第5話 演歌に喝采を、友だちに花束を
教室はそうじの時間。ダラダラやるのがオレらの流儀。
すっかり暑くなったのに、それでも過ごしやすいのはなぜ? エアコンどころか扇風機すらない、それなのにどうにか我慢できる。これが昭和という季節だったのだよなぁ。
「美空ひばりの再来っていわれる歌手になるんだ♪」
ほうきをマイクにして歌うのは近藤紺奈。コンナと書いてカンナと読む。漢字がコン、コンと続くことからきつねっち、コンちゃん、あるいはコンコンと呼ばれていた。
おまえが目指しているのは演歌歌手だろ。
美空ひばりは、厳密な見方をするなら映画スター兼歌謡曲歌手。演歌は主戦場ではなかった。
それでも幼少期から活躍した演歌界の超新星であったことに疑いの余地はなく、演歌ファンは彼女去りしあと、さくらまや登壇まで待たねばならなかった。
コンコンがいてくれたなら。おまえという存在が、その断層とでも言うべき演歌界の大断絶を埋めてくれていたなら。
コンコンの夢は応援したい。それがひいては日本のためにもなる。
ふつうに友達だったんだ、男女のかきねを越えた。今は同じ女子の身、強力に後押ししたい。
(それで未来が変わるとは思えんが、な)
彼女は少なくとも有名人にはなれなかった。結局テレビで見ることはついぞなかったのだ。つまりは。
どこかで夢やぶれたとみていい。それで彼女もまた、他のクラスメイトと同じく将来は犯罪に走る、らしい。
オレも5年A組全員の動向を完ぺきに記憶しているのではない。とくに印象的だったもの、大事件だったもの、それも報道されていたものについて対処しようとしているにすぎない。新聞については読んでないから知らん。
だが明らかなこともある。それは、最終的に『5年A組のクラスメイトはひとり残らず犯罪に手を染めた』という事実。彼女もまた、例外ではないのだ。
令和の彼女は音信不通。とくに大きな事件には関与していなかったように思う。有名人でなければ、大きな事件でなければとり立てて報道されることもない。
それでもいい。なにを起こすのかはわからなくとも、夢を応援することで犯罪者になる可能性そのものを下げられるかもしれない。
なにもテレビに映るのを最終目標にしなくていいんだ。スナックでもライブハウスでも、歌える場所で歌えていたなら彼女は健全でいられるはず。
今日の放課後は、明日の家庭科実習のための買い出し。食材を班のみんなと買いにいく。と言っても、たかが主菜1品とデザート1品。給食はまた別にあるのだから。
メンバーはコンコンとすっさん。たーちとユッコ、わたしの5人。
「けっきょく何にしたんだっけ、こんだて」
「そんなもん食材をみたら変わっだろ。ブタがあったらブタ。牛があったら牛」
「なんか料理人みたい」
「すっさんて料理とかできんの?」
なにをのんきな。スーパーマーケットは主婦にとっての戦さ場。無論、ボーナスなぞ一度ももらったことのないこの身においても同様、ここは心の川中島なのだ。
「牛なんかこの予算で人数ぶん買えるわけねえだろ。ブタだよブタ野郎」
そう言って札をヒラヒラ。
おお、伊藤博文の千円札か。あいかわらずの白さよのぅ。
「早川さん、強……」
(なんだか最近ヒトが変わったみたい?)
(ブッチに聞いたんだけど、たしか第二次セイチョウ? とかになると背伸びしたり悪ぶったりするらしいよ?)
なにをコソコソ?
店はもちろんスーパー本山。伸一には事前に、今日はノーカウントだと伝えてある。
きちんと予算内に収めるのはもちろん、バランスよく、最大限までつかうのも授業の一環。
ここは大人であるオレの能力が遺憾なく発揮された。氷河期世代の日常をあらわにする恥ずべき行為であったが、結果自体には満足している。
「あいつ、なんかセコくね?」
「でも暗算とかすごいよ」
「そうだよ、ウチのお母さんとちがって売り場を行ったり来たりしてないもん」
「食材は安いものを選んでおいて、調味料で工夫とか。ふつうに勉強になるって」
「そっか。そうかも」
男子の見る目が心地よい。そりゃあ小学生でここまでの手ぎわを見せればムリもない。
だがやめておけ、わたしはおまえたちみたいなヘナチョコと添い遂げるつもりは毛頭ないぞ。将来めちゃめちゃ高給取りになってから我の前に立つのだな!
