表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/51

発走:罪の上を滑る

 背後で、鋼が擦れる音がした。

 兵たちが一斉に剣を抜き放ち、聖職者たちが詠唱を始める。

 「雪を鎮めよ、風を封ぜよ」

 その祈りの声は、まるで凍てついた鐘のように鈍く響き――すぐ、雪の音に飲まれた。


 灰雪が降る。

 ざわめく群衆の声が波のように押し寄せ、広場全体が震えている。

 だが、そのただ中――エリゼの周囲だけが、“完全な静寂”に閉ざされていた。


 風が、ない。

 音が、ない。

 灰雪が空中で漂い、落ちることを忘れている。


 まるで、世界が“息を止めている”ようだった。


 エリゼはゆっくりと膝を折り、手にした《白哭》を足元に置く。

 氷の板のように冷たい輝きが、雪面に淡く反射する。

 その動きは、処刑台の上とは思えないほど優雅で、祈りの儀式にも似ていた。


エリゼ(小声で):「……行くわ。」


 右足を、静かにボードの上へ。

 その瞬間――“キィン”という小さな氷鳴音が、世界の中心を貫いた。


 空が震えた。

 灰雪が一斉に反転し、落ちるはずの粒が、今度は上へと昇っていく。

 世界の色が、白と黒の境界で歪み、光が裏返る。


 音はない。

 ただ、ひとつの心臓の鼓動だけが、ゆっくりと鳴った。


ドクン――


 その鼓動を合図に、世界は――動き出そうとしていた。


 ざわめきの中を、ひとりの声が突き抜けた。


「姫様――っ!」


 群衆の壁をかき分け、セラが駆け出してくる。

 雪にまみれた白衣が裂け、腕が震え、涙で視界を滲ませながら。

 彼女の足跡だけが、真っ白な雪上に刻まれていく。


セラ:「姫様、それは――罪です!」


 声は、悲鳴にも祈りにも聞こえた。

 兵たちが彼女を押しとどめようとするが、セラは振り払って進む。

 その手が、もう少しで届く――その瞬間。


 エリゼは振り返らなかった。

 ただ、ボードの上に立つ足先を微かに動かし、髪を揺らす。


エリゼ:「ならば、罪の上を――滑っていくわ。」


 雪が一粒、頬をかすめる。

 灰雪が光を帯び、風の流れが彼女を中心に螺旋を描いた。


 その言葉に、世界がわずかに震えた。

 兵たちが剣を構える。

 だが、誰も踏み出せない。


 ――雪の上では、誰も動けない。

 それはこの王国の“信仰”であり、“恐怖”そのものだった。


 リオンが剣を抜く。

 鋼の刃が鈍く光る。

 けれど、その足は雪の縁を越えられない。


 彼は歯を噛みしめ、動けない自分を睨みつける。

 その視線の先で、エリゼはもう風を纏っていた。


 俯瞰の空撮――

 断罪広場に描かれる、ひとつの“風の線”。


 それは、まだ誰も知らない自由の軌跡。

 そして、罪を越える少女の――最初のスタートラインだった。

《白哭》が淡青の閃光を放った。

 足元の雪が、まるで命を失ったように一瞬で融け、

 次の瞬間には白い蒸気が噴き上がる。


 熱でも、炎でもない。

 それは“速度”そのものが生み出す摩擦の光。


 だが――世界は、音を失った。


 聖職者の詠唱も、兵の怒号も、群衆の悲鳴も。

 すべてが霧の向こうに押しやられ、

 聞こえるのは、風の振動と、自分の心臓の鼓動だけ。


ドクン――。

ナレーション:「静寂の中で、最初の一蹴が世界を裂いた。」


 足が雪面を蹴る。

 その一瞬、氷が砕け、風が爆ぜた。

 空気が歪むほどの衝撃――にもかかわらず、音はない。


 ただ、視界の中で世界が“引き延ばされる”。

 時間がひしゃげ、空気の粒が線となって流れ、

 灰雪が横に弾けて散る。


 エリゼの身体が、音を置き去りにして前方へ跳ぶ。

 その姿は、まるで雪を断ち切る光の矢。


 スローモーション。

 彼女の髪が遅れて揺れ、瞳の奥で風が渦を巻く。

 その瞬間、止まっていた世界が、再び――動き出した。

処刑広場の端、石階段へと《白哭》が滑り込む。

 重力など存在しないかのように、彼女の身体は宙を舞い、

 氷の残響を引いて街へと飛び降りた。


 石畳。

 普通の人間なら足首を砕かれる硬さの地面を、

 《白哭》は雪の膜を展開してなぞる。

 その軌跡は――光る“雪の道”。


 存在しないはずの雪が、彼女の進路に沿って生まれては消える。

 街路を走るたび、氷の紋が咲き、淡くほどけていく。


 王都の人々が悲鳴を上げた。

 露店が倒れ、馬が嘶き、旗が吹き飛ぶ。

 だが風の中心――エリゼの周囲だけは、完璧な静寂。


 ドレスの裾が翻り、髪が白い尾を引く。

 まるで夜空を裂く彗星。

 雪煙が軌跡となり、断罪の都を一本の線で貫いていく。


ナレーション:「断罪の街を、雪が駆け抜けた。

それは逃走ではなく――再生の疾走だった。」


 人々の視線が、恐怖から祈りへと変わっていく。

 誰もが息を呑み、誰もが理解する。

 ――これは背信ではない。

 閉じ込められていた“雪”が、ようやく空を取り戻した瞬間だった。


 《白哭》が、咆哮する。

 氷と風が混ざり合い、王都の外壁を駆け上がるように滑走。

 灰雪の舞う空へ、白い尾を引いて跳び上がった。


 背後――処刑広場の鐘が、三度鳴り響く。

 一打目は“断罪”。

 二打目は“覚醒”。

 そして三打目――“再誕”。


 鐘の余韻と同時に、エリゼの身体が宙を舞う。

 《白哭》が蒼く光を放ち、雪の粒が翼のように広がった。


 灰色の雲が迫る。

 だが彼女は、恐れずにその中へ突入する。


 轟音。

 光。

 灰雪の壁を貫いた瞬間、世界の色が反転した。


 視界に広がるのは――限りない白の雪原。

 雲の上の蒼空が、彼女を包み込む。

 雪風が頬を撫で、瞳の中に光が宿る。



「灰雪を裂き、風を纏い、彼女は飛ぶ。

 雪の上を――罪の上を――誰より自由に。」


 

 遠ざかる王都の灰雲、その上でひとつの白い軌跡が伸びていく。

 それは“断罪の証”ではなく、“始まりの線”。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