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令和を震撼させた呪われし5年A組は、昭和からやり直す!  作者: おれごん未来


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18/19

第18話 決戦の金曜日

 ガッチャガチャ。

 ガッチャガチャ。

 心胆寒からしめるとはこのこと。たて笛練習をする音に、引き戸を乱暴に開けようとする物音が混ざる?

 学校襲撃が音楽室と的をしぼれて以降、授業中は佃煮警部の許可のもと入り口に鍵をかけていた。

 空振りで御の字、当たりで防災、どちらにせよ良いことしかない対策であったが。いざ機能すると絶望の淵に突き落とされる。ついにXデイのそのときをむかえたのだ。


「ん? どしたんだろ」

「なに?」

「いや、さっきからドアんとこガチャガチャしてるから」

「? カギでもかけてんのかな? でもなんで」

「知るかよ」


 君たちはその理解でいい。

 ふつうの先生ならノックをしたり声をかけたりする。それか職員室へ鍵をとりに行く。

 まあ、この場合は中から盛大に楽器を鳴らして授業をしているのだから、素直に前者を選択するだろう。

 これが襲撃者であったなら。

 次のアクションでわかる。


「おお〜い、授業中にすみません。ちょっと先生のお耳に入れたいことがありまして。どなたかカギを開けてください」


「なぁ〜んだ、ほいほい〜。いっま開けますよ〜♪」

「ちょと待て!」


 デンちゃんが駆け寄るのをわたしが制止した。極めて強く。


「んん〜?」

「え、なに。怖」

「先生」

「みんな〜、ストップストップ練習ストップ。ちょっと静かにしてー」


 鳴っていた不協和音はパラパラになり、すべてがおさまると。


「どうぞ早川さん。やってみて」


 ドアに向かって語りかける。


「あのう、いまそこにいるのはどなたですか? 誰でもいいんですけど、あなたが用事のある先生の名前をおっしゃってください。答えられますよね、とうぜん。用事があってここにきたんですから」


「……」


 答えられれば良し、答えられねば悪し。


「もちろん、5年A組の佃先生にですよ。火急の用事があり、至急先生に来ていただかなければならなくて」


「なぁんだ」


 ホッとした空気がもれる。わたしや警部が醸す、異様な緊張に押されて高まっていた圧力が一気にゆるんだ。

 逆にわたしは戦慄した。


「あなた、誰? この学校の先生じゃあない」


 なにより声がちがう。若い成人男性、おそらく痩せていて、すりガラス越しの身長はまあまあある。

 小学校なんだ、そんな男の先生なんて数えるくらいしかいない。だから声だけでも違いがわかる。

 おそらくはアボカド先輩、あれはタイゾー経由で仕入れた情報。その可能性は考慮に入れていた。直接会わなくともメールなんかで脅して確認はとれる、自分をチクったやつの情報くらいは。

 これは復讐なんだ、あの農機具小屋で起きた小火にひもづく事件の。やつには余罪があり、途切れかけた糸がかろうじてつながるのを恐れて。いや、その恐れで逆恨みし、ここにやってきた。

 今日。音楽室への入室の際に、だれかがチャルメラをたて笛で吹いた。あれがおそらくハーメルンの笛。笛の音色につられて悪い大人がここにやってきた。このとき。それは必然だったのだ。


「っざけんな!! なんでカギかけてんだ!? ただの音楽の授業によおッ!」


「ヒィッ!?」


 本来なら有無を言わさず入室し、近くの児童をなぎ倒していた。混乱のままに。

 密室には密室の利点がある。まずは入室を阻害したことで多くのクラスメイトを救えた。

 いくぞ、すべては!


