私の物をなんでも欲しがる妹には、最高のプレゼントを差し上げます
子爵令嬢、アイリーン・ヴェスバ。
年齢は18歳。
波打つ赤髪に青い瞳。
平凡とは言えない容姿の持ち主。
そんなアイリーンには大きな悩みがあった。
それは妹のエリアナ・ヴェスバのことだ。
姉と同じ赤髪だが、彼女は綺麗なストレート。
背は低く気弱で、皆から愛される窓際の令嬢という言葉がよく似合う女性だ。
年齢は17歳で容姿も優れており、学園では彼女を守るように常に誰かが周囲にいる。
気弱なエリアナに胸を打たれる男性は多く、そしてその性格から仲間をしてくれる女性も多い。
だがそれは全てエリアナの演技で、本来の彼女は傲慢で気が強く、そして欲しい物は何でも手に入れようとする強欲な女であった。
「お姉さま、そのぬいぐるみが欲しいわ」
「でもこれは私のぬいぐるみで……」
それは二人がまだ子供の頃の話。
自室でアイリーンが持つぬいぐるみに興味を抱き、姉にねだる妹。
そのクマのぬいぐるみはアイリーンのお気に入りで、どうしてもあげたくはなかった。
しかしエリアナは強欲。
幼い年齢の頃から、手段を択ばなかった。
エリアナは姉のベッドで自分の頭を打ち付け、ニヤリと笑う。
そして。
「えーん!」
「え……?」
突然泣き出すエリアナ。
何ごとかと両親がアイリーンの部屋へと駆けつける。
「どうかしたのか、エリアナ」
「お姉さまに殴られたのぉ!」
エリアナの額には大きなたんこぶ。
それを見た父は、アイリーンを叱る。
「何故エリアナに暴力を振るった!」
「私はやってないわ!」
「ならこれはどういうことだ!」
「私が悪いの。お姉さまのぬいぐるみを貸してもらおうとしたから。それでお姉さまが怒って」
「ぬいぐるみぐらいで暴力を振るうやつがあるか!」
「違う……違うわ!」
父親に怒鳴られ焦るアイリーン。
父の背後でエリアナはニヤニヤと笑っている。
その表情に怒りを覚えるも、騙された父の前ではどうすることもできない。
「ぬいぐるみぐらい貸してあげなさい。アイリーンはお姉ちゃんなのよ」
優しく諭すようにそう言うのは二人の母親。
無理矢理にではないが、アイリーンからぬいぐるみを奪い、それをエリアナに手渡す母。
「はい、エリアナ」
「ダメ。またお姉さまに叱られるわ」
「大丈夫よ。お姉ちゃんは優しいのだから」
「本当?」
「ええ、本当よ」
ぬいぐるみを抱きしめ、大喜びするエリアナ。
それに対して父親の叱りは続き、アイリーンは涙を流して俯いていた。
「私、やってない。暴力なんて振るってないわ」
「嘘をつくのは止めなさい! 手を出してしまったら、素直に謝るのだ」
何を言っても聞き入れてくれない父親に嫌気がさし、そしてアイリーンは諦めた。
それからそのぬいぐるみは返ってくることはなく、いまだにエリアナの部屋にあるままだ。
しかしこれは始まりに過ぎなかった。
ぬいぐるみに始まり、洋服、ドレス、帽子、羽根ペン、エリアナが気にいった物は全てアイリーンから奪い、挙句の果てには彼女の友人さえも奪ってしまったのだ。
そのおかげで友人の一人もいないアイリーン。
エリアナから悪評を広められ、彼女に近づく者は一人もいなかった。
怒り、悲しみ、それから脱力。
エリアナに振り回される人生に疲れ、アイリーンはいつしか諦めることにした。
真面目に付き合っててもバカをみる。
妹とは極力接点を持たず、適当にやり過ごす日々。
そんなアイリーンにも楽しみはあった。
それは商人であるフィンと会うこと。
黒髪の美青年フィンは、商人として彼女の住む街に訪れ、そしてアイリーンの家まで品物を持ってやって来てくれる。
その日も客間でフィンと会話を交わすアイリーン。
彼は人の本質を見極めることができ、エリアナの腹黒さには感づいている。
そして姉の優しさにもだ。
「またエリアナに悪い噂を広められしまったの」
「それは可哀想に……でもきっと貴女は良い人生を歩めるはずです。今は辛くとも、その先に来る輝かしい未来を信じて」
