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《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


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“虹の軌跡”

七つの心臓が、ようやく同じ律を刻みはじめていた。

 胸の奥でとくん、とくんと鳴る脈が、身体の隅々まで温度を流し込んでいく。


 エリゼは速度を緩め、足元の光雪をすべらせるようにして、静かに滑り止まった。

 そのまま、薄い白光のなかへ一歩、また一歩と踏み出す。


 ――天空層の“果て”。


 そこは、どんな地図にも記されていない。

 風脈図にも、空翔族の記憶にも存在しない。

 ただ、空と雪と光だけが在る場所。


 紫蒼に濁っていた空膜はすでに消え、

 代わりに、どこまでも澄みきった透明の空が広がっていた。


 舞い続ける光雪は、もう刺すような冷たさではない。

 柔らかな光を宿し、世界に淡い白のヴェールを掛けている。


 前方には――

 空そのものが水平線のように輝いて見える“光の境界”。


 そこが、この世界の端なのだと分かる。


 エリゼは境界のきわまで歩み、そっと振り返った。


 雪を嫌い続けた少女が、

 雪の最も高い場所で、初めて“立つ”という動作を選んだ。


 風も、雪も、静かに彼女を見守っていた。


境界の光を背に受けながら、エリゼは静かに息を吸った。

 胸の奥の七心臓が、まるで同じ意志を持つように――ひとつの律へ溶け合う。


 その瞬間。


 背の《雪翼》が、ふわりと震え、

 蒼と白が絡み合った光の波紋を羽一枚一枚へ流し込んでいった。

 それは色ではなく、“七つの鼓動そのもの”が形を取った光。


 蒼白の羽根の縁が虹色にきらめき、

 動くたび、風のような呼吸が周囲の光雪を揺らす。


 同時に――

 エリゼの手の中で《白哭》が微かに鳴った。


 刀身を走る細い刻印が、脈管のように光を巡らせ、

 映り込む雪粒は七色の屈折を帯びて、まるで命の粒のように脈動する。


 《白哭》は、すでにただの武器ではなかった。

 七心臓が形を持った“外側の心臓”――

 意思を共有する魂の延長。


 澄んだ泣き声とも、風の囁きともつかない響きが、刀身から零れる。


 《白哭》(共鳴の声)

 「……走れ。迷うな。泣いていい。」


 その声は、音でも言葉でもない。

 心臓の脈をなぞるように、エリゼの内側へ流れ込んだ。


 エリゼは《白哭》を胸の前に掲げ、静かに目を閉じる。

 七つの鼓動が、翼と刀と身体をつなぎ合わせた。


 “走るために生まれた心臓”が、ようやくひとつに重なった。



エリゼは境界の白光を前に、そっと胸へ手を当てた。

 七つの鼓動が、掌の下で静かに、確かに重なり合う。


 吐息のような風が頬を撫でる。

 光雪が、彼女の決意を待つようにふわりと漂う。


 エリゼ

 (小さく、しかし揺るぎなく)