「ここからだッ!」


 おまえは知らない。

 わたしたちが今日という日に向けて準備してきたことを。おまえは通り魔的犯行じゃない、狙ってここにやってきたのだ。


「さあみんな、音楽準備室に急いで!」

「先生!?」

「なんでぇ〜?」


 音楽準備室とは楽器の倉庫部屋。歴史と由緒あるこの小学校にはかつて鼓笛隊などあり、楽器は過剰なくらいそろっている。そこがこの校舎3階の本当のどん詰まりの部屋。

 いくぶん狭く、逃げ場がないが。広い音楽室で縦横無尽に暴れられるよりはいくぶんまし。


「さあ早く! 避難して!」


 だれかが返事をするよりも早く、引き戸がとてつもなく大きな音を立てはじめる。それはおそらく、犯人が戸の破壊に取りかかった合図。


「うわあ……」

「なんだなんだ!?!?」


 異常事態であることはみんなもわかった様子。ふだんはふざける子も声を失い、素直に避難に応じる。

 まずは全員で音楽準備室に逃げこむ。ここにもカギはかかるから、助けが来るまで少しでも時間を稼ぐんだ。

 現時点では不審人物の発見に至っていない。だから当時だれも救助にこなかった。ひとりとして。警察官も、消防士もずいぶんあと。

 だが時限式の助けはきっとくる。わたしたちが自ら用意する。

 大声で助けを呼んだって来ない。悪ふざけと勘違いされるからだ。それほど小学校は普段から奇声であふれている。ほんものの悲鳴ですら解釈をまちがわれて発見が遅れる。だから対策したんだ。


「伸一ィ!」

「麻里子!? どうする!?」

「これを頼む」

「!?」


 くり返しくり返し、戸の向こうでたたきつける音がする。周到に、なんらかの工具を持参してきたようだ。

 混乱のなか弾かれるようにクラスメイトは席を立ち、奥の部屋をめざす。いいぞ、まずは身を守ってくれ。


「だれも残っていませんね!? みんな避難できましたね!? 閉めますよ!?」


 佃煮警部は全員が移動したのを確認すると、音楽準備室にカギをかけた。

 こっちも戦闘開始だ。

 アドレナリンでおぼれそう。恐怖のなかにどこか興奮も混ざって。ここさえ越えられればという期待感。

 その影響か、静かなフラッシュバックがまるでそよ風のように。中身は最悪だが。

 どうやら記憶のふた、最後のロックがいま外れたようだ。すべての記憶にアクセスできる。

 たしかに5のA全員が犯罪に手を染めた、それはまちがいない。でも実際には44人のうち25人だった。


(残りの18人は……? ここで殺され……た?)


 ここでか!? やはりここで!? この音楽室で18人も!?!?

 生き残った26人にはここでのトラウマがずっと残り、精神を蝕んで。

 令和のマスコミ連中は気づかなかったろうが、わたしたちは知っている。昭和当時はひとクラスに何人の児童がいたか。

 今みたいな25人とか30人じゃあない、40人だ、ときにそれを超える。

 ギリギリ4クラスに押し込めようとして、わたしの学年の各クラスは45人ずつだった。そこからコンコンが転校し、半数に近い18人が殺され、生き残った26人中、病死したダンマをのぞいた25人が将来に犯罪者へと。

 それを世論はクラス全員と囃し立てた。

 ここで18人が死んだあの日。

 まず今日と違ってカギはかかっていなかった。だから入口近くに一番近かった●が。すぐには死ねず、ずっと苦しんで。

 助けに行こうとして●が。

 戦おうとした●も。

 佃煮警部は向かって行ってもひどく殴打されるだけ。どんなにつっかかっていっても相手にしてもらえなかった。

 集団で押さえこみにいった●と●、それに●、●、●、●。

 隙をついて階段まで走った●は背中から。

 廊下で犯人がとどめをさしているあいだに、恐慌状態となった●が窓から飛び降り。3階では助からなかった。

 ●も後を追い。●と●は手をつないで。

 そこからは狩り。言葉でも攻めてくる。

 いけにえとして突き飛ばされた●が。

 教室の隅に追いやられた●と●。

 逃げる背中を●。

 そこでようやく騒動を聞きつけた大人が現れて。

 生き残ってもほとんどがケガをしていた。腕を失った者、指を失った者。何針も縫った者、骨折した者、脱臼した者。

 クラスメイト同士でも。爪は肉に食いこみ、手足は打撲の箇所多数。むちゃくちゃにされたんだ。


(そんなこと、くり返されてたまるか!)


