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《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


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31/51

空の対話 ― “共鳴の瞬間”

逆光に染まった雲海を裂き、二人は北側の空域へ躍り出た。

その瞬間――空が“裏返った”。


風が吠える。いや、噛みついてくる。


雲冠峰の北端にだけ存在する異常空域、

アルヴァリウスですら迂回するという “逆螺旋風脈”。

そこは、天空そのものが牙を剥く場所だった。


視界が歪む。

上も下も、左も右も混ざり合い、重力は狐火のように気まぐれに揺れる。


雲が千本の刃のように横切り、

気流が生き物のようにうねり、

エリゼの体は半ば引きちぎられるように翻弄された。


「くっ……!」


彼女は反射的に背の《雪風》を強く展開し、

荒れ狂う風を“掴んで”推進力へと変換する。

しかし――その力はあまりにも粗暴で、扱いきれない。


速度が跳ね上がった。

体が追いつかない。

空間がちぎれ、視界が白い残像だけになる。


エリゼ(心の声)

『風が……読めない……っ! どこに流れてるの……?』


風は答えない。

むしろ、嘲笑うように方向を変え、

彼女をさらに深い乱流の中心へと引きずり込んだ。


彼女の軌道がねじれ、身体が跳ね、

雲の裂け目をかすめるたび、

刃物のような冷気が肌を切り裂く。


――少しでも判断を誤れば、空の底へ叩き落とされる。


暴走する速度。

制御不能の気流。

空が牙を剥くたび、エリゼの鼓動が荒くなる。


だが、その荒々しい滑走を、

ライラだけは静かに見つめていた。


彼女の六翼《空冠翼》が淡く揺れ、

すべての乱流が“避けて”通るように彼女の軌跡を空に刻む。


風は、彼女を恐れているのではない。

従っている――それがはっきり分かった。


エリゼだけが、まだ風と戦っている。



次の一瞬、エリゼの軌道が限界まで裂ける。

物語はついに“共鳴の覚醒”へと向かっていく。



逆螺旋風脈の中心へ踏み込んだ瞬間だった。


エリゼの滑走軌道が、上下逆さまに裂けた。

風脈が反転し、彼女の身体を“裏側の空”へと引きずり込もうとする。


「っ……まだいける……押し切る……!」


彼女は迷わず、これまで幾度となく突破してきた“強引な加速”を選ぶ。

荒れた風を捕まえて、踏みつけ、力でねじ伏せる――

そのやり方で、どんな絶壁の乱流も突破してきた。


だが、空翔族が“牙”と呼ぶこの風域だけは違った。


風が逆流し、押し返す。

“敵意”すら感じるほどの反発。


速度は上がる。

上がる。

上がる――だが同時に、空間との“ズレ”が増大していく。


視界が白く塗り潰された。


世界が消えたのではない。

速度が、もう彼女の五感の処理能力を越えたのだ。


「う……あっ……!」


バランスが崩れ、背の風翼《雪風》が悲鳴を上げる。

右の翼がひしゃげ、氷片のように砕け散った。


風の奔流が一気にエリゼの姿勢を奪い――

身体が、空に投げ出される。


その刹那。


空全体が鳴った。


重低音にも似た “風鳴” が、神殿すら震わせるほどに響く。

風が怒り狂っているのか、警告しているのか、判別できない。


リオン(遥か後方で、叫ぶように)

「やばい、あの乱流は――!

 エリゼッ、止まれ!!」


だが彼の声は届かない。

音も、距離も、空そのものが歪んでいる。


エリゼはただ――

目の前の白い奔流に呑まれていく。


風はまだ、彼女を“仲間”として扱っていなかった。


暴風が、世界を引き裂いていた。


風は牙を剥き、雲は金切り声のような白光を散らし、

彼女の身体を空の底へ引きずり落とそうとする。


視界はひび割れた鏡のように乱れ、

音さえ、風鳴に飲み込まれて消えた。


だが――

その暴風の只中、時間がふ、と止まる。


雪片が動きを忘れ、

雷光が空の裂け目で静止し、

ただ一点だけ、明瞭に響く声があった。


ライラの声だ。


風そのものの流れに乗り、

どこか遠く、どこでもない場所から届く。


ライラ(静かに、包み込むように)

「速さは、争いじゃない。」


エリゼは呼吸を止めた。

暴走していた速度が、胸の奥で溶けていくようだった。


「……え……?」


ライラ:

「風は、あなたに勝ちたいと思っていないわ。

 あなたが“並んでくれる”のを、待っているの。」


命令でも、叱責でもない。

ただ優しい。

風が初めて、言葉を持って語りかけてきたような響きだった。


そのときエリゼは見た。


乱流の背後――

ライラの六翼《空冠翼》が、暴風を押しのけているのではなく、

“抱きしめるように包み込み”、丸く整えていることに。


風をねじ伏せているのではなく、

風と心拍を合わせているのだと、ひと目で分かった。


エリゼ(心の声)

「……風と、戦わない……?