 「……行こう。」


 その一言とともに、エリゼは身体を沈め、滑走の姿勢へ入った。

 前傾、重心を落とし、足裏の雪具へ力を込める――

 次の瞬間、彼女は光を切り裂くように踏み込む。


 世界が――走り出す。


 最初の一閃は、深い蒼だった。

 風を裂き、空を砕くように走る蒼の軌跡。


 二閃目には白が混ざる。

 《雪翼》の律が蒼に寄り添い、光の縁を柔らかく白く縁取る。


 速度を上げるにつれ、

 胸の七心臓がそれぞれの色と律を空へ放ち始めた。


 蒼、白、紫紺、淡金、透明風、雪冠の輝き、そして《白哭》の純白。


 六色が混ざり、揺れ、融け合い、

 やがて――ひとつの光の帯となる。


 七色の光弧。


 弓のようにしなり、

 透明な空間にゆっくりと弧を描き、

 その軌跡だけが空の曲面に刻まれた。


 ――空に虹が架かる。


 誰も辿り着いたことのない、天空層の果てに。

 少女ひとりの速さだけが作り上げた、世界初の虹。


 その瞬間。


 静かなイントロが、遠くで震えるように流れ始める。


 《RE:DEFINE - HORIZON MIX -》


 速度が上がるにつれ、

 イントロが光と同調し、鼓動のように重く、速く深く――


 エリゼの七色の軌跡とともに、

 音楽が空へ完全に“入った”。


滑走線が空へ刻まれていく。

 蒼から白へ、白から紫紺へ、

 淡金が混ざり、透明風が揺らぎ、雪冠の光がきらめき、

 最後に《白哭》の純白が線の中心に吸い込まれて――


 七色の軌跡が、空にかけられた。


 その瞬間、世界が息を呑んだように静止する。

 だがそれは、かつての“静寂”ではない。

 動き出した世界が、ただ驚愕しているだけ。


 虹の軌跡には、

 エリゼがこれまで抱きしめてきたすべてが宿っていた。


 ――雪への恐怖。

 ――雪に刻まれた痛み。

 ――赦しきれなかった涙。

 ――それでも走り続けた速さ。

 ――誰かが差し伸べた温かい手。

 ――雪を、好きになりたいという初めての願い。


 そのすべてが、

 一本の線として空を貫いている。


 虹は、ただ美しいだけの光ではない。


 “呪いを越えた証”。

 “七つの心臓の完全融合”。

 “痛みを抱いたまま走り続ける者の物語の結晶”。

 そして――

 “雪そのものの意味が、書き換えられた印”。


 天空層に降り注ぐ光雪が、

 七色に反射した。


 紫蒼だった空は、

 淡い光の揺らぎを帯び、薄い虹色の息を吹き返す。


 雪神が守り続けた静寂の世界が、

 少女の速さと涙によって、

 やわらかく、生きて、動き出す。


 それは、世界そのものが

 エリゼの軌跡を“祝福”として受け取った証だった。


七色の光が尾を引き、

 世界そのものが滑走の風となって押し広がっていく。


 空はもう、恐怖の象徴ではない。

 痛みを閉じ込める檻でもない。

 赦しを乞う場所でも、罪を抱いて沈む場所でもない。


 ただ――

 エリゼが、自分の意思で向かう「次の空」へ続く道。


 滑走が最高潮へ達した瞬間、

 エリゼはふっと唇を緩めた。

 涙の跡がまだ頬に残っているのに、

 その表情は、どこまでも晴れていた。


エリゼ

「……行こう、次の空へ。」


 その声に震えはなかった。

 後悔も、恐怖も、赦されたいという渇きも――

 すべて、彼女の速さの中に吸い込まれていた。


・過去を振り返らない。

・雪を恐れない。

・赦されようとしない。

・誰かのためではなく、自分のために走る。


 その四つがそろった時、

 少女はようやく、“主人公”という形を完成させた。


 七心臓がゆっくりと同調し、

 《雪翼》の羽が静かに広がる。


 エリゼはただ前を見据え、

 虹の軌跡を引いたまま――

 新しい空へ、滑り込んでいった。


虹の軌跡は、まるで世界そのものを導く羅針盤のように、

 一直線に“空の端”へ伸びていった。


 そこはこれまでの空のどこにも存在しなかった場所。

 紫蒼でも、蒼白でも、透明でもない。

 地図も、風脈図も、祈祷書にも記されない領域。


 エリゼの七色の光が触れた瞬間、

 空が――ひと呼吸、震えた。


 次の瞬間、

 光が裂けた。


 純白ではない。

 蒼でもない。

 かつての天空層の紫蒼膜とも違う。


 七つの心臓が奏でる律動が重なり合い、

 七色の層が折り重なるように光を編み、

 そこに“新空域”の入口が開く。


 ひび割れのようでもなく、

 傷口のようでもなく、

 まるで“生まれようとする瞬間”そのものだった。


 光の裂け目は脈動し、

 エリゼの滑走に呼応して形を広げていく。


 七心臓の共鳴――

《雪幻》《雪風》《雪哭》《雪冠》《雪翼》《雪聖》《白哭》

 すべてが同じ拍で鼓動し、

 その律が新空域を照らす。


 エリゼは息をのみ、

 目の前に開く光の門を見つめた。


 そこには、まだ誰も踏み入れたことのない空があった。


 世界の果てが、彼女の速さに道を譲ったのだ。


エリゼは迷いなく、七色に脈打つ光の裂け目へと滑り込んだ。

 《雪翼》が弧を描き、《白哭》が澄んだ音を鳴らす。

 その瞬間、世界は一度だけ静止し――

 次いで、虹色の残光として大きく揺らいだ。


 BGM《RE:DEFINE - HORIZON MIX -》のサビが、

 遠くで鳴り響くように重なる。


 エリゼの残した七色の軌跡は、

 空の曲面をなぞりながらゆっくりと拡散し、

 細かな粒となって散っていく。


 まるで、

 世界そのものが彼女の速さを見送っているようだった。


 透明な空に、七色の星が舞う。

 風が新しい方向へ流れ、雪が祝福のように光る。


 そして、誰もいなくなった天空層に

 ただ一行の“答え”だけが残る。


――その虹は、まだ知らない空域への扉だった。


 光の裂け目が閉じきるより早く、

 物語は静かに、次なる章へ滑り込む。


 終章《雪聖の帰還/新空域フロンティア》へ。



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