 これは何度もやり直しがきく便利なタイムリープなんかじゃない。もしやり直せるんなら事件当日でいい。何度も挑戦して、みんなが無傷で終われるルートを探る。

 でもこれはそうじゃない。わたしにはわかる。

 この1年間をみんなと過ごして。当時よりも輪をかけて団結し、交流し、友情を深めた。

 だから。おそらく1回きりの、最初で最後のお目こぼし。

 いつだって世の中ってやつは理不尽なんだ。強い者が勝つようにできている。財力でも腕力でも、力をもつ者が後からやってきて根こそぎかっ攫っていく。これが人間社会、これがこの星で暮らすルール。

 あのヒトは高度経済成長によってなんらかを奪われた。だから他人の大切なものを奪ってやろうとここに武器を持ってあらわれた。わたしたちには純然とした恨みがあるんだ。殺さないではいられなかった。殺すことで何かの穴埋めをしたかった。

 18人もの犠牲者を出した学校襲撃事件。わたしたちへの同情の声もなくはなかった。でも年月は流れて。

 その被害者がトラウマを抱え、日常生活をふつうには営めないまま大人に。かわいそうな小学生たちは、社会にとって不都合な大人へ。

 殺された18人のなかで、わたしがもっとも記憶を消したかった存在。それは。

 当時好きだった女の子……!

 ぼくの身代わりになって死んだのだ。その子はここで……、ぼくをかばって死んだ……!

 この廊下のどん詰まりの音楽準備室で。その子の名は――――


(フフッ)


 笑える。

 実に笑えるこの1年。なんだよ、やっぱり結局はわたしひとりの空回り、ひとり相撲だったんだ。この襲撃事件さえ防げればよかったんだ。

 あいつらは、放っておいてもふつうの大人になれたんだよ。横槍さえなければちゃんと自分だけですっくと立つ、立派な大人になれたんだ。5のA防衛活動なんて必要なかった。

 でも、まあ。

 こうしてもう一度過ごした小学生生活。悪くなかった。いいや、むしろ最高だった。自分にもこんな時代があったってあらためて認識できた。

 腐る必要なんてぜんぜんなかった。いつでも頼れた。生き残れた者同士、助け合えばよかった。

 社長になったやつも、女優になったやつもいる。まあ、女優のほうはこっちに来るまで知らなかったんだが。社長のほうも、後にどでかい粉飾決算で懲役刑まで発展するから微妙ではある。んま、この世界線ならああはなるまい。

 犯人は皆殺しにはしなかった。そのほうが抵抗されず、はるかに効率がいいのにそうしなかった。敢えて残し、生かした。

 死刑の直前に本人が語ったのだ、獄中から、新聞などでわたしたち5のAの末路を愉しむためにやったのだと。獄中で退屈しないために。だからあんなにも熱心に控訴や抗告をして、裁判を引き延ばした。まるで執心のマンガの結末を追うかのように。


(そんなことのために、かつてわたしたちを切り刻んだってのか!!)


 音楽室の入り口から大きな音が鳴り。それは鍵の破壊を完遂した証。

 引き戸は蹴破られた。それを踏みしめて侵入する犯人。


(あれが……!)


 でかい。入り口高さから推測すると、身長は180センチを超えている。

 オレという大人の尺度で例えるなら、身長2メートル半の巨男と対峙するようなものだ。腕力も間合いも桁はずれ。しかもなんらか得物を所持している。


「はん? なんでもぬけの殻なんだ? さっきまでゴチャゴチャくっっちゃべってたろ? どこ行ったァ!!」


 乱暴にイスなど蹴り飛ばす。

 脅しには乗らないぞ。


「だれか逃げおくれた子はいませんか〜? ぶっ殺してあげるから出ておいで?」


 得物はなんだ、得物は。

 ここからだと見えない。


「ピアノは? いないか」


 バカめ、部品をとっぱらわなきゃ無理だっての。そんなうっすいところに入れる小学生がいるか。


「窓の外! 張りついているバカぁいねえのか」


 音楽室にはベランダがない。もしあればそこから避難できた。

 そんな足場の幅が20センチもないところで、いつまでも息を殺せる小学生がいるわけないだろ。大人だってむりだ。


「意外と隠れるとこねえのな」


 見えた!

