第2話 タイムリーパーの午後
午後の授業が始まっちまったじゃねえか!
終わらないのかよ、夢! 長ぇよ!
給食を食って、昼休みはここら一帯をぐるっと探索して。仕上げにとトイレへ行ったら、股間にぶらんぶらんとぶら下がっているはずの相棒が。いなかった、股の後ろのほうまでまさぐって探したけど留守。はああああああああ???? と、超でかい声を出してしまった。めちゃめちゃソプラノな声で。
(相棒……。いったいどこ行っちまったってんだよ……)
まさか無いとは思わんぞふつう。服の色が男っぽくないとは感じていたが。パンツスタイルだったから発見が遅れた。
仕方がないので急きょ女子トイレへ移動。小用を、座ってするとかめんどくさ。
男子トイレにいたやつがあわててズボンにひっかけていたのはそういうことだったのか。
流したから個室を出て。
手なんか洗わず、鏡のやつをワシづかみ。
「どう? なってやがんだ…………?」
オレはやっぱりオレじゃなかった。チン棒のやつがいないんだ、やっぱり別人だった。別人になる夢?
なにより、誰なんだこいつ。見たことない。
ヒロスエみたいな刈り上げショートボブの。こんな女、小学生のときにいたか?
頭をかきむしり、ひと通り混乱して。
いつのまにか教室にもどってて。
机はさっきの。
結局手を洗うのは忘れた。
教科書やノートの名前を見てもピンとこない。苗字も。下の名前も。
早川? 麻里子?
(知らんぞそんなやつ…………)
そこで観念して、おとなしく授業を受けている。
まさか。
いやいや、そんなバカな。
ことは進む、オレだけを置いて。みずみずしく鮮明に、こんな情報量の多い夢なんかかつてない。
もしかして、夢。なんかじゃあない、のか?
強くつねるとしっかりと痛覚はあって。
ふいに。
「おまえ昼休みなにしてたんだ? へいをこえたり、学校出たり」
授業中に真うしろを向いてしゃべるとは豪胆な。こいつは古ソン。
一部始終を見られていたか。
だがまあ、指摘されて困るようなことはなにもしちゃあいない。ほかのクラスをのぞいて、懐かしのグラウンド遊具の感触をたしかめて、サッカーに乱入してシュート、無くなったはずの近隣の商店を外からながめて。それで時間内に戻ってきただけのこと。
「どこ行ったっていいだろ。それより前みろよ、前」
「まあ、知ったこっちゃねえけど。おまえ男おんなだもんな」
大胆な行動をとるのは男まさりと言いたいのか。わざわざ動向を追っていたんだ、もしや、気があるのじゃあるまいな?
思い出した。エジソンが大好きで、年じゅうエジソンエジソン言う古川だから、くっつけて古ソン。なっつかしいなぁこやつめ。
古ソンだけじゃない。こいつら、オレのしゃべりに違和感とかないのか? 明らかにきのうと今日とで別人だろ。
(あ)
妙なひらめきがある。もしかして?
きのうまで存在していなかったとか? 今日になって突然『オレ入り』の記憶が再構築された? 神的存在の手によって?
神様さあ、こんな一般人を転生させても意味ねえよ。オレは悪人だし、良いことなんかしない。
おそらく同じような経緯で同じような地位に至るんだ。多少の近道はできるとしても、天才になれるわけじゃない。
んま、分相応の収入を得るところまでは行きつきたいかな。こんなの役得だろ。
前はできなかったからな、そんなかんたんなことさえ。
にしてもだ。
あったけえなぁ、あったけえ。忘れていた、こんなオレにも胸を張れていた時代ってのがあったんだよ。
(おっさんが小学生にもどって、過去の世界で2周目、か)
それもいいのかもな、ろくでもない人生だったし。
なぜか与えられた自分じゃない体で、重要な節目の選択をぜんぶやり直す。そんな夢みたいなことが可能、なはず。夢じゃないんなら、な。
この世になんの未練もないつもりでいたが、新しく別人でやり直すのならまあ。
(有り、なのかもなあ……)
6時間目、今日の最後は音楽か。
移動教室らしい、音楽室へと向かう。
「あっるえ?」
「どしたん? 早く入ろ?」
「うんと、だよね。ちょっと待って、じゃなくて、先に入ってて?」
口調はなんとなく、元の人格を想像して。
なんでか音楽室に違和感をもつ。どうしてか、入りたくない。
「?」
謎すぎる。
なんだ? 体が拒絶している?
