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輪廻と土竜(メグルとモグラ) 芝蘭結契篇  作者: ひろみ透夏
第5話 正体

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【第5話】05

 

「文字通り奥の手だ。もう逃げられまい?」


 四本の腕を高速で振り回し、まるで独楽のように回転しながら魔鬼紳士が迫る。


 メグルは瞬間移動を繰り返すも、拳の一つがメグルの肩をかすった。

 弾かれた肩掛け鞄から魔捕瓶が飛び出し、床に散らばる。


 よろめいたメグルにさらに回転速度をあげた魔鬼紳士が迫る。

 寸前でマントを翻そうとするも、痛みで肩が上がらないメグルは四つの拳を連続して横腹にもらった。



「ぐぬぅ……!」



 しかし、うめき声をあげて踞ったのは魔鬼紳士の方だった。

 同時に派手な音を響かせてジムの鏡が崩れ落ちる。


 四つの拳から血を吹き出しながら理解できない顔で辺りを見渡すと、背後でメグルが魔捕瓶を拾い上げコルク栓を抜いていた。



「お前が殴ったのは鏡に映ったぼくだ。ぼくは色んな場所に瞬間移動してお前の方向感覚を失わせ、鏡の近くに誘い込んだ。鏡に映らない魔鬼のお前はそれと気づかず、ぼくの鏡像と鏡を力任せに殴った!」


 魔鬼紳士が屈辱的な表情でメグルを睨みつける。


 その瞳が真紅に光る刹那、視線がメグルの背後に移動した。

 とっさに振り返ろうとしたメグルを、背後から誰かが押さえつける。



「おお、なんて良いタイミングで現れるんだ、ベテラン越界者のきみ! じつはきみが押さえつけてるのは、きみらの仇敵である管理人だ! しっかり捕まえといてくれたまえよ!」


 メグルを押さえつけてる男が返事をした。


「あ、あんた、魔鬼だったんか……。よござんす、逃がしませんぜ!」


 魔鬼紳士の瞳が再び真紅に光る。

 メグルが手にしていた魔捕瓶が砕け散った。

 かまわずメグルは呪文を続ける。



「この世に不法に存在する罪深き者よ。十層界の法を犯す者よ。三世十方を統べる如来の名において、無限封印の刑に処す……」



 安堵のため息を漏らしながら、魔鬼紳士は近くにあったショルダープレスに腰掛けた。


「無駄だよ管理人のきみ、すでに魔捕瓶はきみ目の前で砕けたろうに……」


 そして血だらけの己の拳を見て自嘲する。


「王者の拳が、もはや使いものにならんな。この体ごと廃棄するとしよう……。しかし助かったよ、さすが三〇〇年も管理人に捕まらずに人間界に潜んできた越界者だ。その頭の星も偽物なのだろう? よくできた星だ!」



 メグルを抑えつけている男が自慢げに笑った。


「へへヘ……この擬星玉はおいらが自作したもんです。でもね、ほかにも捕まらねぇコツがあるんでげすよ」


 興味津々の魔鬼紳士が、前のめりになって質問する。


「ほう、参考までに教えてもらえるかね? 何しろせっかく開いた越界門を、たった二ヶ月で嗅ぎつけられてね。近々、大きなプロジェクトがあるってのに、こんなザマでは天魔様に殺されてしまうよ……。で、そのコツというは……?」


 メグルを抑えている男がニヤリと笑う。



「そんなの簡単! 管理人の味方になっちまえばいいのよ!」



 魔鬼紳士の顔が一瞬にしてこわばる。

 同時に背中から生えた二本の腕がどさりと床に落ちた。


 異変に気づいた魔鬼紳士は、とっさに辺りを見回し、ショルダープレスの下を覗き込んだ。

 そこにはコルク栓の抜かれた魔捕瓶がひとつ転がっていて、自らの尻から吹き出す黒い霧を、渦を巻きながら吸い込んでいた。



「こんなところにも魔捕瓶が……! きさま知ってて黙っていたな! 越界者として……いや紳士としての矜持はないのか、矜持はっ?!」


「屁っ! 矜持だが楊枝だが知らねえが、そんなもん腹の足しにもなりゃしねえや! おいら紳士の服装に憧れただけで、魂まで売り渡したわけじゃねぇんだ! おととい来やがれ、べらぼうめっ!」



「覚えていろよ、きさまら……。必ず後悔することになるぞ……」


 魔鬼紳士の最期の言葉と同時に、憑依していた体が、どさりと床に崩れ落ちる。

 メグルはとっさに魔捕瓶に駆け寄り、蓋を閉めて叫んだ。


「魔鬼は封じた! モグラ急げ、救急車を呼ぶんだ!」 



 しかし憑依されていた男の状態を見たモグラは、静かに首を横に振った。


「いま息を引き取った。口から泡を吹いているから、たぶん毒を飲んで自殺した瞬間に憑依されたんだ。とても間に合わねぇ……」


 メグルが床を叩きつける。


「ちくしょう! どんなに頑張って魔鬼は封じたとしても、奪われた体と魂は助けられないってのか!」


「いや、そうでもねぇぞメグル。さっき病院に運んだ林杏香な、あの体は何とか助かりそうだぜ」



 わずかな希望にすがりつくような表情で、メグルが顔を上げた。

 その視線が何かを捉える。


 ふらふらと視線を彷徨せるメグルに、モグラが声をかけた。


「どした……?」


「浮いているんだ……ぼくの鞄が……」


 メグルの視線を追って、モグラも視線を走らせる。


 割れ残ったジムの鏡の其処彼処に、ふわふわと宙を漂う肩掛け鞄が映っている。



「まさか!」

 メグルが叫んで振り返った。


 受付カウンターに身を隠していたはずの二条美華が、メグルの鞄をまさぐっていた。



「なんてこった! 鏡に映っていねぇってことは、二条美華も魔鬼だったのかっ……!!」 


 おののいて後ずさりしたモグラが、ジムのマシンに足を引っ掛け派手に転ぶ。

 その隙に二条美華は鞄を放り投げ、ジムから走り去っていった。


 メグルはあわてて鞄に駆け寄り、中をまさぐった。


「しまった……! 魔捕瓶を奪われた!」



 目を回しながら、モグラが体を起こす。


「……落ち着けメグル。二条美華に逃げられたのは痛いが、魔捕瓶はいくらでもあるし誰でも使えるもんじぇねえ。一個や二個奪われたからって……」


 しかしメグルは、がっくりと肩を落とした。



「違うんだ……。奪われた魔捕瓶は林杏香の……あの体に憑依していた、魔鬼の魂だ……」



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