聖雪圏突入 ― “白い聖堂の滑走戦”
光の裂け目を抜けた瞬間、視界は白に呑まれた。
まばたきする間もなく、エリゼは“霧の海”のただ中に立っていた。
風はない。
雪も吹かない。
ただ、世界そのものが息を潜めたように沈黙している。
「……ここが、聖雪圏……?」
吐いた声まで、霧に吸われていく。
風が死んでいる――その異常が肌に突き刺さるように伝わる。
霧の奥がゆっくりと割れ、巨大な影が姿を現す。
雪崩谷を貫く一本の白道。
直線ではなく、蛇のようにくねりながら遥かな奥へと延びている。
その最果てにそびえるのは、純白の巨殿。
白い聖堂。
左右非対称に積み重なる層、
外壁に張り巡らされた滑走面、
うねるように分岐する氷の斜路。
外観だけで理解できる。
ここは“建物”ではない――
滑走で祈る狂信の迷宮だ。
「……この世界、全部……“滑るため”に造られてる……?」
つぶやいたエリゼの胸に、微かな痛みが走った。
霧の向こうで、白い空気がゆっくりと震える。
風が吹いたのではない。
信仰そのものが流れている。
次の瞬間、空気が砂のように凍り始めた。
エリゼの背で、《雪翼》がびくりと震える。
まるで何者かに触れられたかのように。
「……拒まれてる……?」
違う。
拒絶ではなく――
信仰という名の“流れ”が、外の者を飲み込もうとしている。
重力が傾き、足元の雪が静かに斜面へと誘う。
滑らせようとしている。
祈らせようとしている。
ここは教義の中心。
風すら死ぬ、聖雪教の支配領域。
エリゼは息を呑み、まっすぐ前を見据えた。
「……行くしか、ない。」
白い霧が裂け、
聖堂の滑走迷宮が、彼女を待ち受けるように口を開く。
――その瞬間だった。
キィィィィン――ッ!
空気を切り裂くような光の大鐘が、白い霧を震わせた。
音というより、空間そのものが悲鳴を上げるような振動。
エリゼが振り返るより早く――
白銀の影が、無音で迫ってきた。
滑走兵団。
足元には氷刃のようなスケート型祈祷具。
腕には雪結晶の紋章が刻まれた祈祷槍。
背には重力を切り捨てる“氷滑空器”。
祈りを速さに変えるためだけに作られた装備。
聖雪教の狂信を体現する、白銀の神兵。
「――ッ!」
エリゼが咄嗟に身を引くと、
霧の中から現れた兵たちが、聖堂外壁へ跳び移った。
垂直斜面を、滑った。
まるで重力が存在しないかのように、
白い壁面をスケートの軌跡が走り、
そのまま兵たちが一斉に逆落としのような速度で突撃してくる。
中空で槍が構えられ、
刃先に祈祷光が灯った。
「くっ――!」
エリゼは反射的に背の翼を開いた。
《雪翼》が淡い蒼光を撒き散らしながら展開し、
白い斜面へ飛び移る。
斜面は滑走を強制する“祈祷角度”。
思わず足が引かれるが、エリゼは体を捻ってジグザグの軌道を走らせる。
彼女の頬を、祈祷槍の光刃が掠めた。
兵団長の声が、聖堂全体に反響する。
「反逆者エリゼ・スノウフィールド!
雪を汚した罪――その身体で贖え!」
白い霧が割れ、次々と槍が突き出される。
同時に、耳の奥で風が震えた。
シルヴァの風通信だ。
『気をつけろ! 奴ら、速度で祈る連中だ。
“戦うための滑走”に特化してる!”』
「……そんなもの――!」
エリゼは歯を噛み、斜面を加速する。
「――負けるわけ、ない!」
祈りの速さと、共鳴の速さ。
相反する二つの律が、白い聖堂の入口で交錯した。
白い聖堂の入口は、
巨大な“氷のファンネル”だった。
渦巻く霧の中心へ、エリゼは《雪翼》の余熱をまといながら飛び込む――。
その瞬間、世界が裏返った。
ガコン――ッ!
聖堂内部が、意志を持った獣のように歪む。
床が傾き、天井が揺れ、壁の光紋が走り――
すべてが、エリゼを“迷わせるため”に動き出した。
●動く滑走迷宮
床はあらゆる方向へ傾斜し、
角度は祈祷文の流れに合わせて刻々と変化する。
天井は巨大な氷板の歯車となり、
ゆっくり――しかし確実に回転し、
斜面の向きを強制的に逆転させてくる。
壁は透明な氷膜で、内部に祈祷文が流れている。
その文字は速度によって色を変え、
滑走者の“罪の重さ”を測定するという狂った機能を持っていた。
滑走路ではない。
迷わせ、落とし、折るための聖堂――
それがこの『白の回廊』。
エリゼは一歩滑るごとに世界がめまぐるしく反転するのを、
歯を食いしばって受け止めた。
「……っ!」
直線だと思った斜面が、
次の瞬間には 真下へ垂直落下 する。
――落ちる!?
