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《Snowboard Chronicle:Seven Hearts of Snow》 ――雪を嫌う悪役令嬢、世界を滑る。  作者: 南蛇井


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《風が赦す地へ》

蒼光の柱が、ゆっくりと収束していった。

 風裂峡の空は、夜明け前の蒼に淡い橙を混ぜ始め、長く荒れ狂っていた雲が裂けていく。


 風が止む。

 あれほど耳を裂いていた唸りが消え、世界は一瞬、息を潜めた。


 その静寂の中心に――ひとすじの光が降りてくる。

 白銀の粒をまとった蒼の残光。

 それは、空から舞い降りる祈りのように、風を撫でながらゆっくりと地上へと近づいてくる。


 光の中から、少女の輪郭が現れた。

 氷の衣をまとい、風の名を背負う者。

 エリゼは目を閉じたまま、両腕をわずかに広げ、まるで風に抱かれるように降下していく。


 その足が、断崖の雪をそっと踏んだ。

 ――瞬間、世界が音を取り戻す。


 暴れ続けていた突風が、まるで長い夢から覚めたように穏やかに流れ始めた。

 崖の岩壁を撫で、雪を巻き上げ、そして空へと還っていく。

 風裂峡の大地は、初めて“静けさ”という名の息を吸い込んだ。


 白い息を吐きながら、エリゼは顔を上げた。

 頬を撫でる風はもう痛くない。

 冷たさの中に、確かに――優しさがあった。


 彼女の瞳に、淡い光が映る。

 それは夜と朝の境界、嵐の果てに生まれた新しい空の色。


「嵐は終わり、風はようやくその居場所を見つけた。」


 

 エリゼの髪が、最後の突風に揺られ、柔らかく舞った。

 それは祝福のような、風の頬ずりだった。


 空から、静かな雪が舞い降りていた。

 だが、それはもはや痛みの象徴ではない。

 一片一片が柔らかく光を帯び、まるで風に溶けながら微笑んでいるかのようだった。


 エリゼはゆっくりと顔を上げる。

 頬に触れた雪が溶ける前に、彼女は目を閉じた。

 胸の奥で――“もうひとつの心臓”が静かに鼓動を打つ。


 《雪風せっぷう》――氷と風の律がひとつになった、その音。

 ドクン、ドクン、と穏やかなリズムが空気に滲み出し、彼女の周囲に淡い蒼の光を広げていく。


 その背に浮かぶ紋章が、風のように揺らめいた。

 蒼く、透明に、まるで空へ向かう路を描くように。

 光はゆっくりと東の空へと伸びていき、やがて遠い地平線に溶けていった。


 エリゼ(モノローグ):

 > 「雪を赦した私を……今度は風が、受け入れてくれた。」


 その声は風に混ざり、誰の耳にも届かぬまま、しかし確かに世界を包み込む。

 蒼の風が、そっと彼女の髪を撫でた。

 雪の粒を巻き上げながら、空と地を結ぶ一本の道を描く。


 それは――赦しの道。

 痛みを越え、拒絶を越え、ようやく出会った“和解”の流れ。


 雪は舞い続け、風は笑っていた。

 空も、大地も、ようやくひとつの律を取り戻したかのように。

風裂峡の夜明けは、静寂の中にあった。

 灰と蒼の空がゆっくりと混ざり、薄い光が断崖を照らしていく。


 リオンはその端に立ち、眼下の光景を見つめていた。

 吹き荒れていた暴風は消え、ただ柔らかな風だけが彼のマントを揺らしている。


 かつて敵として槍を向け合った少女――

 いま、その姿は穏やかな風の中にあった。

 エリゼは断崖の中腹に立ち、蒼の紋章《雪風》を背に光を帯びている。


 彼女が放つ光が、雪面を淡く照らす。

 風が、その光を運びながらリオンの頬を撫でた。

 それは、まるで言葉のない別れの挨拶のようだった。


 リオンは槍――《蒼槍ランス・ヴァルグ》――をゆっくりと地に突き立てる。

 その刃先が雪を裂き、短い音を立てた。

 そして彼は、風に祈るように目を閉じる。


 リオン(低く、しかし確かな声で):

