第6話 キャンプは夏休み直前にて
チャイムだ。
「よぉし1学期最後! 委員長!」
「きりぃーつ!」
「やったぜ、終わったぁ! な・トゥ・や・す・みィ〜!」
中みそは気が早い。どうしてあと10秒を待てんのか。
「中溝クン、まだ通知表が残ってるよぉ?」
先生のあの不敵な笑み。やつの通知表の中身を知れてあまりある。
「まじで!? オカンに怒られる? 怒られない?」
「さあね〜♪」
「礼」
「さようなら」
「さよなら〜」
「さいなら〜」
「さよなら!」
「左様ならば」
「さよオナラ、プゥ!」
だれだ武士みたいなやつは。
中みその最初の発言に関してはおおむね同意できる。しかしその前のキャンプを忘れるな。
明日からのキャンプが終わったらそのまま終業式、夏休みになだれこむ。まさに黄金、この先楽しいことしかない。班分け、係決め、しおりの作成。どれひとつとっても最高だった。
ところがわたし以外の女子はめんどくさげ。そりゃそうか。
蟲たちの巣食う山。
日焼けする海。
めちゃめちゃ多人数で入る風呂。
いつ洗ったかもわからないふとん。
(ククク、さぞ不安でいっぱいであろうなぁ)
やがて芳紀をむかえる女子たちよ、どうか成仏めされよ。残念ながら現物は、その想像を超える。
翌日。
バスは人里を離れて45分、くねくねした道で乗り物酔いする生徒を出しながら。ようやく着いた。
しかし乾杯で音をあげてどうする。ここからが前菜、まだ入隊初日だぞ二等兵ども。
「ああ……、着いた……」
「オロロロロロロ!!!!」
「んあ? ついたん?」
「からだがゴワゴワだよ」
「ヤフー! ついた!」
「いくぞ大自然!」
そうそう、後半の人たち、その意気やよし。
まずはふつうに楽しもうじゃないか。細かなことに目をつぶれば、キャンプはそれはそれはよい経験となる。
たとえばいつか災害にあったとき。緊急時の対処。火おこし。電化製品を使わない自炊。地域の協力。
ふだんの生活から離れることに意味があるんだキャンプとは。だから虫だのヘビだのは恐るるに足らず、むしろここでの経験を活かす場面に、遭遇しないことに対し感謝しよう。
おっさんの考えかな?
まぁおっさんだもんな。
阪神だって東日本だって、この先いつかは起こるのだ。いかな並行世界とはいえ、まさか地殻の変動までずれていやしまい。
この中から将来だれひとり被災しないなんて保証はないんだ。だったら。
ここで学べることは学んでおこうぞ。
「まじでか……」
ふっふっふ。
ふだん破天荒なモン太でも唖然とするのは無理からぬこと。しょせんはぬくい昭和の野生児よ。
驚け、この時代のキャンプ場は諸君らの想像のはるか下である。イラストや写真でみたのは大都会東京の郊外。ここは田舎対比の郊外なのだ。
君ら自身がこれまでにさんざ口ぐちにしたろう? 自然なんだよ、いい意味でも、悪い意味でも。
「やだ」
「ウソでしょ……」
絶句したか、ユカりんにミッキー。
小さなビニールハウスの骨組みにかつてブルーだったブルーシートをかけただけのテント。床はスノコ。こんなのはここ以外でお目にかかることがついぞなかった。
「オゲエええええええ!」
ズボン半脱ぎで逃げだしてきたのはマーコン。むりもなかろう。
ぼっとん便所。鋭い突上げの『おつり』でつねに汚れている。強烈な臭気をまといて金色の床に降り立つべし。
蟲だっていっぱい、つねに床を壁をダースで這っている。
これだけ湿度が高いのに、紙はヤスリのような硬度だぞ。せいぜいよく揉むのだな。
「すべる!」
気をつけろチュッチュ。そこかしこの地面がぬかるんでいるぞ。この季節はまあまあの頻度で雨が降る。樹木は背ぇ高く生い茂っているから、水たまりの蒸発は緩慢だ。
ゆえに晴れていても驚くほど暗く、ぬかるんで、蚊も多い。
着替えは持ってきたぶんしかないからな。ドロドロになれば同じ服を2日連続で着る羽目になる。
「うおッ!? 危ッ!」
ノブよ、言い忘れた。
ここはそれほど安全に配慮されちゃいないぞ。昭和なんだ、文字どおりの自然なんだよ。ほどよく手を入れるなんて発想は皆無。
自然はそりゃ厳しい。静止した枝だって容赦なくオレらの目を突いてくる。
直径1センチ未満の笹の切り株なんかは、竹ヤリとして地面で潜んでいる。アキレス腱に気をつけろ。
遊歩道なんて小洒落たものはない、あるのはけもの道か登山道だけ。迷子になるな、道を逸れたら終わりだと思え。
管理人棟に掲げてあったろう? 『来たときよりも美しく』、『山を畏れよ』。これがすべてさ。
「うま! 水うまい!」
「大自然のぼぼぼぼぼーー、水ぶぶぶるぶるぶーー!」
「おれもおれも!」
デンちゃんにおっく、カケー……、手遅れか。
水にだって油断するな。10個も15個も蛇口があるから、運悪くしばらく使われていない個体もある。最初から飲みやすい状態だった、口が上を向いていたやつなんか要注意。虫とか。
ちょっと出してから使うんだ。ここは塩素がきちんと入った水道水じゃあない、生水なんだ。煮沸しる。あとは、わかるな?