 風に……抱かれる……?」


胸が熱くなる。


ずっと競ってきた相手――

自分が置いてきた恐れ、怒り、速さへの渇望。

そのすべてと、向き合わずに走り続けていた。


風はそれでも、ずっと隣にいた。


涙が一粒、空へ零れる。

その涙は風に乗り、蒼い粒子となって乱流を撫でる。乱れきっていたエリゼの風翼《雪風》が、

ふっと――震えを止めた。


暴風のただ中で、

まるで彼女の“呼吸”そのものに合わせるように、

羽片の軌跡がひとつ、またひとつと整っていく。


その瞬間、世界から音が消えた。


雷鳴も、風鳴りも、空の悲鳴も――

ぜんぶ、どこか遠い世界へ溶けていく。


残ったのはただひとつ。


エリゼの心拍。


「トン……トン……」


ゆっくりと、確かに、

空の中心で打ち続ける。


白い風粒が、心臓に呼ばれたように吸い寄せられ、

エリゼの周囲に集まり始めた。

雪でも霧でもない、

“風の記憶”そのものが粒子になって舞う。


視界が澄む。


雷光は一本の線となって走り、

雲の裂け目は緩やかな曲線を描き、

乱れていた風脈は――

**一本の“流線”**として形を成した。


それは、彼女のためだけに開かれた“空の道”。



「速さの本質は、力ではない。

 風と呼吸を合わせたとき――

 初めて“共鳴”は生まれる。」


エリゼの瞳がゆっくりと開く。

深い蒼の奥に、初めて“空のリズム”が映った。


そして――

胸の奥で、まだ名のない心臓が、

静かに、産声のような脈動を始めた。


《雪翼》覚醒まで、あと一拍。


風が返事をするように、ほんの少しだけ、優しく吹いた。


エリゼの胸が、ひときわ強く――蒼く脈動した。


「……っ!」


《雪風》の紋章が震え、

その内部に、ひびのような光が走る。

まるで、殻を破り“新しい心臓”が生まれようとしているかのように。


次の瞬間――


背の翼が、ふっと掻き消えた。


羽根も光も、形さえも失い、

無数の微細な氷片と風粒子へ砕けていく。


だが、それは崩壊ではない。


粒子となったすべてが、

渦乱れる空の流れに溶け込み、

そして――呼吸を合わせるように律動を始めた。


風と雪、そのどちらでもない新しい“流れ”が、

エリゼの背に戻ってくる。


蒼い光の螺旋が収束し、

再構成されるのは――これまでとはまったく違う翼。


細く、しなやかで、

空の曲線そのものを写し取った“有機的な羽根”。


透明に近い蒼光が内部で回転し、

周囲の風層に呼応して姿を変える、

まさに“空が形を取った翼”。


雪翼せつよく》。


それは、風が彼女を“選んだ”証。


エリゼ(息を呑んで)

「……これは……私じゃない。

 空が……私と一緒に、流れてる……!」


遥か先の空で、ライラがゆっくりと微笑む。


ライラ:

「ようやく――聞こえたわね。

 空が求めている“本当の速さ”を。」


エリゼの背で《雪翼》が静かに鳴動する。

それは、風の心臓が初めて“自由”を得た瞬間だった。


《雪翼》が生まれた瞬間、

暴れていたはずの風脈が――静まった。


いや、違う。

風が静まったのではなく、エリゼの動きと重なったのだ。


彼女が息を吸えば、周囲の風層がふわりと膨らむ。

踏み出せば、その軌跡に沿って気流が優しく流れる。

押し合いでも、競り合いでもない。


ただ、ひとつの律動を共有する“並走”だった。


エリゼはそっと前に身を傾ける。

その重心の動きに合わせて、《雪翼》が滑らかに開く。


風は、拒まない。

むしろ、待っていたかのように彼女の背を押す。


氷霧がほどけ、雲の層が道となり、

空全体がひとつの巨大な滑走路として形を変える。


視界が澄む。

音が戻り、世界のノイズが消える。


世界が変わったのではない。

彼女が、空の見方を変えたのだ。


エリゼ(心の声)

「速さは……勝つためじゃない。

 ここに――“一緒にいる”ため……。」


風と、空と、自分。

三つがひとつに溶ける感覚。

その滑走は、力でも奇跡でもなく――共鳴。


彼女の軌跡はもう荒れない。

残すのは一本の“流線”。

それはライラの風さえ圧倒する、美しい曲線。


遠くで、ライラがほんのわずかに瞳を細める。


ライラ(小さく)

「……そう。それが――“空と並ぶ者”の速さ。」


《雪翼》を得たエリゼは、

ついに“空と共鳴する滑走”へ踏み出した。


そして――

ここから、ライラとの最終決着が始まる。

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