 > 「……行け、エリゼ。その風の果てまで。」


 その言葉は、かつての師としての誇りでもあり、

 戦士としての潔さでもあり――何よりも、ひとりの人間としての赦しだった。


 エリゼは静かに微笑み、リオンの方を見上げる。

 目と目が一瞬だけ交わる。

 言葉はいらなかった。

 風が、すべてを運んでくれる。


 彼女は小さく頷き、背の《雪風》がさらに強く輝いた。

 その光が雪を淡く染め、空へと伸びていく。


 リオンのマントが風に舞う。

 それはまるで、彼自身が彼女の旅立ちを見送るために、

 風の一部となって寄り添うかのようだった。


 そして――風が吹く。

 優しく、どこまでも清らかに。

 別れではなく、継承の風。


 エリゼはその風を背に受け、空を見上げた。

 そこには、もう恐れも悲しみもなかった。

 ただ、未来へと続くひとすじの道があるだけだった。


風が、再び彼女を抱いた。

 その流れはもはや暴力ではなく、優しい掌のように彼女の身体を包み込む。


 エリゼの背から広がる《スカイグライド》の翼が、柔らかな蒼光を帯びて揺らめく。

 氷片がきらめきながら舞い散り、夜明けの空へと溶けていく。


 その足が地を離れた瞬間――風が静かに唸り、彼女を押し上げた。

 ふわりと浮かぶ身体。

 雪の粒が尾を引くように流れ、まるで星のように輝く。


 東の空。

 黎明の光が差し込み、暗い峡谷を照らし始める。

 そこへ向かって、エリゼはゆっくりと翼を広げた。


 《雪風》の紋章が胸に脈打ち、蒼い閃光が彼女の軌跡を描く。

 風裂峡が下へと遠ざかり、灰の霧の海がみるみる小さくなっていく。


 やがて、雲を突き抜けた先――

 そこには、まだ誰の目にも映されたことのない蒼の地平があった。

 風脈が光の帯となって絡み合い、ひとつの楽園のように輝いている。

 それが、“風が赦す地”と呼ばれる場所。


 エリゼの目に、微笑が浮かぶ。

 風が頬を撫で、雪が肩に触れる。

 それはまるで、世界そのものが彼女の帰還を祝福しているかのようだった。


 ナレーション:

 > 「風は拒まない。

 >  赦しの流れは、次なる空を探し続ける。

 >  そして――その名は、“雪風”とともに語り継がれる。」


 蒼い光の尾を引きながら、エリゼは新たな空へと消えていく。

 その軌跡だけが、永遠に残る風の道として――

 “風の心臓”の伝承に刻まれた。

風裂峡の断崖に、静寂が戻っていた。

 かつて暴風が荒れ狂ったこの地に、今は穏やかな風が流れている。


 リオンはその中心に立っていた。

 氷の地面に刺した槍が、陽光を受けて鈍く光る。

 彼の頬を、ひとすじの風が撫でていった。


 ――柔らかい。

 それは、戦場で感じた風ではない。

 まるで、懐かしい声に頬を撫でられたような、温もりのある流れだった。


 リオンは目を細め、微かに笑う。

 耳を澄ませば、風の中に彼女の声が混じっている気がした。

 あの時と同じ――無邪気で、少し照れたような笑い声。


 彼はゆっくりと目を閉じ、胸の前に拳を置いた。

 風が服の裾を揺らし、雪を運んでくる。


 リオン(小声で):

 「……また会おう。風の果てで。」


 その言葉が風に溶け、空へと流れていく。

 彼の背後では、風裂峡の谷が光を帯びていた。

 蒼と白の風が優雅に交わり、まるで新しい命を宿したかのように柔らかく脈打っている。


 

 断崖、谷、そして空。

 風裂峡は、もはや“試練の地”ではなく――“再生の地”となっていた。


 最後に、空の彼方に一本の蒼い軌跡が輝く。

 それは《雪風》の残した風の道。




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