「はい。フィンさんがいなかったら、もう心が折れていたでしょうね」
苦笑しながらため息をつくアイリーン。
こんなことを話できるのはフィンぐらいで、愚痴をこぼしてばかりだが彼は嫌な顔一つしない。
だが珍しく、彼は顎に手を置き何やら思案をしていた。
普段見せない顔にアイリーンはキョトンとしながら、彼に聞く。
「どうかしましたの?」
「いいえ、少し考えごとを……」
「フィンさんにも考えることがあるんですね」
「考えることばかりですよ。私は商人ですから」
クスクスと笑い合う二人。
そしてその後も楽し気に会話を交わし、その日は別れることとなった。
それから二週間後のこと。
マーゼル学園で一人孤独なアイリーン。
他のクラスメイトたちはいくつかのグループを作り談笑していたのだが、彼女はポツンと自席に座るのみ。
もう慣れたことだが、しかし聞こえてくる陰口には辟易してしまう。
嘆息し、教室を出ようとするアイリーン。
しかし、そんな彼女の元に一人の男性が現れる。
「アイリーン・ヴェスバだね」
「貴方は……」
青い髪にエメラルドグリーンの瞳。
身長は高く、鍛え上げられた逞しい肉体。
甘い顔に優しい笑顔。
彼の出現に、クラス中の女性が黄色い声をあげる。
「フレオ様だわ……」
「フレオ・フォールナー様……侯爵家のご令息ね」
「相変わらず綺麗な顔をしているわね」
頬を染める女性たち。
目の保養になると、その場にいる女性全員が彼に釘付けとなっていた。
だが問題は何故性悪のアイリーンに声をかけたかだ。
二人に接点は無いはず。
それを知ってる皆は、二人の会話に聞き耳を立てていた。
「どうかなさいましたか、フレオ様」
「君の噂を聞いてね」
「あら、そうですか。耳が腐りそうな噂でしょう?」
「でも、そうじゃないという話も聞いたんだ」
ニコリと笑うフレオ。
女子たちはそれだけで悲鳴を上げていた。
「素敵……」
「私にも微笑んでください!」
「アイリーンなどと話さず、私とお話しませんか?」
賑やかな周囲に笑うフレオだったが、彼はアイリーンにしか興味が無い。
彼女を真っ直ぐ見据えたまま、優しい声で言う。
「今度食事でもどうだろう」
「はい、喜んで」
突然のフレオとの接近。
これは彼女の人生を激変させる始まりである。
アイリーンとフレオが急接近した。
その噂は一気に学園内を駆け巡る。
まさかフレオがアイリーンみたいな女を選ぶとは、落胆と驚きの声で溢れ返っていた。
そしてその話は、当然のようにエリアナの耳にも届く。
か弱い女性を演じ、噂を聞いて困ったように笑いながら、だが姉を祝福するように周囲に話す。
「お姉さまが幸せなら、それが一番です」
「エリアナ……なんて優しい子なの。あんな性悪女の幸せを願うことができるなんて、中々できないよ」
「そんなこと。私は純粋にお姉さまのことを心配しているだけです」
エリアナの偽りの優しさに騙されている周りの人間たち。
彼ら彼女のことを見て、エリアナは心の中でほくそ笑む。
(嘘に決まってるでしょ、バーカ。お姉さまが侯爵令息とお近づきになった? ふざけんじゃないわよ。そんないい物件、私が貰わないわけないわよねぇ)
純粋な笑顔で、しかし心の中では邪悪に笑うエリアナ。
こうしてエリアナはまた、姉から大事な物を奪おうと画策していた。
その翌日のこと。
アイリーンはフレオと会話をしていた。
学園の裏庭で、皆が羨ましそうに眺めている中でだ。
「アイリーンは、自分の故郷を離れるのは寂しくないかい?」
「寂しくないと言えば嘘になりますが、理由によっては仕方ありませんわ」
「例えば私と結婚をして、家を出るなんてことになったら……どうする?」
「結婚が理由なら、喜んで」
「それは良かった」
笑みを浮かべ合う二人。
着実に距離を縮めている。
そんな中、アイリーンを偶然見かけたような顔をして現れるエリアナ。
驚きつつ、弱弱しい声でアイリーンに声をかける。
「お姉さま、何をしてらっしゃいますの?」
