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《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


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38/51

リオン登場 ― “罪と赦しの再衝突”

エリゼが白い回廊を突き破り、第二層へと滑り込んだ瞬間――

世界が、裏返った。


 


そこは、円形の巨大空洞だった。


床も、壁も、天井すらも存在はする。

だがそのどれもが“斜面”として等しく彼女の足を受け入れ、

重力は方向ごとに別の律を持って働いていた。


左の斜面では斜め下へ、

右の壁では垂直方向へ、

天井では逆さまの雪崩のように、

引きずり落とす力が同時に存在する。


 


エリゼは一歩踏み込むだけで、足元が流れる方向を変えた。

空気が強制的に傾きを持ち、速度そのものが“捻じ曲げられる”。


 


円環状に伸びる氷のレーンには、

淡く光る〈赦しの祈祷文〉が絶えず流れていた。


白い文字列は、彼女が滑るたびに――

かすかな赤を差し始める。


罪が、速さで染まっていくように。


 


エリゼは息をのむ。

跳ね返るはずの音が、どこにも消えていく。


音が吸われる。

鼓動だけが、やけに大きく聞こえた。


 


「……ここ、全体が……罠……」


そう呟いた声すら飲み込まれ、雪の静寂に溶ける。


 


この迷路は、逃げる者を捕らえるために作られた。

滑走者の感情に干渉し、罪を“回収する”ための祈祷機構。


エリゼが向き合うべきものは――

迷路そのものが抱え込む“歪んだ赦しの形”だった。



エリゼが傾斜する階段を一気に駆け上がったその瞬間――

斜面が、白い影で塞がれた。


鋭い光が弾け、逆光の中から一本の槍が突き出る。

白銀の金属音が、静寂しかないはずの空間にだけ響いた。


 


エリゼは反射的に停止し、息を呑む。


そこに立っていたのは、

彼女が最も会いたくて、最も会いたくなかった人物だった。


 


リオン。


だが、その姿は彼女の知る彼とは違っていた。


 


白銀鎧ホーリー・スレッドが、

雪の光を乱反射して冷たい輝きを放つ。


胸には“赦しの十字雪”――聖雪教の象徴。

背に展開した滑走補助翼スノウ・ランナーが揺らぎ、

氷の粒子を散らしている。


右手に構えるのは祈祷白槍ルミナス・ブレード

刃先は雪光を帯び、逃げる者を刺し貫くためだけの構造。


 


エリゼの声が掠れる。


「……また、立ちはだかるの?」


 


リオンは答えず、まず槍を静かに下げた。

その仕草ひとつひとつが、葛藤に軋む音を孕んでいる。


そして、

苦しさを噛み殺したような微笑みを浮かべた。


 


「僕の役目は……君の罪を、正すことだ。」


白い祈祷文が、彼の周囲で淡く渦を巻く。

彼は聖雪教の紋章を背負う“断罪者”だ。

そう見える。


だが次の瞬間、

その役目を裏切るように声の温度が変わった。


 


「でも、忘れないで。」


槍を握る手が微かに震える。


「――僕は、君を罰したいんじゃない。

 君を、赦したい。」


 


その言葉は矛盾していた。

断罪者の口から出るには、あまりにも優しい願い。


けれど――

それがリオン自身の限界であり、歪みであり、祈りだった。


教皇に命じられたからではない。

忠誠心でもない。


“エリゼを背負う方法が、もうそれしかない”

と、自分に言い聞かせてここに立っている。


 


だから、彼は断罪者の鎧を纏っていても、

エリゼを憎む者の眼をしていなかった。


ただ哀しげに、

それでも彼女を追い続けるために――

ここに立ちはだかっている。


 


エリゼは胸が締めつけられるように痛くなった。


彼は敵ではない。

でも味方でもない。


彼は、

“赦し”と“罪”の矛盾そのものを背負った滑走者として

目の前に立っていた。


白い走廊に、二人の滑走音が重なる。

だがその響きは、似ても似つかない。


まったく別の意味を持った“速さ”が、

同じ空間で激しく衝突していた。


 


■エリゼの滑走 ― 憎しみを突き破る直線


胸の《雪翼》が不規則に光り、蒼の閃光が走廊を切り裂く。


エリゼの滑りは空の調和とは似ても似つかない。

《雪翼》の半覚醒による“直線爆発”。

揺らぐ心が、揺らぐまま加速へ変換されていく。


それは――赦せない速さ。


雪が奪ったものも、

母の影も、

断罪の言葉も、

すべてを追い越そうとする直線的な疾走。


彼女が踏みしめた斜面が砕け、

氷の欠片が白い尾を引く。


エリゼ

「止まりたくない……止まれない……ッ!」


 