「私も持つよ」
「わ、ありがと」
「サンキュ」
コンコンがやけに積極的。いろんな調理法を提案して、会計もすすんでやっていた。
こんな子だったっけ? 歌以外じゃおとなしめの、静かにしている印象だった。
(……本当になにもかも忘れちまってるんだな)
誰と同じ班だったかなんて記憶にないし。そもそも調理実習なんてちっちゃな出来事いちいち覚えちゃいない。
そんなのはたぶん誰しもが。小学生のおもしろエピソードなんて、10個挙げられればいいほう。それ以外のこと、仲のよかったクラスメイト以外の出来事なんて、覚えていないほうが普通。
だからコンコンが実際どうだったかなんて。料理が好きな子、なのかもな。
買いそろえた食材を自転車の前カゴにつっこんで。そろそろ解散。
施設にある冷蔵庫が巨大なことから、オレが預かって持って帰る。何人かは付き合ってくれるらしい。
別に今日はいいのだ、自転車があるから。手持ちになる明日こそ手伝ってもらいたいのだよなぁ。
スタンドをはね上げるとふらつく。前カゴが想像より重たいぞ。
この身体は非力この上ないな。明日の朝を思うとうんざりする。
(ぬ?)
コンコンになにやら大人が。
話しかけている?
それどころか、腕をつかんで車へ誘導しているじゃないか! もちろん彼女は抵抗している!
食材なんか、自転車ごとポイだ!
「おい男子! 出番だぞッ!」
「? なんだ?」
「コンちゃん!?」
彼女に父親はいない。だからこれは完ぺきに事案だ!
「はなして!」
「お母さんが待ってるから、さあ早く」
とにかくさわぐ。防犯ブザーなんかこの時代にないんだ!
「うわわああああああ!! 助けてえええ!」
まわりの大人に注目してもらう。どうか協力して!
車のナンバーも覚えて。なにより、コンコンを車に乗させやしない!
「やめろ誘拐犯め!」
「いや違うんだ、そういうんじゃない、彼女の母親に頼まれて」
「みんなそう言うだろ、お決まりのセリフなんだよ!」
誘拐犯がまだ体裁をたもとうとしている今がチャンス。大人が本気になったら勝ち目なんてない。
「このぉ!」
「いやちょっと、ちょっと待って! 誤解だって!」
「ウチの女子に手ぇ出すな!!」
男子が腕にまとわりついている隙をついて、オレがうしろから、股間めがけて運動靴のつま先で。
女子の足は、じつに高く上がりまくる!
「フゥム!!」
「アッーーーーーーーーーー!!!!」
大絶叫のち大悶絶だ。
立てないどころではない。くずれ落ち、文字どおりのたうち回っている。
急所を見事にとらえた感触が足の甲に、オエ。
まあ気持ちはわかってあげられる。そこまで痛めた経験はないが。お気の毒さま。
だが小学生を拉致しようとした罪はそこまで重いぞ。
「すげえ! 大人を倒した!」
「やったな早川!」
「マリちゃん! そこまでは!」
コンコンは優しいなあ。犯人の心配をしてあげるなんて。
「いい気味だっての。こんな白昼堂々と誘拐なんて」
「ユーカイなんかじゃないよ。私をお母さんのところに連れて行こうとしたんだ」
「うん? それが誘拐犯の口実だったんだよね?」
「そうじゃなくって、本当のことでね……」
うん?
「本当? ウソだあ、だって嫌がってたし」
「だってみんなと最後までいっしょにいたかったから。いま帰ったら中途半端になると思って。自転車だってここに置いていくことになるし」
おっと?
もしかして。
嫌な予感がしてきた。
「じゃあ? もしかしてこの人、コンコンの親戚のおじさんとか?」
「ううん、芸能事務所の人。社長兼ショム兼マネージャーなんだって」
小さな会社そう。
「ええっと、じゃあ……。やっちゃったって、こと?」
「そう」
あばばばばば。
「ごめんなさい、ごめんなさい! おじさん大丈夫!?」
「アア、ゔん、ダイジョブ……」
大丈夫じゃないときの大丈夫だ! 大往生!
倒れたまま顔だけこちらに向けて。なんていい人なんだろう、必死で笑顔をつくっている。
そんな生半可には蹴ってないぞ。それこそ砕け散れとの願いをこめて、力のかぎり。ムチのようにしならせて蹴り上げた。
わたしには、彼のひたいの油汗を袖でぬぐってやることしかできない。
「ごめんなさい、本当に」
「イインダ、まちがいハゥッ! ……ダレニデモ……ある……」
ゆっくりと、立ち上がる。
かつてアイドル志望だったのか、超イケメンの30代がまるで産まれたての子鹿のよう。わたしのSOS(誤報)を聞きつけて集まってくれた大人が肩を貸してくれる。
女子の身体で本当によかった。もし男子だったなら。
元の『オレ』の身体だったなら、サッカーに熱を入れていたこともあって、もう少し身長もある。命にかかわったかもしれない。ショック死。そこまではならずとも、片玉くらいは再起不能にしていた可能性が十分ある。
そうして彼の回復を待ちスーパー本山の駐車場から20分ほど動けずにいたら。
しびれを切らしたコンコンの母親がタクシーであらわれた。それほど急いでいたというあらわれか。
一部始終をわたしの口から説明して。というか釈明を。
「お友だちのみんな、ありがとね。正義感がどうやら裏目に出ちゃったみたいだけれど、本当にピンチなとき、そうした行動にすぐ出れるのは誇っていいわ。でもね、フフ、次はきちんと判断してね」
「はい……。本当にごめんなさい……」
あ、でも、いま笑った?