 が、犯人が手に持つものは想定を越えた。

 包丁は、その強靭な刃でなんでも切り裂くのを可能にした便利道具だ。これは対人で振りまわす際にも取り回しがいい。一方で日本刀。包丁とはちがって、振り回すほうに主眼を置いている。とりわけ遠くへ刃が届く。

 犯人が持つのはそのいずれでもない。やつが手にしたのは斧。ずしりとした重量感がこちらにも伝わってきそうな。見るからに新品の、ここにこうして来るために買いもとめたであろうもの。

 刃こぼれや折れる心配のない強靭な厚みをもった刃物。18人も苦にしないわけだ。

 恐怖よりも腹が立つ。ムカムカしてきた。

 どうせここに現れたのだって、かつての報道通りなら、音楽室から楽しそうな声がもれていたからなんだろう? だから矛先を向けた。前世では、放火と関連したのは偶然だった。この学校の児童ならだれでもよかった。

 冗談じゃない。

 そんなことで44人の児童と1人の教師を絶望に追いやっていいはずがない。

 やってやる。こっちにだってなんの準備もないわけじゃないんだ。


(コンコンのお母さんッ! 次って! ぜったいに今だッ!)


「音楽? 準備室? ここにも鍵か。んな、たいそうなもん! 置いてねえだろうにッ!」


 ガァンと蹴ると中から悲鳴がした。笑ったのが頬の筋肉からわかる。


「まあいい、楽しみが一極集中しただけの話さ。すりつぶしてやる」


 悲鳴に満足したのか、扉破壊に精を出す。

 2度めともなれば慣れたものだ、カギで連結された部分の周囲へと効果的に斧を振り下ろしてゆく。

 最初は縦に数回。次いで横に、カギの上下に対し。

 コの字に切りとれればカギの意味は失われ、ドアの連結がなくなってドアがゴッソリ1枚まるごと外れるようになる。

 女子の押し殺した悲鳴がした。

 今度は蹴破らずに、丁寧にレールから外す。あとで自分の邪魔にならないようにとの、いやらしい考えがみえる。


「さあて、最初はだれかなあ?」


(そうはさせるかよ!)


 後背をとった。

 こんなこともあろうかと、密かに用意していた。

 20数基ある児童用オルガンのなかで、壊れたものがひとつ。その中の部品をこっそり全部捨てて、わたしが入れるように細工してあった。

 さらにもうひとつ。

 ふんばりは効くし、変にすべりもせず、音も立てにくい。わたしがいま履いているのはグンゼの上靴じゃない、大人用の安全靴だ! つま先に固ったい樹脂の塊が入っている!

 足音を立てずに、力のかぎり蹴り上げる。鍛えたんだ、夏のプールで、果てしない自転車こぎで。今のわたしの脚力は、春のころとは比べ物にならないッ!


「ッヤーーーーッ!!!!」

「アガアアアアアッ!!」


 危ッ!?!?

 即座に斧を振り回してきた!?

 痛がってはいるが? 手ごたえがない?

 スーパー本山で超イケメンが苦しんでいたときよりも効果が薄い?


「マリ!!」

「早川サン!? あなたいったいどこに!?」

「マリちゃん!」


「痛ってえな……。やっぱ隠れたのがいやがったか。まあいい、これで最初に死んでもらうやつが決まった。オレも気兼ねなく殺れるってもんだ」


 そうか、野球のキャッチャーとかがするカップを入れておいたのか。武器を調達したんだ、防具だって。


「バカが、これで楽に死ねなくなったよなぁ。考えろよ、こんなことすんのに無防備でくるはずねえだろ? ああそうそう、おまえらの中にいるんじゃねえのか、小火をチクったやつ。そいつをチクったらおまえだけ赦してやろう」


 どうせわたしなんだ、関係ない。

 それに、おまえはそんなこと関係なしに今日、ここにきて、これをやった。

 だからもういいんだ、おまえに赦してもらう必要なんてない、わたしもおまえだけは赦さない。

 だからわたしは、言葉を交わさない。


「ダンマリかよ。まあいい、死ね」


 思っていたより!? 速い!?

 戸に打ちつけるときはあんなに重々しく!? そうか、対人なら別……!

