【第6話】01 つながり(挿絵)
「ええ、私たち姉妹は早いうちに両親を亡くしまして、姉妹でこのビルを受け継ぎました。姉の私はオーナーとしてビル全体を管理、妹の美沙衣は九階でジムを経営していました。殺人事件のふたりは、美沙衣がパーソナルトレーニングを担当していた者たちです」
昼下がりの温かみのある陽光が窓から差し込み、病室が白く輝いている。
首にコルセットをした華奢で美しい女性が、ベッドで半身を起こして虚ろな視線をモグラの名刺に落としている。湖南オカルト探偵事務所の『オカルト』部分は、マジックで黒く塗りつぶされていた。
「ええと、あなたが姉の林麻里奈さん、妹は林美沙衣さんで間違いないですな?」
ベッドのかたわらに座ったモグラが、遠慮がちに訊ねた。
少し離れて、メグルも立っている。
「はい。彼らが競うように美沙衣を取り合って、ついには殺人事件になってしまったことに、美沙衣はひどくショックを受けジムを閉めました。美沙衣はどちらの男性ともお付き合いしていないと思いますが、ある日、ジムの様子を見に行ったら美沙衣が首を吊っていて……。ひとりこの世に残されるのは辛すぎて、わたしもあとを追うように首を吊ったんです……。でもあれは夏の終わり頃だったはずなのに、お医者さんは病院に運ばれたのは昨夜だって言うし、もう訳がわからなくて……」
モグラがこたえる。
「ショックによる時間的感覚のズレでしょうな。ビルから飛び出してきた美沙衣さんに助けを求められて、わたしがあなたを救助したのは確かに昨夜です」
「そうですか……」
林麻里奈が、窓の外に視線を移した。
「でも、美沙衣が生きていると知っただけで充分です。本当によかった……。いずれ美沙衣もわたしの前に姿を現してくれるでしょう……」
舞い落ちる枯葉を目で追いながら、しみじみと言った林麻里奈の頰に涙が伝う。
モグラは席を立ち、力強く宣言した。
「行方不明の妹さんは、わたしが全力で探し出してみせます。どうかご安心を!」
*
「つまり杏香と美華、ふたりとも林姉妹の体に憑依してた魔鬼だったってことか……」
歩道に沿って植えられた銀杏の木が、穏やかな午後の陽ざしに照らされている。
総合病院を後にしたメグルは、舞い落ちる銀杏の葉を見上げながら独り言のようにつぶやいた。
「三ヶ月前、魔鬼紳士と焼き鳥店長が越界門を開く下準備として殺人事件を起こした。しばらくして首吊り自殺をした林姉妹の体に杏香と美華が憑依……」
となりを歩くモグラが、黄色い絨毯のように敷き詰められた落葉をステッキで弄びながら、メグルの言葉を引き取る。
「ほんで二ヶ月前の満月の夜、魔鬼紳士と焼き鳥店長が越界門を開いた。その様子を萩原が目撃……」
さらにメグルが、そのあとを続けた。
「そして昨夜……杏香と美華がぼくたちをジムに泊め、越界門の様子を見にきた魔鬼紳士と対峙することに……」
モグラが立ち止まり、メグルに視線を向けた。
「……偶然か?」
「ありえない。少なくとも杏香と美華は魔鬼紳士の存在を知っていて奴を利用したんだ。自分たちの手は汚さず、ぼくに魔鬼紳士をぶつけて始末させようとした」
「なぜ自分でやらねぇんだ? メグルが管理人と知っているなら、難癖をつけて殺せたはずだぜ」
「そこが謎なんだ。でも杏香はぼくを知っているようだったし、恨みがあるようだったから、この推論で間違いないと思う。それから、アスカって……」
「アスカ……?」
モグラが訊き返す。
「……確かにそう聞こえたんだ。誰かの名前だと思うんだけど……」
杏香と美華のことを考えながら何処へともなく歩いていたふたりは、やがて市内にある比較的大きな公園に行き着いた。身を寄せ合うように、ベンチで背中を丸くして座る。
しだいに西の空が赤く染まり、公園を囲む木立を黒く浮き立せていく。
目の前の芝生広場で走り回っていた子どもたちも、いつのまにか姿を消していた。
「へっくしょい……うう寒みい……。陽が落ちて一気に冷えてきたなぁ……。メグルよ、とりあえず東京にあるお前さんのアパートに行かねぇか?」
コウモリのようにマントにくるまったメグルが、頑なな表情で首を振った。
「駄目だ。まだ近くに二条美華がいるはずだ。杏香の魂が入った魔捕瓶も奪われているし、探し出してふたりの行動の目的をつきとめたい……。とはいえ、探偵事務所は無くなったし文無しだし、こうなったら本当にマンホールの中に潜るしかないか……」
「金がねえのは辛えもんだな……。せめてマンホールに潜るまえによう、何でもいいから温ったけぇもん食いてぇなぁ……」
すると芝生広場の向こうから、ダウンコートを着た女性が歩いてきた。
恐る恐る様子を伺いながら、ふたりに声をかけてくる。
「あの……さきほどからずっとそこに居ますけど、何かお困りですか? もしよかったら、温かいごはんを食べませんか?」




