表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/51

雪神リュミナ出現 ― “永遠の静寂”の宣告

エリゼは、胸の奥がひとつ脈打つのを感じた。

足元の雪片――静止した世界のただ中で、たった一粒だけが、かすかに傾いたのだ。


“動いた……?”


そう思った瞬間、その雪片は 白 → 蒼 → 紫 → 無色 と色を変え続けた。

呼吸するような、心臓の鼓動のような、静かで確かな脈動。


静止した空間で、そこだけが生きていた。


周囲の雪粒はすべて固まったまま沈黙している。

だというのに、その一点からだけ、しずくのような歪みがぽたりと落ちる。

落ちるというより、“世界の膜がゆらぐ”としか表現できない揺れ。


──変化が、そこだけにある。


その不自然さを中心に、雪光がゆっくりと人の輪郭を描き始めた。

最初は薄い影。

次に、光の線。

やがて、それらがひとつに集まり、立ち上がる。


形は揺れていた。


幼い少女の背丈にも見える。

大人の女性のシルエットにも見える。

老賢者の影のようにも見える。


年齢の概念が、通用しない。


見方を変えれば、輪郭そのものが時を拒んでいるようだった。


その存在はゆっくりと雪片の光を吸い上げ、

“人間”というよりは、雪そのものが意思を持った姿に近い。


呼吸はない。

歩みもない。

ただそこに立つだけで、世界がわずかに軋む。


エリゼは一歩、後ずさった。


(……誰……?)


静止した雪世界を支配する、

すべての雪片が沈む場所から立ち上がった、ただひとつの存在。


それは――


雪の意志。

この層に名を持つ唯一の神格。


“雪神リュミナ”。


その瞬間、静止していた雪たちがほんのわずか震え、

世界が、まるでこの登場を“最初から待っていた”かのように息を呑んだ。



雪神は、そこに“立っている”だけだった。

けれど、その姿は――人間という枠には収まらない。

むしろ、存在そのものが概念のように淡く揺れていた。


エリゼは息を呑む。

視界が微かに白く滲むのは、恐怖ではない。

ただ、彼女の輪郭が“世界の規則そのもの”で描かれているからだ。


●髪 ― 時間がほどけた白


リュミナの髪は、雪ではなかった。

“時間”が長く垂れ、溶けていく様をそのまま形にしたような純白。


風がない世界なのに――

髪だけはゆっくり、確実に揺れていた。

まるで彼女だけが“時間”の内側にいるように。


●肌 ― 氷の底の光


肌は淡い青。

氷の奥深くで、閉じ込められた光がわずかに震えているような色。


透明ではない。

だが、光が内側から滲むせいで、

輪郭が柔らかく、そしてどこか神聖だった。


“生きている”というより、

“存在を持つ光”が皮膚をかたどっているような、不思議な質感。


●瞳 ― 雪光の銀


瞳は銀だった。


ただし金属の銀ではない。

雪が太陽を受けた、ほんの一瞬の反射光――

あの刹那だけを閉じ込めたような、透き通る銀。


視線が合った瞬間、エリゼの胸がひりついた。


情報が剥がれ落ちるような、

自分の“意思”が削られていくような、

そんな無機質で、容赦のない光。


●衣 ― 静止した雪が形を取る


リュミナの身に纏われているものは、布ではなかった。


静止した雪粒が、

ゆっくりと、けれど終わりなく形を変えながら

衣の形を保っているだけ。


まばたきをするたび、装束の輪郭が違って見えるのは、

雪の粒がその都度組み替わっているからだ。


風がない以上、それは自然の動きではない。

“世界がリュミナを衣としてまとわせている”──

そうとしか思えない変化だった。


●足元 ― 雪が先に止まる


リュミナが一歩、歩く。


足は雪に触れない。

触れる前に――雪が“先に止まる”。


踏みしめられることを拒むように、

雪片の方が彼女の存在を避けて静止するのだ。


世界そのものが、彼女を中心に“形を保とうとする”。

そのことが動きの一つ一つから伝わった。


エリゼは、知らず息を呑んでいた。


(この世界……全部が……

 この人を中心に、回ってる……)


