第7話 早逝のアクエリオン
今日は夏休み最初の登校日。
「おまえ? また太ったな?」
「えへへ。わかる?」
「バッカ、ほめてねえよ」
ぬ?
ダンマのやつ、また太りやがったとな。夏の食材そうめんや冷や麦で太れるおまえはなんというか、すごい。
しかし丸々としたやつの顔を見ると、健康よりもむしろ死がちらつく。
「おいダンマ! おまえちゃんと健康診断いったか?」
「なんだよ人の顔見りゃ健康診断ケンコウシンダンって。行くってば、行きゃあいんだろ?」
「まだ行ってねえのか? おまえはそもそも呼吸器系が弱いんだ。ぜんそく持ちだろ? のどの調子が悪いって毎年言い続けろ、いいか、大人になってもだ」
「へいへい」
こいつはたしか、罪を犯さなかった。罪を犯すまえに病に冒された。長く重い闘病をして、逝った。
同窓会に参加した嶋キャンがガックリ肩を落としていたのが忘れられない。あんなでかいやつがちっちゃくなって、ダンマには会えなかったとつぶやいた。
呪われた5年A組として槍玉にあがるとき、いつもダンマはカウントされない。全員が犯罪者である5のAに例外があってはならないからだ。だから都合のいいようにダンマは毎度省かれる。
やつの名誉のためにもそのほうがいいもんな。死んだあとに関係のないことで名を汚す必要はない。
ヨッキャマダンマ。なにをどうまちがえたのか、やつはローマ字ノートの名前欄に自らをそう書きこんだ。習いもしない筆記体が悪さした。とうぜんその日からあだ名はヨッキャマダンマへと変わる。
本名は、よかやまどうま。与賀山道真と書く。ダンマのお父さん、ふつうに『みちざね』の方がよかったと思うのだがどうだろう。
20歳にもなれずに闘病のかいなく早逝した。まさかあいつにまた会える日がくるとはな。
他はまあ、会おうと思ったら会えた。塀の中だったり、指名手配で逃亡中だったりと、難易度は高いものの地球上に存在するのだから。本気になればどうにかなった。悪さをしても生きながらえていた。
だけどこいつだけは違う。逆立ちしようが天地がひっくり返ろうが会えない。そのはずが、神の奇跡で。
会えちまった。それが手放しでうれしくて嬉しくて。ふいに目頭が熱くなってしまうことがある。
「あいつら、なんかいちゃついてねえ?」
しまった、ついなにかと気にかけちゃうんだよな。
「いちゃついてなんかない!」
おいダンマ、やめとけムダだ。
「デブ好きなのか? デブ専か!?」
「早川はァー、デぇブ〜専〜♪」
「クッ……!」
この責苦は甘んじてうけとめねば。甲斐甲斐しく寄り添っているようにうつっても致し方ない。まさにそのように接していた。反省はしている。
しかしこいつは、容姿さえ目をつぶれば優良物件だぞ? 年中小学生まる出しのおまえたちとは違って。
これを口にすることができないのが悔しい。口にしたなら、火に油をそそぐことになる。想い人だと告げるのと同じなのだ。だからここは、貝のように口をつぐんで。
?
伸一の視線がこちらだったような。気のせいか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
体育館での全校集会から帰ってきたら。
黒板に、でかでかと赤チョークでらくがきが。
「ひゅー! お熱いねえ!」
どこで学んだのだ、そんな決まり文句。
アイアイ傘、とはね。なんたる古典的な。
周りにはわたしたちと思しき2人の、ピカソのゲルニカのような肖像が。絵心がありすぎる、天才か?
スマホがあったら写真を撮りたかったぞ。残したい、この儚い壁画。
恥ずかしいよりもむしろ感動の方が強い。だからわたしは動かなくていい。
「やめろよう、なにすんだよう」
そうは言っても小学生、じっとしていられないのはわかる。
「行くなダンマ、ワナだ」
「そうは言っても」
「いいからおまえも動くな。耐えろ」
もうすぐ警部がきて授業をはじめる。おそらく犯人はこれから起こることを事前に咀嚼できていないのだ。
仕方がない、この場は大人の対応を。忠告しておいてやろう。
「おい、いいのか書いたやつ? 知らんぞ? 佃煮警部がそれを見て、だれを怒るのか。少なくともわたしやダンマじゃない」
「早川……」
「チッ、なんでおれが」
足早に黒板へと歩むのはすっさん。それと古ソンか。
黒板消しをひっつかんで乱暴に消す。本当に乱暴なものだから、半分くらいしか消えていない。
「なに言ってんだ、おまえらが書いたんだろ。バ〜カ」
犯人のあぶり出しに成功したな。
しかしやつらをどうこうするつもりはない。ムダに旺盛な行動力。やがて力を借りねばならない日もおそらく来る。結束こそが鍵、備えるんだ、Xデイに向けて。
いちおう全部が読めない状態になったところで。
「与賀山クン、ちょっと」
佃煮警部が青い顔をしてダンマを呼びにきた。これから保健室の先生と話をするからって連行されたのだが。
(まさか……)
いくらなんでも早すぎる。もうなのか?
