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《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


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対決の核心 ― “赦しを追い越す瞬間”

聖堂最終層――《断罪の球殿》。

天も地も消え、ただ白い光だけが満ちる空間を、二つの影が裂く。


エリゼとリオン。


球形の内部を縦横無尽に駆け抜けるたび、

舞い散る雪粒が光の線となって残響を描いた。


エリゼの軌跡は――迷いのない直線。

リオンの軌跡は――包み込むような曲線。


ただそれだけで、二人の想いの向きがまるで違うことが、一目で分かった。


「赦せない!」

エリゼの声が、無音の空間を震わせる。


「雪も、過去も……

 私自身も!!」


その瞬間、彼女の滑走線が赤く滲んだ。

《雪翼》の蒼い輝きは乱れ、雪粒が鋭い刃のように空気を裂く。

白い斜面が亀裂を走らせ、流れていた祈祷文が文字の形を失って散りゆく。


“赦せない”――

それは怒りではない。

胸の奥で凍りついていた痛み。

母を救えなかった、自分を呪う罪悪感の塊だった。


「わかってる!!」

リオンの声が追いつく。

苦しげで、それでも必死に伸ばされた声だった。


「だから……だから僕は――

 君の代わりに赦したいんだ!」


白槍ルミナス・ブレードが淡く輝き、

彼の残す軌跡が“白い防壁”のようにエリゼの直線を受け止める。

リオンの周囲だけ重力が柔らかく歪み、

彼の滑りは“攻撃”ではなく“抱きしめるための速度”へと変わっていた。


それは優しさでも、正義でもなかった。

ただ――エリゼを一人にしないために。

彼女の罪を背負わせまいと、自分の心を削ってでも寄り添おうとする、

危ういほどの献身だった。


直線と曲線。

憎しみと赦し。

二つの速さがぶつかり、球形の空間がひずむ。


ここから先――

速さは想いそのものになる。


エリゼとリオンの速度が、

もはや滑走の領域を超えて“意思”そのものとなった瞬間――


聖堂が、悲鳴をあげた。


天井を覆う白光にひびが走り、

球殿の上下左右で働いていた重力斜面が、

軋みながら回転し、崩れ、ねじれた。


壁に埋め込まれていた《記憶結晶》が叩き割られ、

粉々になって飛散した断片が、

エリゼの過去――母の影、赤い雪、孤独な幼い自分――

を次々と空間に投影していく。


白い祈祷の世界は、

二人の速さひとつで壊れ始めていた。


「そんなもの……いらない!!」


エリゼが叫んだ。

声は涙に濡れ、震え、痛みに押し出されるように。


「私の罪は……

 私のものなの!!」


《雪翼》が蒼光と赤光を混ぜながら暴走し、

彼女の軌跡は制御不能な切っ先となって空間の中心を裂く。

白い球殿が波打ち、祈祷文が悲鳴のように散った。


「それでも――!」


割れた氷の向こうで、リオンの声が跳ね返った。


「君が止まらない限り、

 僕は君を諦めない!!」


痛みに満ちた叫びだった。


彼のルミナス・ブレードが白壁を粉砕し、

割れた破片を蹴り飛ばしながら、

リオンは重力の反転した斜面へ身を投げ込む。


その軌道は、

エリゼの暴走した直線に割って入るようにねじ曲がり、

彼自身の限界を越えて前へ飛び込んでいく。


リオンの滑走には、一つの真実があった。


“赦すこと”でしか、エリゼに追いつけない。

“赦すこと”でしか、彼女へ手を伸ばせない。


だがその赦しは、

彼自身の心を削る“白哭はっこく”の核心――

胸の奥に膨れあがる、誰にも言えない痛み。


エリゼを救おうとすればするほど、

リオン自身が壊れていく。


その痛みも、速さも、

今はまだ誰にも届いていなかった。

エリゼの直線が、

リオンの曲線へ――噛み合った。


それは、速度と速度の衝突ではない。

心と心が正面から激突した瞬間だった。


次の刹那、

空間が“完全に”静止する。


音が消えた。

風も、雪も、重力すらも止まった。


ただ――

まるで巨大な雪鐘が震える直前のような、

無音の響きだけが世界を満たした。


エリゼの《雪翼》から溢れる鋭い蒼光。

リオンの槍から走る柔らかな白光。


二つの光が触れた途端――


◆空間崩壊の演出


大聖堂全体が、

悲鳴を上げるように割れ始める。


・壁を覆っていた祈祷文が剥離し、紙片ではなく雪風となって舞い散る。

・床の氷が逆方向へ流れ出し、鱗のように剥がれ落ちる。

・天井には巨大な亀裂が走り、そこから外界の光が滝のように流れ込む。


神聖で完全だったはずの“赦しの空間”が、

二人の心がぶつかっただけで音もなく崩壊していく。


世界の構造自体が、

この二人の速さに追いつけない。


そして――

空間の中心に、“それ”が生まれた。


巨大な斜面軸がねじ切れ、

その隙間に黒でも白でもない、

ただ“泣き声のような光”の裂け目が開く。


滑走者の心臓が壊れる時にだけ現れる、

危険な深層空間。


白哭はっこく》――

リオンの心に宿る“赦しの歪み”が外部へ漏れ出し、

裂け目の中で脈動している。


その裂け目は、次の章の入口。

“白哭の心臓”覚醒フェーズ――

まだ誰も踏み入れたことのない領域。


エリゼとリオンの戦いは、

もう単なる滑走では終われないところへ到達していた。


世界が軋みながら崩れていくその中心で、

エリゼとリオンだけが、まだ動かない空間に立っていた。


まるで二人だけが、

“速さ”そのものの源に触れてしまったように。


エリゼの胸で《雪翼》が荒く脈打つ。

赦しを拒み、赦されることも拒む――

ただ前へ進むための鼓動。


リオンの白槍は震えていた。

赦したい、守りたい、追いつきたい。

そのすべてを抱えてしまった彼の速さは、もう限界に近い。


二人の視線が交わる。

その瞬間、読者に“テーマ”が突きつけられる。


◆赦しは目的ではなく、追い越すもの。


赦されるために走るのではない。

赦しのために速度を求めるのではない。


速さは――

もっと自由で、もっと危うくて、

もっと自分勝手でいい。


赦せない自分のままでも、

前へ滑ることはできる。


その速度がいつしか、

誰かの“赦し”をも追い越してしまうのだと。


エリゼの軌跡は、

リオンの“赦しの曲線”を越えるように震えた。


リオンの目が見開く。


彼は気づいてしまったのだ。

自分の“赦す速さ”が、

もうエリゼの“赦さない速さ”に追いつけないことを。


その瞬間――

リオンの胸の奥、最も深い場所に封じていた感情が軋む。


苦しみ、愛しさ、絶望、祈り……

それらすべてが一つに溶け合う。


白哭はっこく

――リオンの心臓の奥底に潜む、

“赦しの限界を越えた叫び”が目覚め始める。


エリゼはまだ知らない。

今、自分の速さが、

誰かの“赦し”という祈りを追い越したことを。


そしてリオンも知らない。

その追い越された瞬間こそが――

次章で覚醒する《白哭》の始まりだったことを。





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