恐怖でも崇敬でもない。

ただ、圧倒的な“ことわり”がそこにあった。


そして、その理が――

自分を拒絶していると、

最初の一瞥から理解できてしまうほどに。



雪神の唇が、ゆっくりと開いた。

だが――音は生まれない。


代わりに、

白く淡い“冷光”がエリゼの脳へ直接、しんと落ちてくる。

言葉というより、概念そのものが沈むように響く。


静止した世界の雪片が、同じ律でわずかに震えた。

それだけで、この空域全体が“息を呑んだ”ように感じられる。


■雪神リュミナの声 ― 静寂の理


リュミナ

「ここは、雪の呼吸が止まる場所。」


その瞬間だけ、

エリゼの心拍すら遅れたように感じた。


エリゼ

「……雪の、呼吸……?」


問いかけは、空へ消える。

音が存在しない世界では、声の余韻すら許されない。


リュミナは静かに首を横に振った。

その仕草だけで、周囲の雪片が一斉に“止まり直す”。


リュミナ

「誤解してはいけない。

 雪は呼吸しない。

 雪とは――永遠の静寂。」


視線が、銀のゆらぎとともにエリゼを貫く。


途端、《雪翼》がひとつ、ぎくりと脈動を乱した。

風との共鳴が、一瞬だけ断たれる。


リュミナ

「凍り、沈み、消えるためのもの。

 動くために生まれたのではない。」


エリゼ

「……消えるため……?」


リュミナ

「そう。」


雪神の足元にある雪粒が、彼女の言葉に合わせるように色を変える。

白→蒼→無色――その一連の変化が、まるで“死”の静けさに見える。


リュミナ

「この天空層は、雪が“本来の静寂”へ還るための層。

 あなたの速さは――その理を乱している。」


エリゼの胸がひりつく。

《雪翼》がふたたび脈を乱し、蒼光がわずかに揺れる。


雪神の白いまなざしは、淡々と告げていた。


**“お前は、雪の理に反する存在だ”**と。


雪神は、最初から“否”しか告げていなかった。


エリゼが息を吸うより早く、

リュミナは静かに――しかし抵抗を許さぬ必然のように――一歩近づいた。


その移動は「歩く」ではない。

時間の静止した世界で、ただ位置が変わるだけの動き。

因果すら凍りつくこの層だからこそ可能な、異質な存在の証明だった。


■雪神の拒絶 ― 問いではなく裁き


リュミナ

「なぜ、雪を走らせる?」


エリゼ

「っ……!」


その問いは質問ではない。

“答えは存在しない”と知っている者の声。


雪片がその一言で、さらに静止した。

本来動いていないものが――“もっと止まる”。


リュミナ

「雪は止まるもの。

 なのに、あなたは――」


間。


紫蒼の空に、時間の裂け目のような沈黙が落ちる。


リュミナ

「雪を乱し、雪を走らせ、

 ――雪を“生かそう”としている。」


その瞬間、エリゼの胸が強く痛んだ。


雪を憎んできた自分への罰ではない。

雪を嫌いながら、

風と雪の中で“動く理由”を見つけてしまった――

その矛盾を、静かに指摘された痛み。


胸の《雪翼》がひときわ強く震えた。


リュミナは淡々と告げる。


リュミナ

「あなたは雪の理から外れた存在。

 ここに来た時点で――もう還れない。」


言い渡されたのは運命でも審判でもない。

これは“雪の根源”から見た、絶対的な拒絶だ。


この瞬間に確定する。


●雪神は、エリゼを最初から“敵”として扱っている

●世界観そのものを背負った思想衝突は不可避

●逃げても届かず、祈っても届かず、滑るしかない


――戦いは、必然。

ここは「雪の静寂を守る神」と「雪を走らせる少女」がぶつかる空域。


世界が、ついに動き出す前の、最後の静止だった。


■リュミナの存在意義 ― 雪が生まれる前の絶対原理


リュミナは静かにまぶたを伏せる。

その仕草ひとつで、周囲の雪片が“ため息のように”一段深く静止した。


まるで世界そのものが、彼女の存在に同調して呼吸を止めたように。


エリゼは思わず、胸の《雪翼》を押さえる。


リュミナ

「わたしは雪の“静止”そのもの。

 雪は、動かない。

 痛まない。

 喜ばない。

 ただ沈み、ただ凍り、ただ消える。」


その言葉は、神の声ではない。

“概念”が、自分の形を説明しているだけの音。


リュミナ

「雪が降る前……世界のどこかで、

 ひと粒の静寂が震える。

 それが“雪の原点”。

 わたしはその震え。

 それ以上でも、以下でもない。」


エリゼ

「……あなたには……何もないの?