息を呑んだ刹那、
壁が重力を横へと引き寄せ、
“側面”が新たな滑走路に変わった。
エリゼは反射的に身体を捻り、
片足で氷壁を掴むように踏みつける。
ギィィィッ――!
氷が泣き、火花のような白光が散る。
だが落ちない。
エリゼは滑走を継続した。
そこへ、白銀の閃光。
「凍結祈祷――撃て!」
ホワイト・オーダーの祈祷槍が一斉に光を放つ。
シュッ! シュバァッ……!
放たれた霊光は氷の軌道を“白く凍らせて削る”砲撃。
狙われた斜面は即座に硬直し、動きの自由を奪う。
「く……っ!」
エリゼは即死コースを何度も回避し、
反転する床、回転する天井、ねじれる壁をすり抜ける。
逃げ場など、最初から存在しない。
この聖堂は、罪人を“速さで裁く”ための機構なのだから。
兵団長の声が、滑走迷宮に反響する。
「罪は雪より白く!
滑走で証明せよ、呪雪の徒!」
祈祷文が次々と白光に染まり、
エリゼの進路へ降り注いだ。
だが――
「っ……滑らせてくれないんだ……!」
エリゼは、胸に手を当てた。
《雪翼》がかすかに震え、
空ではなく“雪そのもの”に反応し始める。
「なら……私は――」
彼女は顔を上げた。
前髪の影の奥で、瞳だけが蒼く燃えている。
「掴み取る!」
白い祈祷迷宮を、
反逆の蒼光が切り裂いた。
白い迷宮を抜けた先――
聖堂最奥に広がるのは、巨大な円形斜面だった。
ただの斜面ではない。
天井から落ちる光は一点に集まり、
その中心に 宙に浮く白銀の球体 が存在していた。
《断罪再演装置》
それは雪の神へ“罪”を証明するために作られた、
聖雪教最大の禁忌装置。
周囲の空気が硬質化する。
聖職者の無機質な声が、空気を震わせた。
「――罪、再演。」
その瞬間。
バンッ――ッ!!
斜面を囲む壁面が、
まるで氷膜が破裂するように割れた。
えぐり込むように、
断罪ビジョン が流れ込んでくる。
白く、淡く、しかし残酷なまでに鮮烈な光景。
●“氷涙坂”――再生される過去
赤い雪。
倒れた母の影。
雪面に広がる血のきらめき。
幼いエリゼが、
震える足で立ち尽くしている。
“雪が奪ったのだ”
誰に言われたでもない、
幼い自分が勝手に呟いた言葉。
そのすべてが、
“過去の雪の断片”として復活する。
エリゼは息を呑んだ。
「やめて……それは……!」
言葉は震え、喉は締めつけられる。
だが断罪装置は容赦しない。
むしろ“苦痛こそ正義”とでも言うように、
ビジョンはさらに深く、さらに鮮明に解像されていく。
●敵性ギミック ― 幻影の具現化
視界の端で、影が揺れた。
次の瞬間――
母の姿を象った氷幻影が、
斜面の前方に立ち塞がる。
「……どうして、雪を憎むの?」
母の声ではない。
しかし“母であってほしい声”がエリゼの胸を刺す。
エリゼは無意識に後退りしそうになるが、
斜面は容赦なく前へと“滑らせる”角度へ変わる。
そこに――
逆走する幼いエリゼの幻影が、
凍った足音を響かせながら突っ込んでくる。
「わたしが雪を汚した……
だから……だから――!」
自分自身が“敵”となって襲いかかる。
さらに風。
風は冷気化し、
斜面全体の気温が一瞬で氷点下を突き抜ける。
胸の中心――
《雪翼》の心臓だけが、痛みに共鳴して震えた。
ホワイト・オーダーの声が、
断罪斜面のあらゆる方向から響きわたる。
「罪を見つめよ。滑りで証せ!」
「お前は雪を赦せなかった!」
「その罪が、お前を凍らせる!」
祈祷文の白光が、
刃となって軌道を削る。
幻影が、斜面を塞ぐ。
風が、心臓を締め上げる。
雪が、胸元に“罪”として積み上がっていく。
そして――
エリゼは、逃げる道を完全に失った。
過去そのものが、敵として迫ってくる。
――滑らなければ、凍死する。
――滑っても、罪が追いかけてくる。
それが、この“断罪雪堂”の儀式。
白い斜面が、急降下の角度に変わった。
エリゼは一瞬バランスを失い――
ズルッ!