「……少し話をしていたの。用が無いなら、どこかへ行ってほしいのだけれど」
自分の本性を知っているアイリーン。
エリアナは困った顔を作り、フレオの方を見る。
「フレオ様。お姉さま、普段はこんなことを言う方ではありませんの。優しくて、心の広い人なのですよ。だから勘違いなさらないでくださいね」
「ちょっと、エリアナ」
「分かっています。邪魔をされたと思われたのでしょう。少し気になっただけですから、私は退散いたします」
(なんて引くわけないでしょ。近くで見るとやっぱりいい男だわ。絶対お姉さまから奪ってやるんだから)
フレオは誰から見ても美青年。
だがエリアナはそんな理由だけで彼を欲したのではない。
『姉のもの』だから余計に欲しくなる。
ぬいぐるみを奪った時から、それは彼女の喜びとなっていたのだ。
「君は確か……アイリーンの妹だったね」
「フレオ様。妹のことはよろしいじゃありませんか」
「お姉さまの言う通りです。私はそろそろ――」
「まぁいいじゃないか。アイリーンもそんな邪険に扱わなくてもいいだろ?」
「それは……」
(かかった! フレオ様とこれで接点を持つことができた。こうなったら私の勝ち確定! お姉さまみたいな雑魚に、私が負ける道理は無いのだから」
悔しそうな表情を浮かべるアイリーン。
その顔の意味が分からないとでも言うかのように、エリアナは首を傾げた。
内心では、ざまぁないわね。と姉をバカにしていたのだが……
だがそんな彼女の心を読むこともできず、フレオは穏やかにエリアナに話しかける。
「アイリーンも美しいが、君も美しい」
「恐縮でございます」
(お姉さまより綺麗でしょ、そこは。目が腐ってるんじゃないのかしら、この方)
自分の容姿に絶対的な自信を持つエリアナ。
侯爵家の男だろうが、さっさと落としてみせる。
そう考えるエリアナに、そしてまんまとその容姿に騙され始めるフレオ。
不安そうな顔を浮かべるアイリーンをよそに、二人の距離は急接近していく。
そしてエリアナとフレオが出会ってから、一ヶ月ほど経過した頃だ。
その日は曇りに覆われた空。
まだ昼過ぎだというのに、どんよりとしている。
「失礼いたします」
アイリーンは父親に呼び出され、父の部屋を訪れていた。
そこは豪華な絵画や壺、大きなベッドに書籍がある部屋。
するとそこには父親と母親、それにエリアナとフレオの姿があった。
「フレオ様……これは一体どういうことですか?」
「エリアナがフレオ様と婚約をした」
「……え?」
父親とフレオの後ろで、ぬいぐるみを奪った時と同じように、嘲るように笑うエリアナ。
アイリーンは茫然とした顔をして父親に話す。
「で、ですがお父様。フレオ様は私と親交を深めて……」
「そんなこと知るか! どれだけ仲を深めようが、フレオ様はエリアナを選んだのだ。もう貴様の出る幕は無い!」
「フレオ様、嘘だと仰ってください。貴方が話しかけてくれたこと、嬉しかったんです。妹が近づいてきて……でも私を選んでくれると思っていたのに」
「……すまない」
申し訳なさそうに俯くフレオ。
エリアナは泣き顔を作り、そして鼻をすすりながらアイリーンに言う。
「お姉さま、すみません……私たちは惹かれ合い、そして結ばれる運命にあったのです」
「そんな……あなたはまた私から奪うというの!?」
「アイリーン! もうおやめなさい。往生際が悪いですよ」
「ですがお母さま! エリアナはまた私から――」
「貴女は姉なのですから、エリアナの我儘ぐらい、聞き入れてあげなさい!」
ガクッと肩を落とし、手で顔を覆うアイリーン。
それを見てエリアナは吹き出しそうになってしまう。
少しの沈黙が流れ、そしてフレオたちはアイリーンを無視するようにして、話を進めてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
それから半年の時が流れた。
フレオは学園を卒業し、エリアナは自分の卒業を待たずしてフレオの元に嫁いだ。