 痛みも、嬉しさも……雪を見て感じること、なにも……?」


リュミナは、答えに迷わなかった。


リュミナ

「雪は感情を持たない。

 動けば乱れる。

 流れれば傷つく。

 速さは、雪にとって“不要な力”。」


紫蒼の空がゆっくりと波打ち、

停止していた雪がほんのわずかに、しかし確かに震えた。


それは、この世界が彼女の思想そのものから生まれている証。


エリゼは息を呑む。


ここにいるのは――


●雪の“静止”の権化

●雪が生まれる前の“原点”

●雪の痛みも憎しみも喜びも持たない中立の概念

●「雪は止まり続けるべき」という絶対の管理者


つまり、エリゼが物語を通して築いてきた全て――


・雪の痛み

・雪への憎しみ

・雪と和解する速さ

・雪と並走する風との共鳴

・「雪は動く」という理解


そのすべてを根本から否定する“存在理由”を持つ、完全なる対極。


物語全編で積み上げたテーマを、

正面からひっくり返すために生まれた神。


雪神リュミナは、敵ではない。

“雪の最初の形”。

エリゼが歩んできた全てを試すための、最終の壁だった。


ここから始まるのは――

雪とことわりの衝突。


願いや憎しみでは届かない、

「雪とは何か」そのものをめぐる戦いだった。


― “雪を好きになる資格はない”


静止した雪の世界で、

リュミナとエリゼが真正面から向き合う。


エリゼは言葉を探し、胸へ触れる。

《雪翼》の蒼白がわずかに震えた。


彼女はこれまで――


・雪は痛いものだった。

・雪は自分を奪ったものだった。

・雪は赦しを拒むものだった。

・けれど、空と走るうちに

 “動く雪”が存在すると知った。

・雪は風と共鳴し、

 速さへ変わりうると気づいた。


その“変化”が、今の彼女をここへ導いた。


だが――

リュミナには、その揺らぎが理解できない。


雪神はひとつも感情を持たず、

ただ“静止”を基準に世界を見ている。


リュミナ

「あなたは……雪を速くしすぎた。」


エリゼ

「っ……私は……速さが欲しかっただけじゃない……

 私は……ただ……!」


言葉が震える。

感情が揺れる。

雪を見る目が、ずっと変わろうとしていた。


そこで、リュミナが静かに遮る。


リュミナ

「雪を“好き”になる資格はない。」


――その瞬間、エリゼの瞳が大きく揺れる。


胸の奥が冷たく締めつけられる。

《雪翼》がひときわ強く脈動し、痛みが走る。


その“禁止宣言”は、

後にエリゼが口にする名台詞――

「雪を、好きになってもいいかな」

への最も鋭い“対の言葉”として突き刺さる。


エリゼ

「どうして……そんな風に決めるの……?」


リュミナ

「雪とは静寂。

 雪を心で動かそうとした者は、

 二度と雪の中に立つ資格を得ない。」


冷たい雪光がヘリクスのように、

リュミナの周囲で渦を巻いた。


そして、雪神がゆっくりと右手を上げる。


その動きは優雅で、

しかし世界を支配する“原理そのもの”のように重い。


右手が上がるたび、

空間の雪片が一斉に向きを変え、

すべてがエリゼへ向けられる。


静止していたはずの雪が、

“拒絶”の意志を持って動いた。


世界の雪が、彼女を拒んでいる。


リュミナ

「雪はあなたを拒む。

 あなたの速さは、雪の理を壊す。」


エリゼは息を呑む。

彼女の胸の奥で、何かが震え、崩れかけ――

しかし、それでも折れない。


ここから始まるのは、

“雪と速さ”の最終衝突。


そしてその先に、

まだ彼女自身も知らない感情が待っている。


雪を、

好きになるという未来が。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