「おいー」
「ふつうにじゃま」
当然みんなには急かされるし抜かされる。追い越すみんなもけげん顔。
そろそろ入らないと授業が始まっちまう。とにかくだ、入るだけ入って中で休もう。歩けないほどじゃない。
ドアレールをまたいだ瞬間襲われた、背中に氷水をぶっかけられたような感覚。
「ッ!?!?」
発汗がすごい、心臓だってとび出る勢い。
悪寒が。何かに対して恐怖した?
何かって、何だ??
頭の中がぐるぐるぐるぐる、はっきりしない、強烈に気持ち悪い。
おそらく遠い昔のこと、すぐには。思い出せんが、このクラスに関することだけは直感でわかる。
悪いことに関するはずだ。かなり不吉な。
だれが?
いったいどんな?
わからない。
めまいの影響か視界が暗くなって。今の今までやわらかいカーテン越しの光の中にいたクラスメイトが、なんだか?
黒く?
染まってゆく?
「そう……だった……!!」
ここはオレが、もっとも『恐れていた』5年A組じゃなかったか?
オレはたしか、かつて5年A組を何よりも『恐れていた』のではなかったか?
なぜ『恐れていた』? どうして思い出したくもなかった?
「オロロロロロロ!」
吐き気がすごい、と感じるよりも早く、胃の給食を引き戸のレールにぶちまけた。
「はあ!?」
「キャア!」
「うぇ! しぶきが!」
(あれだ! 呪われし5年A組!)
給食の牛乳がやばい臭いに変わってて、クラスのみんなを遠ざける。
「せんせ! 早川がゲロ!」
「マリちゃんが吐きました!」
そうか、記憶にふたをしたんだった。思い出すと発作が起きるから————
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからはあまり覚えてない。気がついたら保健室で仰向けになっていて。白い天井をただ眺めていた。
これはあれだ、もうずっと前に克服したはずの発作。はっきりとは覚えちゃいないが、20年ぶりに再発したらしい。
最悪だ、かつて隔離した記憶の扉、こいつが開きやがった。
だがぜんぶ開いたのではない。おそらく思い出せたのはごく一部。それで十分すぎるほどつらい、思い出したがゆえの発作。
「うそだろ、あいつらがこの先……!」
どうして犯罪に手を染めてしまったのか。
卒業アルバムの流出はなかった、なぜなら5年生だったから。だがきっちり流出はしたのだ、一年早い文集が。
藁半紙にえんぴつ書きした、マンガ調の自画像がくり返しワイドショーで取り上げられて。最終的には全ページがネットに晒されていた。悪には人権が必要ないと、さながら晒し首のように。
とにかく仲のいいクラスだった。めちゃくちゃ仲がよかった。男女のかきねとかなかったし、佃先生も輪に入っていて。
だから先生も記念にと考えてか、一年早い文集を。
いったいどこで道をあやまったのか。
連続通り魔に拉致監禁。架空請求や美人局。臓器売買、人身売買。強盗殺人から万引きの常習まで。普通の職についていても建造物放火や危険運転致死。主婦やってたって薬物所持、自殺幇助。なにかと犯罪とは距離が近く。
よくもまあ多彩な犯罪歴である。クラスメイト全員がなんらかの犯罪を主導し、服役し、あるいは前科があり、現在も指名手配中。
それが犯罪者育成学級と世に罵られる、呪われし5年A組。
個別の事件の報道で晒されるのは、ふつうに中年の顔写真で。『あの5年A組からまた』との接頭語が誌面で、ワイドショーでおどる。
関連づけて報道されるときは、より横のつながりを強く感じられる自作イラストが使われ。犯罪歴とセットでずらっと並べれば、それはあたかも国際的な犯罪組織のよう。
ぜんぜんそんなんじゃなかった。そんなことをするようなやつらじゃあなかった。少なくとも、小学生までは。
胃のやつが逆流させようとするがぜんぶ出ているので。
苦しいが。
「どうボタンをかけちがえたってんだよ、みんな……」
あいつらが将来、まるっと犯罪者になる……!!
