追跡:白衛兵の滑走戦
――鐘が、三度、鳴った。
それは王都全域に響く“断罪完了”の合図であり、同時に“戦端”を告げる音でもあった。
灰雪を割って、天を走る白い閃光。
雪霊通信の光線が街の上空を縫い、各区の塔へと次々に伝播していく。
瞬く間に、すべての治安隊詰所に同じ命令が下った。
「――対象、エリゼ・ヴァルトハイト。
禁雪具《白哭》の再起動を確認。
全隊、追撃許可を下す!」
号令と同時に、王都の白衛兵たちは動いた。
白銀の装甲に雪の紋を刻み、背中のホルダーから雪板型兵具を展開する。
足元へと淡白い魔導膜が伸び、氷の床が形を成す。
――次の瞬間、世界が滑り出す。
甲冑が擦れる音、氷が軋む音、祈りの詠唱。
それらが混ざり合い、夜明け前の王都を貫くひとつの轟音となる。
通りを、屋根を、塔を――白い光跡が駆け抜ける。
滑走する騎士たちの列は、まるで雪原に咲く銀の槍。
彼らの視線の先、遠くに――ひとすじの白があった。
逃げるのではなく、ただ前へ進むために走る少女。
その背に舞う雪煙は、夜を裂く風のように自由だった。
王都アルヴェルドの街路は、本来ならば雪の積もらぬ区域。
灰雪はすぐに融け、黒い石畳に吸い込まれていく。
だがその夜――地面は、静かに“滑走路”へと変貌した。
白衛兵たちの《スレッド・ギア》が放つ魔導膜が、石畳に氷の層を張り巡らせる。
きらめく薄氷が瞬く間に街を覆い、衛兵たちはその上を疾走する。
角を曲がるたび、氷の尾が閃き、滑走音が夜を裂いた。
「逃がすな! 前方、第三区の坂道に抜けた!」
「ギアの出力を上げろ、融ける前に追いつけ!」
指揮の声が飛ぶ中、異変が起こる。
エリゼの《白哭》が放つ淡青の光が、追撃部隊の氷膜を“塗り替え”ていく。
氷が白く染まり、雪片が舞い、街路全体が雪原のように変質していく。
衛兵A:「この雪は……!? 俺たちの氷が凍り直ってる!」
衛兵B:「違う――奴の板が、街を凍らせている!」
前を行くエリゼは、風の軌跡そのものだった。
《白哭》のエッジが雪面を切り裂き、白い尾を描く。
その跡は“道”ではなく、“翼”だった。
直線路を抜け、アーチ橋を越え、急斜面の市場通りを滑り降りる。
夜の王都を白が走り、灰雪がその後を追う。
「雪を恐れた街が、今――彼女の滑走によって再び、白に染まっていく。」
《白哭》の刃が石畳を滑るたび、白光が夜を切り裂いた。
王都の複雑な地形は、彼女にとって障害ではなく、即興のスロープ。
雪を知らぬ街を、雪で描き換えるように――彼女は滑る。
◆氷の橋セクション
前方に崩れかけたアーチ橋。
普通のスレッドでは渡れない距離――だが、エリゼは一瞬だけ目を閉じた。
「――凍れ、風の軌跡。」
《白哭》の魔導膜が光を帯び、宙に薄い氷の橋を描き出す。
そのまま加速、滑空――橋脚をかすめ、氷片が夜空に散る。
追撃の白衛兵たちが次々とその幻の橋に踏み込み、足場を失って落ちていく。
崩れた橋の向こう側に、エリゼの残した“白の軌跡”だけが残った。
◆狭路スラローム
次に現れるのは、祈祷像と屋台が並ぶ狭い通り。
雪灯の光が反射し、視界が乱れる。
それでもエリゼは、まるで風そのもののように迷いなく進む。
右へ、左へ――
ボードを傾けるたびに雪煙が花弧を描き、滑走音がリズムを刻む。
カメラが回転し、世界がスローモーションになる。
光が尾を引き、雪片が渦を巻き――その中で彼女の瞳だけが鮮やかに輝く。
◆鐘楼ジャンプ
教会塔の屋根を駆け上がり、最後の一蹴。
鐘楼を飛び越える瞬間、世界が再び“無音”になる。
ただ、鐘の残響と風の鼓動だけが響く。
