【第5話】02
「いいかモグラ! いまから林杏香の体に憑依している魔鬼を捕縛する! そしたらお前は、すぐに林杏香の体をかついで病院に行ってくれ!」
「わ、わかった……。急がねぇと死んじまうからな……」
モグラが返事をすると同時に、メグルが更衣室の引き戸を勢いよく開けて、魔捕瓶を掲げた。
「如来との契約を破り、魂を闇へと誘う魔鬼よ。我が為すことは、如来の為すことと知れ!」
街のネオンを背にした二人のシルエットが振り返る。
林杏香の驚いた顔だけが、甘い香りを嗅ごうと近づけたアロマキャンドルの灯りに浮かんでいる。
「この世に不法に存在する罪深き者よ。十層界の法を犯す者よ。三世十方を統べる如来の名において、無限封印の刑に処す!」
呪文を唱えたメグルを、林杏香の射るような視線が捉える。
その瞳が蒼白く光ったとたん、メグルの手の中の魔捕瓶が砕け散った。
「そんなところにネズミのように隠れていたのね。どうせ汚い手を使うやつだと思っていたけど、飛鳥はこの程度の管理人に……」
「お姉さまっ!」
二条美華の叫びに、林杏香が振り返る。
「どうなさったの、美華さん?」
「お姉さまのお顔が……アロマキャンドルの中に吸い込まれています!」
驚いた林杏香が、自ら手にしているアロマキャンドルに視線を落とす。
甘い香りを漂わせながらチラチラと光るアロマキャンドルの瓶の中に、己の顔から吹き出す真珠のように光輝く霧が、渦を巻いて吸い込まれている。
「謀ったわね、管理人……」
静かに、しかし怒髪衝天の形相でメグルを睨んだ。
「お前が匂いに敏感なのは十階に行ったときに知っている。ぼくは帰りに廊下に置かれたアロマキャンドルをいくつかくすねてカセットコンロで湯煎し、中身を魔捕瓶に入れて目立つ所にいくつも置いていたんだ」
林杏香が崩れるように床に膝をついた。
力なく下ろした手から転がり落ちた魔捕瓶は、止むことなく林杏香の顔から吹き出す真珠色の霧を吸い込んでいる。
「美華さん、いったん退きなさい……。策を練るのよ……」
そう言いながら、林杏香は電源を切られたロボットのように床に倒れた。
メグルはすぐに駆け寄り、魔捕瓶をコルク栓でぎゅっと強く蓋をした。
瓶の中で真珠色に光る霧が粒子となって揺蕩っている。
続いてモグラが、及び腰ながら更衣室から飛び出してきた。
倒れた林杏香の顔に耳を近づけると
「まだなんとか息がある! じゃあおいら、行くからな!」
と叫んで、その体を担いでジムから走り去っていった。
メグルは真珠色に光る魔捕瓶を肩掛け鞄に入れると、替わりに空の魔捕瓶を取り出して、呆然と立ち尽くす二条美華に目を向けた。
「二条美華、お前は越界者だな。ぼくは越界者を捕らえる気はないが、お前は門田熊雄を殺している。無罪放免とはいかない……」
魔捕瓶を手に近づこうとしたそのとき、二条美華がちらりとジムの出口に視線を向けた。
逃がすわけにはいかないとメグルが駆け出したとたん、なぜか二条美華は踵を返して受付カウンターの中に身を隠した。
同時にエレベータホールから話し声が聞こえてきた。