氷の上で滑り、
肩から斜面へ叩きつけられた。
衝撃と同時に、
背の翼が キィン! と嫌な音を立てる。
《雪翼》の片側が、
白い霜に覆われ、震動を失った。
呼吸が乱れ、肺に冷気が刺さる。
●心の声がむき出しになる
「私は……雪を赦せない……!」
声にならない悲鳴が胸で散った。
逃げ場のない斜面。
次々と再生される残酷な記憶。
幻影となって襲いかかる“過去の自分”。
そしてその中心にあるのは――
雪。
母を奪った、あの日の雪。
彼女の中で何度封じても、
何度滑るたびに少しずつ忘れた気になっても、
本当はひとつも薄れていなかった。
「母を……
奪ったくせに……
どうして……私に触れようとするの……!」
胸を掴んでも、
痛みは収まらない。
●断罪装置の冷酷な声
上空に浮かぶ《シロスコープ》が、
冷たい鐘のような音を鳴らす。
断罪装置の声
「――認めよ。」
氷の斜面全体が震え、
祈祷文が壁に刻まれるように浮かび上がる。
「雪を憎む子よ。」
「雪原に立つ資格なし。」
その言葉は祈りでも咎めでもなく、
ただ純粋な“断罪の事実”として突き刺さる。
視界が白く閉じ、
エリゼは自分がどこに立っているのかすら失いかけた。
胸が締めつけられ、
呼吸は細く途切れる。
吸えない。
空気が、どこにもない。
白が溢れ、白が重なり、白に呑まれ――
彼女の精神は、崩れ落ちる寸前まで追い詰められた。
斜面の向こうで、
幼い“エリゼの幻影”がこちらを見上げる。
その口が動く。
「あなたが赦さないから……
雪は、ずっとここにいるの。」
エリゼは震える視界の中で、
ついに――瞳を閉じかけた。
その時――
白い世界の奥から、
ひとつの声が差し込んでくる。
凍りついた風を割るような、
懐かしく、あたたかい、
しかし痛みも連れてくる声。
「……エリゼ!」
白い断罪の世界に閉ざされかけていた視界に――
突然、ひと筋の“風”が差し込んだ。
その風は、冷たくも暖かくもない。
ただ懐かしく、胸を締めつけるような震えを帯びている。
そして、その風に乗って――
声が届く。
●リオンの声 ― 遠いはずなのに側にある
リオン(風の向こうから、静かに)
「君は、雪を赦せなかった。」
白い世界が、薄く揺らぐ。
リオン
「でも僕は――
君を赦したい。」
その言葉は、断罪の雪ではなく、
救いでもなく。
ただ、風のように静かで、真っすぐで。
エリゼの胸が、きゅっと震えた。
エリゼのまつげが、かすかに揺れる。
エリゼ(かすれた声)
「……どうして……
みんな、私に赦しを求めるの……?」
自分自身でさえ
“雪を赦せない”のに。
どうして他人は――そう言ってくれるの?
その疑問は、痛みよりも苦しくて、
胸の奥を刺すようだった。
●《雪翼》が応える
胸に当てた手の下で、
《雪翼》が**ドクン……!**と蒼く脈動した。
断罪装置の冷気に凍らされかけていた心臓が、
風を求めて動こうとしている。
蒼光が薄い膜のように身体を包む。
●シルヴァの声 ― 割り込んでくる現実
別の声が重なった。
低く、強く、エリゼを引き戻すような声。
シルヴァ(風通信で怒鳴るように)
「エリゼ!
“罪”なんて言葉で凍るな!」
白の世界がびりつと震えた。
シルヴァ
「お前は風の速さを手に入れた!
なら――
その風で雪を突き抜けろ!」
その瞬間、
胸の中で蒼光が弾ける。
バンッ!
霜で凍っていた片翼が、
わずかに、ほんのわずかに震えた。
エリゼ(息を吐きながら)
「……突き抜ける……?
雪を……?」
断罪装置の“記憶の雪”が、
ざわりと周囲で揺れはじめる。
白い世界は未だ閉じている。
でも――
彼女の胸の中にだけ、小さな“風穴”が開いた。
そこから風が流れ込んでくる。
温度も意味もないただの風。
しかし、エリゼには分かった。
この風は――“つながっている”。
震える足が、わずかに踏ん張りを取り戻す。
青い光が、断罪の白を押し返し始めていた。
白一色の断罪世界。
その中心で膝をついていたエリゼが――
ゆっくりと、立ち上がった。
震える脚に力を込めるたび、
断罪装置が放つ冷気がバチバチと砕け散る。
胸の奥、
《雪翼》が蒼く――深く脈動した。
ぱあっ……!