発症するにはまだ。まだ小学生なんだ、この当時から闘病していたなんて聞いてない。
並行世界だと発症のタイミングもずれるのか? だとしたら最悪だ! 死因となった病気なんだぞ!
「どうしたんだろダンマのやつ」
「さあ? 保健室で話すって言ってたよな佃煮警部。なんで保健の先生?」
「たしかに。ナゾだ」
「このまえぎょう虫検査やっただろ? その結果が悪かったんじゃね?」
なるほどな、その線はありうる。おまえらの推論にのっかろう。これは将来発症する予定の肺の病気ではなく、ぎょう虫であると。
よし、決めた。
ちょうど佃煮警部もいっしょに出ていったんだ、いまは自習中。抜け出しても見つかりさえしなければ。コソッと廊下から保健室の中の会話を聞いてやる。
(いくぞ伸一、5のA防衛隊出動だ)
(おい、ウソだろ? だって自習——)
(こんな短時間でどれほど学べるっていうんだ。家で宿題でもやっとけ)
(そうじゃなくって。教室を出られないでしょって)
(んなもん気にすんな。見つからなければイカサマとは言わないって承太郎が)
(だれだよジョウタロウ。やっぱりアンヤクって、悪いことを意味していたか……)
(もうみんなドンチャン騒ぎじゃないか。いいからいくぞ)
(へいへい)
「おい、おまえらどこへ行く?」
めんどくさいやつに見つかった。古ソンにすっさんめ、ゴシップ好きかよ。ええい。
(あんたたちも来なよ)
「どこにだ」
(ダンマが連れてかれたところ。保健室)
(おまえらも気にならないか?)
「むう……」
(それよりも音量おさえろ。それと目立つな、座れ。そして選べ。行くのか? 行かないのか?)
かがんで走る。ガラスよりも低い姿勢なら他のクラスからみえることはない。しかしこの時代にエアコンはなく、この季節の教室は窓もドアもすべて開けっぴろげ。
だから。
他クラスの先生が黒板に向かった一瞬の隙をついて。忍びの心で走りぬける。
「?」
渡り廊下まで出てしまえばこっちのもの。向かいの校舎の階段横がすぐ保健室だ。
ぎょう虫検査、だとさ。オレらの世代でもほとんど見つからなかったと聞くものの、わずかでも見つかるのであれば放置はできなかったのであろう。だからオレらは朝も早くからゴロンと横になり、そこからまんまるに腰を曲げてお尻にシールをペタペタした。
うかつに指が肛門様へ直にふれると損した気分になったんだよなあ。トイレットペーパーもとい、そんな上等じゃあなかった、尻拭き紙越しだと平気なのに不思議なものだ。
んま、大人になってからやる検便に比べたらあんなもの、苦でもなんでもない。
無事に保健室のドアへたどりつけた。
(聞こえるか?)
(シィッ!)
耳をすますが聞こえない。だから耳をドアにペタリとはりつけたら、内容がもれてきた。
「——をしましたよね」
「え、あ、ええっと。それがなにか?」
「あの検査であなたがかなりいろいろな病気にかかっている可能性があることがわかって」
「…………」
おい、言葉も出ねえってか!
くっそ、やっぱり小5でも間に合わなかったってことなのか!?
だがやつは肺が原因で。ぎょう虫検査だぞ? 大腸かどこかにも大病を抱えていたってことなのか?
「与賀山クン……どうか気を落とさずに」
「そうですよ、まだ結果が悪いというだけで、病気だと決まったわけではありません」
無言をつらぬくダンマ。
先生たちの励ましも本人に届いているやら。まさかすでに自覚症状があるのか、なにせかならず死に至る病だもんな……。
「それにいまなら、きちんと治療に専念すれば治る病気ですから。それで、これが病院の先生に提出する検査結果と紹介状です。これをもって放課後、学校が終わったらお家の方と大きな病院へ行ってください。お家の方には先生から電話連絡もしておきます」
(そうか、ダンマは病気か)
(かわいそ)
(食いすぎなんだよ、だからぎょう虫もわく)
(安心した。大事にはならないって)
モヤモヤはするが。
古ソンとすっさんが教室へと向かう。じゃあわたしも。
ところが袖がその場から動こうとしない。
(? 話は終わったろ、もどろう?)