そうか、佃煮警部は……。
責任を感じて自殺したのだったか……!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なんとか1日が終わったが。
どうにかまたふとんに収まることができた。きょう見知ったばかりの、見ず知らずのふとんに。
カーテンの隙間からの灯り。あれはたぶんこの施設の玄関灯。ここは2階なのでそれはうっすらとしたもの、眠りをさまたげるほどでは。
その灯りをたよりに、また天井を眺めている。より正しくは、上段が荷物置きとなった、二段ベッド上段の茶色い底面を見上げている。
こいつ、施設の子だったのか。
どこに帰ったらいいのかもわからなかったら、同じ施設のなかよしらしき女子が保健室に、赤いランドセルを持って現れて。
C組の桑野。いっしょに帰ってくれた。たぶん佃煮警部が気を回してくれたのだろう。
桑っちは記憶喪失なのも信じてくれて。たぶん話し言葉とかでわかるんだ、前とはぜんぜん違うって。A組の鈍感どもとは大違い。
しかしどうにも腑に落ちない。
なぜ5年A組だけなのか。5年B組や、進級した6年A組からは犯罪者は出なかった。5のA以外ではだれも犯罪に手を染めることがなかった。
同じ学校の同級生ということで肩身の狭い思いをすることはあったろうが、当事者ほどではなかったろう。それに、通っていた小学校が話題となるのは地元だけだ。離れてしまえばどうとでもなる。実際どうとでもなった。
だから疑問なんだ、どうして5のAだけに犯罪者が集中しているのか。5のAのクラスメイトが個別で破滅していったとは考えにくい。そりゃああれだけ大々的に報道されたんだ、最後のひとりとかは世論に影響された可能性もあろう。だがクラス全員、ひとり残らずの変質はさすがに謎。
決定的な何かが抜けている。決定的な何かを忘れてしまっている、らしい。
なにか共通する悪い出来事があって、それを起点にしてドミノが始まり。5年先で、10年先で破綻した。そう考えるほうが自然。
さらなる追い打ちは氷河期。ボロボロの状態で社会へ。
オレもそのひとりか。そのはずだがもう思い出せない。過去は濃いかすみがかかっている。
なぜそれを憶えていない? なぜ忘れてしまった? おそらくアルコールとも関係があろうが。
いずれにせよ20年前なのだろう、発作の封印と引き換えに。
記憶にふたをせねばならないような出来事、いや、事件があり、みんなの人生が狂ってしまった。人生がねじ曲がった。そう考えたほうが辻褄は合う。
(じゃあ、こういうことか?)
被害者に配慮してか、報道には5年A組がかつて被害者であったときの情報は伏せられるようになった? だから記憶を閉ざして以降のオレは、5のAが体験した過去の受難に触れていない?
それなら合点がいく。
なんということだ、たかが11歳で一生ものの心の傷を負ったのだ。クラスメイト全員で。いったいどんな事件があったと?
くそう、酒を飲みすぎだったか?
どんな記憶でも残ってさえいれば役に立ったのに! これから起きる事件に対処できた。
だがまあいい、ここにいるオレは11歳じゃない、4倍だ。44歳のオレがその事件にぶつかろう。若き佃煮警部には荷が重かった。でも今なら。おっさんなら。
「やってやる……!」
みてろ。見捨てられた氷河期が、いざというときどんな行動に出るか。犯罪の、その逆だ! 5のAを防衛してやる!
ならここからだ、まずはここからと心に決めた。それは。
あのクラスに現時点で存在する大きな相違点。それはこいつ、今の『わたし』がいて、『オレ』がいないこと。
そうだ、明日の放課後は自分の家に行ってみよう。
あのクラスでただひとつ空いていた席。たぶんあそこが本来のオレの席。
今日は何かあって休んでいたんだと思う。別に皆勤賞とかじゃなかったから、風邪とか。もしまだ明日も休むってんなら、直接家に押しかけてやってもいい。
会ってどうするか。いったいなにができるのか。
過去の『オレ』がなんらかの情報をにぎっているなんて百パーありえないが。
わからないけど会うんだ。会って、たしかめる。たしかめて、考える。
そして……。
(まいったな、ゲロにまつわるあだ名確定だぞ……)




