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《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


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雪嫌いの呪い解除 ― “雪が優しく降る”

天逆流走の最深流――

逆巻く静寂が世界そのものを押し潰そうとする中心へ、

エリゼは《白哭》を抱えて突き進む。


胸の奥で七つの心臓が、

痛みも恐怖も混ぜたまま、ひとつの律動へ重なり合う。


次の瞬間。


――パァンッ!!


音のない世界で、それだけが“衝撃”として走った。


紫蒼の空膜に入っていた巨大な亀裂が、

一気に網目のように広がり――


砕け散った。


天逆流走の流域を形作っていた静止の海が、

まるで世界の底ごと抜け落ちるように “無” へと沈む。


その崩壊の中心を――


ひと筋の蒼白光が貫いていた。


エリゼだ。

彼女の軌跡が、まるで世界にとどめを刺すように

静寂の核を断ち切っていく。


砕けた空膜の破片が光片へ変わり、

沈みゆく静寂の海から立ち上るように舞い上がる。


重力が戻る。

温度が戻る。

速度が戻る。


世界が――息を吸った。


いや、違う。


息を吸ったのは、

エリゼでも、天空層でもない。


“雪そのもの”が、

 初めて呼吸を取り戻したのだ。


静寂に縛られ、

動かず、

凍りつき、

ただ“止まる”だけの存在だった雪が――


エリゼの速さに触れたことで、

ようやく、生き物のように胸を膨らませた。


その瞬間、

世界の色が蒼白にあふれた。


リュミナの足元で、静止していた雪片が、

ふわり、と宙に浮かんだ。


重力に縛られず、

凍りついたままではなく、

雪は、初めて自らの意思で舞い上がる。


光を帯びて――

雪片は純白の粒子となり、

天へ、地へ、横へ、無数の方向へと広がった。


それは降ることでも、上がることでもない。

雪が、生きている。


流れる雪。

触れることも、止めることもできない、

雪そのものの“動き”。


世界の空気が揺れ、

光が反射し、

氷の結晶が小さな音を奏でる――


静寂に閉ざされていた天空層が、

ついに“動く雪”を受け入れた証だった。


世界は呼吸し、雪は笑う。

凍てついた静寂は、永遠の命の流れへと変わった。


一片の雪が、ふわ、とエリゼの頬へ落ちた。

その瞬間――彼女の肩が、小さく震えた。


いつもなら刺すように冷たい。

凍った記憶をえぐり、胸を締めつける痛みだった。

雪は、怖いもの。

雪は、嫌いなもの。

ずっと、そうだった。


けれど。


エリゼはゆっくりと瞬きをし、

頬を伝う涙がその雪片を濡らす。


エリゼ

(かすれた声で、息を呑むように)

