【第5話】04
「ブラボー、見事な捕縛だったよ管理人のきみ」
カウンターに肩肘をつきながら見ていた魔鬼紳士が拍手をした。
「たったの二ヶ月……。こんなにも早くわたしの越界門を嗅ぎつけるとは、いい鼻をしている。よい条件の越界門だったが、きみの優秀さに免じて、ここは封鎖するとしよう。では失礼するよ……」
カウンターに置いてあったシルクハットを被り、背中越しに手を振ってジムを出て行こうとする男に、メグルが声をかけた。
「ちょっと待て。このまま逃がすわけないだろ」
魔鬼紳士がぴたりと足を止める。
ゆっくりと振り返りながら、地鳴りのような声をあげた。
「あああぁ~~~~ん? 逃げるぅうううう~~?」
呼び止めたことを後悔するほどの眼力に、メグルは一瞬たじろいだ。
「何かの聞き間違いかな? 管理人のきみの仕事は越界者の確保だろう? まさか魔鬼である私に楯突こうとする訳じゃあるまいね?」
メグルの額から一筋、汗が流れ落ちる。
「……後悔する瞬間もあるけど、もう決めてしまったんだ……。ぼくは魔鬼を捕まえる」
魔鬼紳士は太い眉根をピクリと上げると一転温和な表情に戻り、再びパイプ椅子に腰をかけた。
「まあ、落ち着きたまえよ管理人のきみ。わたしは何も罪を犯していない。無罪の紳士を捕まえる訳にはいくまい?」
「あなたはこのジムを条件のいい越界門にするため、越界者である居酒屋の店長を惑わせて殺人事件を起こしジムを廃業させた。さらに越界門を開く儀式をわざと警備員に目撃させて幽霊騒ぎを起こし、人が寄り付かないようにした。そして今日は物件を紹介しようとした不動産屋の門田熊雄と、ジムに泊まっている邪魔なぼくを店長に殺させようとした」
「すべては店長……さきほどの越界者がやったことだ。わたしは彼の欲望を叶えさせる手段をそっと仄めかしただけで、直接人間どもに手出しはしていない……。如来との契約には違反してないのだよ」
メグルが両の拳を握りしめ、声を荒げた。
「あなたたち魔鬼は、己の目的を果たすために越界者を都合よく使い、使えなくなったら見捨てる。そんなお前らを、ぼくは許すことができないんだっ!」
魔鬼紳士が椅子から立ち上がった。
改めて見る魔鬼紳士の体は見上げるほどに高く、岩塊のように大きい。
「それでは正当防衛できみを殺してさしあげよう。たかだか管理人ごとき分際で魔鬼に楯突く。それがどれほど身の程知らずか、その体に刻み込んでやる」
言ったとたん、魔鬼紳士の体が急激に膨れ上がった。シャツのボタンが弾丸のように弾け飛び、ジャケットもシャツも破裂したように飛び散った。
「見たまえわたしの肉体を。この体の以前の持ち主は、ボクシングの日本ヘビー級王者なのだ。わたしのようなジェントルマンが憑依するにふさわしい肉体だったので、彼に理不尽な不幸を立て続けに与え、自殺に追い込んだ……」
メグルは肩掛け鞄からマントをひっぱり出して羽織った。
同時に魔捕瓶を四~五本取り出し、コルク栓を抜いてジムの床にばらまく。
「魔捕瓶か、まったく恐ろしい小瓶だよ……。しかし出すのが早すぎだ。こういうのはタイミングが重要だろう?」
魔鬼紳士の瞳が真紅に光る。
床に散らばった魔捕瓶のすべてが、派手な破裂音を立てて連続で砕け散った。
「紳士らしく真っ向勝負といこうじゃないか? まずは紳士のジャブ!」
腕の先が消えたかに見えるほどのスピードで、魔鬼紳士のパンチがメグルに迫る。
メグルは拳が当たる寸前にマントを翻し、魔鬼紳士の背後に瞬間移動した。
「ほう、やるねぇ。ではこれならどうだ? 紳士の左フック、そして紳士のストレート!」
次々と繰り出されるパンチをメグルは瞬間移動を繰り返し、なんとか回避していく。
「らちが明かんね、まるで全方向モグラ叩きのようで目が回りそうだ……。そろそろ奥の手を出すとしよう」
魔鬼紳士が背中を丸めて唸りを上げる。
すると背中からめりめりと音を立てながら二本の腕が生えた。
魔鬼紳士がニヤリと笑みを浮かべる。
「文字通り奥の手だ。もう逃げられまい?」




