【第5話】01 正体(挿絵)
メグルくん……メグルくん……聞こえる?
サヤカ……? この声はサヤカだろ? 何処にいるの?
メグルくん、やっと見つけた……。
メグルくんの意識が深いところにあるから繋がれた……。
サヤカ、ここはとても暗くてきみが見えない。ここは何処?
ここは……地獄界……。
そうか、ぼくも地獄界に……。
違う、メグルくんは此処にいない。メグルくんに会いたいのに……。
大丈夫だよサヤカ、きみはすぐに昇界する。煉獄長が言ってたんだ。
……わたしはやることがあるから……これからも……此処で……。
待ってサヤカ、きみの声が小さくなっていく……。
行かないで……!
メグルが目を開けると、暗闇のなかに見覚えのない天井が朧げに見えた。
その横からむさ苦しい男の顔がのぞき込み、小声で話しかけてきた。
「よう、目ぇ覚めたか?」
裏のビルから漏れた明かりが、小さな窓から差し込んでいる。
「……戻ってきてくれたのかモグラ。お前の言う通りだったよ。もともとこの物件は、ぼくをおびき出すための罠だったんだ」
メグルは体を起こして後頭部を触った。
包帯でぐるぐる巻きにされている頭が、開けっ放しのロッカーの小さな鏡に映る。
ここは更衣室らしい。
「だから言わんこっちゃねぇ。たぶんお前さんは背後からあのダンベルで後頭部を殴られたんだ。見ろよあの血の海……。人間だったら間違いなく死んでたぜ」
モグラが更衣室の引き戸を薄く開けて、ジム内を見せた。
向かいのビルで明滅するネオン看板の明かりが暗いジムに差し込んでいる。
スタジオスペースの床には二十キロのダンベルが転がり、広がった血溜まりに極彩色の光が反射していた。
「ああ、確実に死んでるな……。殴ったやつも死んだと思ってるだろうが、これは魔鬼のやり口じゃない」
メグルがモグラに振り返る。
「……ところで、こんな所で何してるんだ?」
「決まってるだろ、隠れてるんだよ。やったのが魔鬼であろうとなかろうと、お前さんは越界門の前で殺されたんだ、無関係とは思えねぇ……。確実に死んだかどうか、魔鬼が確認しに来てもおかしくねぇからな」
「……確かに。それならなぜ逃げなかった? ぼくを背負ってでも逃げればよかっただろ」
「勝手なこと言うねえ! 死んでないとはいえ、お前さんは動かしていい状態じゃなかった。だが、そのバカみたいな回復力、そろそろ動けるかい? 逃げようぜ」
メグルは再び、薄く開けた更衣室の引き戸からジム内を覗いた。
「……いや、お前の言う通り、きっと魔鬼が来る。ここで戦おう」
「バカか! その状態で勝ち目なんかあるか!」
「お前が出て行っているとき、すでに罠は仕掛けた。それにぼくが死んだと思ってるなら好都合。返り討ちにしてやる」
「罠っておめえ……カブトムシ採るのとは訳が……」
とつぜんメグルが振り返り、モグラの口を塞いだ。
もう片方の手で、そっとジム内を指さす。
街のネオンが差し込むだけの薄暗いスタジオスペースに、すらりと背の高い女性のシルエットが二つ見える。
照明もつけずに、辺りを見回していた。
「きたきた、ついに来ちまったぁ~」
モグラがガタガタと肩を震わせた。
「お前さんを殴ったのは、やっぱり越界者の二条美華だ! 魔鬼の林杏香を連れてきたが、死体がなくて焦ってるんだろうぜ!」
「しっ!……何か喋ってる! 静かにしろモグラ!」
ふたりはじっと耳を澄ました。
(なんてひどい臭い。美華さんどうにかして……)
(これは血の匂いですわ、お姉さま……)
(耐えられない……。美華さんどうにかならないの?)
(お姉さま、こんなところにアロマキャンドルが)
(すぐに火をつけて! ……耐えられない! 何をしてるの?)
(このアロマキャンドル、瓶が深くて、なかなか火が……)
(貸しなさい!)
その瞬間、メグルがモグラに向き直り、声を押し殺して叫んだ。
「いいかモグラ! いまから林杏香の体に憑依している魔鬼を捕縛する!」