まだあるぞ。この時点では知るよしもないが、肝だめしはしおりの通りではない。『各自懐中電灯持参』をあのように悪用するとは、この孔明も当時気づきませなんだ。
よろこべ、諸君らの想像を絶する。
残念なテントに荷物を置いたら、まずは海。
ここは入り組んだ湾、遠浅で波も小さい。向こう100メートルは砂の海底が、目で見える深さでずっと。浅さゆえかたくさんの岩がとり残されており、だから小さな魚たちのかくれ家に。生物観察には格好のまと。
「みっけ!」
「つかまえたァ!!」
「なにそれ、見せて見せて!」
おいおいユージ、素潜り漁は密漁だぞ。こんなところで犯罪すな。
とはいえ、赦そう。どうせ見るだけだもんな。巻貝も二枚貝も、ひっこんだり閉じたりしてしまえばスーパーの鮮魚コーナーと同じ、目新しさはないだろ。
それよりも逃げる魚。この時代いけすとか少なくとも田舎にはなかったから、およぐ魚ってのはどの子もはじめてのはずだ。オレらはスーパー本山で息絶えたものしか見たことないもんな。
んん?
「うお!」
「逃げたァ!? まあまあデケエ!」
「あれはセイゴ、スズキの子どもだよ。その奥はチャリコかな。あああ竿があれば、ああああ竿が」
例外がいた。愛モンか。
わきまえろ、今は授業中なんだ。
「ハラ減ったぁ〜」
文句言いながらもなんだかんだで楽しんで。
日が暮れた。
初日の夜はカレー。定番だな。難しくないし、まずく作れない。
なんでもかんでも具材を微塵にしていたグループがあったが。笑われていたけども、あれって案外正解なんだ。プリンとした飯盒炊爨のお米を堪能できる。
「おおおあああああああ……」
お風呂はしみた、日焼けあとが。日焼けどめなんて、昭和の小学生は使わなかったもんな。ラッシュガードなにそれの時代。
「おお……!」
キャンプファイヤーはわけもなく幻想的で、ふだんうるさい連中が黙って見てた。迫力に圧倒されていた。
雰囲気に惑わされおって。君ら、なにか忘れちゃあいないか?
あんなもの、どんど焼きに比べたら豆だ、豆。
これで男子大興奮の初日は終了。野生をいくらか取り戻したか。残念なテントは今や秘密基地になっている。
こちとら人生2周目、女子の班分けでよかった。いま波長が合うのはこちら。
ところが?
みんな疲れて寝るかと思いきや、深夜テンションで、日付が変わってもしゃべりまくる。そうか、女子は昼間を省エネで過ごしたのだ。
話がついに恋バナへと及んだので、一足お先に……。
「ねえマリ? マリ子ったら聞いてる?」
聞かない〜。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2日目は登山からスタート。ところがこれ、ただの登山では終わらない。ここで体力を温存するのが肝。それを知るのは先生方と、経験者であるタイムリーパーオレ。
「せんせー! まだ登るん?」
「なに弱音はいてんの、まだ出発して5分も経ってないじゃない」
「あれてっぺん!? あの石のところてっぺん?」
「だったらいいのにね」
「暑っちー! だれだよ山の上は寒みーとか言ったやつ」
「そんな標高まで登るわけないでしょ。今日はずっと暑いままです」
しおりちゃんと読んだか? 登って下りるのに90分だぞ。
まあ、昼間はぶっちゃけ大したことない。本番は夜。
山ひとつを登って下りる超長距離型肝だめし、実はその下見なのである。昼間に登山して、風呂上がりにもう一度暗闇で同じルートを。フィジカルエリートしか楽しめない。
後輩のニッケに後年聞けば、翌年の実施はなかったそうで。その過酷さたるや推して知るべし。
そりゃお化けは出ないだろうけどさあ、野生動物はふつうに出るだろ。ヘビとか、クマとか。
風呂の順番も微妙だぞ。
この季節はとくに日が長い。きちんと暗くなってから開始したいと考えてのことであろうが、肝だめし後だと就寝が遅くなるという理由から、先に風呂へ入ってしまおうと。脳筋か?
山に登るんだからまた汗かくだろ? バカなの?
とにかく昭和がすぎる。まったく。
ぬ?
ここで危険から守ってあげれば将来グレないとかあるだろうか?
幾人もの途中リタイア者を出し、号泣していた子を何人もみた。トラウマとなった子がいたなら回避となるかも。
どんな小さな芽でも摘むと決めてあるんだ。ここで男オレがひと肌ぬごうじゃないか。
2日目の晩ごはんは焼きそば。先生が集団で焼き、児童は列を作るだけ。しゃべっていればいいだけだから楽は楽。
ひとつ気になったのは、焼き係の松阪先生の汗。もじゃもじゃの腕からしたたる液滴は、やがて手首を通り、手のひらからヘラへ。そのジュワーとの音の数パーセントはもしや?