伸一が動かない。やつがわたしの袖を引っぱっていた。
気持ちはわかるが。
(死ぬような病気じゃないって保健の先生が言ってたろ? だから。早くもどらないと先生たちが出てくる)
(いや待って? ……続きがある?)
さらに引っぱられ、促される。
怒られるのを覚悟すりゃあいいだけか。
また引き戸に耳を押し当てた。
「あのう、先生……」
ダンマ?
「どうされました?」
「あのう、言いにくいんですけど……」
「ん?」
「そのう」
「?」
「じつはあれ、ぼくのじゃないんです! マイケルのなんです!」
「?」
マイケル?
それを言うならケネットじゃないのか? ほんの1ヶ月くらいホームステイできていたケネット・グレゴリアス。ミドルネームはマイケルだったか?
一気に希望がわく。ダンマはシロ!
その彼にダンマがぎょう虫フィルムを押し当てた? 場面を想像すると周りにバラが咲いて笑えるが。
「どういうことか説明して?」
「マイケルっていうのはウチで飼ってる犬で、そのマイケルにぎょう虫を……」
犬ぅううううううう!?!?
「与賀山さん? もしかして、ぎょう虫って、検査のフイルムを飼い犬のお尻に当てたってこと?」
「そうです……」
「あきれた与賀山クン、あのねえ——」
「まあまあ佃先生。手のひらや甲にペタペタ貼ってもってくる生徒は毎年何人かいます、似たようなものですよ」
「すみません西村先生。きちんと事前に指導したんですけども」
「与賀山さん、あなた。この検査はあなたの健康を調べるためのもの。あなたの身体の状態を正しく調べるためのものなんです。それをこんな風にズルをして。どんな意味があったんでしょう。理由が何かありますか?」
「ありません。楽をしたくて」
「楽をしようとしてこんなふうに怒られたのではむしろマイナスですね。しかも、もう一回やらなければならない。そのマイケルくん? からなにかもらっていないか調べる必要もありますし」
「はい……。ごめんなさい……」
「でも良かった」
「そうはいってもですね西村先生、与賀——」
とつぜん引き戸がはずれて。
ゴォスと音がなった。
「あだッ!」
「!!」
「何!?」
ゴシップ好き連中がもどってきて押すから!
「痛たたたた……」
「どいてよあんたたち! 変なとこ触らないで!」
引き戸は地面にまで倒れたのではなかった。なぜかななめで止まっている。
下にはなにが? 戸をみんなで持ち上げて。
「ごめんダンマ、大丈夫か?」
「めちゃくちゃ痛いって! 何すんだよ!」
「保健の先生、ダンマの頭を見てやってください、バカになっていないか」
「あなたたち!? 自習は!?」
そういやそうでした。
「ええっと、ダンマの病気が気になって、つい」
「すぐ教室にもどります!」
「いいえ、戻らなくてよろしい。廊下で正座! すぐに!」
「はいぃ!」
引き戸が佃煮警部の手で直される。少し乱暴に。めちゃめちゃ睨んでいるであろうからそちらを見ない。
引き戸に入ったガラスが割れなくてよかった。下敷きになったダンマがクッションになってくれて助かった。
いや?
やつの脳天にガラス直撃もありえたのか、危ない危ない。
足がしびれるよりも早く、佃煮警部とダンマが出てきた。
「あなたたちは次の時間までここ」
「はい……」
去りゆく警部。ダンマが寄ってきて。
(ぎょう虫やり直しだってさ)
(そりゃそうだろ、そうなるに決まってる)
(今度はちゃんとやる、だろ?)
(まあね)
ダンマへの追及はうやむやになったようだ。矛先を変えてこちらに向かってきたらしい。
でもこれでいいじゃないか、どちらも子どものイタズラなんだ。そうめくじらを立てるほどのことでもない。
(じゃあその調子で肺の検査もやれよ毎年。わたしとの約束だ)
(ある意味助けてくれたからね。そうする)
わかってくれたかダンマよ。
(にしてもだ、まさか犬とか。おまえ、今回は長生きするよ、たぶん)
(?)
「? 与賀山クン? その人たちは放っといて行きますよ」
「はあい、生きまーす!」