■リオンの滑走 ― 赦すための曲線


対してリオンの滑りはまったく異質だった。


白槍ルミナス・ブレードを構えたまま、

重力反転レーンへと軽やかに移動し、

滑走角度を一瞬で変える。


その動きは速い――けれど荒れない。

相手の攻撃軌道を“受け止める”ために最適化された曲線。


相手を傷つけないための速さ。

追いつくための速さ。


瞳は真っ直ぐにエリゼを捉え、

彼の滑走全体が“拒まない”意志を持っている。


リオン

「君を止めたいんじゃない……!

 君を、落とさないために……僕はここにいるんだ!」


 


■交錯:速さの意味が正反対だからぶつかる


白い走廊は三次元に折り畳まれ、

床と天井が回転して入れ替わる。


その全てを、二人は疾走しながら使い切る。


 


●アクション 1


エリゼが怒号のような速度で斜面を砕きながら突進――

蒼の軌跡が直線に伸びる。


●アクション 2


リオンは反転する重力レーンへ跳び移り、

白槍を斜めに構えてエリゼの軌道を柔らかく逸らす。

衝突ではない、“抱くような受け止め”。


氷の火花が散り、

二人の軌跡が交差した部分だけ霜が爆ぜる。


●アクション 3


天井 → 壁 → 床へと、

滑走面が目まぐるしく変わる迷路で、

二人の速度は加速し続ける。


だが、軌道の意味が違う。


■意味の衝突


エリゼは――

追い越すための速さで走る。


リオンは――

追いつくための速さで走る。


その意味が正反対だから、

同じ速度領域に達するたび、

二人の速さは激しくぶつかり、

空間ごと歪ませていく。


  


白光の迷路に、

蒼と白の二重軌跡が複雑に絡み合う。


やがて走廊じたいが震え、

赦しと憎しみが、ぶつかり合う音を発し始めていた。

白い走廊の空気が、ふいに震えた。

氷の壁に刻まれた祈祷文が淡く光り、

それに呼応するように――

エリゼとリオンの軌跡が“形”を帯び始める。


 


■祈祷機構の発動


ふたりが描いた滑走線は、ただの残像ではなかった。


エリゼの軌跡は、赤く揺らぐ“罪”の色。

リオンの軌跡は、白く輝く“赦し”の光。


祈祷機構は、それらを“形として固定”し、

空間に二つの円を描かせた。


ゆっくりと回転し始める二重の軌跡。

だが――重ならない。


どれほど速度を上げても、

どれほど角度を変えても、

二つの輪は決して交わらないまま回り続ける。


まるで罰として設計されたかのように。


 


■エリゼの焦燥


エリゼは斜面を蹴り、蒼光を引いて加速する。

何度目かの接近――

けれど指先が届く前に、また“輪”に戻される。


エリゼ(心の声)

「……どうして追いつかないの?

 どうして……こんなに速いのに……!」


速さに歪みが走る。

憎しみが燃えるたび、彼女の軌跡は赤い輪に近づくが、

祈祷機構がそのたびに弾き返す。


エリゼの速度は線で、

リオンの速度は曲線。

その差が、二つの軌跡を永久に交差させない。


胸の奥が灼けつくように痛む。


 


■リオンの葛藤


白い軌跡の中心で、リオンは胸を押さえる。

呼吸が荒い。

それでも視線だけは、ずっとエリゼを追っている。


リオン

「君を責めたいんじゃない……!

 でも……君が憎しみで走る限り、

 ――僕は、“赦す速さ”で塞ぐしかない!」


言葉は苦しげだ。

だが、その槍の軌跡は、揺れない。


彼の速さは“止めるため”ではなく、

“落とさないため”のもの。


だからこそ、エリゼの憎しみに触れられない。

だからこそ、二つの輪は交わらない。


 


■二人を閉じ込める“心理の罠”


