第13話 冬休みと心の旅
自転車で旅に出る。
夜明け前から、門限まで。
朝まずめの釣りと言って出てきた。
お金はない。なぜなら小学生だからだ。伸一を見張るためにスーパー本山に通いつめたのは余計だった。お金がポケットに入っていて、なにも買わずに何日も過ごしてなんかいられない。オレとて小学生なのだ。ビッグワンガムにボトムズガム、ダグラムガムは買わざるをえない。
とにかく金はない。ない袖はふれない。
だから遠出は自転車。
小学生でも自由になる移動手段で、1番速くて1番遠くにいけるのは自転車。
それで未明からずっと国道を東進している。
橋がかけられた道路は太い道に限られ、最短距離で目的地へと向かうのなら、国道は避けては通れない。その頼りの国道は、トンネルになると急に歩道を失う。歩道がないと、自動車と同じ道路をゆかねばならない。つまりだ。
「カスった! いまトラックが! トラックが袖のところカスった!」
「はいはい、カスったカスった」
きちんとではなくとも、トラックはわたしたちを認識して避けて走行してくれた。それでも近くを通ると吸われるんだ。吸われた結果、ぶつかりそうに。
くっそう、トンネルめ。
「だいたいなんでまた自転車旅なんだよー。夏にしたじゃんよぉ」
「文句いうなよ。そもそもおまえは呼んでないだろ。勝手についてきたんだ」
「だって興味あるし」
「どこに行くかはっきり言わねえし」
「伸一とふたりっきりで行かせられねえし?」
「まあいいじゃない? 多いほうが楽しいもん」
伸一はいつもこれだ。オレってこんなだったかなあ?
今日も今日とてこのメンバー。3バカと伸一とわたし。完全に5人組になってしまった。
この5人が同じクラスになったのは5のAが初めて。最初はアイアイ傘の件で火花バチバチだったのに。強行偵察なんて邪魔で邪魔でしかたがなかったのに。気がつけば、いつもそばにいた。
(親友なんて案外こうしてできるのかもしれないな)
自販機でジュースを買って。プルタブは取れるタイプ。
令和ではなくなってしまった、100円バーガーで腹をふくらまし。
公園でトイレ休憩。
お昼を過ぎたころに、目的地にたどり着いた。
これを——
見ておきたかったんだ——
なんの変哲もないただの街。わたしたちが住むところよりは都会だけど田舎の街並み。
もちろん、このまま大人に成長するんならいずれ見ることはできる。大人になるまで待たずとも、中高生なら今よりもっと楽に見られる。
でもいま見たかった。どこにも保証がないから。来年も、10年後も過去のまま推移するなんて楽観視できないから。関西は遠すぎるから。もしかしたら、Xデイいかんによっては落命するかもしれないから。
だからきた。今。
あの日あそこで起こったことは、今後20年でここでも同じに起きる。ヒトの行動は変われど、地殻の動きまでは変わるまい。
今はなにも言わない。口にすれば言霊となり、不思議な力が宿るらしいが。あえて言うまい。
わたしに将来があるのなら。そのときは、また、ここに。
「あのさ。本当に助けが必要なのはおまえなんじゃないのか?」
「驚いた。どしたの伸一、急に」
「あの、生き別れのお姉さんってのが引っかかってて」
「それはもういいんだ、天地がひっくり返ったってもう会えないから」
「悪ぃこと言った、ごめん」
死んだと思われちゃったかな。でもまあ、同じことなのかもしれん。
「ううん、前にちゃんと言っとくべきだったよね。けっきょく恩を仇で返すことしかできなかった。あれだけまっすぐにまっすぐに生きろって言われ続けてたのに」
「? 早川はまっすぐじゃないのか?」
「わたしなんてのは。……ぐにゃぐにゃだよ。まっすぐでありたいと願っているだけ。みんなに迷惑かけて。むちゃくちゃになって。捕まって、罰を受けた。それを赦されてすぐ、今の施設にやってきた」
「おれたちは早川がシセツに入ってからしか知らねえけど、おまえはよくやってると思うよ」
すっさん?