翼がふたたび開いた瞬間、
蒼光が断罪ビジョンの白霧を“祓うように”広がり、
世界の色が一気に揺らいだ。
●エリゼ、覚醒の叫び
エリゼ(最初は震え声。だが次第に芯が通る)
「……罪……?」
目の前に立ちはだかる母の幻影。
背後で泣いている幼い自分。
視界を覆う“罪”という名の白い膜。
エリゼ
「なら――」
空気が裂ける。
エリゼ(叫ぶ)
「赦しごと、追い越してみせるッ!!」
蒼光が爆ぜた。
●反攻アクション
◆幻影の母を“避けずに”抜く
滑走路中央で涙のように揺れる母の幻影。
今までのエリゼなら恐怖に足を止めていた。
だが――
今回は違う。
エリゼ
「そこに、私はいない!」
蒼光の軌跡が一直線に走り、
母の幻影は触れた瞬間、氷の粉となって散った。
避けたのではない。真実として“踏破”した。
◆幼いエリゼの影を飛び越える
逆走する“幼い自分”が、白い斜面を全力で塞ぐ。
幼いエリゼ
『戻ってきてよ……!』
エリゼの眼は揺れない。
エリゼ
「ごめん。
でも私は……前に行く!」
蒼翼が跳ね上がり、
自分自身の影を――
鮮やかに飛び越えた。
影が崩れ、風の粒子となって散る。
◆祈祷文スラローム破壊
斜面左右の壁から祈祷文が光の鎖となって伸びる。
触れれば即座に凍結される“断罪回路”。
しかしエリゼは――
そこをスラロームで切り裂いた。
シャッ、シャッ、シャッ!!
蒼軌跡が祈祷文を貫き、
文字が砕け、光の欠片が雨のように降り注ぐ。
ホワイト・オーダー(狼狽)
「な……祈祷陣が切れていく!?
あり得ない! 滑走で断罪陣が破られ――!」
叫びが途中で途切れる。
●聖堂が軋む
エリゼの蒼軌跡が白斜面を“中心線”として裂き、
深層の祈祷機構まで蒼光が達した。
ドオォォン……!
白い聖堂が、
呼吸するように震えた。
・柱がひび割れ
・透明だった壁に蒼の筋が走り
・天井の祈祷文が逆流し始める
まるで、“罪の回廊”そのものが
彼女の滑走で心臓を貫かれたかのようだ。
エリゼは止まらない。
蒼翼が風をまとい、
断罪の白を――
風翔者の蒼で切り裂いていく。
ついに、
白い回廊の奥が“蒼と白の亀裂”に割れた。
そこは次のステージ、
断罪儀式の核心へと続く――。
白い聖堂が、悲鳴をあげた。
崩落音ではない。
祈祷文が逆流し、
断罪の機構が“存在そのものを砕かれた”時にだけ響く――
低く、深い、構造のうめき。
バキィィィン……!
《断罪再演装置》の中心部が、
エリゼの蒼軌跡に貫かれ、
白光の柱となって弾け飛ぶ。
氷の粒子が雪のように舞い散る。
しかしそれは祝福でも罰でもなく、
ただ“終わり”の証。
視界が裂け、
奥へと続く巨大な斜面が姿を現した。
●“審判の大聖路”
そこは聖雪教の中枢。
罪人を裁くためではなく――
すべての断罪を、最終的にひとつへ収束させるための道。
白い光で塗りつぶされた、
果てしなく長い――
滑走の回廊。
圧倒的な静寂。
世界のすべてが、この道の前で息を潜めているようだった。
エリゼは蒼い息を吐き、
前へ脚を進める。
足の下で《雪翼》が、
小さな風を起こして寄り添う。
●その先で、誰かが待っている
白い霧の奥。
ゆっくりと浮かび上がる影。
祈祷装備。
王国制式滑走具。
氷灯の光を背に立つ、ひとりの青年。
リオン。
もう逃げ場はない。
彼は“断罪の執行者”として、
この大聖路の終着点に立っていた。
しかしその横顔は――
苦しげに、揺れていた。
エリゼは小さく息を吸い、
胸にそっと手を当てる。
エリゼ(心の声)
「待ってて。
私が――
罪でも、赦しでもなく。
……私自身の速さで、たどり着くから。」
蒼光が背中で鳴った。
《雪翼》、展開。
次の瞬間、
白い大聖路に、蒼の破線が鮮やかに走る。
物語は次章へ――
**“白い決戦/リオン再臨”**へ突入する。