「……あったかい……?」


頬に触れた雪は、氷の感触ではなかった。

ひんやりしているのに、刺さらない。

冷たいのに、痛くない。

まるで胸の奥に灯りがともるような、

やさしい温度。


雪神リュミナが支配していた“静寂の理”が崩れ、

雪から鋭さが消えた今――

雪は、憎しみの象徴ではなく、

ただ“触れていいもの”として、彼女の世界に戻ってきた。


エリゼはそっと頬に手を当てた。

そこには確かに、

初めて知る温度があった。


エリゼの胸の奥で、七つの心臓が静かに――しかし確かな強さで脈を刻み始めた。


《雪幻》が澄んだ光を宿し、

《雪風》が呼吸と同じ速度で揺れ、

《雪哭》の震えは痛みではなく“響き”へ変わる。

《雪冠》は重さを失い、

《雪翼》は折れた羽を取り戻したかのように蒼白の律を打ち、

《雪聖》は曇りを払い、

そして《白哭》が、静かに――泣きながら、光る。


ひとつ、またひとつと律が揃い、

最後には七つが同じ“拍”へ収束する。


エリゼの胸を締めつけていたはずの痛みは、

消えてはいなかった。

雪は相変わらず怖い。

好きだと言いきれない。

母を奪ったあの日の冷たさも、まだ胸の奥に残っている。


けれど。


その痛みを抱えたまま、

彼女はここまで走ってきた。


雪を憎み、雪に拒まれ、

それでも前へ前へと滑り続けて。


――だからこそ。


世界が、雪神が、

“雪嫌いの少女”を呪いの対象として扱う必要はなくなった。


痛みは否定されない。

過去は消えない。

けれど、


「痛みといっしょに走れるエリゼ」


だけは、確かに世界に認められた。


逆流雪に奪われていた《雪翼》の脈が、

白く、蒼く、やさしく瞬く。


エリゼは胸に手を当て、

その脈動を確かめながら、かすかに息を吐いた。


エリゼ

「……まだ怖いけど……でも……

 走れる……ちゃんと……」


呪いは解けたのではない。

世界の側が、呪いを外したのだ。


雪が、初めて彼女を拒まなくなった。



雪は、落ちなかった。

空気に溶けるように漂いながら、

まるで“触れてもいいか”と彼女へ問いかけるように近づいてくる。


一片がそっと頬へ触れた。

優しい。

痛くない。

ただ、温度を持った光がふれたように、あたたかかった。


エリゼは息を飲み、

それから堰を切ったように涙があふれた。


泣きながら笑ってしまう――

そんな表情を、自分ができるとは思っていなかった。


胸がきゅっと痛む。

でもその痛みは、

あの日の冷たさとは違っていた。

痛みの奥に、小さな灯のような“願い”があった。


エリゼ

「雪を……好きになっても……いいかな……?」


その声は震えていた。

けれど、確かだった。


あの日、雪が母を奪ったこと。

雪を憎んで、雪を怖がって、

それでも走り続けてきたこと。


赦されたいわけじゃない。

赦したいわけでもない。

ただ――


痛みを抱えたまま、それでも雪を“好きになりたい”と願える自分になりたかった。


そのひと言には、

過去への後悔も、

今の自分への赦しも、

未来への希望も、

全部、全部、つまっていた。


涙で濡れた頬を、

雪がそっと拭うように触れていく。


世界は静かに、

その告白を受け止めていた。


リュミナはゆっくりと顔を上げた。

銀の瞳に、これまで一度もなかった“揺らぎ”が灯っている。


静寂そのものだった存在が、

今は……まるで胸に小さな息を宿したように、柔らかく見えた。


雪片が二人のあいだを舞う。

音のない世界なのに、なぜか“静かな祝福”が聴こえるようだった。


やがてリュミナは、

氷の底に隠れていた光をすくい上げるように視線を和らげ――

この世界で初めて、“人に近い”微笑みを見せた。


リュミナ

「その速さで辿りついたなら……

 あなたの答えが、雪の答え。」


その声はもう冷光ではなかった。

雪を凍らせる言葉ではない。

ただひとりの少女の走りと涙を――

認めるための声音だった。


エリゼは息を呑む。

胸の奥で七つの心臓が静かに脈動し、

《白哭》の刀身が淡く震えた。


リュミナ

「雪は静寂でも、罰でもない。

 あなたが動けば……雪も動く。

 それが、今の“雪”の答え。」


その瞬間、

リュミナの輪郭がふっとほどけた。


髪が雪風へ、

瞳が銀光へ、

姿が数え切れない雪片へ変わり――

優しい光の粒となって空へ舞い上がる。


静寂を統べた神は、

もう“止める者”ではない。


エリゼの前に立つ必要も、

雪を静止させる理由も、

ここで完全に消えたのだ。


リュミナは最後の一粒となって溶けながら告げる。


リュミナ

「……動く雪を、託す。」


光片は輝きながら散り――

天空層に、新しい雪の風が吹いた。


静寂が消えた天空層に、

ゆっくりと“新しい雪”が降り始めた。


それはかつてエリゼを刺した雪ではない。

心臓を凍らせた雪でもない。

恐怖を思い出させる雪でもない。


光を宿し、

温度を持ち、

ひと粒ひと粒が “息をしている” ような――

穏やかで、優しい雪。


エリゼはふわりと滑走を止め、

掌をそっと差し出した。


光雪が一片、静かに掌へ触れる。

冷たさはあったが、痛みはない。

むしろ――ほんの少し、温かい。


エリゼ

(小さく笑い、涙の色をそのままに)

「……雪、こんなに……きれいだったんだ……」


その一言が、

世界そのものに溶けていく。


彼女のまわりを舞う雪は、

まるでエリゼの速さを祝福するかのように揺れ、

風となり、光となって流れ始めた。


雪は動いている。

止まらない。

彼女と同じように、前へ進んでいる。


かつて“静止”だった世界はもう無い。

七心臓の律動に呼応し、

雪は“動くもの”へと生まれ変わった。


エリゼは空を見上げる。

ふたたび走り出す者の瞳で。


エリゼ

「……行くよ。雪も、私も。止まらないまま。」


光雪が彼女の後ろへ流れ、

滑走路のように軌跡を描いて広がっていく。


ここから物語は次章へ――

《空域突破/雪聖の帰還》


動き出した雪とともに、

エリゼの速さは新しい空へ踏み出していく。





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