罪の輪と赦しの輪。

二つは絶対に融合しない。


それは単なる祈祷機構の罠ではなく――

エリゼとリオン、それぞれの心が生んだ“距離”。


エリゼは赦せないから直線の速さで突き抜けようとし、

リオンは彼女を抱くため曲線で包もうとする。


二人の心そのものが、

 二重ループを形成している。


白い走廊が軋み、

罪と赦しの輪が加速しながら、二人を閉じ込め続けた。


誰も前に出ず、

誰も後れない。


それは戦いではない。

逃げられない“答え合わせ”だった。



二重ループがさらに加速し、

白い走廊そのものが震動を帯び始めた。

斜面が軋み、祈祷文が赤と白に交互に点滅する。


エリゼはその中心で、胸をかきむしりたくなるほどの痛みに耐えていた。

《雪翼》が乱れ、脈動が不規則に跳ねる。

まるで胸の奥で、二つの速さ――罪と赦しが衝突しているように。


 


■エリゼの心が裂ける


押し寄せるのは過去の雪。

倒れた母。

血の付いた白。

赦せないまま走り続けた自分。


でも今は、それに加えて――

リオンの声。

空翔族の祝福。

《雪翼》に宿った、“風と共鳴した速さ”。


矛盾が、胸の奥で暴れ回る。


エリゼ

「私は……赦されるために滑ってない……!

 でも……赦されないまま走るのも……怖い……!」


声は震え、叫びは涙の寸前で止まる。


《雪翼》が暴発し、蒼光が斜面を裂く。

重力が乱れ、壁が反転し、二重ループさえ歪んだ。


 


■リオンの叫び


白い軌跡を描きながら、リオンは迷わずエリゼへ向かう。


その瞳は苦しげに揺れていた。

赦したい。

しかし断罪しなければ彼女は止まらない。

その矛盾が、彼自身の心を締め付けている。


リオン

「エリゼ……!

 憎しみで走る君を、このまま放ってはおけない!」


言葉が鋭く響いた瞬間、

祈祷文が白く強く光り、走廊全体が息を呑んだように静まる。


 


■衝突


エリゼの蒼い斜線と、リオンの白い曲線が――

ついに真正面からぶつかった。


衝撃は音を奪い、

氷の斜面が下から弾け飛ぶ。


光の粉雪が舞う中、

ふたりは一瞬だけ、間近で互いの瞳を見つめた。


憎しみ。

赦し。

罪。

祈り。

それでも寄り添いたいという願い。


全てが入り混じった一閃だった。


 


■予兆―― 《白哭》の影


衝突の余波で、走廊の天井に亀裂が走る。


その裂け目の奥。

白い光が、泣いているように震えた。


リオンの背後にだけ、

淡い“白い涙跡”のような紋が揺れ始める。


まだ形にはなっていない。

ただ、叫びの前触れのように震えている。


白哭はっこく》――

リオンが長年抱えてきた歪んだ赦しの心臓が、

ついに目覚めようとしている。


その兆しを感じ取ったエリゼの胸にも、

別の痛みが走った。


ここから物語は――

“罪と赦しの心臓戦”へ突入していく。

重力のない音が奔った。

二重ループが限界を迎え、

白い走廊の上層――天井そのものに、鋭い裂け目が走る。


赤と白の軌跡が交互に脈動し、

祈祷文が悲鳴のように歪み、

空間そのものが「もう耐えられない」と告げていた。


次の瞬間。


――空間が、割れた。


走廊が“裏側”へと強制的に展開され、

強烈な上昇気流がエリゼとリオンを同時に捕らえる。


 


■引き上げられる二人


エリゼ

「――っ!!」


リオン

「エリゼ!」


身体は意思とは無関係に宙へ跳ね上げられ、

二重ループの中心点へ吸い込まれゆく。


白と蒼の光が絡み合い、

ふたりの影を同時に飲み込んだ。


しかし流されながらも、

リオンは必死に声を投げる。


 


■リオンの宣言


リオン

「エリゼ……

 君の罪を断つためじゃない……!」


裂け目の光が彼の横顔を照らし、

白い鎧の表面にひびのような光紋が走る。


リオン

「君と――

 真正面から向き合うためだ!」


その声は祈りでも命令でもない。

ただ、ひとりの滑走者として、

一人の少女を追い続けてきた少年の本心だった。


 


■エリゼの応答


吸い上げられながら、エリゼは振り返る。

乱れていた胸の鼓動が、一瞬だけ静かになる。


そして――

蒼い瞳が、決意の光を宿した。


エリゼ

「だったら……!」


風翼《雪翼》が蒼光を爆ぜさせ、裂け目へ向けて開く。


エリゼ

「私の速さで、あなたを追い越す!!」


 


二人の声が重なり、

裂け目は光の奔流となって爆ぜた。


そのまま。

ふたりは白い断絶空間の向こう――


決戦の最終層《罪と赦しの境界ホワイト・ノット》へと落ちていく。








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