ひとつ隣の列がよかった。佃煮警部だったなら、まだ。
「ウマ!! これウマ!!」
「きのうのカレーよりおいしい!」
「センセーすご!」
「だろ? しっかり食え。おかわりもいいぞ」
なんだ? まさかこのあと毒ガス訓練でもあるのか……?
空腹だったのにあんまり食べられず。加熱殺菌できているんだ、知らぬが仏案件だった……。
そんでお風呂に入って。
いよいよ最終日前夜の肝だめしとなったが。予定が変わってしまった。思惑がすっかりはずれたのだ。
(どうなってやがる、自然とカップル成立だと??)
出発はする、あらかじめ定めた組み分けで、男子と女子別々で。ところがどうだ。
先生から見えなくなってからすぐのところで滞留し、各々の想い人とペアになって、手をつないでから再出発。
(まじでか、昭和の女子は進んでるぅ!)
オレも今は女子だったぞ。
はなはだ不本意ながら、わたしの女子力が問われている。
こんな突発イベント過去にあったか? オレが知らないのは、かつては蚊帳の外だったのか?
まあ記憶障害があるから。それにあれだ、きのう自分だけ先に寝たから。
「ほらきたよ、マリちゃん!」
なにが?
「がんばって!」
なん……だと……!?
「よ、よろしく」
(相手が伸一……だと……!?)
うんざりする、なんの因果で自分と手をつながにゃあならんのだ。
おっと、それを表情に出しちゃならん。こいつも、というかオレ自身なわけだが、意外にも繊細さんなのだ。
んんん、まあ、ほかの男子に比べたらまだマシとは言える。ええい、ままよ!
しかたがない、手ぇくらいつないでやるか。
もちろん自分のことだ、把握している。
「手汗のことは気にするな、わたしもそうだ」
「へえ、そうなんだね。じゃあえんりょなく」
それを悪く言われたことはついぞなかった。世の女性たちの心の広さよのぅ。
とくに怖いことも起きない肝だめし。ただただ過酷な山登りをこなしつつ、黙々とするくらいなら話題を振ってやらないでもない。
このふた月ほど5のA防衛活動をしてみて痛感したことがひとつある。ちょうど機会をうかがっていたところだ。
「藤沢伸一よ、貴殿を漢とみこんで頼みがある」
「?」
「どうか力を貸してくれ」
「いいけど。いきなりどうした?」
「おまえにしか頼めない。おまえにしかできないことなんだ。どうか共犯になってほしい」
オレから『オレ』に頼むのは、これからのこと。小学生が独力で未曾有の事態に立ち向かうのは無謀だった。この1学期で何人と、何件に関われた?
この肝だめしなどは最たるもの。結局なにもできちゃいない。ひとりでできることなんて本当に大したことない。
ただし人選は慎重に。すべてを分かちあい、行動をともにしてくれる存在はバディ。
すなわち。組むのなら、理論上もっとも信頼できる、もっとも気心の知れた存在。それは自分自身。
「共犯とはおだやかじゃないね。やめとこう。そもそも更生させたのは君じゃないか」
「そう言うな、おまえに断られたら後がない。それに共犯では語弊があった、正しくは秘密を共有してほしい。ぜひ入ってくれ、5のA防衛隊に」
「なるほど、またなにか妙なことを始めたんだね。いいよ、具体的にはどんな? 悪者をやっつける? パトロールする?」
「両方だ。そのうえ暗躍する」
「それじゃやっぱり悪の組織だね。やめとこ」
断るだと? 伸一のくせにぃ〜。
「暗躍とはこの場合裏からコントロールすることをいうんだ、なにも悪いことを指すわけじゃない」
「悪者をやっつけて、パトロールして、裏からアンヤクする。ふぅん、おもしろそうだ」
オレならそう言うに決まってら。
(ぬ?)
いつのまにか、つないだ手をブンブン前後に振っていた。こいつが? まさかわたしが?
どちらが先にはじめたのか、それよりも気になるのが既視感。
デジャヴ?
例の走馬灯は起きないが、手の感触とか、浴びるほどの虫の音とかがよみがえる。
(なんだか? こんなことがかつてもあったような? 気がする?)
そりゃあ肝だめしは体験したんだ。当時に手をつないだ可能性もゼロじゃないだろ。忘れただけ。
じゃあ相手は? あの時の相手はだれだった?
チャキはおっく。里ちゃはタカ。カリメロはノブ。思いおもいに想い人はおり、オレは漏れたはずなんだ。漏れたはずなんだが?
だけどこの手の感触、はっきりとわかる、はじめてじゃあない。このときの、小さな男子女子の手。
強制でない人生初の手つなぎ、こんな大事件も忘れてんのか。
じゃあ誰がオレと? いったい誰と手をつないでここを歩いた?