 最速の振り下ろしが耳をかすめて鎖骨に。まったく防ぎきれずに刃をもらった。


「づわぁっ!?」

「キャアアーーーー!?」


「まず死亡第1号〜。次はだれにする?」


「早川サンッ!」

「マリちゃあん!?」

「早川あああああ!?」


「うるっせえ! 黙れ!! 今度でかい声を出してみろ、そいつを真っ先に殺す」


「……やれるもんならやってみてよ」


 くっそう、早く立ち上がれ。これ以降は1秒だってむだにできない。もういつだれに斧が振り下ろされるかわからない。ここでかせぐ1秒は、助けがくるのを待つ1秒だ。


「はあ!? なんでおまえが生きてる!?」


 最悪だれかが死ぬんだとしたら、そのひとり目はわたしでなければならない。なんの役にも立てないわたしの役目。


(どうしようもないクズの年長者だもんな。みんなの盾になるくらいでちょうどいい……!)


 ちょっとだけ気を失ったが。

 ごめんみんな、心配かけた。再度背後をとるためには一度やられることも考慮に入れたつもりだった。でもほとんど唯一くらいの急所攻撃が効かないとなると厳しい。先だってのヒョロガリ中学生とはわけが違うんだ。

 だから今度は注意を引くために敢えて姿をさらした。これでせめて時間を稼ぐ。いろいろ用意したってのに、早くも無策。

 結局は今日まで友人宅を転々としたらしく、尻尾すらつかませてくれなかった。今日という日を待つしかなかった。わたしにできたのは、やっと警察に封書を送りつけたくらい。

 あとは伸一がさっき渡したあれを効果的に使ってくれたかどうか。とにかく、こうして時間を稼いでいるから、早くだれか来て……!


「おまえのそれ、服の下? 革の……バッグ? なんでそんなもん」


 その下には木の板を入れてある。


「あんたは当時、即死者を出さなかった。苦しんで死んでいくわたしたちを楽しんでいた、だから。あんたは右きき、ゆえに斧はわたしたちの左の肩から体の中心に向かって振りおろされる。ほとんどみんなが同じ傷だった。傷は深くても、即死はしない。おまえが相手を苦しめることに重きを置いていたから。だから利用した!」


「当時ぃ? なにをわけのわかんねえことを。頭がどうかしたんじゃねえのかァ?」


「かもね。あんたがこんな田舎で、何に絶望したのかは知らないけれど。だからって、わたしたち全員まで一緒に絶望しなくっていい! 日本全体が震撼しなくっていい!」


「何を言ってんだァ?」


 この人……?

 あの日は気づくことができなかったが酔っている。この匂い? もしや大麻?

 それも手伝ってあそこまで残忍になれたのか。

 いや、むしろ好都合ではある。正気をたもった大人に対してわたしたちが無傷で勝てるはずもなかった。いつ仕掛けてくるかもわからない相手に対処なんて。

 酔っぱらいは予備動作が大きい。斧が手からすっぽ抜ける可能性だってある。これはピンチでもあり、チャンスでもある。


「この子たちを殺すつもりならまず、先に私を殺しなさい!」

「先生……」


「は? なんで頼まれて殺さなきゃならねんだ? バカ言うなよ、あんたは殺さねえさ。殺さずに、生きた記念碑としてとっとく。そんで苦しみぬいていってくれ。生き残った子どもたちの支えになァ。それが何よりの記念になる。どうせ俺ァ死刑になるからなァ」


「だったらやろう、とことん。殺人犯同士で」


 連続強盗殺人犯対、みちのく北小学校襲撃犯。

 笑えない。だけどここで怨嗟の連鎖をとめるんだ。悪人同士、どちらが斃れても利益しかない。


「なにを血迷ってんだガキ。おまえは素直にやられてろ」


 だれかが混乱のなか床に落としたたて笛。ゆっくりと拾いあげ、袋から出して、ナイフのように構える。

 あのとき、オレは生かされた、こいつに。オレをわざと無傷で残し、かばってくれた早川を惨殺した。苦しめばいいと。ずっと苦しんでいけと。実際そうなった。

 だからおまえは! ここで殺す!