「そうそう。5年生になってからはとくに」
ダンマ?
「そうじゃなきゃ応援団長になんかだれもスイセンしねえだろ」
古ソン?
おまえらも聞いていたのか。
みんなありがとう。
わかった、いつか。
いつか告白するときがくるだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰路につく。
今回自転車に乗ったのにはふたつの理由がある。ひとつは見たい場所だったから。もうひとつは深い瞑想に篭りたかったから。
どうもわたしは考え事をするとき、じっとしているよりかは単純作業に没頭している方がいいらしい。それで自転車旅にふたたび。
本当はひとりでもよかったのに、伸一に詰め寄られ、3バカには嗅ぎつけられ。最初の思惑から外れそうなこの旅も、これはこれでいいものになった。
そして思惑どおり、瞑想のときは訪れた。
初めてだった景色はもう、左右はちがえどもう見たもの。わからなかった距離の配分も、あとは坂を下るかのよう。
ほどよく疲れ、口数は減り、各々の自転車時間を過ごしはじめた。今こそ脳のすみずみまで考えを巡らせる。
犯罪者集団の文集は世間に流布された。畏れと嘲笑をもって。5年生最後に配られた文集は無事に発行されたのだ。何事もなく。
原稿は和気あいあいと作ったんだ、それはまちがいない。全員が完成させて脱稿した。きちんと製本に至り、手元にきた。
そして、あれだけ荒んでいたオレですら所持していたということは、きちんと家へ持ち帰ったということ。
つまり、事件が起こる前に配られたということ。そこまでは全員が無事だったという証明でもある。
5のAを必死で防衛することばかりにかまけて、肝心の部分が抜けおちていた。今までの努力がまるっきり空回り、まったくの無意味とまでは思わんが。
記憶を徐々にとりもどしつつ、その一方で小学生の意識に飲まれていった。元人格の割合が増えたことも影響しているのだろう。
ここで思いを新たにせねば。気張らなければならないのはむしろここから。
犯罪の入り口はどうやら芋づる式では無さそう。どこにも犯罪の兆候はいまだ見えず、今からの着手では5のAが終わってしまう。であればやはり、事件なのだ。
整理してみよう。
文集に作文が載っていた人物は、少なくとも書いた日の時点まで無事が約束されている。総勢44人。何事もなく配布されたことからも、完成した文集を持ち帰る日までその範囲は拡大できるとみていい。
一方で、6年生の新学期は無事には始まらなかった。だからこそ将来みんながみんな犯罪に走った。
もう少しいうなら、クラス全員の精神をただの一度でねじ曲げるためには、学校での共通体験でなければならず、それはすなわち春休みよりも手前であることの証左。
なにかが起きる日、すなわちXデイは、文集が配られた翌日から、終業式当日までのわずか数日間にしぼられる、ということ……!
つまり、文集が完成してみんなに配られたなら次の日以降、いつ事件が、いつ人生を狂わす凶悪な出来事が起こってもおかしくない。
次に、事件は天災などの災害ではない。災害後に一時はすさんでも、全員が全員立ち直れないのは不自然すぎる。何人かはやがて前向きになり、何人かは地域振興に燃えたり、何人かは救命に携わる職に就いたりするはずなんだ。
わたしたちのクラスだけバス遠足とかが3月にあるわけないしな。だから事故じゃなくて事件。なんらかの人為的不都合が5のAに対して起きる。
こうして意識するだけでもかなりちがう。心構えのほうは準備ができる。いつ襲来するかわからないままに過ごしては気力も体力ももたないからな。
だったらあまり身構えていても仕方がない。せいぜい満喫するといい、今を充実させることも氷河期を生きる将来に通じる。それは必ずだ。