広い庭に大きな屋敷。
その下には多くの人が暮す町がある。
(これが私の物に……侯爵家に嫁入りできて良かった! ごめんなさいねぇ、お姉さま。また奪ってしまって)
胸を弾ませ、屋敷の中に入るエリアナ。
そして中の光景を目の当たりにし、目を丸くする。
「え……どういうことですの?」
屋敷の中には使いの者が一人もおらず、絵も置物も、何も無いただ寂しい景色だけがあった。
「すまない。フォールナー家にはもうお金が無くてね……でもそれでも嫁いできてくれる人がいるという噂を聞いたんだ」
「は、はぁ!?」
「アイリーンとエリアナ。二人のどちらかなら、どんな状況でも私に付いてきてくれるはずだと。確かな筋から聞いたんだよ」
一体何が起きているのか。
まさかの事実に、天国から地獄に突き落とされたような気分のエリアナ。
こんな状況でも、笑顔のままのフレオが怖くなる。
「わ、私……私は」
「分かっている。家がダメでも付いて来てくれるんだね。うん、一緒に幸せになろう」
「……いやぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
エリアナの絶叫が響く。
だがもう後戻りはできない。
もう彼女は、フォールナー家に嫁いでしまったのだから。
◇◇◇◇◇◇◇
「まさか、本当にフォールナー家が没落するとは思いませんでしたわ」
「ははは。言ったとおりだったでしょ。フォールナー家の財政状況は筒抜けでしたからね。私からもいくらかお金をお貸ししている状態でしたし。そしてフォールナー家のご子息は、そんな状況でも支えてくれる伴侶をお探しになられていた。だから紹介しておいたのですよ」
ヴェスバ家の客間で、そんな会話をしているアイリーンとフィン。
そう、全ては二人の計画であったのだ。
フレオの家の経済状況を知っていたフィンが提案し、アイリーンがその話に乗った。
フレオはアイリーンに声をかける算段となっており、彼は姉の物を何でも欲しがる妹に対してかけた罠であったのだ。
まんまと引っ掛かったエリアナは、こうしてフレオの元に嫁ぐこととなった。
あまりにも上手く行ったことに苦笑するアイリーン。
自分の物を欲しがる妹と思っていたけど、執着するようにしてフレオを奪ってしまったことには噴き出しそうになる。
(フレオ様とのこと、私は全部演技だったのに、こちらを見下して信じてたんだろうな)
そんな二人がいる客間に父親と母親がやって来て、アイリーンの両隣の席に付く。
「これでエリアナの悪い癖が治ればいいのだがな」
「ははは……お父様が話に乗ってくれるとは思っていませんでした」
「最初こそ騙されたが、アイリーンの方が正しいのはすぐに気づいたからな」
「あの頃のことはごめんなさいね。気づいてあげられなくて」
「いいんです。あの子がいたから辛抱強くなりましたから、私。この先どんなことがあっても、くじけない自信があります」
笑い合う四人。
全ては計画の上のことであった。
痛い目を見て、エリアナの性格が矯正されればいいと考え、両親も作戦に便乗したのだ。
没落した侯爵家に嫁ぐと行っても、死ぬようなことは無い。
これまで甘やかしすぎたのが原因だと反省し、強硬手段に出たのだ。
「私からのプレゼント、喜んでくれるといいけれど」
クスクス笑うアイリーン。
「結婚という名のプレゼント……ですか。なら次は、アイリーン様にもプレゼントを用意しなければいけませんね」
「あら、いい方がいらしゃるの?」
「はい、もちろん。私は商人ですから。お客様のためなら、どんな物でも提供いたします。侯爵の生まれで経済的にも問題無い家でして。人間もできていて素晴らしい方ですよ」
フィンが説明する男性のことで、アイリーンは胸をときめかせた。
そしてその男性はアイリーンと生涯を共にする伴侶となり、一生を幸せに暮らすこととなる……
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