「オごぉおおお!?!?」


 急に犯人が苦しむ、尻を押さえて?

 振り向いたお尻にはたて笛が突き刺さっている?


「やった! やってやった!」


 伸一!?

 たて笛で!? カンチョウしたァ!?

 ナイスだ伸一ィイイ!!


「クソがああああああ!」


 ジーンズやチノパンは動きにくいと考えたか、犯人はここにジャージでやってきた。おまえは服装をまちがえたんだ!


(この隙を逃すかっての!)


 さっきはぬき足さし足、うしろからタマをめがけて。今度はつきぬけろってくらいの勢いで、しっかりと助走をつけて。

 おまえにとっての脅威は音楽準備室。いつまでもそうやって、手を添えていろッ!


「ぐはァッ!?!?」


 相当な深さに刺さっていた笛。それを安全靴の爪先で蹴り上げてやった。

 たて笛には過剰ともいえる装飾があり、凸凹が多数、くびれたり広がったりをくり返す。それをズニュウとさらに奥へとやったのだ。せいぜい苦しめ!

 まさかカンチョウなんて、発想がさすがの小学生! わたしたちが大人に勝つなんてこれ以外にむり!


「なんだ!? なんなんだこいつらはァッ!?!?」


 もう自分じゃ抜けないだろ。あれじゃ立っているのがやっとのはずだ。

 戦意喪失もやむなし、もはや戦闘どころじゃないな。


「おまえなんか怖くないぞ……」

「ブッ飛ばす!」


 手に手にたて笛をたずさえ、われ先にと音楽準備室から出てくる主人公たち! まだまだムチャクチャ危ないってのに、かっこいいぞバカやろうども!

 伸一のカンチョウが一気に笑いに変えたんだ! みんなをやってやるって気持ちにさせた。なんてやつだ、さすがは相棒!


「女子は残りなさい! すぐにほかの先生方が、警察も来てくれますから。集まって、気をぬかないで」


 佃煮警部が唯一の大人です、頼みましたよ。

 あのときのように……。

 どんなにみんなが倒れてもあきらめなかった、あのときのように。

 周りをとり囲まれてなお、斧を振りまわす犯人。おそらくはアボカド先輩。こいつは余罪もあるからな、油断するなッ!


「おい、なじょした?」

「なにがあったのが?」


 来た! 大人たち!

 伸一に頼んで音楽準備室の南北の窓から、『音楽室! SOS!』と大きく書かれたA4の紙を何百枚もばら撒いてもらった。そりゃあ様子見でもなんでも駆けつけてくれる。

 犯人め、どれほど小学生にとり囲まれていても、大人の声がすればそっちを向かざるをえない。これは必然。だからわたしはここで陣取っていた。

 視線は入り口、隙ありッ!


「!!」


 飛び蹴りをひざ裏へ。骨をどうにかしたかったが、転倒させられればこっちのもの。


「ウオッッ!?!?」


 尻もちなんか素直についたら、刺さったままのたて笛がいよいよ危険なことになる。だから無理して身をよじり、むりな体勢で受け身をとらざるを得ない。


「取ったァ!」


 斧を奪ったのか! 小学生は抜け目ない!