彼女は空中で一瞬だけ身体をひねり、風を裂く。
エリゼ:「――風よ、切り裂いて!」
雪煙が翼のように広がり、空へ伸びる。
白い軌跡が夜を裂き、灰雪の帳を吹き払う。
「彼女の滑走は、罪でも逃走でもない。
それは――止まっていた世界を、動かすための風だった。」
風が、裂けた。
背後から唸る音――それは氷が悲鳴を上げる音だった。
振り返ると、白銀の渦の中心から一人の男が迫ってくる。
背中に双翼のような氷膜を展開し、夜空を駆ける白衛兵。
その名は《ヴァイン・レヴェルハイト》。
王国最速の滑走官――風を操る者。
ヴァイン:「風を使うか……なら、俺も吹かせてやる!」
彼の《スレッド・ギア》が唸りを上げ、氷刃の竜巻を巻き起こす。
渦の中から氷柱が次々と飛び出し、エリゼの進路を塞いでいく。
地面が裂け、白い破片が爆ぜ、灰雪が乱舞した。
エリゼは一瞬だけ歯を食いしばり、板を傾ける。
《白哭》の刃が雪煙を裂き、氷柱の間をすり抜ける。
視界の端で、氷の槍が彼女の頬を掠めた。
冷気が切り裂く音――
それでも、止まらない。
カメラは彼女の視点に変わる。
風紋が視界を走り、遠心力が身体を引き裂くように渦巻く。
世界が傾き、街が歪む――
それでも《白哭》の軌跡は、まっすぐ未来を指していた。
エリゼ(息を切らしながら):「……風の支配者、ですって? なら――奪ってみせなさい!」
彼女は橋の欄干を蹴り、逆風に飛び込む。
《白哭》の魔導膜が青白く輝き、ヴァインの氷渦に突入。
氷と雪が衝突し、白光が爆ぜた。
視界が真白に染まり、風が悲鳴を上げる。
「白の都に、白の戦が生まれた。
雪は断罪のためではなく――
自由を賭けて、競い合うために吹き荒れた。」
爆風の中、二つの滑走者がすれ違う。
次の瞬間、氷が砕け、ヴァインの双翼が裂けた。
空を舞う氷片の中を、エリゼは風のように抜けていく。
――雪を従え、風を超える者として。
喧騒と悲鳴が入り混じる灰雪の街路。
瓦礫の陰、避難する群衆の中で――
白衣をまとった少女が立ち尽くしていた。
セラ。
祈りの巫女にして、かつて“雪を憎んだ姫”の側に仕えた少女。
彼女の瞳は、遠く空を追っていた。
そこには、白い尾を引いて夜を裂く一筋の光――
まるで、雪そのものが自由を求めて飛んでいくようだった。
セラ:「姫様……どうか、生きて……!」
掠れた声は風に溶け、誰にも届かない。
けれどその瞬間、空からひとひらの雪が落ち、
セラの頬に触れた。
冷たくも、やさしい感触。
それは涙と溶け合い、ひとすじの光の線を描く。
――それは、祈りだった。
届かぬはずの想いが、雪の軌跡となって空へと還る。
ナレーション:
「彼女の願いが、風を導いた。
そして雪は、罪を越えて――希望へと変わっていく。」
セラの瞳に映る空。
そこを、ひとつの白い流星が横切っていく。
灰雪の都に、ひとときだけ――“純白”が、舞った。
夜明け前の空を、灰雪が静かに漂っていた。
その下で――王都全体が、まるでひとつの“白い陣”のように輝き始める。
ゆっくりと引いていく視界の中で、街路をなぞる白い軌跡が見える。
それは単なる逃走の線ではなかった。
建物の輪郭、橋の線、坂道の曲線――すべてがひとつに繋がり、
巨大な“雪華の紋”を描き出していた。
その中心を貫くように、ひとすじの軌跡が北へ伸びる。
彼女の滑走が、無意識のうちに“導線”を刻んでいたのだ。
雲の彼方――
封印の山脈《セプトレア雪峰》が、かすかに光を返す。
白銀の稜線が夜の闇を裂き、まるで彼女を呼ぶように輝いた。
「彼女の滑走は逃走ではない。
まだ見ぬ風を探す、ひとつの祈りだった。」