「おれもウデにかみついてごめんなさい」
「ああいいよ、股間に比べたらこれくらい……」
すっごくいいヒトだ。そんなヒトにわたしはなんてことを。
「いい機会ね、このさいだからお友だちには聞いておいてもらおうかしら」
「?」
「じつはね、ちかぢか引っ越すの。演歌でデビューを目指すのに、本腰を入れるためにね」
え、ウソ。
「ひっこし!? どこ行くの? いつ?」
コンコン……!?
「ひっこしはちょっとだけ先なんだ。でも学校は明日が最後になるの。ごめんねみんな、言い出せないまま今日になっちゃった」
いま思い出した、そういやこいつ5年の途中で引っ越したんだった!
文集に彼女の作文はなかったじゃないか! つまり年度末に佃煮学級にはいなかったということ!
だとすると、そうか、彼女は犯罪者になっていなかったのだな。クラス全員の範疇からは外れる。
クラスメイトから数十人もの凶悪犯を輩出した佃煮学級は、今年のどこかを境にして下り坂になる。これは決定事項。彼女はそうなる以前にこの地を離れた。
(なんだよ、心配なんかいらなかったんだ……)
「じゃあ明日の最終日、よろしくね。調理実習楽しみにしてる!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小学生の1日なんてあっという間に過ぎて。
調理実習の記憶なんてない。なにを食べたか、覚えちゃいるが味はしなかった。
好きとかそういうんじゃない。コンコンとはここで今生の別れとなったのだ。今回もまた、そうなる。
(願わくば、今世も犯罪とは縁遠い人生を。切に)
コンコン最後のあいさつ。オレの目は崩壊寸前。おっさんの涙腺は思いのほかゆるくなっている。
「いつかミチノクキョウコという演歌歌手が出てきたらそれが私です。応援してください。今日までみんな、ありがとう! またね♪」
(んんんんん!? んんん、んんんんんんんんん!?!?!?)
めちゃめちゃ大声だしたいのを、両手で口をふさぎこらえた。だからこころの中でだけ遠慮なく言わせてもらう。
(はああああ!? おまえ、はああああああああ!?!?!?)
あの!? いま女優の陸奥今日子だっつったか!?!?
顔がぜんぜんちがうじゃないか! いや、成長して、メイク術次第では輝く素材と言えなくもない、か!?
そんなことより。あいつめちゃくちゃサバ読んでやがった!
たしか令和の陸奥今日子はまだアラフォーのはず。おれらは立派な40代真ん中、どうやら若く設定したらしい。
そうか、元々の童顔をあんな風に利用したのか。
「ふふっ」
「マリちゃん? なにかおもしろかった?」
笑っていたか?
だが心情的にはそっちじゃない。
「んーん。でも、なんだか寂しくなるね」
人気もの、ムードメイカーというほどではなかった。どちらかと言えば目立たないほう。男女ともに好感度が高く、でもクラス委員とかには推挙されないくらいの。
オレは伸一のときでもおまえのことは友だちと呼べたと思う。
いよいよとなり。
昇降口からのびる2本の児童の列。その間を通ってコンコンが去る。
やさしい時間が一同をつつんで。
ここには悪意がない。思いやりと。いたわりと。純粋に前途を憂う心だけ。
ふいに風がゴミを運んできて。
「っ!」
まばたきを終えて目をひらくと、映像がよみがえる。
(う、おお……!)
これも!? 走馬灯の一種!?
コンコンへ贈るおおきな拍手が、手に小さな小さな花束を持つ彼女が。
(この度の受賞、まことにおめでとうございます!)
(今のお気持ちをひとこと)
いつか見た、テレビの向こうで表彰される、女優の姿といま重なる。
「元気でね!」
「うん!」
「これ使って? おそろのシャーペンなの」
「ありがと! 大切にする!」
「いいなぁ転校とか。おれも転校してえ〜」
「おれも。新しい家住みたすぎる!」
「男子さいてー」
「アハハハハ!」
なんらかの理由で演歌歌手はあきらめたのだ。ちびっ子演歌歌手がこの時代にあらわれることはついになかった。
どこかで路線変更をし、あらためて女優をこころざし。そちらはみごとに成就させた。
あの有名女優の来歴にそのような背景が。苦労したんだろうなぁ。苦労して大成したんだ。
(そっ……か————)
今はただ。彼女の前途が輝かしいことをひとり知り、万雷の拍手とともにおおいに泣く!