「末吉クン! こっちへ! 早く!」


 これでもう、それほど脅威じゃなくなった。


「みんなで押さえつけろォ!」

「うわあああああ!」

「うつぶせにするんだ!」

「おおおおお!」


 勇敢だ。あいつら、変わらないんだな。

 かつては刃物をもつ相手に無手で挑んだくらいだ。陸奥圓明流か? 死ぬまで無茶しやがって。


「足だ! うでだ! 押さえろ!」

「つねろ! 引っかけ!」

「あまったやつは背中に乗っかれえ!」

「トドメのカンチョウ! ブス!」

「うわあ……」


 かき回した上でさらに刺すとか鬼か、加減を知らない。しかしなぜか無反応。

 もしかしたら痛みで気を失ったのかもしれない。

 後始末を。例によってガムテープを用意しておいたので、男の先生方に巻いていってもらう。まずは足を束ねて、腕を束ねたらひと息つけた。

 あとは警察が来るのを待つだけ。


「シーチおまえ本物のバカか? なんで吹くほうで刺した? あれぜったいウンコついてるって」

「やっぱそう思う?」

「汚ったな! エンガチョ!!」

「だってさだってさ、笛のおしり側じゃあ痛くないと思って。攻撃なんだもん、ズバッといかなきゃ!」

「よいしょ、ぬけない。よいしょよいしょ、ぬけた! 途中から……」

「におってみろ! おまえらそれ、におってみろ!」

「臭っさあ!」

「おまえ吹け! その笛吹け!」

「いや、口んとこねえから! 吹けねえから!」

「みんなにつけてやる、それえ!」


 ギャーギャー言って逃げる5のAのみんな。恐怖から解放された安堵と興奮の入り混じった妙なハイテンション。

 必ずフラッシュバックはする、あれだけの体験だったのだから。あんなふうに誰かに殺意を向けられたことなんてなかったから。

 でもあのときとはちがう、みんなで生き残った。お互いに支えて、お互いに支えてもらう、それがわたしたちにはできる。


「ケツが痛え……」


 笛を抜いたショックで目を覚ましたか。

 もっと痛めつけておけばよかった。

 農機具小屋の小火がモトしんとタイチのしわざで終わった前世においても、なぜ学校襲撃が起こったのか。それは本人に聞かねばだが、おそらく疑心暗鬼になったからではないかと睨んでいる。歴史の必然なんてしょうもない理由なんかじゃ決してない。

 だれが捕まったのかをタイゾーに聞き、興味がわき、襲撃した。そのように書いてあったのだ、後年新聞に。すべてが起こったあと、5のAがめちゃくちゃになったあと、死刑執行直前に。


「病院に連れてけよ病院に。これぜってえ大変なことになってるって」


「おべるがバカ。警察さ頼め、警察さ」


「まァ? ちょっと小学生を刃物で脅しただけさ、軽い刑だからなァ、すぐに出てこれるさ。出てきたら、覚えてろ! 皆殺しだ、ぜってえに殺してやる!」


「ヒェッ」


 やつの口から出てくるのはすべてが毒だ。なんなら口にもガムテープを貼っておきたいが。

 ここは敢えて会話をできるようにしておく。言い負かすことでみんなの精神的重荷をとってやりたい。


「心配いらないよみんな。あの人は塀の向こうから出てこられっこない。だって余罪がたんまりある。すこし前に東京で、大企業の社長宅が襲われて一家が惨殺された事件。あの犯人は、おまえだ」


「なッ!?」


「まさかあ」

「あの? テレビでニュースになっていた?」

「この時代に関連づけて捜査されるってそうとう勘のいい捜査員じゃないと難しい。指紋と証拠物だけ、DNA鑑定とかないしね。後年明らかになるんだよ、DNAでおまえが犯人だったってこと」


「ディー・エヌ・エー? なんだそりゃ」


「知らなくて当然、でももう少ししたら現れる。それにそんなのなくったって、警察はあんたを追い詰めるよ。もうインプットしてあるんだ。事件後の足取りとか、どうしてこんな田舎町を選んだとか。おまえは東京のあと、おそらく後悔したんだ。皆殺しにしなければよかったと。ひとり残していればと。だから今回は目標を全体の半分にした。半分にしておけば長く長く楽しめるから。わたしたちがどう生き、どう成長するか。獄中からそれを愉しみにしながら死刑の日までを過ごす。残念だったなぁ、今回はゼロだ」


「貴様!? いったい!? 本当に小学生なのか……!?」


「ただの5年A組の委員長さ。応援団長であり、5のA防衛隊隊長でもある。その実態は————。ふつうの小学生に決まってるだろ。そのほうが悔しいもんな」


「クソがああああああッ!」


 先生方に立たせられ、駆けつけた警察のほうへと連れられてゆく犯人。お尻の痛さのため満足に歩けていない。

 ちょっとだけかわいそうかも。

 わたしたち氷河期世代が被害者だったように、あいつも被害者だったのかもな。あいつも高度経済成長にとり残された被害者だった。

 特別な殺人鬼なんていやしない。ふつうの人間だった。人生に行き詰まっただけの。矛先が、無関係なヒトに向いただけの。

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