の方でも、食事に困っている方がいっぱい来てくれた方が、みんなで楽しくご飯を食べれるじゃないですか」
女性が奥の厨房に入った。
カウンター越しに、女性が鍋を火にかける姿が見える。
まだ三十代前半くらいだろうか、優しい微笑みをたたえた膨よかな体型の女性は、まさにモグラ好みにぴったりだな……。と思いながらメグルが見上げると、予想通りモグラの瞳はキラキラと輝いていた。
「メグルよ、世の中にはこんなありがてえ場所があるんだな……。おいら感動したよ」
ふたりが遠慮がちに入り口近くのテーブルの席に腰をかけたとき、がらりと引き戸が開いて、青いリボンのセーラー服に紺色のコートを羽織った高校生ぐらいの女の子がひとりで入ってきた。
「坂田さん、いい?」
無愛想な態度で厨房にいる女性に声をかけた。
女性は目を丸くして少女を見たが、次の瞬間にはとても温かな笑顔を向けた。
「いいわよ香澄ちゃん、空いている席に座って」
四つのテーブルはメグルたち以外だれも座っていなかったが、少女は迷わずメグルに目を向けると「ここいい?」と言って向かいの席に座った。
「もちろん、どうぞ……」
すでに座っている少女に、メグルが返事をする。
いつも少女が座る席に、ぼくらが座ってしまったのかもしれない。
そうメグルは推察したのだ。
背中まである長い髪の少女は、頬杖をつきながら大きな瞳でじっとメグルを見つめている。その遠慮のない視線にメグルが居心地の悪さを感じていると、隣に座るモグラが気さくに声をかけた。
「ここはいい施設だよなぁ。お嬢ちゃん、よく来るのかい?」
しかし少女は何もこたえず、じっとメグルを見つめたままだ。
「……あのよぅ、こうやって一緒のテーブルに座ってんだから、ふつう何か話そうとするもんじゃねえのか?」
するとそこへ女性がやってきて、ほわっと湯気のたつ温かそうなホワイトシチューを出してくれた。
「ごめんなさいね、ここには色々な事情のお子さんたちが来ますから、話したくない子も中にはいるんです。コミュニケーションの無理強いをせずに、いつのまにかそんな子たちの居場所になって、ここを訪れるみんなに繋がりができて、やがてみんなが笑顔になっていく……。それが私の理想なんです」
女性の言葉を聞いて、モグラの目に涙がにじむ。
「人との繋がりが笑顔に……いやあ感動しました! あなたはとっても立派な方だ! わたしもこの素敵な居場所にずっと居たいなあ!」
「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
女性の後ろ姿を見届けながら、思わずモグラの心の声が漏れる。
「いい人だなぁ……天使みたいな女性だ……」
「そうかな。おじさん単純だね」
心の声を聞かれたのが恥ずかしかったのか、少女の一言が気に入らなかったのか、モグラの眉間に深いシワが刻まれる。
そして黙々とシチューを口に運ぶ少女に毒を吐いた。
「ったく……それに比べて、お前さんは愛想のねぇガキですね! せっかくあの方のご好意で、こんなにも温かいご飯を頂いているんだから、もっと美味しそうに食ったらどうだい!」
すると少女は目も合わせずに反論した。
「美味しそうに? こんな生き物の死体を弄んだようなモノを? この体の生命維持のために仕方なく摂取してるだけよ」
「生き物の死体って……こんなにも愛情の詰まった料理になんて言い草……。いったいどんな育てられ方したら、お前さんみたいな憎たらしい子に育つんだろうね、まったく!」
モグラがぷんすか腹を立てているうちに、すっかり食事を済ませてしまった少女が席を立つ。
すると厨房から女性が声をかけてきた。
「香澄ちゃん、もしよかったら、今日も配達頼めるかしら?」
「今日はこれから用事があるので……ごちそうさま」
「いいのよ。また今度、時間があるときにね」
モグラがここぞとばかりに会話に入り込む。
「なんと驚いた! 配達までなさってるんですか?」
「なかには施設に来られない方や、顔を出したくない方もいるので、そんな方には特別に配達をすることがあるんです」
「大変なんですねぇ……あっ、おいら何でもやります! 手伝わせてください!」
「まあうれしい! じゃあ食器洗いをお願いしようかしら。けっこう溜まってるの」
「よろこんでっ!」
自分と少女の食べ終わった食器を持って厨房に駆け込むと、女性に話しかけながら賑やかに皿洗いをするモグラ。
いつのまにか携帯ゲームに夢中だった子どもたちも、その楽しげな雰囲気に引き寄せられて厨房に入り、モグラが洗った皿を拭いている。
「あいつ、子どもは大嫌いって言ってたのに、意外と好かれるんだよな……」
そんな光景を眺めながら、メグルがぬるくなったシチューをすすっていると、
「きみ、食べるの遅いね」
背後から声をかけてきたのは、さきほどの少女だった。
「なんださっきの……。用事があるんじゃなかったんですか?」
「もう済んだ。きみと話がしたくて」
そう言いながら、少女はメグルの向かいの席に座った。
「話があるならさっきすれば良かったのに……」
「さっきは……坂田さんが居たでしょ?」
ちらりと視線を、厨房の中の女性に向けた。
それからしばらく、少女は頬杖をついてメグルをじっと見つめていた。
瞳の中を覗き込むよう、まっすぐに――。
「何ですか? 訊きたいことでもあるなら、なんでもどうぞ」
居心地の悪さを感じたメグルがそう言うと、少女は眉を緩めてこたえた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
厨房ではしゃぐモグラや子どもたちの声に混じって、シンクを跳ねる水の音や重ねられる皿の音が室内に漂っている。
パイプ椅子の背もたれに寄りかかった少女は、コートのポケットに手を突っ込んだまま、静かに訊ねた
「なんできみ、魔鬼と戦ってるの?」




